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竜と王女と白銀と





 とある会議場にて。質の良さそうなテーブルの周りをこれまた地位の高そうな大人達が囲んでいた。

 しかし誰もかもが一言として言葉を発さず、緊張を顔に張り付けて何かを待つ様は言い知れぬ雰囲気を醸し出している。

 

――キィィ…


「っ!」


 その時入り口の扉が開かれ、会議室にいた全員の目が一斉にそちらへと向いた。



「時間通り、ちゃんと全員いますね」



 お付きの者が開けた先――そこから表れたのは、何にも替え難い美貌を持つ女性だった。


 スラリと伸びた脚に、引き締まった腰回り。それと相反するかのように押し出される圧倒的胸の膨らみは〖聖女姫〗のそれをも凌駕していた。

 露出の少ない東の衣装から淡いクリーム色の肌が覗け、艶やかな黒曜の髪は生きているように揺らぐ。

 女性として完成された造形を誇る彼女は、何度も見た筈の彼等をして思わず唸らせる魅力を持つ。


 彼女が宿すの瞳からは真っ直ぐと…芯の強さが計れる眼光が発せられ、その場にいた者達を流し見た。



「ではこれより緊急会議を始めます。各々席に着いてください」



 後から表れた少女はこの場には似つかわしくない程ゆったりとした足取りで一番奥の席まで移動してゆく。


 いやそもそも、髭を生やした男連中の中に彼女みたいな美女が紛れ込む方が不自然だ。どこから見ても彼等の半分の時間も生きていないというのに。

 それなのに誰も口を挟まない、挟めない。

 彼女が纏うオーラに圧倒され――中には分不相応にも見惚れる者がいる始末で――、席の前に位置付けた時には全員の額に汗が滲んでいた。


 豊かさを象徴する長い髪を少しだけ揺らし、漸く少女も席に着く。



「既に知っている方もいるでしょうが数日前、イザナ藩に遠征していた我が国の使節団が襲撃され、それに同行していたアルシェが行方不明になっています」



 美女は恐れ多くも神の代理者たる聖女を呼び捨てにした。だがそれを咎める声はなく、むしろそれが当たり前であるかのように恙無く進行していく。



「では当時一体何が起きたのか、その様子を当事者(・・・)に教えてもらいましょうか」



 再び扉が開き、そこからアルシェの()専属騎士であった女性――サーナが姿を見せた。

 細身ながら騎士らしく引き締まった肉体を有しているが、主を護れなかった責任に苛まれアルシェが最後に見た時より髪はくすみ、顔も(やつ)れていた。着物の女性がその様子を一瞥するも、すぐに視線を戻す。



「さぁ始めましょう皆さん」

 


 彼女の名はエリナ=フィリアム。

 現国王に代わって政事(まつしごと)の全権を担うこの国きっての才女で、アルシェの実姉。そして彼女と並び、二つ名に〖姫〗の文字を刻んだ正真正銘の規格外だ。


 アルシェが真似た本物の大人の色気を醸しながら、艶のある桜色の口を開いた。

 


「また…心ゆくまで騙り合いましょうか」



 その彼女が薄く微笑み――、しかし瞳の奥では冷刻な炎を滾らせながら会議の開始を宣言した。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






 時間は遡り――フィリアム王国の首都エルカンジュ。

 これまで中欧諸国は幾度となく国家の新興と衰退、或いは消滅を繰り返してきた。


 そんな激動の時代を経験しながら変わらず大陸一の栄華を誇ってきたこの国の更に中心――女神を崇めるセレェル教の総本山フィブリノ大聖堂内にて、巫女の少女と聖なる竜が人知れず邂逅を果たしていた。



「それは本当なのですか?」

『間違いありません。アルシェ嬢が消息を絶ったアトラス大森林にて色欲の戒禁……いえ【乖権(かいごん)】の存在を探知しました』



 人と竜。種族もサイズも違う2人(一人と一匹?)だが、彼女らこそミロス地方を表と裏から統括する実質的なトップなのは間違いない。



「―――それはあの方が、ウラネス様が今回の襲撃に関わっているという事でしょうか」

『分かりませんが決して無関係ではないでしょう。現に異界より流れ込んだ魔力があそこに集約している』



〖白銀妃〗はそんな両者が揃って言葉に詰まるほどの相手だった。今回であれば力が観測された事そのものより、発動したタイミングの方が問題だった。

 


「ウラネス様が妹を助けてくれたというのは無いでしょうか。一応我が国はあの方の庇護下にありますし」



 七百年前の人魔大戦を終わらせた偉業以外にも数々の逸話を持つ彼女だが、中でもフィリアムの人間は国王夫妻の成婚に大いに関わった話が馴染み深いだろう。


 巫女としての使命に嫌気が差した元王妃は、極東地域からアトラス大森林を抜けて逃げてきた過去がある。逃げた先で当時王太子だった現国王と偶然出会い、気付けば互いに惹かれ合っていた。

 しかし森を隔てた先でどれだけ権威ある立場だったとしても、使命を捨てた彼女には何の後ろ盾も無い。当然そんな女と国の未来である王太子との結婚を周囲は認めなかった。


 それを何処から聞きつけたのか世論に割って入る存在がいた。ウラネスである。


 神獣の中でも高位の力を持つとされるウラネスが巫女を祝福したことで情勢は一変。それまで二人の関係に否定的だった者も途端に掌を返し、その後も紆余曲折あったが最終的には無事結ばれたのだ。


 つまりその娘である〖巫女姫〗にとってウラネスは自分が生まれるきっかけになった恩人でもある…が、妹に介入したかもしれないと聞いて母を亡くした時も崩れなかったポーカーフェイスが確かに崩れた。



『正直分かりません。一応こちら側(・・・・)に属してはいますが彼女の本質は間違いなく悪です。あれほど邪悪でタチの悪い【乖権】を私は知りません』

「そう、ですか」

『或いはもう既に毒牙に掛かっているという事も』

「ッ――、」 

『嗚呼ごめんなさいっ、不安にさせるような事を! 大丈夫、あの人は自分に害を向ける者には容赦しませんがそうでないなら意外と寛容ですから!』



 彼女の功績を讃える話がある一方、それ以上に悪い噂が後を絶えない。


 最初森で目覚めた時に、ウラネスが女神の半身なのではないかという話をしてたと思うが、実は湊に話す上で意図的に隠してた内容がある。


 それは彼女が持つ悪癖……嗜虐性について。


 ウラネスは女神と同じ白銀の御神を持つ。二柱の関係で慈悲と恵みを与える女神セレェルを善とする一方で、道理から外れた狼藉者を裁いて罰するのがウラネスであるという話が秘かに存在していた。

 さしずめ飴と鞭、日本で云うところの閻魔大王と地蔵菩薩の関係に似ている。彼方は元が同一人物という説が有力だが…。



「しかし一度殺すと決めたら例え相手が誰だろうと容赦も慈悲もない。ですよね聖下」

「ええ、そうですな」



 後ろを振り返り、二人の会話を傍で聞いてる者に同意を求めた。名目上は大陸を統べる教会のトップに君臨している教皇と、その横にはNo.2である枢機卿も控えていた。



「実際にある国の王が彼女の機嫌を損ねて惨殺された話があります。教会でも昔、上層部の腐敗が原因で血の入れ替えが行われました」



 人魔大戦を終わらせる偉業を成して少し経った頃、(くだん)の王がお礼をしたいと彼女を城に招き入れたことがあった。これがまた独善的でどうしようもない性分だったこともあり、案の定感謝の気持ちを伝える筈が見事にウラネスの不興を贖ってしまったのだ。



「元々城に招いたのもウラネス様の御力に興味を持たれたからなのですが、それが実際見てみると花も添えられぬ美貌の持ち主だったようで。愚かにも舞い上がってしまい彼女に不敬を働きました」



 力を貸せ、妃になれ、手柄を寄越せ。

 その他諸々の要求を突き付けた愚王の末路は筆舌に尽くし難いものだったとされている。彼女は国王を殺める際、自分では手を下さず傍の臣下達を使ったのだ。


『その愚か者はお前達の手で葬れ』――と。


 彼女に恐れを為した者から王を手に掛けていった訳だが、そこでも彼女は王がすぐに死んでしまわぬよう為るべく致命傷は避け、痛めつけるよう言い含めた。


 清の時代の中国に凌遅刑というものがある。直ぐに死ねず肉を削ぐ時の痛みが想像しやすいからと見せしめにも使われたらしい。

 中世のヨーロッパにも似たような処刑法があった。此方は肉を削ぐよりも斬り落とすことが多く、貴族への報復が主な目的だったとされている。ウラネスが行ったのはこの2つに近い。



「ウラネス様は王が悲鳴を上げる間もずっと嗤っていたと聞きます。教会が彼女とセレェル様のご関係を公言しないのも、偏にその悪癖が原因です」



 真実こそ不明だが、もしウラネスと半身であるという噂が広まれば女神の威光にも疵がつく。それを防ぐために伝える者を制限した情報統制を行っているのだ。



『悲観的になり過ぎです貴方達。アルシェ嬢を助けるために力を使ったと考える方がむしろ自然だとワタシは思いますけどね』

「貴女様がそう仰るなら吉報を待ちますよ。あまり期待せずにね」

「全くお主は素直じゃないのぉ」



 教皇が呆れた目を隣に向け、王女は沈黙を貫き、竜は祈るように天を見上げた。

 


『ええ本当に――信じていますよ、師匠(せんせい)



 



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