賢姫
全ての始まりとなったあの日――。
商人に拾ってもらった私は動ける者を引き連れて再び襲撃現場に引き返した。そこには死んだ部下達と盗賊が放置されてただけで、主犯格の男も、勇者も……やはりアルシェ様の姿も無かった。
(主を護れずして何が騎士だ!)
やりきれない想いのまま部下の遺体と遺品を回収し、その後は襲撃に遭う事も無くフィリアムに帰還。事の顛末を報告し、現在に至る。
私の入室で空気が変わった。向けられる視線の殆どが侮蔑や私を嘲笑するものであり、任務も果たせない敗残者への当然な反応と言えよう。
こうして始まった会議は、しかし半刻もしない内に喧騒に包まれた。
「ですから、それでは意味がないと何度も…」
「アルシェ様の御身を思えばそれが一番です」
「しかし確実ではない。こういった方法はどうかね」
尤も、先程から会議と呼ぶには生産性に欠けた……言ってしまえば醜い責任の擦り合いしか聞こえてこない。
各々が意見を言い合い、それに反論するのが延々と続くだけ。初老に差し掛かった執事と私はチラリと斜め前に座る人物を見やりながら、その額に冷や汗を滲ませた。
「もう充分です。静まりなさい」
そんな状況がもう暫く続いた時、漸く議論の制止が掛けられた。張り上げた訳でもない女性の声など普通はこの喧騒に呑まれ霧散していくだろう。しかし女傑が発した言葉はしっかり全員に届き、沈黙が部屋を支配した。
「皆さん何か勘違いしてませんか? 私は報告しあうと言っただけで好き勝手話すことを許容した覚えはありませんよ」
薄っすら細めた眼で見回し、その内何人かが慌てて目線を下げると僅かに溜め息を零した。
「もういいです。時間も限られてますしここからは私が進めます」
「先ず襲撃の流れについてですが、これは皆さん既にご存知ですよね?」
その場にいた全員が頷く。襲撃は霧の古代級魔道具を所持した盗賊に、アルシェ様を護衛していた我が第六騎士団が襲われたところから端を発した。
敵の親玉を討ち取った事で事態は治まったかに見えたが、そこで現れた黒フードの男に惨敗。護衛二人をアルシェ様に付けて森へと逃がしたものの、途中で〈石〉から溢れた光が天高く突き上げたのを最後にその後消息が途絶えてしまった。
「兇徒は兵を無力化した後、自らも森に入ったのだな」
「会話の内容から推察するにアルシェ様と我が国の勇者様方を拐ったと考えるべきでしょう」
「アルシェ様に付けた護衛も途中の爆発で死んでいた」
「光が上がったのはその後…となるとやはり召喚直後を狙われたか」
途中で捕捉も付け加えながら経緯を振り返り、それに追随するように声が上がる。そんな中、一人の男が戦々恐々といった様子で口を挟む。
「盗賊は謎の男より勇者様に関する指示を受けていないのですよね? とすれば最悪手遅れの可能性も…」
(くっ、私が不甲斐ないばかりに!)
実際は二人とも黒フードの男――オルガの手から逃れたが、やはり事情を知らない彼女らが真実に行き着くことはなく、エリナでさえもそれを疑わなかった。
「敵の素顔や正体……挙句には召喚された勇者様の人数、安否すら不明。分かっているのは〈石〉を奪い取るという目的のみ。これでは身元を特定できませんね」
そう言うと上層部を怯ませた瞳が今度は私に向けられ、反射的に背筋を伸ばした。
「故に問いますサーナ。貴女から見てその男……仮に“ヌエ”とでも呼びましょうか。敵の実力をどう評価しましたか」
紅玉の瞳が射抜くように真っ直ぐ私を捉える。無礼を承知で打ち明けるが、昔からこの目が苦手だった。
未だ若歳《ref》各種族ごと異なるが、人族換算で15~20歳の間《/ref》でありながら海千山千の口巧者を手玉に取る手腕と、物怖じしないその胆力。おまけにフィリアムの二大美姫と称されるほど容姿にも優れており、中央諸国全体の支持を集めやすく五大国筆頭たる我が国の全権代理を務めるのにこれ程相応しい存在は他に居ない。
「私の感覚で語っても宜しいでしょうか」
「えぇ勿論」
「では率直に申し上げて……私とアルフリード殿の二人がかりでも苦戦を強いられるかと」
しかし一方で、正教と対立するなど時に過激な面を持つ。心から慕う主との血の繋がりを感じさせつつも穏やかな聖女と似た容貌ながら、あの方が絶対にしないであろう底冷えする目を向けられて恐ろしく思わなかったことはない。
「勿論負ける事は無いと思います。しかしながら敵は能力、技術共に私を圧倒していました。近衛隊長との共闘でも私の攻撃が奴に達するかは分かりません」
アルフリード殿はフィリアムの全兵団を纏めあげる中核のような存在であり王を守護する近衛騎士、及びそこの騎士団長でもある。隊長格の中でもずば抜けて高い戦闘力を誇り、今まで数々の武勲を上げてきた。
そして私の実の兄でもあり、エリナ様の護衛として今まさに彼女の横に立っていた。
「アルフリード殿は各国に名を轟かせる我が国最強の騎士にありますぞ! それを精々賊の首謀者と同列のように騙るなどと…妄言は慎みたまえ!」
私の発言にどよめきが広がり、エリナ様の表情も険しさが増す。当の本人は平静を装っているが、その実張り詰めたような眼を妹に向けていた。
「黙るのは貴方ですエファイト公。私がいつ発言を赦しましたか」
「ぬっ……しかし」
「黙りなさい」
鶴の一声とはまさにこの事か。先駆けて非難を浴びせた者が逆に上から押さえつけられたことで後に続こうとした者に釘を刺す形となった。絶対王制が敷かれたフィリアムでは上級貴族とはいえ王族の許可なく意見を通すことができない。エファイト公爵は苦汁を飲む事となった。
「続けて」
「これも感覚的な話になるのですが、剣を交えた時の手応えが近衛騎士長と打ち合った時に近いと感じました」
荒れ狂う本流のような魔力に少し粗さの目立つ立ち振舞い。武の技量では恐らく兄上の方が優れているが、潜在的な能力だと彼方が上だろうという確信があった。
「成程、貴女にそうまで言わしめるとは捨て置けませんね。やはり特殊覚醒は確定ですか」
厄介。そう評せざるを得ない。
「アルフリードからは何かないですか?」
髪を弄って何やら考え込むと、私に向けていた視線を隣に移し、当の本人に意見を求めた。切れ長の目を見れば決して思わないところがない訳でもないのだろう。
「いえ何も。私は妹の見る眼を信用しています。彼女がそう言うのであれば私から言うことはありません」
「そうですか。貴方らしいですね」
しかし彼自身はあくまで聞きに徹るすつもりのようでエリナ様からのパスにも断りを入れた。近衛隊長とはいえ家柄やサーナとの関係など様々な要因が複雑に絡まっているので間違っても場を荒らすような事態は避けたいのだろう。エリナ様もそれで満足したのかこの話を打ち切った。
「エリナ様、発言よろしいでしょうか」
次の議題へと移る前に、一人の男が発言を求めた。あれは確か……トルテッド公か。相も変わらず髪を短く揃えて気難しそうな顔をしている。
「構いませんよ。時間はまだ有りますしね」
「では畏れながら。エリナ様はサーナ=ウォークマンの処遇についてはどうお考えですか。殿下のご意見をお聞かせ頂きたく存じます」
この問題を避けては行かせないという気迫を前面に押し出し、エリナ様を相手に追求する構えを取った。
(やはり来たか。まぁそうだろうな)
このトルテッドなる者、今までも何度かエリナ様を相手に強気な発言を投げ掛け、会議を騒がせる事で有名だ。エリナ様自身は怯えて言い訳染みた言葉を並べる他の貴族と違い、己が信念に準じて行動する彼を面白いと感じているそうだが矛先を向けられている身からしたら気が気でない。
「サーナには他の部隊と連携して勇者様及び妹の捜索に当たってもらいます。当事者である彼女がいれば捜索も円滑に進みますし、余計な手間も省ける」
民には急病を患った陛下の治療という名目で聖女不在の事実を隠してある。だが何時までも誤魔化せはしないだろうし、ましてや勇者が攫われたと知れたら我が国の信用にも傷がつく。迅速な解決が今は一番大事だ。
「時間は限られている、という訳ですな。しかしそれを考慮しても彼女の仕出かしたことはあまりに大きい。今回の事案、場合によっては資格剥奪…いや極刑も有り得ますぞ」
そんな者を指揮官に置けば軍内部で不満が溜まり兵の士気にも関わってくる。だから考え直して欲しいというのが彼の主張だ。悔しいが何も間違っていない。
「むしろ一度酷く痛い目を見たからこそ、という風にも考えられませんか? 彼女ならこの失敗を糧にこれから貢献してくれると信じています」
それに、と続ける。
「サーナ隊長をアルシェの専属護衛に決めたのは私です。彼女がミスをして不満が出るというならそれは全て私に向けられるべきモノ。そういった不満がある者は私直々に話を訊いてさし上げます」
ピシャリと言い放ち、会議室中で息を呑む音が聞こえる。微笑みの裏にある絶対的自信を気圧されたのだ。侯爵も一瞬言葉を詰まらせたがすぐに反論する。
「エリナ様に不満などございません。わたくし共は貴女様に絶対の忠誠を誓っております」
「しかしながらサーナ=ウォークマンの処遇はまた別問題。エリナ様に限って判断を見誤るとは思ってもいませんが、今のご決断が万が一外部にでも漏れたらそう捉えられても致し方無いかと」
今回の捜索は結果が伴わなければならない。それなのに任務遂行を成せなかった者をまた起用するのは反対だと暗に告げている。
「私の話には乗ってくれない、という事ね」
「賛同いたしかねます」
絶対的支配者と己の信念を貫く者。互いの揺るぎない意志が視線となって中央で火を鳴らし、周りはそれを固唾を飲んで見守る。
張り詰めた空気が辺りを漂う中、外の風と時計の針が動く音だけが響いて……エリナ様が吐く溜め息でそれは崩れた。
「そうですか。貴方は――いえ皆さんも同じ考えという事で宜しいのですか?」
それに対し全員が頷く。
「私達は常にエリナ様を慕っております。主の不利となるもの、脅かすは全力を以て排除します」
トルテッド公はエリナに向けていた目を此方に移し、凄まじい眼力で威圧した。悪寒が背中を刺激して視線を逸らしそうになるが何とか気合で耐え凌ぐ。
そのまま幾ばくして漸く視線が外れると、それに伴って胸に乗る重みも和らぐ。
「であれば私から言うことはありません。宣言しましょう。〝サーナ=ウォークマンから今回の捜索に対する指揮権を剥奪、以降は二番隊長へと移ります〟」
この宣言で今回の任務に関する私の影響力が著しく落ちたのと同時、仕方無いとはいえアルシェ様をお救いする役割が移ったことに肩を落とした。
部屋の中がまた騒がしくなる。中には皮肉を込めてサーナに笑みを向ける者がいた。
(おかしい…どうも話が上手く行き過ぎている。これはもしかすると――)
しかしその中でトルテッドだけは難しい表情を浮かべたままだ。違和感の正体を探っていたが、すぐに原因が判明した。
「ではサーナ隊長の処遇についてはこれで終了とし、次にいきましょうか」
『……っ!?』
(成程、こういう事ですか)
エリナの狙いに一早く気付いたが出来たがもう遅い。既に彼女は準備を終えていて、言質も取ってある。
「お、お待ちください王女殿下。彼女の処遇についてはまだ何も――」
「決まっていますよ、既に」
態度を崩さないエリナを見ていて、周りの貴族達にも混乱が広がっていく。
「先程トルテッド侯爵が仰っていたではありませんか。〝場合によっては資格剥奪どころか極刑もあり得る〟と。それは裏を返すと場合によっては極刑どころか資格の剥奪さえ起きないということ。そして誰もそれに異を唱えなかった。であればこの案件は可決され意味を持つ」
「……あっ!」
フィリアム王国は他国に比べても王族の力が非常に強い。それは世襲交代の際に無駄な血を流さぬためであり、この考えは代々受け継がれてきたものだ。
そして王の――この場合は代理であるエリナの――特権の一つとして〝議会に提出された案件の内、出席議員の4/5以上の可決が王によって取られたモノについては後の裁決全権を国王に委ねる〟とある。
これは国が一つの事案に固執しないために生み出された方法であり、王と議会の一体性を見せつける役割も持っている。
「今回の話はサーナ隊長が持っていた捜索指揮の権利を移すという事でしたが、その中には彼女のこれからの制裁に関する事項も含まれていた。それを指摘せず、「王の採決」にかけられ尚且つ全員の同意が得られた。つまりこれは国法第二十三条を満たしたということ」
エリナの話をもっと簡潔に纏めると、今回可決されたことで現在王の権限を持つ彼女でもサーナの指揮権を回復させるのは実質不可能になった。
しかしその合意の中に含まれていた審判の行方は訂正意見が出なかった為、制裁の内容については彼女が好きに決められるという訳だ。
「お、王の採決は…」
「採りましたよ。しっかり〝皆さん〟と訂正した上で」
そこまで至って漸く全員がその意味を理解した。つまりソレを決める権利は完全に彼女の元へと下ったのだと。
他の者が呆気にとられる中、トルテッドは顎に指を添えて事の顛末を悟った。
(成程、私は初めから誘導されていた訳ですか。話がついた途端の流れはこれがあったから)
改めて彼女が他国より畏敬の念を集めるのかを実感させられる。自分で考え喋っていたと思ってたが、今までの流れ全て巧みに捜査されたものだった。
エリナはその様子を眺めて満足そうに頷くと羊皮紙にサインを書き加えた。
「他に質問がある人は?」
「では、私から一言だけ」
今度は如何にも貴族といった雰囲気を醸す四十代ぐらいの男が発言を請う。
「ミストア伯爵。発言を許可します」
「え、エリナ様?」
それをエリナ自ら指名し、司会進行が焦った声を上げる。彼女はそんな事をお構いなしに何かを待つみたいな気配がある。
「エリナ様自らのご指名とは恐悦至極に存じます。一つだけどうしてもお教え願いたい事がございまして」
「何でしょう」
「殿下がそうまでしてサーナ=ウォークマンを擁護なさるのは何故です? 彼女は貴女様の妹君を護れなかったというのに」
またもやサーナの肩がビクリと震え、歯を食いしばる。ミストア伯爵はサーナに嫉妬が孕んだ怨嗟のようなものを向けていた。
どうしていつも奴だけが。そんな事を言われた気がしてならない。
「何故、といわれましても。その理由は皆さんも御存じなのでは?」
「我々が、ですか? 一体何の事だか」
エリナが平時とは違う含みを込めた笑いを起こすと自然に全員の身が強張る。彼女がこういった笑いを見せるのは決まって厄介な事が絡んでいる。
そうしてすぐさま当たりをつけると、無言でその後を待った。そしてエリナもそれに答える。
「貴方達が信用ならないからです」
『なっ――!?』
エリナの爆弾発言で寝耳に水を食らった貴族達。一瞬呆けたものの、すぐに立ち上がり先程とは別の勢いをみせて迫ってくる。
「エリナ様! 我々のどこが信用ならないと仰るのですか!」
「私共はこんなにも貴女様を想っているのです! それなのにどうして…」
「今回ばかりは聞き過ごせませぬ。発言の撤回を要求します」
口々に捲し立てる光景があるにも関わらず、エリナは落ち着き払った様子で見つめるしかしていない。
だが一分もその状態が続くと流石に嫌気が差したのか溜め息一つ挟んでから明確に発言の許可を取り下げた。
「静まりなさい。まだ話終わっていません」
途端に魔がさした時のような静寂に包まれ、会議室の喧騒は終わりを告げさせられた。
「今回の襲撃事件、不可解な点があるのは皆さんも薄々気付いてますよね。それと私の心境に関係があるのは明らかなのですからご自分で考えてみてはどうですか?」
その言葉にハッと息を飲む者もいれば苦虫を潰したような表情まで反応は様々だ。どうやら何かしら心当たりがあるのだろう。
「〈英雄召喚石〉の在りかを敵が知っていた、ということでしょうか」
「その通り。アレの所在については私と陛下、実際に所持していたアルシェとその護衛であるサーナ。そしてここにいる十傑しか知らない筈です」
だというのにヌエは知っていた。それはこの中に“裏切り者”が潜んでいるからに他ならない。
「それとも誰かうっかりと機密を漏らしてしまいましたか? そういう場合も名乗り出た方が良いでしょうね」
(((……)))
誰も何も言わない、言えない。彼女が話してる事は全くの正論であり自分達が口を挟める立場にあるとは思っていなかった。
自分達の中に国を裏切った者がいて、サーナはそれに巻き込まれただけ。王女襲撃を企てた者と任務に失敗した者。どちらに重い罪が課せられるかは火を見るより明らかだ。
普通、国を裏切った者やそれに準ずる行いをした者についてはそれをした個人にだけ制裁が与えられる。しかし今回はそれに勇者と王女が巻き込まれた。ハッキリ言って大きくなり過ぎている。もしこのまま事件に進展がみられずあまつさえ無事でないと確認されでもしたら――
「処刑などはいたしません。連帯責任にも限度がありますからね。ただ…最悪は土地と財産と家族、その他全てを失う覚悟はしてもらいます」
「っ、」
そういう事だ。それを免れたいなら捜索を急ぎ、裏切り者を炙り出せ。遠回しにそう脅してきている。
「でも安心してください。勇者様とアルシェの安否についてはそこまで待つ話でもないですから」
「……? 待つ話でもない、とは一体どういう事でしょうか」
話の展開が読めず、部屋全体に異様な空気が流れる。察しがいい者は嫌な予感を感じ取っていた。そしてその予感は的中する。
「近いうちに聖龍様が動きます。そのつもりで準備しておいてくださいね♪」
会議室にいた全員の顔が引き攣る。それとは対照的に、先程までの無表情が一転してアルシェに匹敵する満面の笑顔を晒してしまった。
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