白銀を携う者達(挿絵あり)
私達のいるドーヴァ大陸は、全部で十九の国や州を持つ東大陸と、魔族が支配する西大陸とに分かれています。魔族領の方は完全に未踏の地となっているので詳しいことは分かり兼ねますが、伝承の通りなら複数人の魔王が統治している筈です。長らく踏み入ったことが無いので推測の域を出ませんが。
じゃあここは大陸の東側に位置する訳だ。
そうです。そして〖精霊姫〗が封印されて魔族との争いがいよいよ激しくなった頃、当時は魔王を筆頭とする西側と私達では大きな戦力差がありました。
魔力操作に長けていても身体能力で劣る人間と、逆に身体能力には優れていても魔力操作を苦手とする獣人。味方にはエルフなどもいましたが、どちらも兼ね備える種の多い魔族に苦戦は必至。次第に追い詰められていき、一部の民はもうダメかと諦めていました。
けどそうはならなかった。
はい。一柱の神獣様がその状況を憂いて人々を危機から救って下さったのです。あの御方は地を統べる勢いで進行していた魔族の群れを、たった一撃のもと払い除けたのです。
一撃で…それは確かに凄いな。
一体どれ程の敵がいたかは定かでないが、大陸を二分するほどの戦争に半端など無かっただろう。
にも関わらずそれを一蹴して退けた話の人物に、興味とは別の関心がわき始める。
その方は〈狐獣人〉と同じような姿形をしているのですが、獣人が鼻や体毛といった箇所にヒトとは違う特徴を持つのに対し、彼女は耳と尻尾以外は極めて人間に近い造形をしています。
彼女と言うからには性別は女性か。
女神セレェル様の半身とも云われ、九つの尾と天女の如き美しさを誇る世界最強が一角。
何者にも縛られず、阻む者の悉くを退けてきたその二つ名は〖白銀妃〗
そこで一呼吸おき、最後の節を言い切った。
〖崩国の白銀妃〗ウラネス=ティリモア様
「それがカナエ様の…白銀が示す御方の名です」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「シルヴィ、ノーゼ。ウラネス…」
それがこの世界で白銀を象徴する者。ソイツがいたから盗賊は俺を恐れたんだ。
俺と同じ白銀の毛色。そして狐獣人の形を模した特殊個体。俺がこうなった原因とそいつは決して無関係ではない筈だ。
「お待たせしました」
思考を巡らせていると、着替えを終えたアルシェが木の陰から姿を表す。
「……」
「あの…どうでしょうカナエ様」
出てきた少女は純白の法衣に身を包んでいた。
ワンピースに似た上下一体の作りに、ケープコートのような物を羽織っている。厚めの生地で設計されている割にスカートの裾幅が短く、その上スリットも入っていないため動きにくそうな印象を受けるが後衛職だから問題ないのか。ウィンプル等は巻いておらず、本体と同じ最高級のシルクで編まれたベールを頭に被っている。
だが俺の興味を引いたのはそれとは別の所だった。
「随分と窮屈そうな服だな」
「もう、どこを見て言っているのですか」
「よくあれだけのものを収められたなと製作者のたゆまぬ努力に感心しているところだ」
「本当にどこを見ておられるんですか!? うう、でも確かに最近また胸やお尻がキツくなったような…」
元々露出の少ない方ではあったが、これは肩や鎖骨ラインまでもが布に覆われている。その天上の乙女が如き穢れない白を基調とした様相も本来であれば見た者に無垢な印象を与えただろう。
しかし15という年齢を軽く超越したプロポーションが、その認識をいとも容易く塗り替える。
(今も十分凄いがアレの後だと控えめに見える不思議)
神に選ばれし聖女が性的に見られることを避けたいのだろう。
肌面積を少なくしたり体型を目立たなくするデザインになっていたりと様々な工夫が盛り込まれているがそれも二つの双丘を前に形無しだ。
むしろボディラインを浮き彫りにしてしまったせいで余計に起伏が強調される事となり、湊でなければ常に視線を奪われるほどに魅力を放ってる。
「褒められると思って張り切ったのに…」
「おいおい悪かったよ。ちょっと意地悪しただけだろ」
「……えへへ~似合ってますか?」
「ああ。可愛い可愛い」
流石に居た堪れなくなって賛辞を贈った。効果は覿面のようで全部見られた気恥ずかしさから一転して満面の笑みに切り替わる。どうやら王国の姫君にはチョロイン属性もあるようだ。
(やった♪ カナエ様に可愛いって言われちゃった♡)
「そう言えばさっき女神の半身がどうとか聞こえたな。それはアルシェが信仰している神って認識で良いのか?」
「あ、はいそうです。一部地域で祀られている土地神などはいますが中でも有名なのがその内三柱…」
もっと褒められたかったのに…と頬を膨らませつつも強引に戻した話に乗っかってくれる。
「万事を司る女神セレェル様、大陸南方のイージス教国でのみ信仰される法神アグラ、そして主に魔族の間で讃えられる魔神ナラクヴェーラです」
「随分と偏った言い方をするんだな」
「ナラクヴェーラ神は魔族間の信仰ということで此方では邪神として見られていますし、そもそも私がアグラ神のことを好きではないので」
温厚なアルシェにしては珍しく棘のある言い方だと思ったが、昨夜は黒フードの男にも嫌悪感を露にしてたしそのレベルか。そう自分で納得して話を進める。
「ちなみに俺を喚んだのは女神で合ってるか?」
「はい、恐らく」
「ん? 恐らく?」
何とも曖昧な返事だがこれには彼女も困ったような笑みを浮かべる。
「伝承では勇者様を呼ぶための〈石〉を授けたのが誰かまでは明記していないのです。しかし魔族の神であるナラクヴェーラ神が彼らの不利になるような者を喚ぶとは考えにくいので、残り二柱のどちらかとは思うのですが…」
一応おさらいすると〈石〉とは俺をこの世界に喚んだ〈英雄召喚石〉の事だ。本来の役目を果たしてからは砕けて機能しないのでここでの話は置いておく。
「じゃあ何で女神だって分かるんだよ」
「これも推測になるのですが、もしアグラ神が〈石〉を授けたとすると、その恩恵は全てイージス教国にのみ施される筈です。あの神は自分を慕わない者や、まして亜人の方々が住まう国には手を差し伸べてくれませんので」
随分と依怙贔屓な神様だな。
「なのでこのような慈悲深い行為をなさるのはセレェル様しかいないと民は考えております」
今の話だけで何となくだが各神の方針が分かった気がする。そして今の俺からすると法神アグラの信徒が何となく厄介だということにも。
「神は当時の国と州に平等に〈石〉を授けました。その数実に二十五。人々は神からの救いに希望を抱き、その力が示すのを待ち続けています」
その内一人が俺か。
「迷宮に囚われた〖精霊姫〗を救い出し、新たな〖英雄〗としてこの世界を平和に導くこと。それこそが神の求めるところなのです」
アルシェはスラスラと流れるように言葉を並べるが、俺や女神を語る時の彼女は何処となく楽しそうだ。その表情は慈しみと羨望に満ち溢れていて、否応にもなく彼女が聖女だと思い出される。
「それで改めて聞くが、女神の半身とはどういう意味だ? 聖女であるお前が何の根拠もなく主神と同列のように騙るとは思えんし」
「これは私達の宗派でも上層部にしか伝わっていないのですが、実は開祖からのお言葉に『女神セレェル様は白銀の御髪をしてあった』と記してあるのです」
その言葉に目を見開いて驚いた。
「女神も、この色を…?」
「はい。それこそ何千年も前の書記なので確証は得られませんが、実際にお逢いしたという方々の証言なので信憑性はあるでしょう」
「女神にあった…だと?」
そこで一旦間を取り思考する。話が飛躍し過ぎてすぐには処理しきれない。
「方々ってことは複数人が目撃したってコトだよな。どうしてそんな状況に」
「そうですね。証言にあった言葉を足し合わせれば〝何か〟を祓う為に避難させたと考えられます」
「何かってなんだ」
「いえあの、申し訳御座いません。流石にそこまでは…」
「それもそうか」
アルシェの発言は全て史実から引用してきたに過ぎない。実際に見た訳ではないから、彼女にこれ以上を求めるのも酷だろう。
「ちなみに参考までに聞きたいんだが、俺の前に何組の勇者が召喚された?」
しかし俺のこの発言でアルシェの動きが止まった。バツが悪そうに顔を伏せ、その実見えないところで眼を泳がせている。
「そ、それは……」
「教えてくれ。あくまで参考だから」
「……二十組です。つまりカナエ様で二十一番目。そして一つ前に召喚された勇者様方が存命であり、現在迷宮を潜られておいでです」
俺にそう言われてはアルシェは従うしかない。諦めたように口を開くと、あまり芳しくない数字が出てきた。此方としては精々気休め程度に訊いたのだがアルシェはそう捉えなかったらしい。
「しっ、しかしカナエ様なら大丈夫です! 召喚されたばかりであれ程の事を成したカナエ様ならきっと、迷宮の最奥まで辿り着ける筈です! その時は私も全力でカナエ様をサポートしますから!」
数字を聞いてモチベーションが下がったと思ったのだろう。しかし自分より能力が劣る連中が幾ら失敗したところで不安になるほど俺は繊細じゃない。それよりもアルシェがした発言に意外そうな顔をした。
「もしかしてアルシェも付いてくるのか?」
「えっ!? 迷惑、でしたか…?」
「そうじゃないが…そんな危険な所に行って何かあったら大変だろ」
アルシェが人々に与える影響は大きい。東大陸の多くは女神をおり、その聖女であるアルシェが彼の迷宮で命を落としたと或らばどうなるか。神の威信に関わってくるのではないか。
何より湊自身アルシェを危険に巻き込みたくない。彼女の能力は凄まじいが絶対ではないのだ。そう話すと頬を染めて照れたように俯いた。
「心配してくださるのですね」
「当たり前だろ。一応でも恩人なんだから」
恩人止まりなことに軽くショックを受けるが、素直に気遣ってくれたのは嬉しかったので顔をほころばせた。
「聖女という肩書きを賜ったからこそです。何時また勇者様が現れてくれるとも限りません。私はお飾りとして高くとまるより、カナエ様と一緒に冒険がしたいです。例えそれで命を落とそうとも私は構わない。神セレェルを崇める私の同士達もきっと、その事に気付いてくれる筈です」
双眸の奥がキラキラと輝いててそれが真っ直ぐ此方を見つめている。その輝きにスッと眼を細めると諸手を上げながら降参を表した。
「分かったよ好きにしろ。精々腕を磨いとくんだな」
「はい!」
また嬉しそうに返事を返す。新しく着直したドレスをはためかせながら軽い足取りで柔らかい草の上を跳ねていく。
(……気に入らないな)
しかしこの時浮かれていたアルシェは気付かなかった。視界を外した湊が竦み上がるような目つきで空を――その先を睨んでいることに。




