龍の動向
エリナは今、大きなジレンマを抱えていた。妹を救いたいという気持ちが時間と共に膨らむ中、それを阻むかの如くある王女としての身分が彼女を縛っていた。
(本当、嫌になる。まだ殺されないだけマシと思ってしまうことも、苦しんでると知りながら助けに行けないことが。何よりそれで今の立場をもどかしく感じる自分に腹が立つ)
何もできない悔しさで奥歯を噛み鳴らす。もし立場なんか気にせず自由に動けたら…とアルシェが襲撃を受けてからそう思わない日は無かった。
(これを招いた元々の原因は私の能力不足。全て私の責任なのにどうしてあの子がっ……いっそ私が代わって辱しめを受ければよかったのに)
エリナの想像ではアルシェは森の中で慰み者として犯され、その後ヌエに連れ去られたことになっている。
昔からそういう眼で見られてきたエリナであれば、自分達を前にした男がどういった反応を示すかなど手に取るように分かる。況してやそれが教養もなってない人間とあらば尚更だ。飢えた獣の前に肉をぶら下げる事と等しい。
実際は偶々召喚された湊によりその運命も回避されたが、一歩間違えてれば本当にその通りになっていたのだからその心配が杞憂だったとも言い難い。
(どうしてこんな事になってしまったの…)
――コンコン
(……誰かしら。こんな時間に)
気分が沈む最中、部屋の入り口扉から音が鳴った。
夜中ということで控えめに叩かれたが、過去とち狂った男に夜這いをかけられそうになった身からするとこの時間の来訪というのは気が抜けない。警備の者がいるとはいえ、今の弱った思考では警戒心を抱かずにはいられなかった。
「エリナ、儂だ。ここを開けてはくれぬか」
「陛下!? 申し訳ありません今すぐにっ」
だが扉の先にいるのが誰なのかを知ると警戒も吹き飛び急いで鍵を開けた。それで扉が動き、廊下から一人の男性が入ってきた。
「陛下直々にお越し下さるとは……しかし何故このような所に。御体の方はよろしいのですか? お呼びとあらば私の方から伺いましたのに」
「まぁ待て、一つに纏めて言わずともよかろう。それから今は父として来ている。故に敬語も不用だ」
「…わかりました。お父様」
娘の表情が僅かに緩んだのを見て初老に差し掛かった人物も顔を綻ばせた。
もうお分かりだろうが、エリナが父と呼び慕うこの男性こそフィリアムの現国王、レイモンド=フィリアムその人である。
少し色褪せた金の髪に森林を思わせる緑の双眸。長く寝込んでたことで若干覇気には欠けるが、それでも人の上に立つ男の顔をしていた。
エリナ達3人の親であるからして当然他を圧倒する美貌を誇る――とならないのが少しの虚しさを感じてしまう。
彼女達姉弟の並外れた容姿は全て母からのものであるため隣に立つとどうしても見劣りしてしまうのだ。しかし当の本人にそれを気にする様子はなく、むしろ王妃の血を強く受け継いでくれた事をいたく気に入るくらいだった。
そしてそれは彼が平凡という意味では決してない。むしろ若い者と比べてもその魅力が伝わってくるほどで、年を重ね皺は幾分かありはするがそれが良い方向にアクセントし、落ち着いた雰囲気が感じられる。
「しかし本当にどうされたので? もしかして私、何か失敗でも」
「いやそうではない。お主のことだから己を責めてやしないかと心配になってな。それで顔を見たくなったのだ」
思わず瞳が揺れる。実際さっきまでそれに似た思考に陥っていたからだ。
「どうやら図星らしいな。何でも一人で背負い込むなと言った筈だ。悪いのは全てこの儂で、お主に任せっきりなのがいけないのだと」
「でも、私が至らぬばかりにアルシェが」
「それは誰のせいでもない。あれは想像を超えた事態だったと自分でも分かっているだろう」
それでもエリナは頷かない。悔しそうに身体を震わせる強情な娘の様子にハァ、と溜め息一つをこぼすと視線を外して寝ているベリトに眼を止めた。
「懐かしいな。カエデが亡くなった時もそうだった。泣きじゃくっていた二人をとやかく言いつつも最後はこうして慰めていただろう」
「……」
眼を細めて昔の事を語りだした父を黙って見つめる。こういう時の真意を探ってこそ父のためになるというものだ。
「本当に懐かしい。アルシェがベリトを抱え、それをまたエリナが抱え込んで座っていたな。今ではもう見れんか」
自身の妻であり王妃だった彼女の死は、上を下への大騒ぎを起こし遂には国中が混乱するまで広がった。それは身内とて例外ではなく、特に子供達には大いに悩まされた。
「今のベリトよりも小さかったか。あの子も懲りずに城の者を困らせていたな」
「あの時のことは、よく覚えています。二人して夜泣きが酷いから大変でした」
「ハッハ、そうかそうか」
今の姿からは想像もできないが、幼い頃のアルシェはそれはもう手のかかる子だった。母が亡くなってからは喪失感で口も開けず、かと思えば一転して泣き散らかす始末。そしてそれをあやすのは何時も決まってエリナだった。
「本当に大変でした。わざわざベリトを抱えてから来るので追い返すことも出来なかったんですから」
アルシェは昔から妙に聡いところがあった。城の者の眼を掻い潜ってはベリトを拐い、そしてそのままエリナの部屋の前まで来て泣く。これが毎晩続くのだ。
しかも一人が泣きだすともう一方もそれにつられるので収めるのに二倍の労力を用する羽目になった。
王族相手だと見張りの者も対応には向かず、結局最後はエリナが折れて三人で眠るといった生活に落ち着いていた。
「今にして思えばアルシェもベリトと変わらなかったんですね。むしろあの子を見てこっちの子が育った気もします」
「ハッハッハ、姉弟揃って甘えん坊とは言い訳できんな。エリナも小さい時はそうだったぞ」
なっ――!
「わ、私は違いました!」
「いや同じだ。アルシェが産まれる前は母さんにベッタリだった。夜泣きも一番酷かったぞ」
「~~~~っ///」
衝撃の新事実に顔を真っ赤に染め、その時の情景を思い浮かべる。王国を背負う者として常に威厳ある自分を心掛けていたのに。そんな醜態を曝していたと知ったばかりか、周囲に色々思われてたかもしれないと悪い方向に想像が膨らんでいく。
「やっと顔を上げたな」
「え…?」
「自分で気付かなかったかもしれんが酷い顔をしてたぞ。最近心から落ち着けていないだろう」
「そんなことは――」
現にベリトに明るく振る舞った時は彼も微笑み返してくれた。だがよくよく考えると無理に取り繕っていたような感じもしなくはなかった
(――もしかして、気を使わせた? 私が、ベリトに?)
「会議も余裕がないと聞いたぞ。食事に手がつかんとも」
「そ、それは…」
だから言っておる。もっと私を頼れとな。
「―――ぁ」
レイモンドの手がエリナの頭にそっと置かれる。皺が増えて、でも昔みたいに大きく温かな感触が昔を思い出させた。
「このまま待っても人に縋りはせんだろう。だから儂が来た。辛いときは泣いて洗い流すのが一番だ。それは間近で見てきたから分かるだろう?」
冗談めかして笑う父をみて安心感が込み上げてくる。涙腺を通ってきたナニかが目頭を熱くするが、それをすんでのところで耐えた。
「…泣きません。まだ何も終わってないから。それに――泣きたいのはお父様も一緒の筈です」
父を差し置いて自分だけ泣くのは赦せない。それは父に対しての思いやりなのか、将亦しょうもないプライドからくるものかは分からないが、それだけは譲れなかった。
だが意外にも、レイモンドは穏やかな笑みでそれを受け止めた。そして次の一言がエリナの心に揺さぶりをかける。
「儂は大丈夫だ。だから泣かない、泣く必要がない」
「っ、なぜ…ですか。お父様はアルシェが心配ではないのですかっ?」
優しく憧れであった父から「必要ない」なんて言葉が飛び出すと思わなかった。だってそれは、アルシェの身の心配など取るに足りないという意味での発言ではないか。父がそんなことをいう筈がない。
普段であればもっと冷静に受け止めたのであろうが、今の精神状態だとどれもマイナスに捉えてしまう。それで予想だにしなかった回答に至り哀しみに包まれる。
その様子からエリナが何に至ったのかを察したレイモンドは、不安を募らせると共に彼女の心を和らげるため頭を働かせる。
「心配だとも。また家族を失うかもしれない不安と娘を傷つけられる痛みとで胸が苦しい」
「ならどうして…」
そこで一呼吸間をおいてまた話し出す。
「しかしな、儂はそれ以上に運命とやらの可能性を信じている」
「運命の…可能性?」
エリナであっても父が何を言ってるのかが理解できない。悩む娘に優しい眼を向けると己が信じる希望を説いた。
「アルシェが加護を授かったこと。そして話に聞くタイミングで勇者様が現れたことは決して偶然でない。もしかしたらその御方は危機を脱し、今もあの子を守ってくれているのではと思うのだ」
「それは…希望的観測が過ぎるというものです。喚び出されたばかりの勇者でどうこうできる筈ありません。特殊能力は所詮その程度なんですから」
エリナが吐き捨てるように言い放つ。勇者を悪く言うようで、言葉の切っ先は自分に向けられていた。
才有る者の象徴など何の皮肉か。そんな能力を持っていたところで現状何の役にも立たぬではないか。
己の無力さを痛いほどに受ける内に、溜め込んでいた涙が溢れてくる。俯き弱さ吐く娘を励ますため、父親は逆に強さを見せつけた。
「確かに。高望みが過ぎるのかもしれないな。だが儂等が希望を持たんでどうする。嘆いた先に最良の結果があることはないぞ」
「ですが…」
「あの子の危機に、あの子が望んだ瞬間に、あの子の信じるものが光となって現れたのだ。これは出来過ぎた結果だと思わんか? 今考えられる最高の流れだとは感じないか?」
儂はそう思う。であれば何故それを嘆く。奇跡を秘めた可能性に夢をみないでどうする。
「お主が考えていることはその奇跡からも眼を背ける行為ぞエリナ」
父を見る顔には驚きと希望が複雑に入り交じった表情が張り付いている。
「アルシェの無事を願ってはやらんか? 最悪を見続ける事がお前の本心ではなかろう」
「はい…」
「ならば信じよう。どうしようもなくちっぽけで、薄い運命でも。我等がするのは待つことと願うことだ」
「はい。その通りです。私は、アルシェを信じます。どれだけ辛くても、あの子が望む結末に持っていくのが私の――王女として、姉としての使命ですから」
ポロポロと泣いて破顔しても、エリナは力強く宣言するのだ。弱気になっているなど無い。アルシェも頑張っている。なら自分も最善を尽くすことが彼女に報いる事だと判った。
「そうだ。アルシェならきっと大丈夫だ。どこか抜けている所はあっても、儂の娘でお前の妹。そして運命すら視れる聖女だ。今もあの森で、強く、そして素敵な勇者様と闘っているに違いない」
数年ぶりに泣きじゃくる長女に膝を貸し、自らも固く手を握って自信を鼓舞した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そう言えば……聖龍様自らアルシェの捜索を申し出たと聞いたがエリナは止めなかったのか?」
「それは…」
私だって混乱の防止や安全性の観点から出撃は控えて欲しかった。でもそれを理由に引き留めることは出来ない。
あの方とはそういう契約の下、私と手を結び教会にも籍を置いているのだ。
「アトラスの森に赴く…ですって? 断じて認める訳にはいきません」
『許可が欲しくて報告したのではありませんよ枢機卿。ワタシは自分の目的のために動くだけです』
最初はアルシェを救出するためだと思ってました。しかしそれだけだと此処から離れる理由としては弱い。となるとウラネス様絡みでしょうか。
『いいえ。空に浮かぶ月のように自由な人だから彼女を追っても無駄足になるでしょうしね』
聖女姫でも白銀妃でも無いとなると他に考えられる理由なんて……いや一つだけある。だけどそれは――考えられる中で余りに最悪過ぎる想像だった。
「まさか他の龍があの森にッ!? ですがあそこには…」
『ええ…あそこには彼等がいるからワタシ以外の龍があの森に入るのはリスクが高すぎる。今回観測したのは【龍の因子】だけです』
「彼等?」「龍の因子、だと?」
聖下たちには悪いけど説明する気はない。彼等は私たちの厚意により会話を聞かせてあげてるだけ……言ったら悪いが部外者に詳細を教える筋合いなど無いのだ。
「因子だけ、ですか? そんな事有り得るのでしょうか」
『私も初めてですがこの好機を逃す手はありません。残る七つの因子を集めて私は為ります、全ての竜の頂点たる【オロチ】に』
あり得ない、一体あの森で何が起きたのでしょう。
いや、もしかしたらまだ終わってないのかもしれない。一連の襲撃から始まった今回の騒動、私が知らない水面下で何かとんでもない策謀が渦巻いているのかも。
『その間留守は任せます。良いですよねエリナ、これはそういう契約です』
「……承知しました」
あの方が動くといったのはあくまで自分の為。勿論アルシェやウラネス様の件も一緒に解決してくださるとの事ですが、第一優先は揺るがない。
一抹の不安とアルシェを取り戻せる期待とが同時に湧き上がり、妹がいるであろう方向を見据えながら彼女の無事を願うのだった。
「アルシェ、無事にいて」
静寂に包まれた夜だった。果てなく続く広大な森でそこだけ地盤が引っくり返されたような跡がある。
最上級を超えた超級魔法《大厄災》
黒フードの男…オルガが残した破壊の爪痕は優に数Kmにも及び、湊との衝突から1週間が経った今も当時の激闘を振り返ることが出来る。
ゴボ、ゴボッ…
沈黙が支配していた森を、亀裂走る大地と共に地鳴りが木霊する。
そこから現れるは鱗が月光に煌めく巨大な水龍。めくれ上がった地盤を押しのけて地上へと這い出ると、水で渦巻く胴体を螺旋状に唸らせ月をバックに甲高い咆哮を上げた。
グオオォッーー!?
それはオルガに破壊された筈の《瑛麗之水霊》だった。
召喚直後から本来想定したのと違っていたり、湊をして偶然の産物という認識だったが今度はその湊の制御からも外れて完全に自立したのだ…!
バオ゛オ゛ォォッッ゛!!
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種族:ーーー Lv??
称号:「龍の因子」
状態:〈自立魔法〉〈昼活性〉
力:ーー
体力:ーー
俊敏:ーー
精神:ーー
霊力:ーー
【%?#&】
《■¢昼£龍》(「$&!?@#」「ヾn;£」)
【通常能力】
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