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第七話その3

「ブレードさん、失礼します…」

ハリスはブレードの書斎に足を踏み入れた。うっすらと積もった埃を見るに、彼が机から三日間動いていないことが分かる。

「…」ブレードは山のように積まれた書類を睨みながら黙っている。

「メースさん…山は越したとお医者さんは言ってたんですけど…」

俯きながらハリスは言う。

「…まだ起きないんだな」

ブレードは口を開いた。

「えぇ…」

「…あいつらは人間の医者だ。俺達のような人種の医者じゃない」

「そんな…でも…」ハリスは頭を上げる「ブレードさんもメースさんも魔剣の力を手にする前は人だったんでしょう?」

ブレードが沈黙した。

ハリスはその場を動かない。

「ブレードさん、僕は…」

「俺はな」ブレードは首を回してハリスを睨んだ「俺やメースは…ただの闇の民じゃない…。魔剣から生まれた化け物だ」

「…?」

「闇の民は魔剣と契約を結んだ人間のことだけではない。俺やメースは…魔剣の契約者から生まれた化け物なんだ」

「それって…魔剣の契約者を親に持った人…ということですか?」

ブレードは頷いた。

「生まれながらにして魔剣の代償を受け続け、そのうち肉体に残留していく魔剣の邪気に当てられて異形と化す…」

「そんな…」

「生まれた赤子を救う方法は、今持っている魔剣を子に継承させること…それはつまり、魔剣に体を捧げるということだ」

「…」ハリスは沈黙して、ブレードの話に耳を傾けた。

「記憶に僅かに残っている。何千年も前の話だ。俺の母親は俺に魔剣を継承して…村を焼け野原に変えた。自らの魔力を制御出来なかったんだ。焦土の中に立ちすくむ俺を、メースが拾ってくれた」

「継承の儀式は、そんなにも被害を生むものなんですか…?」

「継承はその魔剣の魔力を自らの魔力と共に子に与える儀式…当然生まれたばかりの子供に受け止められる魔力量じゃない。…村は俺のせいで無くなったんだ」

ブレードは机をドンと叩いた。

「すみません…ブレードさんの他にも、もしかしたらそういう出生の人が…?」

「いるだろうな。魔剣の母親を持った子供は自然と野生での生活を余儀なくされる。だから、他の…特に人間に会ったら容赦なく殺意を剥き出しにしてくるだろう…。だからこそ、俺に色々な事を教えてくれたメースは大切な存在なんだ…だがこの気持ちは決して愛にはならない。…彼女を愛してはいけないんだ…」ブレードは俯いた「今日はもう寝ろ…明日、明日になったら皆にも顔を見せる…」

「すみません…失礼します…」

部屋に戻ると、ハリスはアニにブレードとの会話を聞かせた。

「ふーん…そういうことだったの」

隣に寝ているアニはそう言った。

「ブレードさんはメースさんの事が好きなんだよ…だけどそれを愛する事は禁忌なんだ…自分も彼女も闇の民だから…」

「…ハリスは魔剣って欲しいと思う?」

アニは突然そんな事を訊いた。

「うーん…」ハリスは考え込む。「多分…これがゲームでこのキャラクターを他人として見ていられるうちは【欲しい】と思うだろうね…けれど今は、魔剣の絶大な魔力と引き換えに失う物が多すぎるし…ここが今僕たちの生きている現実だからね」

「そっか…」アニは天井を見つめた「あ、そうそう…ジュンの奴、結婚するって」

「はぁ!?」ハリスは飛び起きた。「ちょ…ちょっと待ってはぁ?え、相手は…」

「ファトマノだって」

「どえええぇぇぇ!!?」ハリスは背筋が凍りつくかと思った。「あ…あのさ、この話…ブレードさんにはしない方が…」

「ブレードさんは知ってるぜ?」部屋の外でスラッシュの声がした「つぅか、もう夜だから頼む静かにしててくれ…このアパート防音性能に関しては皆無だからな」

「あ、すみません!」

「あら、ブレードは知ってたんだ」アニはハリスを引っ張りベッドに寝かせた「明日朝食の時に話を訊いた方が良さそうね」

朝が来た。

朝早くから外では大工が槌を振るう音があちこちから聞こえる…まだ街は復興作業で大忙しだった。

いつものようにバイキング形式の豪華な食事が並べられたテーブルには、先に皆が集まっていた。

ブレードだけが来ていない。

「今日も駄目そうなのかな」あちらこちらにまだ包帯を巻いたカリースが言った。

【まぁ、まだ四日目ですし…】ノルイは壊れた楽器の弦を張り直していた。

「ランサーと村雨丸、シオン、それとメースが病院だしなぁ…くっそ寂しいなぁおい!」スラッシュがベーコンをつまみ食いしながら叫ぶ。

と、その時食堂の扉が開き、あの黒い甲冑…いや、もっと板を増やした堅牢な鎧を身につけたブレードが入ってきた。

「ぶっ…ブレードさん!いつの間に鎧を新調したんですかっ!キャアアッ後で…後で触らせて…はっ!」アーチャーは我に帰る。「失礼しました。本日から復帰ですね、ご苦労様です」

「心配ごとがあると、直ぐに鎧を要塞化してしまうのは俺の悪い癖だな…すまない皆、もう俺は大丈夫だ」

ブレードは稼働部分を確認するように腕や足をガチャガチャと動かす。

「やりすぎは止めてくださいよー?俺の甲冑も変えなきゃいけないですから」

スラッシュが冗談を言った。

「新調したらすぐ言って下さい」アーチャーはスラッシュに一瞬だけ顔を向ける「…で、本日の予定はどうしますか?我々親衛隊はとりあえず待機しています。…シェイダー以外は」

「シェイダーはいつものアレか?」

ブレードは首を傾げた。

「えぇ。また一人でイフリートの魔釜にでも言ったのでは?」アーチャーはため息をついた。「こんな状況なのだから、もう少し協調性を持って欲しいものです」

【まぁまぁ、とりあえずブレードさん、復帰ご苦労様です!】

「だな、ご苦労様!」

「ご苦労様!」「ご苦労様ですー」

皆が思い思いに声をかけた。

「ありがとう、そしてすまなかったな皆。今日は俺はたまった政務の書類を城まで届けに行く。他は町を出ない程度に自由時間にしよう…ハリス、お前は食事が終わったら来てくれ」

「あ、はい」結局、朝食の時はファトマノの件については聞けなかった…。

「…来たか」

「ええ」念のため鎧は身に付けている。

「行くぞ」ブレードは短く言った。

ハリスはブレードと基地を出ると、彼のあとをついていった。

復興作業に勤しむ住民たちに声をかけながらブレードは通りを歩いていく。

「…あぁ、ここですか」

大きめのキャンプが建っている…

【○カノユ○○聞会○】

…だから看板を直せよ!使い回しか?

「来たぞ。ナカノはどうした」ブレードは建物の中に入っていった。

「あぁ、ナカノさんなら…」トラバースが何故か机の上に正座しながら言った「奥の部屋ですよ」

「一体何を…」ハリスは思わずそうトラバースに声をかける。

「あぁ、罰ゲームです。さっきチェスで負けたんですよナカノさんに…参ったなぁ、仕事がこれじゃあ終わらない…」

「うわぁ…」やっぱり何を考えているのだろう、ナカノという変人は。

トラバースをとりあえず無視して奥の部屋に入る。

安物のソファーに寝転がりボーッとしているナカノがいた。

「あ、ブレード君だ〜百年ぶりだな〜」

「今回の新聞、大分新聞っぽかったんじゃないか?」ブレードは机に新聞を放る。

「んー」ナカノは新聞を手に取った「ただ、私がスクープ欲しさに、今回のような被害を出してしまった事は間違いないね」

「…そうか」

「ブレード君。そしてハリス君…迷惑をかけてしまったことをまず詫びよう。すまなかった。…確かに今回のこの記事は上手く書けた。でも内容はハナクソさ」ナカノは新聞をゴミ箱に投げた。「私はこんな記事を書きたいんじゃない。しかしね、いい記事を書こうとすれば…いや、【私が動けば】被害を生む。やはり平和が一番だね、そう思うだろうブレード君」

「こちらもすまんなナカノ。最近のあの記事に込められた意味を、今は理解できる気がするよ…」

ブレードは頭を下げ、腰のポケットから封筒を出して机の上に置くと、踵を返してキャンプを出た。

「ブレード君」キャンプの中からナカノの声が聞こえた「この時代遅れの臆病者の力が欲しくなったなら、いつでも声をかけたまえ…私はずっとここにいるから」

「あぁ」

ブレードは再び歩き出した。

今度は街の中央の城へ向かっている。

「ハリス」ブレードは口を開いた。

「はい」

「俺は…仲間に甘えすぎていたようだ」ブレードは屋台をちらちらと見ながら語り出す「俺はかつてメースとこの城を襲う側だったんだ」

「え…」それは初耳だった。

「初めて人と、それ以外の魔物たちがぶつかり合った【第一次大戦】…それと更にそのあと起こった【第二次大戦】…どちらも俺は魔物軍団の陣営にいた」

…そうか。

初めてブレードの名を聞いて姿を見て、何故か見た事がある気がしていた。

ゲームだったころ、大戦になったときに味方側にかつて魔物軍団の陣営にいた設定の黒い騎士の英雄NPCがいた。

それがブレードだったのだ。

彼はかつては血で身体を洗うと言われる最強の騎士だった。だがかけがえのない仲間が増えて、人の心を手に入れた彼はやがて、自らを鍛えることをやめたのだ。

…それは何故か。

「俺は…」ブレードは歩きながら言う「俺さえいれば、この街は安泰だと思っていた。自分の力に自惚れていたんだ…だが、アーチャーがやられ、ランサーがやられ、俺と同等の力を持ったメースまでもがやられた…今まで生きてきて初めて俺は今、【恐怖】を感じている」

「…」なんと声をかければいいのだろう。彼は今やメルハ1の戦士なのだ。

「正直、騎士団を辞めようかとも考えた」ブレードは空を見る「だが…あそこには俺を信じて待っていてくれている仲間たちがいる…俺を力だけでなく、一人の人間として見てくれる奴らがいてくれる。自分を見つめ直すと言って抜けることも出来る…だがそれは同時に仲間を裏切ることになる気がして出来なかった…」

「皆は…ブレードさんの堂々とした態度に惹かれたんでしょうか」

「…違うのか?」

ブレードは立ち止まり、ハリスを見る。

「ブレードさんはとても優しい人だと思います…きっと皆が惹かれたのはそこですよ。ブレードさん…私は貴方と似たプレイヤーに会ったことがあります。彼は強さを欲するあまり獰猛な性格になり、結局彼は自ら率いていたギルドのメンバーから孤立して、一人になってしまいました」

「だが…力を、もっと力を手に入れなければ、皆を危険な目に合わせてしまう…」

ブレードは苦悩していた。

朝の気丈な態度とは全く違う。

人間らしいな、とハリスは思った。

「力だけじゃ駄目ですよ」ハリスは両手を広げた「仲間一人一人の信頼が、そのまま戦闘の連携に繋がるんです!ブレードさんは誰よりも仲間を思っている。だからこそそういう風に自分を追い詰めてしまったのでしょう…でも、だからと言って一人で背負い込む必要はありません。朝分かったとは思いますが、この親衛隊は貴方無しでは動けないんです…もし貴方が一つの事にしか目を向けないのであれば、大切な物を見落としてしまうことになる」

「ハリス…」ブレードは表情を崩した「まぁ、そうだな。少し周りが見えてなかったらしい…単純な話だ、今は振り出しに戻っただけなんだ。それに前と違うのは仲間が増えたことだな…」ブレードは呟く「…なんとなく心の整理がついた気がするよ…さて、この書類を出したら、今後のレベリングやイベントについて推敲してみるか」

ブレードの表情は軽くなったが、彼の不安を取り去ることは今の自分には無理だ。

ハリスはブレードの背を追いながらそう心の中で呟く。

かつてファトマノと激戦を繰り広げ、彼女の血が染み付いているであろう場所を丁度踏みしめながら、ハリスは考えた。

ブレードにさも分かったような話をしたが、自分が一番分かっていないのだろう。

強さを求めて仲間を捨てるか、

強さを捨てて仲間を護るか…

一体…何が正解なのだろう、と。

【続く】



お久しぶりです ケイオスです。

人を説得するのって難しい…

上手い事を言えずに、相手が思い通りの反応をしてくれなかったりします。

私が口下手なばかりに、私の小説の登場人物も皆口下手になるわけで。

今回の話を書きながら、うむ、もっと読書しようと思いました。

それではまた、あの柱の反対側で会いましょう。

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