ファーストキスは思い出の味?
※本話は一部アレな表現が含まれます! 王道な恋愛モノを期待されていた方は注意かもです!!
意識が浮上する――
朝起きた時のような寝惚けこそ無いものの、直前まで追体験していた記憶との差異に一瞬だけ脳の処理が遅れる。
なにせ夜中死闘を繰り広げていたのが急に昼間へと時間が跳んだのだ。自身の存在を肉体と同期させるのにどうしてもラグが発生する。
記憶世界から現実へと戻ると、閉じていた瞼を上げ、直ぐ様周囲を確認した。
(十五……いや十六分か。案外長く居たな)
『暇の記憶』にダイブしてから現在に至るまでの経緯を思い起こし、その際敵が接近するなどの事態に無かったか探る。途中時間を止めたりしたため実際の経過時間と多少のズレが生じていたが、それ以外で特に異常はみられなかった。
洗い物を終えたアルシェを傍に置き、穏やかな時間を二人で過ごす。
俺が木に身体を預けてる横でまた何かしてるなと思ったら、結界から裁縫道具を取り出し昨日貸したカーディガンをせっせと修繕しているではないか。
盗賊に破壊されてもう着られないモノをどうして直してるのかと問うと、「せめて形だけでも綺麗にしたくて」と彼女らしい答えが返って来た。
「前から小さいと思ってたんだ。アルシェにやるよ」
「ではカナエ様からの初めての贈り物ということで尚更大切にしなくては」
「好きにしろ」
貢ぎ物なんてアルシェからすれば特段珍しい事でもないだろう。現に結界で収納されている内の半分は誰かからの贈り物だと言っていたし、身に着けている衣装やアクセサリなど全て高価なもので飾られていた。
俺が着ている服も当然素材が良いもので満たされてはいるが、ボロボロの男性服など今更必要だとは思えない。それでも俺から受け取ったそれを大事そうに抱くアルシェを見ると言い知れぬ優越感に口角が上向く。
料理にしてもそうだ。それまで包丁にも触れてこなかったのに、少しでも俺の役に立ちたいからという理由でここまで腕を上げた。
確かにスキルで料理の腕を底上げしているのは事実だがそこはどうでもいい。重要なのは俺への献身がアルシェの潜在能力を引き出したという一点のみ。
世界最高の聖女にして女神の預言者たる王女の心を手に入れ、他の者では決して割り込めない主従関係を築いた。これを愉快と言わずして何とやらだ。
(……愉快? 俺はアルシェが自分の女になったことに欣悦しているのか)
その時ふと、尊大なる思考にノイズが走る。
まさか――女が俺に惚れるなんて至極当然のことで、そんなことに一々反応してたら疲れてしまう。大体、他人と比較して悦に浸るなんてのは心が満たされない哀れな奴のすることだ。俺はそうじゃない。
(分からない。どうしてアルシェが俺に惚れてることを自慢に思うんだ。そんなの当たり前じゃないか)
俺でも息を呑むくらい可愛らしいから?
聖女で王女という歴代無比な付加価値が付いてるから?
それとも襲撃者から護ったという達成感を何時までも味わいたいが為に彼女を特別視しているのか。
こんな風に悩むのは久方ぶりだ。しかしどれだけ考えても納得のいく答えが出ず、悶々としたままアルシェをもう一度見る。
「初めて、か」
「カナエ様?」
俺が結構最低なことを考えてるとは露とも知らず首を傾げている。仕方ないとは言え能天気なその様子に腹が立ってきてしまい、つい悪戯心が芽生えてしまう。
「アルシェを川から引き上げた時にさ、心肺蘇生を行ったんだよ。知ってるかアレって肺に空気を送り込む際にどうやるのか」
「……? へ――ッ///!!?」
ついでに胸も心臓を圧迫するときにがっつり触ったけど……それは別に言わなくていいか。無くてもほら、茹でダコみたいに顔真っ赤だし。
「だから本当は初めてじゃ無いんだよ。その前にもっと大事なものをあげた訳だし」
な~んて、初心じゃないんだし全然大事にも思ってなかったけど。あー、すっきりした……ってか前にもやったな今のやり取り。俺ってアルシェに対してだけ負けず嫌いじゃないか煽られてもないのに。
「あ…あぁ……!」
「クスクス。思い返したら俺もアルシェの初めてを奪ってたな。いや~悪いな〖聖女姫〗様のファーストキスを俺みたいな下民が貰っちゃっ……て?」
何か想像してたリアクションと違うんだけど。
もっとアタフタするか脳がショートするような姿を思い描いてたのに意外と理性を保っていると謂うか…。勿論恥ずかしいことには違いないだろうがその中に罪悪感やら余分な感情が混じっている。
いや待て罪悪感だと? それはおかしくないか。
「まさかだけど――寝ている隙にキスしてないよな」
「~~~!!?!!?」
あ、確定だわ絶対にしたなコイツ。
この世界の貞操とかその辺は分からないし興味も無いが、少なくとも未婚の女性……それも〖聖女姫〗なんて大層な二つ名で呼ばれてる王女が軽い気持ちで棄てて善いものではないだろう。
にしてもマジか。流石の『完全記憶』も寝ている最中まで働かないとはいえ、先を越されてたとは想像だにしてなかった。心肺蘇生? あんなのノーカンだろ。
「もしかして毎日…」
「さ、さすがに一回だけですからね!」
いや、回数とか関係なくアウトだから。立場考えろよ自分から墓穴を掘りに行ってどうする。
しかしその、国とか使命を背負ってて寄せられる期待に圧し潰されそうになってたアルシェがそういうの無視して自分から行動したって考えたらまあなんだ……悪くはない気分だ。心なしか顔が火照ってきた。
あ~はいはい、これが照れるね了解。
………やっぱムカつくな。よし襲うか(この間一秒)
「アルシェ、こっち向け」
「はい? ――んむう!?」
アルシェの癖に俺を出し抜いた罰だ。互いに起きてるタイミングでもう一回ヤってやるんだから有難く受け取れ。
逃げられないよう頭の後ろに手を回し、彼女の唇に自分のソレを押し付ける。最初こそ藻掻いていたものの、頭より先に身体が順応し、最後は自らの意志によって混乱を鎮めた。
「ちゅ、んっ、んちゅっ、ンッ!」
舌は入れてない所謂子供のキス。必死に羞恥に抗うアルシェとは対照的に、彼女の反応を見ながら好きなアクションを探る俺。
髪には触れた方が良いのか
赤唇同士くっつけるのか、はたまたズラす方が好みか
さりげなく腰やお尻にも手を回し、どこまでが許容範囲かetc.
自分も楽しみつつ情報をアップデートし終わるころには一度目の接吻も解かれていた。
「ぷはっ」
「はっ、はっ、ハァ……」
うっとりと恍惚しているようにも見えれば、目眩に襲われているような表情と反応にも感じる。俺はと言うと相変わらず熱を宿しているものの、アルシェほど浸っているようには見えない…と思う。鏡無いからそこは分からん。
「はあっ…どうして、カナエ様」
「言っただろうお前は俺の女だって。ただシたくなったからヤッた、それだけだ」
嫌われるなど考えもしない、それが俺のやり方だ。
相手から求められても気分で突っ撥ねるが、俺がヤりたくなったら強引にでも奪う。今までもそうやって生きてきたし、それが赦されてきた。何故なら俺が天宮湊だから。
傲岸不遜、唯我独尊。異世界に来たところで生き方が変わることなど有り得ず、相手が王族だろうが神聖なる聖女だろうと矜持を曲げることはこの先決してない。喩え無様に敗走し自分が一番ではないと知っていてもだ。
「でも心の準備だってありますし…」
「事前に言ったらいいのか、なら十秒後だ。今度は舌も入れるぞ」
「えっ、も、もうですか!?」
文句は受け付けない。元より相手が俺なのだから不平不満など出る筈も無いが。
「ほら口開けろ、くれぐれも噛むんじゃないぞ」
「ふぁ、ふあい///」
大人のキスは無味だという意見もあれば、直前に食べたもので異なるとも聞いたことがある。後者だったらシチューの味を感じるんだろうか。それはちょっと嫌だな。
「いい子だ…――ッ!?」
「きゃっ!?」
そんな事を考えていたら、突如上から何かが降ってきた。目の前の少女を強く引き寄せて後方跳躍し、着地する傍らに落ちてきた物の正体を看破する。ちなみに舌を嚙まないようアルシェの口に指をねじ込んでおいた。意外と温かい。
あれは、岩や木か。中にはブレス攻撃が着弾した痕跡も見て取れる。という事は――
「けほっ、ごほっ!」
「あの害獣共、舐めた真似してくれたなァ!」
温情で見逃してやったのに付け上がりやがって。今度という今度はもう堪忍袋の緒が切れた、睡眠の邪魔にならないよう今始末してやる。
「鏖だ」
「お、お待ちください!」
そんな俺をアルシェが必死に引き留める。別に振り解いてもいいが直前の雰囲気に引っ張られ、無碍にするのも心苦しく感じ制止する。
「放せ。アイツ等を根絶やしにしないことには腹の虫が収まらない」
「幾らなんでも危険です! あそこには覚醒した特殊保持者が数百体いるのですよ!?」
そんな事知っている。何なら俺からアルシェに情報を渡したぐらいだ。それは互いに認知しているはず。
「俺が負けるとでも? たかだか獣風情に」
「そ、そうは言ってませんが……またカナエ様が傷付くのを見たくないんです」
ちっ、まただ。初めて会った時から心配性だったが、黒フードに惨敗して以降輪を掛けて敏感になってしまった。
それに関しては俺も仕方無いと思ってるし、一度無傷で戻ると宣言しておいて果たせなかった自分が悪いのだと言い聞かせてあるが、いい加減正当に俺の実力を評価しろよとは思う。いつまであの時の負けを引き摺っているのか。
魔物と遭遇した際に撃破するのではなく逃走を第一に考えるのも、俺に戦ってほしくないというアルシェの想いが多分にある。勿論モタモタしてたら囲まれて面倒という理由だってあるが、一番は俺がアルシェの願いを汲み取っているからに他ならない。
先程は相手の事を考えないのが俺の矜持だと言ったが、俺だって身を犠牲に尽くしてくれるアルシェを相手に妥協するぐらいの気遣いは出来る。
だがそれにも許容量というものがあるのだ。特に見逃してやってる慈悲を何をどう勘違いしたのか、俺の方が逃げたと思い込んでいる害獣の駆除など、真っ先にヤらねばならない事案だ。
「明日まで待ちましょう。あのような攻撃、私の結界なら余裕で耐えれます。だから、ね?」
幼子を相手するかのように俺を諭す。ここで忠告を無視できたら楽なのだが、さすがの俺でも良心の呵責に耐えかねる。彼女とは今後も良きパートナーで居たいし。
「分かった…」
「っカナエ様、では 「お前には今あったことを忘れてもらう」 え―――ん゛ん゛むっ!!?」
ならばどうするか。こんな一幕など無かったことにし、先程の続きと洒落込もうじゃないか。アルシェもそっちの方が良いだろう?
「“目を開けるんだ” “俺を受け入れろ” “お前が望んだことだろ”」
「止めてッ! こんな、「催眠」なんて、ンぶうッ!!?」
煩い口に舌をねじ込み、強制的に黙らせる。
何とか顔を離そうとしているがアルシェの力で抗える筈もなく、目に大粒の涙を浮かべて説得を試みようとするものの当然止めない。こんな素敵な光景を途中で止めるなんて勿体ないじゃないか。
「ごがっ、カ゛ナ゛エ゛ざま゛」
「……そんな下品な声も出せたんだな。嗚呼泣くな今のは俺が悪かった。大丈夫、思い出したくない記憶は全部消してやるからな」
柔らかい舌を吸い上げると口端から唾液が零れた。この世で最も尊き少女から発せられたにしては淫らな声をBGMに、黙々と頭の中で能力の処理を行っていく。
固有能力【真偽の瞳】
固有能力【霧の妖尾】
この二つの能力は共に《霧属性》を補助することに特化した、これ単体では大して意味を為さない欠陥能力だ。
そもそも《霧属性》自体使い勝手が良いとは言えず、〖白銀妃〗の武勇で語られるような強力無比の魔法など望むべくもない程に落ちぶれている。
そう湊が結論付けた理由は一つ。
それは他属性と比較して燃費が圧倒的に悪いのだ。
霧には大まかに4つの性質があり、基本はこの中でやり繰りしていくことになる。
一つ、実在している物体を他の物に見せたり、あたかも存在してないように見せる「錯覚」
一つ、何もないところに物体が実在しているかのように見せる「幻覚」
一つ、対象の認識やエピソード記憶、五感、その他意識的な領域を司る「催眠」
一つ、対象の知識や非陳述記憶、高次脳機能、その他無意識的な領域を司る「夢幻」
これほど多くの性質を有している属性は他になく、出来る事象の多様さで言ったら他の追随を許さないだろう。
今の話だけ聞くと相当強いと思いがちだが、やはりネックになるのが霊力消費の多さだ。
だが今回行うのは《霧属性》の解説ではなく固有能力の話。
少しだけ話を戻し、二つの能力は燃費の悪い《霧属性》をサポートすることに特化している。
しかしそれ以外の役割も当然ある訳で、【真偽の瞳】の特性「精神干渉」は生物のみを対象にした「催眠」と「夢幻」の弱点をカバーすることに長けている。
この2つの弱点――それは身体能力値の「精神」が高い相手に対して抵抗されやすいこと。
湊とアルシェの二人を比較してみると「力」「体力」「俊敏」は湊の方が高いが、「精神」「霊力」ではアルシェの数値が勝っている。
そしてこの「精神」の優劣でモノを言うのが正に「催眠」「夢幻」の二つであり、先程の話を踏まえると湊がアルシェに術を掛けるのは至難と言える。
だが特性「精神干渉」によりそれは覆された。
【色欲】で得た固有能力は補助以外の性能が著しく低いと言ったが、逆に《霧属性》のサポートに限ってなら破格の性能を有する。
そう、湊は能力で弱点を補完した霧の力でアルシェが体験した〝魔物の襲撃〟と〝湊の隠蔽工作〟の記憶を丸ごと書き換えようとしているのだ。
「まっ、身体能力値とかあくまで加算値だし鵜呑みには出来ないけど、用心するに越したことはないよな」
「ッ……ッッ…、」
「悪いなアルシェ。お前が忘れても俺は覚えてるけど恨まないでくれ」
打ち上げられた魚のようにピクピク痙攣する様は、大国の美姫に似つかわしくない酷い有様だった。表情は虚ろで口からは涎が垂れており、エメラルドを思わせる翡翠の瞳は濁っていて焦点が合わない。
普通なら幻術に掛かったことすら気付かずスムーズに終わるのだが、なまじ精神が強かったのと催眠を施すタイミングが分かってしまうが為に必要以上の抵抗をして醜態をさらす羽目になってしまった。
それと精神を揺らすために行った接吻が予想以上にアルシェの心をかき乱し、心と体が相克したのもあるだろう。まるで事後のような光景が負荷の大きさを物語っている。
仮に一連の凶行がフィリアムに知られたら〖聖女姫〗を襲った事実と記憶の改竄を行った罪で勇者といえど何らかの実刑は免れないだろう。
だがここは人が寄り付かないアトラス大森林の奥深く。この一部始終を知る者は湊以外に存在せず、万が一知られたとしてもアルシェを連れて国から逃れる選択をするだろうことは想像に難くない。
「安心しろ、心が完全に壊れない限り元に戻るのは実証済みだ。最後には人間で試した……って言ってももう聞こえないか」
ここまで堕とせば後は簡単だ。先程の魔物と隠蔽工作を初めから無かったことにし、ここでの待機命令を出せばいいだけ。
「“次に目を覚ました時、魔物に襲われて以降の記憶は全部削除しろ” “それと自分の周りに結界を展開して身を守れ”」
「畏まりました」
始めからこうすればよかった……とは思わない。今回は十分な検証を得た上で、成功する確信があったから強行突破に踏み切ったが何時もそうとは限らない。仮に失敗でもしたら廃人コースまっしぐらだ。
また霧の幻術は繊細であるが故に不確定要素も多い。赤の他人ならともかく、アルシェに行使する場合は微に入り細を穿つぐらいでなくては。
「念のため見張りも置いておくか」
万が一も無いように《英麗之御霊》を発動させ、前にも召喚した狐の英霊を何匹か付ける。これで一先ずは大丈夫か。
「それにしても……術に掛けられてる時のあの表情、最っ高に唆られたな」
「行かないで、カナエ様」
「…!」
つくづくアルシェには驚かされてばかりだ。嘆願を力で封じてまで感情を優先した俺を、幻術の支配下にありながら尚案じるか。その精神と献身さには敬意を評さねばなるまい。
「あ、そうだ」
けど悪いな。魔物が調子に乗ってるとかもうそんな事で動く段階をとっくに過ぎてるんだコッチは。それもこれも途中で【色欲】が目醒めやがったせいだが。
「初めてのキスは何味がいいか後で聞いてみよ♪」
刻は黄昏、既に陽は沈みかけ逢魔が時を迎える。
昼と夜が逆転するこの時間帯は古くから災いが降りかかると信じられてきた。
別名「大禍時」とも記され、血のように赤く染まった空がまるで魔物に喰い殺された痕跡に見えるのだとか。
「〝赤地揺らす一握の種 青海零れる二久の胎芽
三計単を滲ませ、四条の双毛が雨雲に根を張る」
陽が陰に吞まれる。
主役を担うべき森の魔物は追っていた獲物に逆に喰い殺され、自分達の血で夕刻の赤を再現させられてしまった。
儚く残酷な狭間を過ぎた時、舞台の中心に立っていたのは夜の支配者ただ一人。
「五層の厚茎が天を貫く時 六葉の紅葉が闇夜を震わせ 反逆の蕾が七罪の狩人を咒う迄 八狐の涙が葩を毀損す」
ここより先は妖狐の独壇場。
嫉妬を弄んだ傲慢がもう一つの禁忌たる色欲を解放し、黒き夜を更なる闇に沈める。
「九重集いて一つの死と為し
万有悉く咲き乱れろ〟
———《 》」
この日、黒と灰色で満ちていた世界に色が戻った。
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