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第八話「唐突な逃避行」その1

「さて、俺は税務署やらに書類を配りに行かなきゃならん。たまに中庭に吟遊詩人がいるから、中庭の噴水広場で待って…」

ブレードがそう言いかけた瞬間…

「アンタでいいわ!どりゃああぁぁ!」

「えっ…!?うわあああ!?」

いきなり誰かに手を引かれて走り出す羽目になった。遠くなるブレードの姿。

『すまん、後で護衛をつける』

ブレードからそう魔法メールが届いた。

…というかこの人は一体…!

「入るよ!そりゃああああ!」

「はい…?」ハリスは自分の足元に地面が無いことに気づいた。「ギャアアア!」

メルハの街中に点在する抜け穴。

普段は魔法で隠されていて、見つけることはおろか使うことすら出来ない。

大抵は一方通行で、街中の騎士が外の戦地に一瞬で向かう為に掘られた物らしい。

まぁ、昔からある秘密の通路だから、今では王城にいるわずかな人間にしか使えないんだけどね。

と、メルハの姫君は教えてくれた。

「姫様…」そうなのだ。ブレードはもし他の人ならハリスを止められただろう。

目の前にいるのは泥のついた白いドレスに身を包んだハウスビッツ三世閣下だ。

10才くらいの少女にしかみえないこの女王からは確か一番最初にメルハに来たときに勲章を頂いた事があったな…。

王宮の兵士の大半は彼女のファンで構成されているのだとか…。

「脱出成功ね!」姫様は汚れたドレスなど気にせずに両手を上げた「ん〜っ!やっぱり街の外は良いわ〜っ!」

「えぇと、お久しぶりです…姫様」

「えぇ!新婚のハンサム君ね!大丈夫、街から出してくれたお礼は、これからの護衛任務の報酬とは別にしておくわ!」

もしかしなくても自分は、とてつもなく厄介な事にまたもや巻き込まれたらしい。

「あの、どうしてこんな事を…?」

周りの景色から察するに、ここは【原初の森】である…。

《原初の森》〜ニンフィの住まう泉〜

推奨戦闘値1500〜4000【戦争時】

市街地戦を潜り抜け、ファトマノとの戦いに生き延びただけあってハリスの戦闘値は3117まで上がっていた。

戦争さえ起きなければ確かに姫様を安全に護衛させられるだろう。

「どうしてって…」姫様は首を傾げた「つまらないからに決まってるじゃない」

「とりあえず、まずは街に戻る方法を見つけないと…」ハリスは鞄からマップを取り出す。この辺でレベリングをすることを考えて地図商人から買ったものだ。

まさかこんな場面で使うことになろうとは思いもしなかったが…。

「ハリス君…君もそういうこと言う?」

姫様は何故かふくれ面をする。

「はい?」

「まさか折角追っ手を振り切ってこの私が直々に外に出てあげたのに、すぐ帰すなんてつまらない事をするつもりなのって訊いてるの。…返答次第では…」

「いや、でも姫様…下町に出るならともかく、ここは街の外で危険です。せめて街の中にさえ入れれば…」

「じゃあ、女王様から勅命を与えてあげる」姫様はウインクした「私は今から好きな所に行くから護衛しなさい。機嫌次第で敵の本拠地にも行くかも知れないわ」

「そ…そんな…」

「勅命よ勅命、この国の最高国家元首からの命令なのよ!逆らうものなら二度とメルハの方向を拝めないと思いなさい!」初めて会った時も思ったが、なんて姫様だ。

「…了解でございます。女王陛下」

「で、ここからは私的なお願い」姫様はニコニコと笑う「私のことはティラーって呼んでね、ハリスさん♪」

そうして、姫様の気のすむまで護衛をするという大役を任されてしまった。

「はぁ…」相手は姫様である。万が一のような事があったなら、打ち首では済まされない気がする…

常にあらゆる可能性を考えて行動しなくては…それにしても…

ハリスは自分のお腹が鳴った事に気づく。姫様にも聞こえてしまったらしい。

「あら、一人しかいない大切な護衛くんが空腹で倒れるのはマズイわね」

そう言うと姫様はポケットからクッキーを数枚出してハリスの口に押し込む。

「むぐぐ…!!」

「キャハハハッ!折角のイケメン顔が台無しよハリスさん〜!」

しかしお世辞ではなく旨い。

このクッキー旨すぎる!ジンジャーやシナモン、その他あらゆるスパイスの組み合わせを絶妙にマッチさせた、これひとつで何通りもの味を楽しむことが出来る…!

「ごちそうさまです…姫様はいつもこんなに美味しいものを?」

「ま…こんな物ばかり食べてると、たまに下町の屋台のラーメンとかが恋しくなるのよ…貴方には分からないかしらね?」

「うーん…」規則正しい生活を強いられた子供が嗜好食品に憧れを抱くようなものなのだろうか…?

「さて…この近くに泉があるの。そこで服を着替えさせてもらうわ…あと陛下じゃなくて呼び捨てでティラーだって言った」

「ごめん…着替えはあるんですか?」

「勿論、狩りの為に用意させた服は持ってきているから…ここよ」

確かに、鳥の声が響く深い森の深部には、小さな泉があった。

姫様がハリスに気にせず脱ぎ始めたのでハリスは慌てて後ろを向く。

上流階級の箱入り娘というのは、こんなにも遠慮ないものなのだろうか…。

「さて、どうかしら?」

しばらくして背中をつつかれたので振り向くと、そこには別人が立っていた。

白いYシャツの上に赤いチェック模様のベストとズボンを着て、頭には白い羽と紋章のついたハットを被っている。

…ちいさな子供が探偵のコスプレをしてるみたいにしか見えないが…

「すごい可愛いですよ」

「あらそう?まぁ当然よね…それ以外の感想を言ったならウチの針子さんを全員解雇しなきゃいけないからね」

「うわぁ…」

危ない…自分の下らない一言で、何人かの人生を台無しにするところだった。

「さぁ、行くわよ!」


「探偵みたいだな…」歩いていく姫様の後を追いながらハリスは呟いた。

「たん…てい?」あぁ。どうやら彼女は探偵について知らないようだ。

「誰かが殺される事件があったときに、証拠を集めて犯人を特定する職業の事だよ。ある有名な探偵がそれに似た格好をしていてね…パイプタバコなんかがあれば…」

言いながらハリスは水筒の水を飲む。

「あら、探偵はスモーカーなの?」手を差し出してきたので姫様にもあげた。

「まぁ人によるかな?その有名な人はスモーカーだったらしいけど」

「まぁ、今の時代なら【過去視】を会得してる賢者に頼めば犯人なんて一瞬で分かるんだけどね」

「へぇ…そんな魔法があるのか…」

「ふぅん…」姫様はハリスを見てニヤリと笑った「…不敬罪」

「うわあああすいません!いつの間にか敬語を忘れてましたぁっ!」

「あはははは!!」姫様はお腹を抱えて笑い転げた「冗談よ冗談…貴方面白いわぁ、いつも呼んでいる道化師よりも良いかも…機会があればお茶に呼んであげる」

「こ…光栄です…」

「それでねハリスさん」姫様は突然立ち止まった「ここはどこかしら?」

「…」

ハリスは無言で地図を取り出す。

《原初の森》〜まどろみの裾〜

推奨戦闘値???〜

「あら…おかしいわねこの私が道を間違えるはずは…」姫様はハリスの地図を見た「…まずいわ」

「迷ったね…」

…しまった。姫様との会話に夢中で現在位置を見失うなんて…

ブレードに魔法メールを送ってみようとしてハリスは思考を止めた。

…そういえば魔法メールを【受信】出来るのはプレイヤーのみ。

アニやジュンに宛てなければ。

またこんな厄介事に巻き込まれていると知ったらアニはどう思うだろう…

「ハリスさん…どうしよう?」

心底心細そうに姫様はハリスを上目遣いに見ていた。

「今助けを呼んでる。届いていると良いんだけどね…!」

ハリス『アニ!今すぐ返信して!』

しばらくたつと返信が帰ってきた。

アニ『また貴方は変なところに…っ!』

…恐らく位置情報を見ているのだろう。

ハリス『ゴメン!ただ少し道に迷って厄介な事になってる』

アニ『まどろみの裾に来たの?そこはまずいわ!今すぐ気付け薬を飲んで眠らないようにして!眠ったら終わりよ!』

ハリスは慌てて鞄を探る。

…だが気付け薬は置いてきていた。

まずい。と思うまもなく、体が何か軽くなっていくような錯覚を覚えた。

「ハリスさ…なんか…眠い…よ」

姫様が仰向けに倒れた。

「くっ…」ハリスは頭をふって眠気を振り払おうとするが、頭を振るたび全身の感覚が抜けていくのが分かる。

アニ『ハリス…嘘よね?今貴方の机の上に気付け薬があるのが見えるんだけど…ちょっと返事してハリス!ハリス…!!』

「…リスさん!ハリスさん!起きてよお願い…笑えないじゃない!お爺様が作ってくれた理想郷が…こんなにあっさりと崩れ去るなんてっ…あ!」

ハリスは目を開けた。まだ森の中にいるようだが…魔法メールが使えない。

というか、ステータスが頭に表示されてない!何が起きているんだ!?

「ティラー…これは…」

「良かった!」姫様は胸を撫で下ろすと、指を指して見せた「あのねハリスさん…ここは一体どこだと思う?」

ハリスは辺りを見回した。

空が赤い。辺りを囲む森の木々も枝がねじれ、幹のところに人の顔に見えそうな模様が浮かび上がっている。

「分からない…」ハリスはそう言うと剣を抜いた「僕たちがあそこで眠っている間に何が起きたんだ…?ティラー、僕からなるべく離れないようにして下さい」

「分かったわ」

ドガァァン!!

ハリスは心臓が爆発するかと思った。

すぐ後ろで何かが地面に叩きつけられたのだ…すぐに振り向くと、姫様はいたずらっぽく笑った。

「気を立てすぎると、大局を見失うわよ…ほら、リラックスリラックス」

「姫様の武器の音でしたか…」

ブレードに聞いたことはあった。ティラー王女殿下はメルハ1の怪力だと。

…初めは当然ブレードの冗談だと思った。ただあの人がこれまでに冗談を言ったことがあっただろうか?

それでも自分の中ではまだ半分は信じていなかったのだが…

今こうして姫様の武器を見ると納得した。…これは尋常ではない、と。

短めの槍ほどある巨大な装飾を施されたグリップから、発光するロープのような紐が伸びている。その先には人が座れるほどの巨大な金の鉄球がついているのだ。

しかも。

姫様はあろうことかそれを二本、両手に持っていた…。

あり得ない怪力だ。

「…取り敢えず少し歩いて、何か目ぼしいものを探しましょうか」

ハリスはそう言いながら歩き始めた。

地面をごりごりと削りながら姫様は鉄球を転がしてついてくる。

「しかし、静かね…」姫様は呟いた「こんな事になるなら、中庭の噴水前にいた吟遊詩人も連れてくれば良かったわね…」

「そう言えば…」ハリスは気になっていたことを尋ねる「姫様はよくこの森に来られるんですか?」

「まぁ、良く使ってる秘密の抜け道が結構この森に続いてるのよね」姫様はそこまで言って顔をしかめた「え…まさか…。そうかなるほど、そういうことね…」

「姫様?」ハリスは姫様の方を見た。

「思い出したわ!」姫様はハリスに笑いかける「確かこの付近にはもうひとつ城から繋がる隠し通路があって、もし敵が何らかの手段を使ってここにやって来たら、すぐに【夢の檻】に閉じ込めるというしくみになっていたんだったわ!」

「夢の檻…ですか」

「えぇそうよ。その丘で眠りに落ちたら、永遠に悪夢の森から出ら…れなく…」

姫様の表情がこわばった。

「…つまり」ハリスはため息をついた「王族を護るべきはずの罠に、王族が嵌まってしまったと…」

「…ハリス君、もしかして…貴方もう出られないからって好き放題私に言うつもり?いいどきょうね!?」

姫様がじたばたし始める…かわいい。

「とりあえず脱出する方法を考えようか」ハリスは考え込む「…うーん…」

「そういう魔法は、この王族の証で解放してやるわ!」

姫様は懐から金銀装飾を施された大きめの金メダルのような物を掲げた。

「なるほど!その手があったか!」

…。

「あ…あれ?」姫様は紋章を叩いた「そんな…あれ?」

「…別の方法を探そうか…」

ハリスはまたもやため息をついた。

「そうね。…【夢の檻】は自動発動魔法じゃないから、発動者がどこかにいるはずなのよね…そいつを見つけ出せれば、この領域から脱出出来るかも!」

【続く】


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