2―11 交渉 その一
自衛隊員も国家公務員であり、個人情報の保護が徹底されているために、基本的に住所や電話番号などは秘匿されている。
無論、家族構成もじゃ。
儂がどのようにして越智陸将の住所を知ったかと言えば、防衛省のサーバーの中に入り込み、当該人事データを盗み読んだからに他ならない。
自衛隊の調査部隊のボスが越智陸将と言うのは、別途の広報で流されておったからな。
従って、越智陸将に関する人事データを見るだけで、住所その他が手に入ったというわけじゃ。
生憎と今日は、午後の10時と言うに越智陸将は未だ帰宅はしておらぬようじゃ。
かつて、「ハナモク」とか「ハナキン」とか言って、木曜や金曜にはサラリーマンが飲みに行く機会が多くあった時代もあったようじゃが、確認したところ、そもそも未だ越智陸将は防衛省を出ていないようじゃ。
家に帰宅していないのは、彼の宿舎である5階のベランダから確認したし、防衛省の方は執務室の窓の外から本人を確認したわい。
まぁ、高給取りの管理職じゃろうから、仕事が忙しく、夜更けまで勤務することもあるのじゃろうが、トップがこれでは下の者は帰りたくても帰れないぞ。
出来るだけ早めに役所を出ることが、部下のためになるじゃろうにのぉ。
まぁ、この辺は指揮官としての在り方の問題であり、人により異なる意見もあろう。
仕方がないから、越智陸将が帰宅するまで、近所の喫茶店で待つことにしたわい。
そんなときのために、一応背負っている薄型のバックパックに、ノートPCを入れて来たから暇つぶしなら何とでもなる。
最近は、夜12時を過ぎても営業している喫茶店があるんじゃよ。
アルコール類を出すようなところもあるみたいじゃが、儂が選んだのはスィーツ系の喫茶店で、酒は出て来ない。
流石に儂の見かけの年齢で酒を飲むのは拙かろう。
そんなわけで、喫茶店で紅茶とケーキのセットを頼み、パソコン画面を睨みながら、時間待ちじゃな。
越智陸将の場合、官用車で自宅と防衛省の間を送迎されておるようじゃから、この喫茶店の前を通り過ぎれば、その気配でわかるはずじゃ。
結局、午後11時過ぎになって、ようやく越智陸将が帰宅したようじゃ。
彼は、それから風呂に入り、食事をして、自室の書斎に籠ったようじゃな。
子供の寝室と夫婦の寝室は別にあるのじゃが、四畳半ほどの書斎が有って、夕食を食べた後は、そこで小一時間ほど過ごすのが彼の日課のようじゃ。
奥さんの方は、そんな旦那さんの動きに慣れているのか、食事の後片付けをすると、さっさと寝室に入って先に寝ておるわい。
この時点で、ほぼ御前様じゃから、朝の早い奥さんは早めに寝るのが常のようじゃな。
実は、越智陸将は、二度結婚をしているのじゃ。
一人目の奥さんは、結婚して二年目で自動車事故に巻き込まれて亡くなったようじゃな。
彼女のお腹にはやや子がいたらしい。
その後暫くは、ショックの所為か伴侶を迎えようともせず、独身で過ごしていたんじゃが、40歳になって若い妻を娶ったようじゃ。
結婚して、その一年半後に第一子、三年後に第二子が生まれたんじゃが、今現在は、長女が11歳、長男が9歳で、いずれも小学校に通学しておるんじゃ。
この子供二人の養育と、遅く帰宅する旦那さんの世話をするのはなかなか大変じゃぞ。
まぁ、そんな他所の所帯模様の話はさて置いて、儂は隠形のまま、書斎で机に向かって座り、パソコンで日記でも叩いておる越智陸将の斜め後方に立ち、部屋の中に結界を張った。
これで部屋の内部の会話や音が外に漏れることは無い。
事前に、ベランダに忍び込んだ際に、住宅の中に盗聴装置などが無いことを念のため確認しておる。
この世界は、魔導ではのうて、科学で魔法じみた器具を生み出しておるからのぉ。
なかなか厄介なのじゃ。
従って、内緒話をする際には、十分な警戒が必要なんじゃ。
それから、越智陸将に声をかける。
「夜分に失礼します。」
その小さな声は、爆弾のように効いたようじゃ。
越智陸将は、椅子を蹴倒して、立ち上がり、儂の姿を見て身構えながら叫んだ。
「お前は誰だ?
どうやってここに入った?」
まぁ、そういう反応になるわいなぁ。
自分一人しかいないはずの狭い書斎に、見ず知らずの坊主が入り込んで、急に声をかけたんじゃから。
越智陸将の頭の中には無数の「?」が浮かんでいることじゃろう。
この部屋には窓はあるが、鍵がかかっている。
部屋の出入りには、居間に通じるたった一つのドアを開閉するしかないのだが、普通にドアを開ければ、眠ってでも居ない限りその気配でわかるというものじゃ。
それを一切感じさせず、いきなり若い男が出現したともなれば、これは一大脅威である。
別の部屋には、愛しい女房と子供二人が寝ているのじゃ。
生憎と近くに武器は無いのだが、それでも机の上の四角いペン立てに入っていた紙鋏を掴んで構えている辺り、前世の武人を思い起こさせるわい。
まぁ、そんなもので突いて来ようと、簡単に避けられるのじゃが、大事な交渉の窓口とも言える人物に怪我をさせるわけにも行くまい。
まず、ここは、闇魔法で精神を落ち着かせるのが上策じゃ。
その上で、儂がここに現れた理由を説明した。
「僕は、少しばかり特殊な能力を持つ者です。
ここには、秘密の能力でお邪魔しました。
お尋ねの自己紹介ですが、僕の名は、佐島幸次郎と言い、未だ15歳の高校一年生です。
お邪魔した理由は、日本全国に15カ所存在する異界との接続点に関するお話を、自衛隊の調査部隊の責任者である越智陸将とお話しするために参りました。
呆気にとられながらも、越智陸将が反応した。
「君は、住居侵入の現行犯だということを知っているかね?
このまま警察に通報しても良いのだが?」
「警察には連絡ができないと思いますよ。
生憎とあなたのスマホも使えませんし、この部屋には結界が張ってあるので、僕の許しなく何人も出入りできません。
勿論、部屋の中の物音も声も他所には聞こえません。
もし、お疑いであれば、試しにこの部屋の窓を開けてみると宜しいでしょう。
但し、貴方の力ではどうやっても窓は空きません。
また、椅子等でガラスを割ろうとしてもできないでしょう。
割ろうとして、ご自身が怪我をするか、あるいは、叩きつけた椅子が壊れるのが関の山ですね。」
越智陸将は、手元にあるスマホを取ったが、電源も入らない状態じゃ。
儂の魔導で機能を停止させておるからのぉ。
儂が、当該魔導を解除しない限りは、ただのモノにしか過ぎん。
次に、窓に寄ってクレセント錠を開けようとしたが、これもびくともせん。
流石に、物を投げつけるような真似はせなんだな。
後は体力で儂を組み伏せる手もあるのじゃが、そこまで脳筋ではなかったようじゃ。
ブスっとしながらも、越智陸将は儂に言った。
「異界への入り口にあたる接続点に関わる話は、政府の極秘事項になっておる。
従って、私から君に話せることは何もない。」
「えぇ、承知しておりますが、それでも僕から提案したいことがございます。
その内容は、異界の中に入っている調査隊員の安全にも関わるお話ですし、場合によっては、接続点から溢れ出すモンスターが近隣の住民を襲うかもしれないので、その防衛策に関することでもあります。
因みに僕は、僕の能力を駆使して接続点から異界の中に入り、内部の確認もしてきました。
その証拠に、僕が撮って来た映像をご覧になりますか?」
「まさか、異界の接続点が出現した直後の時点で中に入ったのか?
今は、15カ所全てに警備班を置いて、許可なく入れないようにしているはずだ。」
「ええ、このお部屋に侵入したと同様に、誰にも気づかれずに内部へ侵入することのできる能力が有りますから、警備の人が何人居ようとすり抜けることができるんです。
因みに、北海道の野津幌のように警戒を振り切って異界の中へ突入した愚か者とは違います。
危険が待ち構えているかもしれないのに、むやみやたらと突っ込んで行ったりはしません。
それに、たまたまテレビが実況中継していて、恐竜が出現し、多数の者が殺されたことも知っていますから、無茶はしません。
僕が異界に入ったのは、自衛隊の第一回目の調査が終えて、その報告がなされた後のことです。」
「ほう?
では、君は北海道の住人かね?
あの恐竜出現の映像はHTVでしか流していないはずだ。
残虐なシーンも有って、その後は政府の要請でどこのテレビでも放映させていないはずだ。」
「はい、おっしゃる通り、僕は北海道の高校生です。
それで、映像をご覧になりますか?
映像をご覧に入れた上で、ご相談をしたいと思っているのですが・・・。」
「うむ、映像を見てみよう。
但し、長いのは困る。
私は、明日も出勤だからね。」
「はい、編集を終えたダイジェスト版をご覧に入れます。
編集元のデータは、後程越智さんにお渡しする予定です。」
儂は、ノートPCを取り出して編集済みの映像を越智陸将に見せた。
本当にダイジェスト版であり、日付や時刻が一応入っているが、実のところ、時刻は余りあてにはならないのだが、少なくとも内部の経過時間は追えることになるんだが、その辺の説明は敢えて不要だろう。
但し、映像がどこの場所であるかは説明しておいた。
或いは彼が既に見知っている風景かもしれないが、少なくと接続点から数十キロ先の景色は見たことが無いのじゃないかと思うのじゃ。
実は、自衛隊のドローンもそれほど長くは進出できなかったという経緯があるんだ。
どうも、縄張りを侵されたワイバーン擬きが、ドローンを攻撃するらしい。
僕が見せた草食恐竜の群れ、それを襲う肉食恐竜のシーンは、僅かに二十秒程度で十分だろう。
メインは、儂の仲間である鬼の戦闘場面だ。
まぁ、儂が最初に付き合ったドンの場面だけなんだが、草食恐竜を一発で倒し、その腹を裂いて食べているところに、肉食恐竜が現れ、ドンがこれも討伐したシーンの抜粋である。
この際の説明をしておいた。
「このオーガのような身体の大きな生物は、日本に古来から住んでいる鬼です。
身長は3mほどもありますが、この鬼よりもさらに大きな体格の鬼もいます。
これら複数の鬼は、ほぼ人が住まない山中に冬眠状態で存在していたのですが、実は今回の異界の接続点が生じた際の空間震の影響もあって、鬼達の眠りを妨げたようなのです。
全ての鬼がそうだというわけでは無いのですが、役小角が現役でいた頃の鬼なので、かれこれ1300年も前から静かに眠っていたモノ達が目覚めたのです。
当然のことながら、冬眠から目覚めた熊のようなものですから、彼らは一様に腹を空かせていました。
このまま放置しておいたら生存権を競って人間とかち合う可能性もあります。
彼らは役小角から可能な限り人は襲うなと諭されていますが、人間の方から襲撃されれば、恐らくは、反撃するでしょう。」




