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【瞳】の変化



草木が鬱蒼と生え茂る森を高速で駆けて行く影が二つ――白金(聖女)を携えし白銀(勇者)が、風すら置き去りにして魔物の大群からの逃走を図っていた。


「跳ぶぞ」

「わわっ…!」


 高く跳躍した衝撃で腕から滑り落ちそうになった少女を尾で優しく受け止める。後ろからふかふかの毛並みに押し戻される形で定位置である青年の胸元に身体を戻した。


「危ないな。もう少し強く抱くか?」

「カナエ様がよろしいのでしたら是非…!」


 要望通り背中に回した腕に力を込め、アルシェも自らの意志で身体を密着させた。前面に大きくて柔らかい感触(モノ)が押し付けられる。


「あっ…///」


 年頃の男女が行うには些か危ない体勢だが、二人の間では既に日常の光景になりつつある。それにこんな状態でも互いに周囲への警戒は怠っていなかった。


 妹の身を憂いているエリナにこの一面を見せたらどういう反応になるのか。自分で貞操を危うくするアルシェに怒るだろうが、何やかんや言いつつ元気にやってる姿を見たら安堵するかもしれない。


 そんな両者の前に大きな熊の魔物が2頭現れた。


 がっしりとした体躯に泥と埃で半分染まったぼさぼさの茶黒い毛色。額と胸にはそれぞれ大きな一文傷が刻まれていて、その風格に凄みを増している。何より恐ろしいのは通常では考えられない六メートル越えの巨大さと、それに見合う鋭利な爪だ。


「この森はよくこんな魔獣が共存できるよな」


 馬鹿げた体躯に呆れながらも、すぐさま「真相見識」でステータスを閲覧した。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


種族:剛爪熊族(ワイルドベアー)  Lv38

称号:「準特殊保持者」

状態:〈擬似覚醒〉


力:4075

体力:4450

俊敏:3720

精神:3875

魔力:3930


【特殊能力】

《鉄血の孤将》(「複合上昇」)


【通常能力】

《火炎属性 Lv6》 《大地属性 Lv8》

《剛殺術 Lv6》 《体力回復(中) Lv7》

《魔力回復(中) Lv6》 《金剛 Lv9》

《鋼爪 Lv8》 《魔纏 Lv7》 

《威嚇 Lv6》 《咆哮 Lv4》

《気配察知 Lv5》 《夜目 Lv4》

《火炎耐性 Lv6》 《大地耐性 Lv6》

《麻痺耐性 Lv5》 《気合い上昇 Lv7》 

《経験値上昇 Lv4》


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 パっと流し見て堅さ(・・)に寄ってるなというのが第一印象。典型的な《大地属性》らしいステータスで……それ以外の感想が思いつかない。もう一頭も確認したが似たような強さをしている。


()っ!」


 アルシェを抱えたまま不意を突いて襲い掛かる。普通に斬っても鋼と化した身体に弾かれるので、身体の中で一番柔らかい眼球を抉った。


“ガア゛ァァァ゛ーーー!”


 狭い隙間に見事嵌まった一撃は右眼を潰し脳へと達する。グチュグチュと嫌な音と感触でそのことを確かめるが、腕の中のアルシェが怯えて声を詰まらせた。


(やっばアルシェがダメなの忘れてた)


 そこら辺のフォローが足りなったと反省し、激昂状態で襲い掛かる相手を幻術で眩ませてから近くの茂みに彼女を隠そうとする。しかし本人から拒否されてしまった。


「私もカナエ様と戦います。これしきのことで音を上げるわけには…いきませんっ」


 顔を蒼白にしながら辿々しくもそう答えると、今度は毅然とした面持ちで湊に向かい合う。


聖女(サポーター)の私が足枷になるなど論外です。それしきでカナエ様のパっ……パートナーは務まりませんから」


 青から朱色に染まった頬を隠すようにまた湊の胸に顔を埋めた。この行為はただの照れ隠しではなく、効率的に付与を施すべく考案された所作(ルーティーン)だ。接触面積と心のドキドキがどうたら〜とか云々。

 ただし対象が好意を寄せている相手でないと発揮できないため湊専用であるが。要は気持ちの在り方次第なので他の人にやっても無駄に接触だけして終わる。


 湊に抱きしめてもらった時が一番調子良いと気付いてからは何かと理由を付けて密着する機会を窺っていた。そしてお礼に頭を撫でるのもここ最近の習慣になっている。そうするとアルシェが喜ぶのだ。


「サンキュ。んじゃとっとと終わらすか」


 軽い感じのまま戦闘へと移行する。

 幻術から抜け出せずに周囲の木々をなぎ倒す個体と、眼を庇いながら蹲る一頭を瞬時に見比べると―――先ずは無事な個体に狙いを定め、空中で踵蹴りを決め込んだ。


“ガヴァッ!?”


 蹴りの衝撃と己の質量によって轟音を撒き散らしながら森に破壊の跡を築いていく。ついでに後続から迫っていた集団も幾らか轢き殺すことに成功した。


“ガッ、ブァッ……グォ……ッ…!”


「堅った…!」


 だが蹴飛ばした足を気にするぐらいワイルドベアーは硬かった。


「さっ…すがに「大地」相手に()の蹴りは馬鹿だった。今ので術も解けたしやっぱ精神値が高いヤツは難しいな――っと、危ない」


 後悔を引き摺る間もなく、今の攻撃で湊の位置を割り出した個体が潰された眼で睨んできた。鋼の爪で彼の背中を引き裂こうとしたが一早く接近に気付き、脚の痛みを庇いながら熊の頭上を飛び越える。


「顕現せよ」


 頭部の真上にまで達したところで【黎明の双刀】を出すと、血も乾ききらない眼球に追い打ちをかける。しかもご丁寧に二本同時の双眸潰しで。


“~~~ガッ!?”


「逃がすか。《伍殺電流(アルトーネ)》」


バチバチバリィ―――ドンッ!


 激痛で投げ出されるのを察知した湊が刀を奥へとぐっと押し込み、それを支えに下からの振動に耐えた。ついでに切っ先から高圧電流を流し込み脳を焼失させるという徹底ぶり。


“ア゛ア゛ァ…………”


 それでも死なないのが生命力のある覚醒魔獣(ワイルドベアー)。最後に刀から槍に形態変化させ、ダイヤモンド数倍の硬度を誇る身体を縦二つに割って絶命させる。


「あと一体」


 強敵を斬り伏せた事に安堵を溢すでもなく、既にその眼は次の獲物に向けられていた。湊に飛ばされ自分で作った道を逆走してくる額に傷のある方の熊は、直感的に仲間が殺られたのを感じ取った。故に特殊能力(きりふだ)である【鉄血の孤将】の発動に踏み切る。


「ユニークスキルか。追い込まれた獣ほど怖いというがそれに付き合うほど暇じゃないんだ」


 バチバチ音を立てながら雷纏(カムイ)を展開した。


「一瞬で終わらせる。【雷双刀】」


 たちまち致死量の電気をその身に纏うと、数十メートルあった距離を瞬きする間に詰め、逆に迎え撃った。


――パリッ


「【毒槍】」


 黄色に染まる双刀を顕現してからここまで一秒と少し。辛うじて目で追う事は出来てもいつ槍に持ち変えたのかは見えなかった。

 紫紺の槍はもうすぐ傍まで迫っていて、死角を取られた魔物が為す術もなく頸を斬り落とされ――


“ガアァァァーーー!”

「っ!?」


――る前に間一髪のところで防御が間に合う。


 そして能力(スキル)を駆使し体から炎が吹き出した。《火炎属性》の耐性があるお陰で自爆紛いの攻撃も耐え凌げたが、逆に直前まで迫っていた湊はもろに反撃を受けてしまった。


「くっ、《火傷効(リフレー)…」


“グウォ!”


「がっ…!」


 最初とは逆に不意を突かれ、更に必殺の爪を脇腹に受けたことで形勢が著しく相手側に傾いてしまった。


「がふっ……《幻体(ドッペル)》」


 危機感を覚えた湊が幻術で分身を作り、相手がそちらに気を取られている内に自分は背後に回り込んだ。焼かれた腕や胸などは後でアルシェに治させるからして、先ずはこの害獣を葬ることにする。


(喰らえ――!)


 だが槍で心臓を穿つ瞬間になって、湊の立つ地面が激しく横揺れを起こした――地震だ。


(コイツっ、地面を叩いてここら一帯を揺らしてやがる!)


 その正体は幻術体に違和感を覚えたワイルドベアーが起こした地叩きだ。本当に地面を叩いただけのお粗末な手だったが、実際に攻撃を中断したのを見るに(あなが)ち間違った対処でもないのだろう。


(――っ、接続が切れた!)


 幻術は極限の集中を必要とする非常に繊細(デリケート)な技だ。一瞬でも気を抜けばすぐにでも破られてしまう。

 


“グオァっ!”


「――っ!?」

「カナエ様ぁ!!」



 だが精度の高い幻術はいつ掛けられたかも相手に悟らせない。狂ったように(・・・・・・)虚空を殴り(・・・・・・)続ける(・・・)魔獣は、後続に頸を噛み千切られるその瞬間まで自分が何と闘っていたかも把握できぬまま暗闇に意識を落とした。









◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







「実験…ですか?」

「あぁ。一度幻術に嵌まればその場に俺がいなくても効果は続くのか……まだ術は解けてないみたいだから相応の結果は得られた」


 ワイルドベアーが湊の幻術(ニセモノ)を打ちのめしていた丁度その頃、本物の二人は早々に戦場(フィールド)から離脱していた。

 湊に抱かれているだけで手持ち無沙汰なアルシェは先程の戦闘では知り得なかった情報を湊から聞かされていたのだった。



「あの魔物はどうなるのですか?」

「さぁ? 術に掛けた後は干渉してないからな、自分に都合の良い夢でも見てるんじゃないか。まぁ放っといても毒に侵されるか他の魔物に襲われて死ぬかだろ」


 至極どうでも良さそうに返事を返した。実際彼の興味は既に別の方へと向けられている。



(まさか嘘を見ても吐き気を催さないとはな)



 そう、これまで湊を散々苦しめてきたあの忌まわしい副作用が消えたのだ…!


 嘘が視えるのはそのままに、その後に訪れる悪心や嫌悪感、そして脳が掻き毟られるような不快感も気付いたら消失していた。


 長年ネックだった体調不良が起きないと分かり、アルシェが居なかったら柄にもなく小躍りしそうなほど機嫌がいい。それもこれも今まで悩まされてきた頭痛の種が消えたからだと言えば、湊の苦労も偲ばれよう。



(いや、嘘を見破る力自体は残ってる。となると元あった力が変質したのか?)



 思うに、これ迄の症状は【真偽の瞳】が中途半端に力を持ったことが原因で起きたのではないだろうか。要素は元から在ったがその後の歯車が噛み合わず、不調という形で不協和を齎したのでは。


 それが妖狐に進化して完全なものとなり、今まで生じていた不具合も解消されたんだと思う。



(魔法もスキルも無い世界で俺だけが能力(スキル)を持っていた。けれど周囲を取り巻く環境や、俺自身でさえそれに適応できなかった。それが同時に解消されて正常に戻ったとか、無理やり理由を付けるとしたらその辺が妥当だろう)



 何とも型破れな話だが、湊がそう予測立てた根拠だってある。と言うのも母が死んで間もない頃、余りの煩わしさから両の眼を潰した事があった。



 嘘の世界で1人生きていく気力が持てず、しかし死ぬのは母の望みに反する。何より自分が居なくなった後も屑が扈ることを思えば、彼のプライドがそれを赦さなかった。


 故にこの視える景色だけでも閉じてしまおうと考え実際に実行したが、しかしその試みは見事に失敗した。


 いや実際に視界を塞ぐことには成功したのだが1週間かそこらで完治してしまったのだ。確かに眼球裏の視神経には手を出せなかったが、医者から治る見込みがないと診断されてのソレである。


 流石に懲りて二度目はしなかったが、改めて振り返っても違和感しかない。だって治るにしても早過ぎるだろう。


 あの時は途中で考える事を止めたが、今の状況から推察するにそれが一番あり得るように感じた。すなわち湊の眼が地球の常識から外れた固有能力だから起きた事態だと。



(いや、今更そんな事どうでも良いのか。大事なのは不調を伴わず、且つこの眼が毀損(こわ)れても治ると知れたこと。そう思えばあの時負った痛みも無駄じゃなかったな)



 そもそも湊にとって重要なのは症状が再発しないかどうかで、その可能性が低いのなら特別考える必要も無いだろうと思考を切り替えて前方を見据えた。






――キイィィン



「カナエ様、このままだと五分後に蜂型の魔物の群れと遭遇してしまいます。如何しましょう」

「群れ? 数は?」

「凡そ一千……いえ二千はくだらないかと」



 少し考えるように口を噤んだかと思えば、その一瞬で判断を下す。



「却下だな。単純に面倒だし、そんな大群なんか相手してたら他のにも巻き込まれかねない。ここは迂回する」

「…! 未来が変更されました。三分半後に今度は鹿の魔物と鉢合わせます」



 アルシェの「予知眼」で導き出した未来は正しく必中であり、常であれば捻じ曲げる事が困難な運命である。だが湊は右折するだけでそれを容易く捻じ伏せた。



「分かった。でもいい加減慣れたらどうだ? 一々反応してたら疲れるだろ」



 その事に驚きと賞賛の声を上げるが、当の本人にはイマイチその凄さが伝わっていないのである。



「むぅ…カナエ様はご自身が成されていることを低く見積り過ぎです。普通だったらこんなに容易く運命は変えられませんよ。今回のだって常人なら逃げ延びる前に魔物の餌食ですからね?」



 運命は世界の流れを決めていると言っても過言ではない。実際幾つかある世界の構成要素の内、半分以上を運命が担っている。それをほんの一部とはいえ塗り替えるなど、決して簡単な事ではない。シュタークとゴルヴが命を賭したように、普通はそれだけ強大な〝意思〟を必要とするものだ。



「それもそっか。ヒト一人乗っけて新幹線並みに速く走れるとか言われたらこっちに来る前の俺でも想像できなかっただろうしな」

「シンカンセンがなんだかは存じませんが、カナエ様が分かってくれたのなら何よりです」

 


 湊の誤った認識を改める事が出来て本人もいたく満足そうに微笑んだ。



――キイィィン



(やはり、どうしてもカナエ様だけは視れませんか)


 そんな湊と同じく瞳に固有能力を宿すアルシェもまた、脇に抱きかかえられながら自身の能力の異変を感じ取っていた。



(こんな事は初めてです。初日は普通に視れたのに)



 アルシェの「予知眼」は視る対象を自由に変えることが出来る。それで湊の運命を視ようするものの、視点を切り替えた途端テレビの砂嵐のように突如映像が乱れるのだ。


 実は最初に森で目覚めてから何度も発動を試みているが、結果はいつも同じ。まるで誰かに干渉を受けてるかのように強制的に切断されてしまい、此方は本気で危機感を募らせていた。



(現状でカナエ様と離れるのは絶対に避けるべきです。私が傍でお仕えしないと)



 湊の運命は視れないが、自分の運命なら今まで通り何の問題なく発動できる。そこで視た映像にはしっかり湊も映っているため、自分越しであれば湊の安否も確認できるという訳だ。



(もう、カナエ様が傷付く姿は見たくないんです)




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