第358話 雲の一族(3)
「1つ聞くが、お前たちは逃げたいのか?この国で生活したいのか?この国は海洋国家であるから、お前たちが住むには悪い環境ではない、と思うが」
「……正直に話すと、海流に巻き込まれて打ち上げられただけだ。どこかに向かうとかは、考えていなかった」
「ほう?」
そう言い、目の前の尋問官は分厚い眼鏡の向こう側から上目遣い気味にこちらを見てくる。黒く長い髪の毛を緩いみつあみにして後頭部でひとくくり、クリップで止め、柿色の着物を着ている風貌は、この国のほかの人たちからみても結構変わっている。
「何だい?私の顔に何かがついているのか?」
「……あなたはひどく嬉しそうだ」
「そりゃあね、文献でしか見たことがない『雲の一族』が目の前にいるからさ。たくさんのことを聞きたいが、聞きすぎて警戒されるのもよろしくない。差しさわりのないところだけでもいろいろ教えてほしいってわけさ、気が向けばね?」
我が一族は人型をとっている時は見た目の特徴でこそ共通している。ただ、魚の形態をとったときはそれぞれ、自分のルーツとする魚の形態をとる、と言われている。
自分を例にあげると、親は自分が3歳の時分に海へ還っている。両親が何の魚人であったかは、集落のみんなも記憶になかったようだ。というわけで、自分が何の魚人なのかが実のところわかってない。
「あなたは私たちの魚の姿を見て何をするつもりなんですか?お料理をしたいのですか?」
「そんなバカなこと……いや、その言い方は良くないな。食べるつもりは全くない。同じ姿かたちのモノを食そうとするほど飢えてもいないし、そういう文化もない。ただ、記録したいだけ……と言って信じてもらえるだろうか?」
「記録ですか」
「そう、記録。雲の一族の生体については私たちにとってはおとぎ話さ。人型をとることができる海洋生物、でもそれはスキル【人型変異】を使っているわけではなく、生来備わっている生体と聞き及んでいる。しかも海洋生物だというのに空といわんばかりに『雲の一族』と古来から呼ばれている。これが一体なぜなのかも、明らかになっていない。それは、隠れ里に暮らしているからこその秘匿性。しかもはぐれ者と思われる個人が他の人間と交わって生活していたとしても、雲の一族のことについてかん口令があるように、話すこともない。不思議でたまらないが、それについて語ってくれる者もいない。これはどういうことかわかるかい?謎が深まるってことなのだよ!ところで君たちの名前はなんだい?」
目の前の女性があまりにも一気に話してくるので呆気にとらわれた。わかったことは我が一族に興味があること、自分たちが共有している一族のデータについては種族内のみの共有であり、外に漏れているものではないこと。これはたぶん、軽い気持ちで話してしまってはダメなものなのだろう。
そう思いじっと相手の眼を見る。
「そう警戒しなくても、悪いようにはしない。取って食おうというわけでもない。むしろ、今現在外敵が居て逃げているのであれば、保護することもやぶさかではない」
「……我々はかの国の拠点を潰し、海に還ったのみ。追手がいるわけではない」
「ほう、それはよかった。それはそうとして、この国に住んでみるつもりはあるかい?」
「この国がどこか判っていないので今それは即答ができない」
「そちらの二人の安全も保障するぞ」
この人物はいったい何の権限があるのだろう。尋問を仕掛けてきているようで、捕縛等してくるような気配もない。単純に知識欲のみで接触を図ってきているようにしか見えない。
「安全の保障……ここに流れ着いたのは流されたためではあるが、訳あって我々は魚の形態を忌避しているためでもある」
「何か不都合があるということだな?」
「そこについては黙秘する」
「黙秘は肯定っと。理由まではわからないけれど、海の中で生活するには人型をとったほうが不便だというのに、それを維持して海流に巻き込まれてここに流された、と。それがわかっただけでも管理棟を離れて来た甲斐があったというわけだ。まあいい。入国ルートとしてはアウトだが、特別にここに留まることを許可しよう。王には私が話しておく。ここは検疫島でな、本国への転移については別途判断させてほしい」
さらっと、王に話しておくとか言っている。この女性はいったいどういう立場の者なのだろうか。大規模な国家に流れつき特別な人物に面談を受けたのか、小規模な国に流れ着き、小さいコミュニティ故に伺いだてが可能なのか。これについては完全に前者だろう。
その割にこの風貌、それだけ自由がきいているっていうこと、となると一体どの国に流れ着いたのか。
瑞雲と雲霞が良ければこの国に暫く居てもいい。ただ、自由に海への出入りが出来ず、新たに我が一族を招き入れることには向かない、となると新たな集落とするのは難しい。
先日拠点を【解散】したときは【ステータスボード】に『拠点:解散』のポップアップがあがった。しかしその場所は特段書かれていなかった。このことから考えるに、新たな拠点を誰かが造った時点で【ステータスボード】にポップアップがあがり、そこを頼り人型をとり生活したい一族の者が向かって新たな村を形成していくのだろう。
この国は、拠点にするには入国の自由がなさすぎるように思える。拠点となる土地を探しに早急に出国するか、誰かが拠点を作るまで待ち、そこに向かっていくか悩ましいところだ。
この尋問官の女性、こちらの情報を欲していることがわかりやすくも見え見えであり、しかもこちらも対話のスキルが乏しいがために気が付けば全部話してしまってる可能性すらあって恐ろしい。正直長く話せる気がしない。
どうしたら良いのだ。
考えすぎた結果、目の前がちかちかしたとおもったらフッと真っ暗になり、意識が飛び倒れた。
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