黒い者のはなし8
とても期間が空いてしまいました。
感想コメントを見て、楽しみにしていただいてる方がいて下さる事に感動し、また更新していく事にしました。よろしくお願いします。
己の息遣いと心臓の音だけがする。いつもより数倍早いその音を聴きながら、鼻の奥がギュッときつく締まる感覚を覚えていた。
数分前の事だった。
カスミが拐われた
夜会が始まってからすっかり姿を見せていなかったアリアが小さな顔を真っ青にしてそう言った。
瞬間、手にしていた酒を弟子に押し付け、先程彼女が飲み物をもらうと言っていた方向を見やった。当然そこに彼女の姿はない。私の海色がいない。
彼女が私の近くを離れてから随分経っている。1人になりたいと請われ、慣れない場所で配慮が足りなかったと、少し時間をあけていたせいだ。
頭に血が昇りそうになるのをグッと耐えて、アリアに目線を投げると彼女は、早く!!と叫び廊下へと続く重厚な扉の方へ飛んで行った。
「いつ気づきましたか」
「ついさっきよ。部屋にいたんだけど暇でカスミの気配を追ってたら、誰かが抱き上げたの。てっきりあんただと思ったら全然違う匂いがするんだもの。しかも少し遠くなったのか、気配も追えなくなっちゃうし」
だから場所は特定できないわ、と妙に重々しい言葉で伝えられた。そんな、そんなこと。
「彼女に触れた手を吹き飛ばすことにしました」
「案外元気そうで安心したわ」
ここにもいない、ここにも。
アリアが目星を付けている扉を次から次へと開けていく。しかしどれだけ開けても彼女の姿はない。
こんなことをしている間に外へ連れ出されたりしていないか。それくらいならまだ良い方だ。もし、不埒な輩に手を出されていたら.........手どころか城ごと吹き飛ばしかねないな。
もっと最悪な事態は無意識に思考回路から外していた。
しばらく走り続けていると、アリアがあ!と声を上げた。
「カスミの気配よ!ここの突き当たりの部屋にいるわ!」
オトコがいるわね
アリアが私に聞こえるか聞こえないかの小声で呟いた言葉をしっかり聞き取り、走るスピードをあげた。
ノザキ様は美しすぎた。普段から彼女と接している者は特にそう感じた筈だ。化粧と衣装であんなにも妖艶になるとは...。だから今日の夜会で目を付けられるのもおかしな話ではない。
しかし、恐らくこれは隣国が絡んでいる。合意ならまだしも、夜会でこういった事件はほぼ無い筈だ。今このタイミングで私のパートナーであるノザキ様を狙った事は必ず意味がある。
私に来いということか。喧嘩を売られたわけだ。
部屋に入ったあとの事は冷静さを失っていた為ほぼ覚えていない。ただ、今ノザキ様を抱きしめている事と彼女に優しく背中を撫でて貰っていることはわかる。
視界の端には気を失っている貴族らしい男。
この男は恐らく直接は関係ない。連れ去りに失敗した時用に用意していたダミーだろう。
困ったような笑顔で私の顔を覗き込む彼女に何も起こらなかった事にひどく安堵して、いっそう強く抱きしめた。




