承知いたしました
『ヒコーキ』で呼び出した陛下は次の日のティータイムに私の仕事部屋へやってきた。一国の王様は決して暇では無いという事を事務員としてよく知っているのだが、よほど焦ったのか昨日の夕方に遣いを寄越して夜のうちに約束をつけようとしたので慌てて今日のこの時間に変更したのだ。
陛下がいつも座っているソファでは無く、客室の方へ案内し紅茶と先日城のメイドが喜んで持ってきてくれた流行りの砂糖菓子をお茶請けに添えた。
私がいつもの気安い雰囲気で無いことを悟ったのか、二度三度ゆっくり深呼吸をした陛下はこちらをじっと見つめた。
「か、カスミ……怒っておるのか……?何を言われても我は一国の王じゃ。変えられぬ事もある……」
何か私に隠している事で心当たりでもあるのか、まだひと言も発していないというのにつらつらと何か述べている。
「陛下、私を隣国へ引き渡すというのは本当でしょうか?」
忙しい陛下にまだるっこしいやり取りは不要かと思い、いまだにボソボソと何か呟いている陛下を遮って発言する。公の場であれば不敬罪である。
陛下は何度かパチパチと瞬きをしたあと、力の入っていた肩をゆっくりとおろした。
「はぁ……どこのどいつから聞いた?」
「その反応から察するに本当なんですね?」
「まだ協議中じゃ、決まった訳ではない」
「決まったら私は断れないですよね?」
淡々と答える私にバツが悪そうに口元を撫でている陛下は、やがて観念したかのようにため息を吐いて紅茶に口をつけた。
「……あちらの王子から、そなたに縁談の話が来ている」
「は、はい?」
陛下の言葉に理解が及ばず間抜けな声で聞き返してしまった。
「落ち着いて聞いてくれ……まだ決まった訳では無い。隣国のスナイデルとの関係がきな臭い事は知っておるな?」
「はあ、ぼんやりとは知っておりますが」
「まだ本格的な開戦はしておらんが、それも時間の問題だろう……我が国は戦争などしない、戦争は不幸しか呼ばぬ、それはもう何十年も民と共に築いてきた信念なのじゃ」
神妙に話す陛下はまさしく一国の王であった。私が生きていた現代の日本では当たり前だった『平和』という概念。戦争は何も生まない、勝ったとして生まれる虚しさは日本人であれば小さな頃から教育の中に盛り込まれていた。
その信念や想いをこの地に根付かせたのは100年前にやってきていた日本人の迷い人であった。時空が歪んでいる為か伝承などから察するにその迷い人は私と同様現代日本からやって来ているようだった。
素晴らしく立派な迷い人だったんだな、と資料を読みながら関心したものだ。
ただし、この国のように戦争をせずに穏やかな治安を築いている国はまだまだ少ない。戦争を積極的に行い奪うという行為で国を大きくしようとしている国はいくつもある。それは隣国のスナイデルも同じだった。
「和平の条件が私、ですか?」
「……そうじゃ、スナイデルは迷い人であるお主を欲している」
「私べつに特別なこと出来ないですけど……」
「迷い人であるという事が大事なんじゃ、カスミはあまり気にしておらぬが迷い人が国に存在しているというだけで色々と優遇される事もある」
「はあ、なるほど」
とりあえず私があちらに交渉の材料として引き渡されそうになっている事は理解した。果たしてこういう場合、私の意見は通されるのだろうか。
「私が嫌だといえば?」
「……国はそなたの意見を尊重する」
「戦争になるということですか?」
「重く考えんでもよい、少し抵抗する程度じゃ」
それは流石に無理かもしれない。私が隣国に行って王子と結婚することでこの国で戦争が起きないのであれば、平和に暮らせるのであれば私だって腹を括る。
可もなく不可もない優しい旦那様と結婚するのが夢だったけれど叶わなかったな。
「いいですよ」
「っカスミ、」
「私はこの国でとても大切に扱っていただきました。生きていく上で必要な知識もそれ以上に働いていけるほどの能力も与えていただいて感謝しております。おこがましいかもですが、恩返しとでも思っていただければ」
「いかん……!あちらが安全であると確証が持てない限り認められん」
「でしたら自分で見に行きます。あちらでどういった扱いを受けるのか、この目で」
この王様はほんとに優しいなと思う。今も私の身の安全と戦争が起きるというリスクを天秤にかけてグラグラと揺れているのだ。国のことを考えれば私が隣国に行くほうが良いに決まっているのに。私は随分と情をかけていただいているようだ。
陛下はいっそう難しそうな顔をして俯いた。そしてポツリと零すように言葉を転がした。
「……ロイ・ナーチルを隣国への視察として派遣する」
「ナーチルさんを?危険ではないのですか?」
「あやつは今や世界一の魔術師じゃ、誰も敵いはしない。自分ひとりの命くらい守って帰ってくるじゃろ」
だからその結果を受けるまで待て、とのことらしい。私は知らぬところで自分の身柄について進められていた事に確かに怒ってはいたが、それも私の身を案じての事。これ以上この優しい人に辛い選択をさせたくは無かった。
決意を固めたあと目の前の人を睨むように見つめた。
「陛下も分かっているかと思いますが、私も迷い人として処分される事はないでしょう。それに私は自分の目で今後過ごすかもしれない国と人を見ておきたいのです。私の身の行く先を不憫に思うのであれば、どうかナーチルさんと共スナイデルへ行かせて貰えませんか?」
「……そなたの言いたいことは分かった、この件はまた追って連絡するとしようた」
陛下は俯いてぐっと目を瞑るとそう言って、もう話は終わりだと言わんばかりに立ち上がり部屋から出ていった。
結婚相手となる王子とはどんな方なのか、こんな私を見たら娶る気も無くなるのではないかと、希望的観測を思い浮かべるのだった。
お久しぶりです。




