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結局あのあとすぐに陛下の側近を通して連絡がありナーチルさんと共に隣国へ行く許可が下りた。ナーチルさんは和平交渉の使者として、私もその付添いとして行くという案があったが既に顔は割れているだろうしバレるリスクを背負いたくないので『迷い人』として行かせて貰うことを掛け合い合意してもらった。
予想以上に早く最終決定が下された事は少し不思議だったが、私の隣国行きを反対しているのは上層部では陛下とその他少数だったようで、隣国との戦争を考えると私に嫁いで貰った方が良いというのが大半の意見だったようだ。
そりゃそうだと思う。こんな特徴もない行き遅れな女と、負傷者の出る可能性が高い戦争を天秤にかけたらどちらに傾くかなんて一目瞭然だ。
だから私はその決定に悲しいとは思わないし、なんなら陛下のほぼ一存でこの話がまとまっていなかった事に、申し訳なさと少しの嬉しさもあるくらいだ。優しい国王なのだあの人は。そんな優しい人が治める国を私の体で守れるのであれば喜んで差し出そう。ただ、ちょっぴり不安なので下見と関係値作りだけさせてください。というのが私の心情だった。
ほぼ片道切符になってもおかしくないと陛下の側近は丁寧に教えてくれた。それでも行くのかと。ああもしかしたらこの人も反対してくれていたのかな、なんて暖かい気持ちになった。
片道切符上等だ。こう見えて私はその場の環境に順応するのは早い方だと思う。異世界で培った人間関係構築の能力をとことん発揮してやろうじゃないか。
不安や心配が無いわけでは無いが、いきなりな話でむしろ変にやる気が湧いていた。この超絶不機嫌なオーラを放つお方を目の前にするまでは。
隣国へ行く前にまずはナーチルさんと打ち合わせするべきだと思い至り、これまでの経緯や目的のすり合わを行うべく約束を取り付け神殿の執務室へ向かったのだが、話を切り出した瞬間ナーチルさんは今まで見た事ないくらいの冷気を体から放ちこちらを見つめた。
「あの、怒ってますか……?」
「怒ってませんがとても悲しいです」
「か、かなしい?」
明らかに怒っているでは無いか、不思議なことを言うもんだと首を傾げるとナーチルさんは執務の机からおもむろに立ち上がり、ソファの方へ移動した。
無言で目の前のソファへ手を差し出され、私もならって移動する。
大人しく着席すると、再びじっと私を見つめる黒の人。
「なぜ、隣国へ行くと?」
「なぜって、この国で戦争を起こしたくないからです」
「あなたならそう言うと思ってました、だから陛下には口止めをしていたというのに、どこから漏れたのだか……」
「……どういう事ですか?」
私の問いはナーチルさんの軽いため息で一蹴された。あまり要領を得ないやり取りに眉を寄せる。
「怖くないのですか?相手はあなたを何度も攫おうとしているのですよ」
「え、あの夜会だけじゃ無かったんですか?」
「何度かそれらしいものがありましたが全て公にはなっていません」
それは全然知らなかった。何度もトラブルに巻き込まれて来たがまさか私の知らないところで誘拐されそうになっていたとは。そりゃあの過保護な騎士も生まれるというわけか。
ナーチルさんはその美しすぎる黒髪をサラサラと垂らして俯いてしまった。私はゆっくり息を吸い込んだ。
「私はこのままこの国で丁寧に扱われてそのうち平凡な優しい方と結婚出来たらいいなって思ってたんです」
彼の肩がピクリと揺れた。
「もとの世界に帰れないのであれば、このままのんびり穏やかに暮らせればって……でもその当たり前に考えられる生活ってこの国の優しさや柔らかい国民性が支えてくれてるんです。だから私はそんな素敵な当たり前を守りたいんです。烏滸がましいとは思うんですけど」
ナーチルさんはゆっくりと顔を上げると苦しそうに眉を寄せて口を開いた。
「……だから、他の男のものに、なると?」
「へ、?」
「隣国の王子とけっこ……ダメだ、口にもしたくない」
ナーチルさんは珍しく息を荒くして肩を揺らしていた。それをぽかんと眺めていると重々しく彼が口を開く。
「私一人で隣国へ行き、中枢の人間を狂わせる予定でした」
「は、はあ?」
「あなたがこの国から離れて他の人間の元で暮らすだなんて考えられなかったんです。あなたに詳細が知られれば必ず争いの起きない方向へ、自分を差し出す事なんて簡単に想像が付いていました。だから私ひとりで隣国へ行き中枢の人間にこれ以上我が国へ干渉しないよう手を加える予定でした」
「く、狂わせる、というのは?」
「最近精神に干渉する魔術をたまたま見つけまして」
「……っアウトー!!!」
思わず叫ぶと、目をぱちくりとしてこちらを見てくる。なに不思議そうな顔してんだこの人。絶対禁術っぽいことやろうとしてたよね?そのうち禁術になるやつだよね?ね?
「まあ、それもあなたが隣国へ行くことに了承してしまったので難しいですが」
「当たり前です!」
「まあ別にやろうと思えば出来ますが、あなたに知られればこうして止められてしまいますし」
「……」
あまりにもケロッと話すもんだから背筋が震えた。というか爆弾発言があってスルーしちゃったけど、ナーチルさんってこんなに話す人なの?こんなにペラペラ言葉を口にするナーチルさん初めて見たけど。
まあもうそれはどうでもいい。世界一の魔術師というものがどのくらいやばい存在なのか私にはピンと来ないが、どうやら人間を廃人にする事は容易らしい。隣国のお偉いさん方は私に泣いて感謝して欲しいと思った。
「行ったら、帰って来れないかもしれませんよ」
ナーチルさんが珍しく瞳を揺らして私を見つめる。
「分かってます、もしあちらですぐにけっこ「それ以上言ったら今すぐ隣国へ移動してつぶ」わあー!」
食い気味に話を遮られ果てしなく恐ろしい言葉が聞こえた。どうやら結婚というワードが地雷らしい。夜会の後、私の事が好きなのかも!みたいな乙女思考になっていた私にビンタをしたくなった。そんな呑気なもんではないだろこれは。でももう色々いっぱいいっぱいなので私は全力でスルーすることに決めた。いい大人なので。
「と、とにかく!そういう事になっても私の腹は既にくくれてます!でも一度あちらへ行ってみてそこに居る人や環境を見たいんです。ナーチルさん、一緒に行ってくれますか……?」
「ぐっ……卑怯ですよ……」
私の誠実なお願いが効いたのか、顔を僅かに歪めたナーチルさんを頷かせることに成功した。




