第六話その2
「…カメラ回してるかい?オーケー。アー、アー、マイクテスッ」
ナカノはアルバートにカメラを回させながらマイクの音が出るか確かめている。
…普通逆だろ…
みたところナカノは確かに賢者クラスの格好をした魔法使いのようだ。
アルバートとトラバースは二人ともスラム街のならずものといった格好で、腰には自動小銃を吊っていた。服装は同じだが、短髪でボサボサ頭がトラバース。長髪でコーヒーを片手にビデオカメラを回しているのがアルバートのようだった。
「ここが研究所か」
ブレードは腕を組みながら言う。
「…廃墟だなぁ、こりゃあひでぇ」
レンがため息をついた。
「えー我々は今…」ナカノはマイクを持って喋る「全世界のハナクソが集まるハナクソ博物館にきております」
「ナカノさんがふざけたと言うことは…」アルバートはカメラを確認する「おっと、フィルム切れか」
「普通に言えよ!」
トラバースがナカノに突っ込んだ。
「最終目標は?」ハリスはブレードに確認した。一応剣を抜いておく。
「施設地下三階にある制御システムの完全破壊。施設自体の無力化が目標だ。」
「地下三階…」ハリスは呟いた。
見た感じでもかなり広い施設のようだ。
最深部までたどり着くのも一筋縄ではいかないかも知れない…。
《クローム研究所》〜潜入コース〜
推奨戦闘値1200〜3500
〜地下三階〜
推奨戦闘値4000〜???
「…気を付けて進めよ。どこから何が沸いて出るか分からん…」
ブレードはそう言いながら施設の中に足を踏み入れる。
施設は物が焦げたような臭いで満ちていて、人が確かにいる痕跡があった。
「これはいよいよ焦げ臭くなって…」
ナカノがシリアスな顔で言う。
「ナカノさん…それ後半あたりの台詞ですよ…しかもキナ臭く、です」
アルバートは苦笑しながら訂正した。
「受付だ…」
ハリスは呟いた。割れたガラスやら観葉植物などがぶちまけられた室内は、まだ当時の影を残していた。
「いらっしゃいませ」
いつの間にかナカノが受付のカウンターでこちらに向けて頭を下げた。
「…遊ぶなら帰れよ…」
ブレードはため息をつきながら言った。
「それにしても…今にも崩れそうな内装だなぁ…事実崩れてる場所もいくつかあるし、こりゃあ…地図通りには簡単に行かなさそうだぜ?」
レンは地図を広げながら言った。
「この先は少し長そうですから…油断しないで急ぎましょうか?」
アルバートはそう言うとトラバースと奥の様子をカメラに納める。
アルバートは映像、トラバースは写真担当のようだ。そして…
「私がインタビュー担当だっ!」
ナカノがその場で回転して言う。
…誰に言っているんだか。
「見たところ案外近い場所に階段があるみたいですね…」ハリスは地図を確認しながら奥の部屋に足を踏み入れた。
ピンッ。
足に何かが引っ掛かった…。
すぐ頭上を矢が通り抜ける。
まさに危機一髪…。
「ハリス」矢はブレードが剣で打ち落とす「油断をするな。罠はどんなダンジョンにも仕掛けられているんだぞ」
「す…すいません…」
…背が低くて命拾いした…。
「飛んでくる矢を見事に剣で払ったぁ!さてブレードさん、只今の心境は?」
ナカノはマイクをブレードに向けた。
「仕事に集中したいのだが?」ブレードは冷たい目つきでナカノを睨む。
「了解」ナカノは静かになった。
…ハリスはその場で動けない。
「ハリス…どうし…」レンが異常に気づいて頭を押さえる。「あー…南無」
ハリスが引っかけた罠のワイヤーは一本…の筈なのだが、ハリスの足には他にも三本ほどワイヤーが接触している…。
「…た…たすけ…」
涙目になってハリスはブレードを見る。
「…一度に三つの罠にかかりそうになっている奴は初めて見たな…。」ブレードはそう言いながら室内に入っていった。「一度に五つの罠にかかった馬鹿はいたが」
「ぐえっ」レンが頭を押さえて呻いた。
…お前か…。
どうやらブレードは、罠の出所を探して解除してくれるらしい。
流石プロだ。他にも仕掛けられた罠を全てくぐり抜け、手慣れた手つきで矢を外したり、毒瓶を中和したり、次々とワイヤーを切断していく…。
「すいません、助かりました」やがてハリスはようやく動けるようになった。
「まぁ、これも良い経験になっただろう」ブレードは微笑を浮かべながらそう言うと、再び大剣を構えて歩き出した。
「内部はかなり罠が張り巡らされていますね…これは一体誰の仕業なのか…」
ナカノが珍しくマトモに実況している。
「ここの一層はかなり罠が多い分、敵は配置されてないみたいですね?」
ハリスは隣を歩くレンに声をかけた。
「だな。まだ研究所だった頃に入ったのとは、結構色々変わってるが…」
「この先だ」
先に進むブレードが足を止めた。
先に下に降りる階段がある。
「ちょっと前に水の銃士団の偵察部隊が入ったっきり戻ってこなかった。…て話があったな、そういえば」
レンが嫌なことを呟いた。
「救助に行った部隊もだ」ブレードは階段を先に降り始める。「もしかしたら生存者がいるのかもしれんな」
下の階に降りきると、そこはまだそれほど荒れてはいなかった。
会議室のような場所だ。
長い机が口の字に置いてあり、あちこちに椅子が転がっている。
「うわ…」ハリスは口を押さえる。
部屋の隅に人の頭蓋骨と思われるものが転がっていた。
「これは…真面目になった方が良さそうだね」ナカノは長い杖を背中から外し、手に構えて辺りを見回す。
「最初から真面目にやってください…」
トラバースも小銃を手に取り、横のコッキングレバーを引ききる。
「ブレイクタイムはここまでだね」アルバートはコーヒーを飲み干すと、鞄にカップをしまい、小銃を片手に構える。「ここからは、バトルタイムだ」
「敵の気配がするな…」ブレードは全員を見回す「いいか、このままあそこの扉から工場区域に出る。広い空間での戦闘だ。各自、危なくなったら俺の後ろで補給するように…よし、いいな。…行くぞ!」
ブレードは扉を蹴破ると、早速大剣を一閃する。扉の前に張り込んでいた三体の敵がそのまま吹き飛んで消えた。
「[ブレイドバースト・フレイム]!」
ハリスも後に続き、炎の灯った武器で手近な一人に斬りかかる。
…それは人だった。
襲ってくるクロームだとはいえ、遺伝子上では人間に近い生物。いや、初めて現実として彼らと相対して分かった。
…クロームも人間だ。
斬った時のとても嫌な感じ。そして、
ちゃんと人としての感情がある。
言葉こそ発しないものの、よく見れば傷ついた仲間を退避させ、後方で治療職が手当てをしている。攻撃メンバーもかなり統制がとれていた。
ベルトコンベアや大きな機械が置かれたこの広い空間での戦いは、かなり時間がかかった。最後の治療師に止めを刺すと、ハリスは地面に剣を突き立てて深呼吸する。
「あいつら、実態じゃないな」
レンが恐ろしいことを言う。
「あぁ。倒しても死体が残らなかった。予想通り地下一階はクロームのデータが主な敵で間違い無いようだな。」
確かに彼らは何も喋らなかったし、倒されても影も残さず消えた。
…データが実体を持つなんて…。
「データでも十分強いなぁ…中々一筋縄じゃいかない奴らだ」
レンはそう言うと銃の残弾を確認する。
「はぁ…はぁ…実戦ってここまで疲れるもんだっけ…」ナカノは地面に大の字に寝転がって息を整えていた。
「…皆、よくやった。ここまで倒せば後はそれほど居ないだろう。このまま地下二階に向かおう。日が落ちる前までには戻らねばならんからな」
ブレードはそう言うと大剣を構えたまま、工場を横切り奥へ向かった。
ハリスも慌ててついていく。
「我々は移動を開始しました。」ナカノはアルバートの前に立ち実況を始める「その胸にあるのは揺るがない正義の心…」
「ナカノさん、ここに誰かの財布が」トラバースが地面に落ちていた財布を拾う。
「臨時収入キターー!」
ナカノが財布をもぎ取った。
「少なくともお前には揺るがない正義の心って奴は無いようだな…」
ブレードはため息をついて言った。
ブレードの後をついていきながら、時に戦闘をして先に進む。
この階はどうやらクローム達や、クローム達の使う武装などを供給する工場だったようだ。まだ使えそうな武器も沢山手に入っていた。
「ハリス、お前確か魔法剣士だったよな?」レンが唐突に訊いてきた。
「はい、そうですけど…」
「ならその間に合わせよりこれを使ったらいいんじゃないか?」
レンはさっきの戦闘で敵が落とした武器をハリスに手渡す。
「…でもこう言うのって帰ってきてから清算するんじゃ…」
「ハリス」ブレードは微笑しながら言う「お前は少し律儀すぎだ」
「そーそー」ナカノは両手杖を手のひらで回しながら言う「良い装備は、今使う人の為にあるものさ?」
「ありがとうございます」
ハリスは剣を受けとると、手に持った。
鍔の部分に赤い石が埋め込まれた、いたってシンプルな形をした剣だ。
重さもハリスには丁度良い軽さ。
…良い剣だ。
「さぁて、行きますか」レンはそう言うと歩き出したブレードの後に続く。
地下二階へ行く最中、人骨がいたる所にあった。ここを調査しようとしていた人達なのだろうか。
「クロームの骨かもしれん」
ブレードはそう言った。
クロームは人工的に作られたと言っても、内臓器官や細胞は人間と同じ。
ただ人間とは違うのが、人間よりも遥かに並外れた身体能力。そして【何かしらの目的】に沿って行動する、ということ。
「ここの奴らは皆マザーコンピューターから【侵入者の迎撃】という目的によって動いている。可愛そうだよな。」
レンは人骨に手を合わせながら言った。
「それを破壊すれば、彼らは襲ってこなくなる?」ハリスはレンに問いかける。
「そうだな、止めることは可能だぜ。マザーコンピューターが破壊された時点で自害するやつもいるけど。文字通り母親の死には耐えられないんだろう。」
「…だが、そこにどんな理由があれ、斬ることを躊躇っては駄目だ」
ハリスは自分の剣を見つめる。
「はい…」
★
地下二階に通じる階段はかなり遠い場所にあり、見つけるのに本当に骨が折れた。
「よし、この奥だ。」
弓を持った敵から剣を引き抜きながらブレードは奥の扉を押して開いた。
「ブレードさん、少し休憩しましょうよ?このまま行くと、皆さん体力的に…」
そう。このパーティーには致命的な欠点があった。
…回復役がいないことである。
皆結構HPを削られ、へとへとになって地面に座り込んでいた。
「…あぁ。すまんな」
ブレードはだが、結構そわそわしている。何をそんなに急いでいるのだろうか?
「ブレードさん」ハリスは思いきって訊いてみる事にした。「パーティーの様子に気づかないなんて貴方らしくもない…。何をそんなに急いでいるんですか?」
「…夜までに帰れないだろう」
「違いますよ」ハリスはブレードの目を見つめて言った。「きっとそれは後付けの理由…他に何か目的があるんですか?」
「…はぁ」ブレードはため息をつくとハリスの目を見て言う「最近…ラミエの様子がおかしいんだ」
「ラミエが?」
確か昨日ハリスの部屋で勝手に女子会をやってた時は元気そうだったが…
「お前には教えておいても問題ないか…あいつはクロームだ」
「ええ!?」
…驚愕の事実だった。
「…しかもあいつはデータではない、生きているクロームの一番最初の初号機…第一次聖戦の起きたおよそ三万年前にも既に存在していたと言われている」
「え…じゃあラミエさんってまさか」
「三万歳のBBAだったのか…」
レンが容赦なく言い放った。
「とにかく、この研究所のマザーコンピューターが原因かは分からないが、最近あいつふらふらとこの研究所に向かおうとする事があったんだ。…あいつの戦闘値ではまともに戦いも出来ないと思ってな。」
「…そうでもないみたい?」聞き覚えのある女性の声が背後から聞こえた。
ハリスは振り返る。
目を虚ろに開いたラミエが、そこに立っていた…。
【続く】




