第十話「どうでも言え、これは事故じゃない」その1
「ヤッハー!グッドモーニンッ!」
ドガァァァァァ!!!!
…何だ何だ何事だ!?
ハリスは飛び上がると扉を開けて階段から階下のエントランスホールを見る。
真っ白な海賊服を着た、ウェーブのかかった白い髪を振り乱し回転しながら入ってくるラミエの姉、イーシュ。ハリスは破壊された玄関を見て目を丸くした。
「…うわぁ、こりゃまたスッゴいね」ラフィーリアがハリスの隣に立って呟いた「見てるぶんには面白いんだけど、何で毎回玄関を破壊して来るんだろ…?」
「…イーシュ」ブレードがため息をつきながら書斎から出てきて言った「うざったい新聞が消し飛んだのは喜ばしい事だが、玄関の修理にいくらかかると思ってる?」
…うん、ブレードさん…怒ってる。
「ワオ!まだここを封鎖するってイウノ!?フルオープンなエントランスじゃなきゃワタシクラッシュしたいハートがノンストップでフィーバーしちゃうのヨ!」
「お姉ちゃん!」ラミエがドガガガとものすごい勢いで階段を駆け降りていった「ここでは家の入り口をちゃんと扉で隠すのがフツーなの!!」
「オーマイシスター!」
「ふぎゅ」
イーシュはラミエを抱き締めた。
遠目にも分かるのだが、ラミエの動きを見るに強く抱き締めすぎて呼吸困難に陥っていそうなのだが…
「寂しかったのヨー!オルウェン海峡で釣りをしてたら、フクロウがあなたのレターをキャリーしてくれたの!モーワタシ嬉しくて嬉しくて釣竿叩き折って風を待たずにセルフで漕いで来ちゃった…ん?」
「く…」ラミエはピクピクと身体を震わせた「…ひぐ…ぅ…」
「ノォォォォォ!?」
★
業者を呼んで玄関を修理させ、食堂に全員集まったのをブレードは確認する。
「…アニとシェイダー以外はいるな」ブレードは全員を見回した「集合場所は変わらない。7時半にドラゴン便の外口東乗り場だ。くれぐれも遅れないようにな」
そうして全員が朝食を取り始めた。
「あの…」おずおずと声をかけてきたのはアーチャーである「ブレードさんから聞きました…何だかとんでもないことを昨晩してしまったとか…」
…記憶がないんだ…
「うん…結構その…激しかったね」
「…!」アーチャーは顔を真っ赤にした「あああ…私はなんという事を…!」
「いやあの大丈夫!くっつかれたとかそれだけでそれ以上の事はしてないから!」
「…本当に?」アーチャーは上目遣いにハリスを見つめた「本当に私に何も…してないですか…?」
ハリスは全力で首を縦に振った。
アーチャーはそれを見て安堵したように顔を綻ばせた。
「そうですか」アーチャーは呟く「良かった、何か間違いがあったら私…」
アーチャーの視線がハリスから逸れた。
その視線の先には、ランサーと談笑しながらサンドイッチを頬張るスラッシュ。
それを気になるように見つめている彼女の瞳は、とても澄んだルビーの色をたたえて綺麗に光を反射する。
「…行ってきたら?」
「え?」アーチャーは一瞬何を言われたのか理解出来ないようにこちらを見つめる「あ…も、もう…ハリスさんは生意気ですね!ですが…そうですね、あの下品な食べ方は注意する必要がありそうです」
口の端に笑みを浮かべながら、アーチャーはスラッシュの方に向かった。
「あー、つまんないなぁ」
すぐ左の耳元で囁く声がした。
吐息がかかってハリスは飛び上がる。
「うわっ!ら…ラフィーリア!?気配を消して接近するのやめてよ!」
「うふふっ、ごめんね〜」ラフィーリアは悪戯っぽく笑った「それにしてもハリス君って本当堅いわよねぇ。私とブレードさん以外は寝てたんだから、あの時点で襲っちゃっても事故で済んだんじゃない?」
「え…なんの話…」
「まさか、【ハイドマスター】である私がずっとあなたの部屋の中にいた…って話をして、信じない訳は無いでしょう?」
「え…えええぇぇぇ!?」
思えばそうだ!寝起きにイーシュの騒ぎを聞いた時…何故4つ隣に部屋を持つラフィーリアがわざわざ階段を登ってハリスの部屋の前にいたのか…!?
「…可愛い、動揺しちゃって〜♪」
「い…いつから?」
「アーちゃんと一緒にお邪魔してたのよ」ラフィーリアは悪びれる様子もなく言う「あんな状態の女の子が異性の部屋に夜這いを仕掛けて、何が起こるのか見ない訳には行かないじゃない?ブレードさんとメースさんはあんな…つまらないカップルだし。刺激が欲しかったのよ、刺激が!」
「もしかして、料理に毒を入れたのは…」ハリスはラフィーリアを指で指した。
「毒だなんて人聞きの悪い…あれは媚薬でしょ?」ラフィーリアはにっこりと笑う「昨日ね、メースさんと料理を作ってたの。責任は私が取るから、どうなるのか見てみましょうかって言ってくれたから…」
…共犯者発見…というかもしかすると首謀者発見です。お巡りさ〜ん!
アーチャーはそんな事も知らずスラッシュと何かを言い合っていた。ケンカには発展しない、いつもの平和な光景である。
…アーチャーはメースが一人で仕組んだ物だと信じて疑わないだろう…でももしかしたら、これまで彼女が被害を被った悪戯のいくつかにラフィーリアが関与していたのかもしれない…。
さすが、【ハイドマスター】の職業名は伊達ではなかった。
食事もある程度進み、果物を取り分けていると、スラッシュに肩を叩かれた。
「なぁなぁ」スラッシュはハリスに笑顔を向けた「ちょっとこっち来ないか?」
スラッシュに部屋の端に連れて来られると、ランサーが待っていた。
「…どうか…しましたか…?」
「単刀直入に言おう」ランサーは真っ直ぐとハリスを見た「ハリス君。我々二人と火山湖巡りに付き合ってくれないか?」
「火山湖巡り…」ハリスは首を傾げた「…簡単に言えば、探索のことかな?」
「そうそう」スラッシュはニッと笑った「俺達は例によって女湯の警備に選ばれなかったからさ。ブレードさんに頼んで、ハリスと3人で辺りに大規模なゲートが無いかの見回りをしようとしてたんだよ。…どーだ?たまには俺達と狩りしねぇか?」
「そうですね…ブレードさんの許可が出るのでしたら…」
「よし、決まりだな!」
ランサーは嬉しそうに手を叩いた。
「ブレードさん!ちょっと話が…」スラッシュは優雅にアイスティーを飲んでいるブレードに早速許可を取りに行った。
…しかしこの二人はただ純粋に見回りをしようとしているのだろうか?
表情を見る限り、そうは見えない。
許可が降りた事をランサーに告げ、二人で何やらニヤニヤしている所を見ると、絶対にろくな事を考えてない気がする。
★
《アルディシージ火山湖》
【ウォート・ブランケット地域】
推奨戦闘力2100〜2240
ドラゴンの背中から降りたハリスを襲ったのは、むっとする熱気だった。
立っているだけで汗が浮いてくる。
アルディシージ火山湖、ここは四方を火山に囲まれた不思議な場所だ。
灰色の荒れ地の窪みに青色、エメラルドグリーン、液体金属のような色の液体が溜まっており、それらが絶えず湯気をあげて視界を悪くしていた。
だからだろうか?天気はどう見てもメルハを出たときのような晴天ではない。
どんよりとした煙のような雲に覆われ、太陽が隠れてしまっていた。
「晴れてほしかったんだけど…」
ラフィーリアがポツリと呟いた。
「私のせいね…ブツブツ…」
ラミエも何か呟いている。
「全員いるか!?」ブレードが大声で呼び掛けた「…よし、ドラゴンが途中で何かに襲われる事もなく、無事に辿り着けたな。…今から秘湯のあるあまり人の立ち入らないエリアに向かう。各員、武器を構えて警戒しながら俺の後を続くように」
「「はい!」」「「了解!」」
「…アーチャーちゃん」巨大な鎌を肩に掛け、歩きながらスラッシュはアーチャーに声をかけた。
「何か?」
「この状態で敵が来たらどうするよ…」
アーチャーはスラッシュの鎧に被さるように背中に貼り付きながら歩いていた。
「むー、今日は人数が多いです。十分対処できるはずですよ」
「はぁ…ほらよ」
「わッ…」
スラッシュはアーチャーの小柄な体をひょいと持ち上げると、肩の上に乗せる。
「…肩のトゲトゲが良いんだろ?」
「あぁ…この感触…良いですねぇ」
スラッシュが若干顔を赤くしているのも全く気づいていないアーチャーは、うっとりとした表情を浮かべた。
「ロイド…おやつはいくら買った?」
カリースがロイドに訊いた。
「300ランド…でも兜の中に沢山ある」
「はぁ!?ズルぃ!何でだよ…メース先生に見つかったら殺されるぜ?」
「甘いねカリース兄ちゃん」ロイドは指を左右に振る「『おやつは300ランドまで。ちゃんと鞄にいれること』…つまり鞄に入れなければ、おやつにならない…ッ!」
「しまったァァァァァァ…!!」カリースは頭を押さえた「クッソォォォ…!!」
…すごい馬鹿な会話をしている…。
「じゃあ鞄に入らなかったぶんは、【メース先生のおやつ】ね」
ひょいっとメースがロイドの兜を外し、中に入っていたクッキーやらビスケットやらを自分の鞄に入れる。
「アァ!先生…!」ロイドは兜に手を伸ばした「ちゃんと一袋一袋に名前書いたんだよ!?それロイドのお菓子だよ?」
「そうなの〜?」メースは空になった兜をロイドに被せた「じゃあ【遠足のおやつ】以外の【ロイドくんのおやつ】は帰ってから返す事にしましょうね」
「そんな…先生ヒドイ!」ロイドは地団駄を踏んだ「クッソォォォ………!!」
「ちくしょう!先生大人げないぞ!」カリースはメースを指差す「僕らの100倍は年取ってるくせに!」
「取ってるくせに〜!」
ロイドも続く。
「あははは!それは絶対に言っちゃ駄目な事よ」メースは笑いながらこう唱えた「[ヒューリーボルテックス]」
「「わぁぁぁぁァァァァァァ…!!」」
「そう言えば、イーシュさんは普段どんな武器を使って戦っているのですか?」
アーチャーが不意にイーシュに訊いた。
「基本的にはカトラスとクロスボゥのスタイルね!あと、組立式のキャノンもユーズしてファイトするネ!他にもパイレーツは色んなガシェット沢山持ってる…色んなこと出来るヨ!」
「う…分かったような、分からないような…?」アーチャーは苦笑した。
「ごめんなさいね…私のお姉ちゃん、あらゆる言語に精通してるんだけど…その反面共通語におかしな訛りが大量に入ってるから、何言ってるか分かんないと思う…」
ラミエは隣を歩くイーシュの背中をポンポン叩きながら言った。
「あらゆる言語…それって、もしかして古代遺跡の文字とか…」
アーチャーがそう呟いた瞬間。
「…§*&&&<#£÷×」イーシュの口からおかしな音が出た。そのままにっこり笑いながら言う「古代ケルトロ言語、アンダースタンド出来ないとトレジャーゲッチュ出来ないからネ〜♪」
「それはまさか…古代言語の発語…!」アーチャーは驚く「…だとすれば…もしかしたら私の…」
「?」イーシュは首を傾げた。
「あ…いえ、こちらの話です」アーチャーは手を振って話を終わらせた。
★
「さて…」ゴロゴロと巨大な岩の転がる場所まで来ると、ブレードは皆を見回す「ここからは女性陣はメースと行動して温泉を楽しんで来てくれ。スラッシュとランサーはハリスを連れて周辺を警戒、その他のメンバーは各自等間隔に散って見張りだ。…後でクレーム対応するのは俺だ。見張りの連中はくれぐれも、文字通りネズミ一匹通さないようにしろよ」
「ははは、やだなぁブレードさん」ランサーは笑った「今年は変な事考えてませんから、そんな怖い顔しないで下さい」
「…そう、お前らは去年前科があるからな」ブレードはスラッシュとランサーを交互に睨む「同じ屋根の下で生活する以上、おかしな気が起きるのは確かに分からんでも無いが…。キツい言い方をすれば面倒事が起きて運営が立ち居かなくなった場合…前科持ちのお前らは騎士団にも傭兵事務所にも冒険者窓口にも入れず、路頭に迷うことになると言うことを覚えておけよ」
「へーい」スラッシュは欠伸をしながら言った「まぁ確かにかなりイレギュラーな騎士団直属部隊ではありますからね、俺らは。そこは最低限気を付けますよ」
【続く】




