2―9 鬼とともに その三
いずれにせよ、ドンが異界の中でも強者であって、餌を得ることができるということがわかった。
ならば、腹を減らしているかも知れぬドンの仲間が人間社会に害をなし、若しくは人間から危険視される前に、探し出して保護し、この異界の地に送り込むことが何より優先することになろう。
儂は、ドンを説得し、ドンと共に北海道中央部から東部にかけて潜んでいるというドンの仲間を探すことにした。
ドンを亜空間に収容して、東へ向かって飛行しつつ、その気配を探っていたんじゃが、見つけるまで左程の時間はかからなんだな。
場所は、置毛戸町の西方に連なる奥深い山中じゃった。
用心しながら近寄ると、向こうも儂の存在を察知したようじゃ。
この辺は、ドンと同じように儂の魔導で隠した気配を感じ取れる能力が有るのじゃろう。
山腹の樹林にいる奴の近くに降り立つと、向こうから声をかけて来た。
「ヌシは、何者じゃ?
飛行術を使えるとは、もしやオヤジ殿の弟子なのか?」
「儂は、佐島幸次郎という。
オヤジ殿とは、もしや、役小角殿のことか?」
「ほう、オヤジ殿を知っておるのか・・・。
やはり弟子であるのか?」
「いや、弟子ではない。
役小角殿とは縁もゆかりもない者じゃが、オヅヌ殿が亡くなられてから既に1300年も経っておる。
ただ、ドン、いや、貪欲蓋と出会った時にも言われたが、儂はオヅヌ殿に似た術を使えるようじゃな。」
「なんと、千三百年?
それほどの時が過ぎたか・・・・。
我はオヤジどのから疑蓋と呼ばれておった者じゃ。
で、ヌシは赤の貪欲蓋といつどこで出会うた。」
どうやら目の前の漆黒の鬼は、中国語の発音で疑蓋というらしい。
ほぼ、体高はドンと同じぐらいじゃが、肩幅や胸の厚みなど体格がかなりごついな。
ドンがこの疑蓋に負けるとしたなら、或いは筋力の差かもしれぬ。
いずれにせよ、この目の前の鬼に儂がドンと出会った経緯を簡単に説明し、同時に亜空間からドンに出て貰った。
ドンと疑蓋が久方ぶりの会合に積もる話もあったようだが、それを制して、別の仲間達を捜索することを急がねばならぬと説得したのじゃ。
結局、ドンと疑蓋は、二人で仲良く儂の亜空間に入り、そこで話をしてもらうことになったのじゃ。
但し、間もなく日没故に、儂も一度は家に戻らねばならぬ。
その上で、明日にでも遠出することを家族に伝え、本州方面にドンの仲間の捜索の旅に出ようと思う。
ドンの仲間を見つけることで、異界の抑止力となってもらうためじゃ。
おそらくは、その上で、防衛省の幹部に会って、儂の能力のことと鬼達のことも説明せねばならぬじゃろうな。
問題は、異界からのモンスター侵攻の抑止が日本だけで収まるかどうかじゃな。
国連が集計したところでは、これまでに全世界で特異点が401カ所も発見されておる。
但し、未だ見つかっていない特異点が、南極に二か所も存在するんじゃ。
こいつは、氷に閉ざされた地底世界にあるから、未だ人の目に触れてはいないのじゃ。
幸運なことに温度が低い所為で、この特異点に異界のモンスターは出口には近寄らぬようで、ここからの侵攻は無いようだ。
おそらくは、冷気に弱いのじゃろう。
恐竜のようなモンスターが、爬虫類の先祖か鳥類の先祖かは知らぬが、厳寒の地では活動しにくいのじゃろうと思う。
儂も、生憎と直接現地を見に行ってはいないが、気配察知を薄く広げることで、いずれの特異点からもモンスターが異界から出て来ていないことは確認済みなのだ。
但し、異界の魔素は次第に地球側へ浸透しているようじゃから、これがこちらの世界にどのような影響を及ぼすかが懸念材料として残っておるし、仮に都会に出現した特異点から危険なモンスターが飛び出てきた場合、制圧ができればよいが、できなければ当該地域に大きな被害を被ることになろう。
少なくとも、儂が見かけた肉食恐竜のごときモンスターにとっては、人間は単なる餌にしか過ぎない。
国の軍事力は強大なものだろうが、数の暴力と言うものがある。
強力なマシンガンを持っていたとしても、弾切れを起こしては役に立たなくなる。
飽くまで儂の堪にしか過ぎぬが、仮に数十億単位でモンスターが居たとしたなら、本当に軍隊が対応できるのかどうかじゃ。
この世界の第二次大戦では多数の死傷者を出したようじゃが、世界全体で民間を含めたこの戦争関連死者数は、約6千万~8千万人と推定されているらしい。
つまりは4~5年と言う時間と巨額の経費をかけて育てた軍事力と言う暴力で、人を殺したのが一億に満たないということじゃ。
ドンは簡単にラプトルに似たモンスターを倒していたが、自動小銃あたりで殺そうとすれば、全く歯が立たぬか、若しくは数十発以上を撃ち込まねばならないのではなかろうかと思う。
現に、乃津幌原生林の特異点から出現した20m以上もあるモンスターを退治するには、最終的に対戦車ミサイルFGM-148ジャベリンの集中砲火と、攻撃ヘリAH-64Dアパッチ・ロングボウのAGM-114ヘルファイア対戦車ミサイルが必要だったはずじゃ。
仮に、あんな奴が数十匹単位で侵攻してきたなら、自衛隊の一個師団で足りるかどうかじゃな。
だが、止めねば大勢の人が死ぬことになるだろう。
あまり悲観的な予測をしていても仕方が無いのじゃが、楽観視して準備を怠るよりはましじゃろう。
◇◇◇◇
翌朝、ドンとイガを亜空間に収容したまま、本州方面へ捜索の旅に出たよ。
「イガ」とは、「疑蓋」のことを似たような発音で呼び名にしたんだ。
「イグァ」でも良いが、日本語にするなら「イガ」の方が良いじゃろう。
イガは、若干微妙な顔つきをしていたが、了解してくれた。
儂としては、肌の色から「黒」の方が分かりやすいのじゃが、何だかペットの呼び名になりそうなので遠慮しておいたのじゃ。
さて鬼の居そうな場所なんじゃが、関東以北については、古の大和朝廷が、明らかに蝦夷と言う部族を鬼族として蔑む風潮が有ったようで、これら地域の伝承に残る鬼は、ドンやイガのような本物の鬼とは違うようなんじゃ。
一応、念のために奥羽山脈を中心に南下しながら気配察知を行ったが、生憎と感知できるものは無かったな。
ドンやイガも、仲間達はおそらくは東北の地にはおらんじゃろうと言っておる。
居るとすれば、メインの地は、近畿圏より西方で中国地方までじゃろうと言っておるんじゃ。
ドンとイガは、思い切ってそれまで住んだ場所を離れたのじゃが、他の者は昔住んだ場所や出身地を選んだらしい。
その地域が近畿地方と四国・中国地方に当たるらしい。
但し、ドンやイガと同じく、人目を避けるための場所として、近畿に近い日本アルプスに潜んでおる可能性はあると言う。
ドンとイガの説明では、オヅヌの生前の指示を守って、人目に付かぬよう奥深い山中の地下深くに潜っている筈じゃと言う。
それでは、離島はどうかと聞いたが、離島には餌が無い故、滅多なことでは行かぬと言っていた。
ドンとイガはいずれも飛行術は使えぬから、身一つで陸を走り、津軽海峡は丸木舟で渡ったらしい。
従って、日ノ本には大小さまざまな離島があるが、中継点にはなっても鬼の生息地には相応しくないそうじゃ。
最初に向かったのは、可能性のありそうな日本アルプスであり、北から新潟、富山県、岐阜県と南下し、そこから方向を変えて長野県、山梨県、静岡県の山中を探してみた。
但し、今回の騒動で万が一にでも、冬眠(?)静養(?)から目覚めたなら、小食の方術が消えておろうから、餌を求めて地表に出ているやも知れぬともドンが言った。
現実にドンとイガは目覚めて、地表に出ていたな。
念のため、イガに聞いてみると少しは山中で熊や猪などの獣を食べたが、おやつ程度にしかならないらしい。
で、腹が空いているかと聞いたら、
「おう、かなり空いておるな。
コウが、儂らの主ともなり得るものでなければ、摘まんでいたやもしれぬわい。」
と、返事したわい。
イガが襲ってきても、滅多なことでは食われたりはせんが、放置もできないので、またまた大屋野原に転移し、それから特異点で気配察知をして例の草食系恐竜の群れを探して、イガにここで食べろと指示して、儂は一旦異界の外に出た。
承知の通り、異界の中では時間が物凄く速い。
従って、一旦外に出て、少ししてから戻ると、内部ではおよそ百倍の速度で時間が進んでいるから、わずかに30秒ほどで小一時間が経過しておった。
その間に、イガは満腹しており、ついでにラプトルよりも大きな肉食恐竜を討伐したらしい。
彼らの食料になるらしいので、こいつも儂のインベントリにしまい込んでおいた。
ふむ、いずれ暇が出来たら、彼ら用のマジックバックも作っておく必要があるかもしれぬな。
一旦、中断していた捜索を再度開始する。
最初に岐阜県の飛騨山脈黒部五郎岳の西側山中で宿儺を見つけた。
宿儺も大食漢らしいのじゃが、ドンやイガほどは食わないらしい。
ドンの言う通り、一旦は討伐されたらしいが、数年たってから復活し、飛騨山中で密かに籠っていたらしい。
宿儺が討伐されたのは、少なくとも1600年程前ののはずじゃが、冬眠もせずにずっと籠っていたようじゃから、究極の引きこもりじゃな。
宿儺も大屋野原の特異点に連れて行き、腹ごなし兼戦闘訓練を経て捜索を開始する。
この後、所々で見つけた鬼達は皆腹をすかしていたので、一旦は大屋野原に送り込んだのじゃ。
その際に、くれぐれも自衛隊には察知されないようにと言ってある。
四体目は静岡県の南アルプス赤石山脈の黒河内岳東側の山中で、鬼ではなく、妖狐を見つけたよ。
所謂、九尾の狐の係累らしい。
有ろうことか、儂に魅了の術をかけて来おったが、儂に魅了の魔法なんぞ効かぬ。
但し、やはり方術なのじゃろうな。
妙齢の女性に化けており、儂に近づいてくるなり、人には見えぬ方陣を描いて、術を放ってきたのじゃ。
鬼とは違って、この妖狐は体力よりも方術が得意なようじゃが、生憎と儂の魔導には及ばぬわな。
方術を跳ね返すと、途端に、狐に戻って逃走を図ったのじゃが、すぐに魔導で捕らえたわい。
ところでこの妖狐、尾が五本もあるのじゃが、いずれは九尾の狐になるのやも知れぬな。
話を聞くと、以前は「玉藻の前」と呼ばれていたことがあるそうな。
玉藻の前は、後鳥羽上皇の時代に討伐されたと記録にあるが、これも復活したようじゃな。
どうも古の怪異どもは、適切に処理せぬば、いずれ蘇ることもあるようじゃ。
この妖狐にはタマと名づけ、儂の従魔としたわい。




