第357話 雲の一族(2)
人型をとり続けなければ海流に流されることなく、こんな残念なことにはなっていなかったのだろう。3人は今まで魚型をとったことがなかった。地上で産まれ、地上で育ったためだった。
村の人間が時々海に入り、その時間によって話が通じづらくなっていったことも一回や二回ではない。その姿を見ていた結果、どうしても、魚の姿にはなりたくなかった。
同じ時期に生まれ育った幼馴染でも、人型をとる方に馴染めず、海に還っていった者も何人かいた。そもそも自分たちは止める立場にはなく、たまたま示し合わせたようにこの3人が残った。異端児だったのかもしれない。
そして今、海水浴程度しか海に入ったことがなかった自分たちが、どこかの国に不法入国したことになった。本当に困ったことになってしまった。目を開けたら、人だかり。逃げようがない。
中でも一番年上である風雲はリーダーのようになってしまっているため、なんとか年下2人を逃がしてあげたいと思ったものの、どう何を考えても、打開策は思いつかなかった。
追い詰められた。
◇
「君たちは何故、船も使わずにこの国に入国を?」
大きな建物の3階、窓に鉄格子のある部屋に案内され、この国の者に尋問を受ける。警察?憲兵だろうか。鍛えられた筋肉をもつ、強そうな男性だ。そもそもの話、ここは何処の国なのだろう。
「海で流された結果、たどり着いた」
「そんな海で流されたら、ふやけて魚に皮膚を食われるだろう。なんで無傷なんだか。ギリギリまで船に乗っていた……わけでもなさそうだしな。どこの国からきたか、言えるか?」
「オイスター国です」
「出国手続きは……していないんだろうな」
オイスター国の海岸線、勝手に作った村、本当に旗色が悪い。瑞雲と雲霞も俯いて言葉を発しない。
「オイスター国……ねえ。少し席を外す。そのまま待っていろ」
憲兵は何か考えるそぶりをし、部屋を後にし、鍵を閉めていく。ドアの外には監視が2人立っていることが気配でわかる。別に逃げるつもりも逃げる場所もない、と言っても理解はしてもらえなさそうだ。
それから1時間ほど、話す気にもなれず、ぐるぐると最悪のことばかり考えて過ごしていたところ、鍵を開ける音と同時にドアを勢いよく開けられた。正直、びっくりした。
「これはまごうことなき雲の一族!お前たち!勉強不足ではないか?」
「いえ……これは……」
「この国に住んでいてそれを知らぬとは、残念だな、お前たち。本当に頼むから勉強してくれ。この一族ならば海流に乗って入国が可能だ。なあ、魚人の一族だもんな?特徴的な燃えるような赤毛と海で漂流してもふやけない肌。もう完璧ではないか?」
目の前に現れた女性が目を輝かせ、勢いよく言葉を発する。我が一族を知っているとは、先日の少年といい、そんなに有名なのだろうか雲の一族は。
「あ、安心しろ。別に取って食おうとかそういう思考の者はいない……はず。こんな不勉強な奴らばかりだ、君たちが心配するようなことはないだろう。今のところな?」
「今のところ……」
血の気が引く。我らの肉を狙う者のことを言っているのだろう。軽く見ただけでもこの国にはしっかりとした警察組織がある。おそらく強い者もいる。抵抗したところで、逃げることはかなわないだろう。魚の姿にならない限り。
「先ほどの担当がポンコツで申し訳なかったな。ところでだ、今のオイスターもといマガキの状況、どの程度知っている?情報次第では悪いようにはしない」
ニコニコしているこの女性、底知れない怖さを増して感じる。瑞雲と雲霞も怯えている。それはそうだ、声のトーンの波長が、逃げることを許さないものとなっているからだ。我ら一族を売ることになるようなことは言えない、とはいえ、今どこの国にも拠点は設けられていないからリスクも少ない。しかもこの整備された国では、いつの間にか集落を作っていた、いつでも逃げ果せる、ということは不可能に近い。
「我らの拠点は散開した」
「ほう、それは何故」
「厄災が連続して起き、気のいい王も策略によりこの世を去った。自分はその集落で生まれ育ち、海で生活したことは一度もない。だが、あの国にこれ以上居ることに良い未来が見えなかったがため、海に降りた」
「それは、村の住人の総意?」
「……総意でした」
ものすごく興味深々の顔でじっとこちらを見てくるこの尋問官。そんなに我が一族のありようが珍しいのか。
「……さすがだなあ。雲の一族の勘は素晴らしいな。あの状況でかの国から逃げ切るなど、第六感としかおもえんな!愉快愉快!」
「逃げ切る……とは?」
「ああ、知らなくても仕方がない。今あの国はマガキ城に居る新王が張った結界で、他の国との行き来はできなくなっている。この世界にある19か国、そのうち1か国が閉鎖された、というわけさ」
かすかに疑問に感じる。この世界、20か国ではなかったか?記憶違いか?まあいい。
「王太子は3歳だった覚えがあるが、前王弟が王となったのか?」
「いや、その3歳の王太子がな、戴冠したのよ。その結果がこの有様さ。しかもだ、前王妃と前王弟も行方知れずとなっている。いやはや、本当に君たちの勘は素晴らしい。もう少し遅かったら、閉じ込められていたところさ」
目の前の女性はけらけらと笑っている。ただ、眼の奥は全く笑っていない。
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