第五話その4
「あぁ…アーチャー!」ハリスはアーチャーの手足に付いた足枷を鍵で外した。「頼むよ…目を開けてくれ…!」
すると突然、アーチャーが起き上がる。
「…ぅ…!!い、いやあああああ!!」
アーチャーは焦点の合っていない目でハリスを見ると突然暴れ始めた。
「アーチャー!しっかり!」
「駄目ぇ…嫌…離して!死んじゃう!許して!助けてぇぇ!ああぁぁぁ…!」
「アーチャー!」暴れるアーチャーを押さえつけ、息がかかりそうな程顔を近づけてハリスは叫んだ「僕だよ!ハリスだ!」
アーチャーの動きが止まる。
「は…りす…」その瞳に涙が溢れる。「あ…うぇ…うわあぁっ…」
しばらくハリスは子供のように泣きじゃくるアーチャーを抱きしめていた。
彼女の服はボロボロで、あちこちに抉られたような傷がある。
「生きていてくれて…良かったよ」ハリスはアーチャーの耳元でそう言った。
しかし…あのアーチャーがこんな状態になるなんて…一体彼女に何があったのか。
数十分後、ようやく落ち着いた彼女にポーションをすすめ、HPを回復させると、ハリスは自分の外套を彼女にかけた。
…彼女の格好がほぼ裸だったからだ。
「…ハリスが落ちた後、私は敵を討とうと、持てる力の全てを使って奴らを殲滅しました…」アーチャーは話を始めた。
だが、その後彼女の目の前でゲートが姿を現したのだという。
それもかなり巨大な、ピラーゲートだ。
ピラーゲートとは、ゲートの中でも最大級の大きさを誇るゲートである。
「中から化け物が現れたんです…相手の戦闘値は…二万を超えていました…」
「に、二万だって…!?」
そんなモンスターがいたら、ゲームバランスが完全に崩壊するじゃないか!
「それでも私は戦いました。でも、かなわなかっ…ゲホッ!うっ…」
アーチャーは後ろを向いて嘔吐した。
出てきたのは、まだ動いている巨大な鋏を持った甲虫…。
ハリスは歯を食いしばった。
…許せない…!
「私は…彼らに取り囲まれて…剣を奪われて…もう…駄目かと…うっ…ううう…」
アーチャーは再びハリスに抱きついた。
震える彼女の手を背中に感じながらハリスは更に怒りが沸いてくる。
「…分かった。僕が来たからもう大丈夫だ。…さぁ、一緒に帰ろう。」
「はいっ…」
ハリスは彼女を背負うと、元来た道を戻り始める。…幸い、もう見張りはいないのと、途中でアーチャーの鞄を発見し、MPポーションを入手出来たこともあり、脱出するのはそれほど難しくは無かった。
建物の外では、ちょうど酒場の店主が三人程のリザードマンに怒鳴り散らしていた所で、人通りも少なくなっていた。隠蔽魔法で隠れながら、順調に道を急いでいると、背中のアーチャーが不意に動いた。
「お…おしっこ」
「…」何だか我慢しろとも言えないので、人通りの無さそうな裏路地に行く。
「待って!」後ろを向いていようと思ったのだが、アーチャーに服を掴まれる。「お願い…一緒にいて…お願いっ…」
「…」仕方ないので耳を塞ぎ、アーチャーに背を向けて通りを警戒する羽目になった。アーチャーはずっとハリスの服を掴んでいたため、身動きも取れなかった。
「…行けます」しばらくしてアーチャーがそう言い、ハリスは耳から手を離すと、再びアーチャーを背負って歩き始めた。
「…あの」アーチャーは遠慮がちにハリスに声をかけた。
「ん…どうかした?」
「私…少し前…ハリスに酷いことした…ごめんなさい…」
「…あぁ、あの鎧を一人で運ばせたこと?」何でこのタイミングで謝るんだ…。
「私…全然強くないんだって分かった…もうブレードに顔を見せられないよ…」
アーチャーは子供のようにそう泣きながら訴えた。ハリスはため息をついた。
「鎧じゃなくてごめんね。」
「…ぅえ?」
「全く…チートモンスターに負けたのは仕方がない事だよ。そんな卑屈な君を励ましたいけど、残念私は鎧着れない職業なんだよねー…」
「…でも、助けに来てくれた。私は…十分救われた…君の言う通り仕方ない戦いだったのかもしれない。…もっと、もっと強くなりたい…。」
「うん。僕もだよ」
いつの間にか集落を抜け、辺りが明るくなっていく。
遥か向こうから太陽が登っていくのが見えた。…一晩中歩いていたようだ。
「もう…大丈夫」アーチャーはハリスの背中から降りると、ハリスの手を握った。
「…歩けそう?」
「少しは歩かないと。…貴方だって、このままだと疲れちゃうでしょう?」
「まぁ…戦闘になると少し大変かな…」ハリスはそう言うと、メールを確認する。
メール可能区域だった。
「よし…ここからアニと連絡が取れるようになるみたいだな…」
【ハリスだ。今集落を抜けたよ。アーチャーは満身創痍だけど命は落としてない。今日の晩御飯はカレーがいいかな。アニは甘口派だったっけ?】
アニを出来るだけ心配させないために書いたのだが、読み返すと人を小馬鹿にしたような文章になっているような…
【失礼ね、ドラゴン派よ。】うわあ、あの最高級の辛さに耐えうると言うのか…アニの味覚センスの無さの理由が分かった。
【そんなことより、貴方達の行く先にピラー級のゲートがあるようなの。念のため隠れられる場所に隠れていて】
【分かった…】
「メール?」アーチャーがこちらの顔を覗き込んで首を傾げた。
「うん。この先にピラーゲートが有るらしいんだ。多分…」
「…私がやられた敵が出入りしていたゲートのことですね」
アーチャーは顔を俯かせた。肩がわなわな震えている。思い出したくない事を思い出したのかもしれない。
「大丈夫」ハリスはアーチャーの頭を優しく撫でた。「君は僕が護るよ」
「…っ!」顔を赤らめてアーチャーは急にそっぽを向く。「そういうことは、もっと格好いい鎧を着てから言って下さい!」
「いや…だから僕は魔法剣士で…」
「胸当て位なら付けられるでしょう」アーチャーはハリスに向き直るとその胸を人差し指でつついた。「帰ったら、格好いいの選んであげますね」
「はは…お手柔らかにね…」ハリスは苦笑しながら言うが、次の瞬間、何かに気づいた。「まずい…伏せて!!」
アーチャーを押し倒す形で地面に倒れ込むと、すぐ頭上を何かが通りすぎる。
それは斧だった。しかし触手のようにも見える。その姿を見た瞬間。
「あ…あぁ…!」アーチャーが腰を抜かしてしまった。
「…こいつか…」
目がたくさんある顔。槍や剣や斧など様々な形をした数十本の触手のような腕。
小さな山ぐらいある巨大な体躯。
そして…戦闘値は20146…
アーチャーが負けたと言う巨大なボスモンスター。まさかこんな場所にいるとは。
ボスモンスターは完全にこちらに向けて攻撃していた。
「くそっ…アーチャーは下がっているんだ!まともに戦えなくても、気を引く位ならできると思う!」
「ハリス!駄目です!戻って…」
アーチャーが止めるのも聞かずハリスは化け物に突っ込んでいった。
「[テンペスト]!」ハリスは化け物の雨のような攻撃を避けながら足元に入り込み、体重を乗せた一撃を叩き込む。
形のないスライムを斬るような感触。
慌てて今の位置から飛ぶと、そこに武器化した触手が叩きつけられる。
…効いてない…!
まぁ、目的は倒すことではない。この化け物をいかに安全に無力化するか、だ。
「さぁ、こっちへ来いっ!」
ハリスは叫ぶとアーチャーとは逆の位置に向けて駆け出した。
上からとてつもない量の攻撃が降ってくるが、上手く回避しながら走り抜ける。
…やがて、目の前に巨大なゲートが見えた。確かに今までよりはるかに大きい。
ただの渦ではなく、半透明のガラスのような物質で縁取られた、巨大な門だ。
「うおおおお…!…っ!」
ハリスは呼吸も忘れて、ただひたすらに門を目指す。…だが、背後に熱を感じ、気づいた頃には、もう遅かった。
「ぐああぁぁっ……!」
炎まで吐けたのか…あれは!
薄れゆく意識の淵で…だがハリスは、まだ諦めなかった。地面を転がって火を消すと、ゲートに向けて足を進め、そして…
「[ブレイドバースト・アクア]!」
ハリスは自分の剣に水を纏わせる。
そのまま溢れ出る水を…「[ブレイドバースト・アイシクル]!」
簡易的なスケートリンクが出来た。
巨大な化け物はこちらに倒れ込む。
上半身がゲートの暗黒の中に入った。
…後はあれを押せないかっ…!?
ハリスは走りながら持っている剣を見つめた。今までゲーム時代から死線を共にしてきた相棒。…許せよっ!
「ふっ!」ハリスは化け物の後ろに回り込み、自分の剣を投げた。自分の持てる魔力を全てつぎ込み。
そして詠唱する。かつての相棒を葬り去る、禁忌のあの呪文を…。
「南無三っ![マナ・エクスプロージョン]!!!」
鼓膜が千切れたかと思った。
もう音ではない、超振動のような音波と共にハリスの剣が大爆発した。
流石の化け物もこの爆発では立ち上がれず、その巨体をゲートの中に埋めた。
…今だっ…!振り返ると、すぐそこにアーチャーが来ていた。
「ハリス…貴方の剣が…」
「話は後だ!頼む、アーチャー!僕に力を貸してくれ…ゲートをこれから…僕達で破壊するんだ!!」
「え…」
戸惑うアーチャーの手を掴み、ハリスはその瞳を見つめる。アーチャーはすぐ顔を赤らめ、それでも上目遣いにこちらを見つめ返してくれた。
「仕方ありませんね…」
少し遠慮がちにハリスの手を取る。
「…今さら恥ずかしがらないの★…トイレだって一緒に行った仲じゃないか」
「…ッッ!!!!」アーチャーはハリスの手をあらんかぎりの力を込めて握り返した。「帰ったら…殺してやりますっ…!」
「…よし」ハリスは詠唱を始める「…母なる大地よ!全てを司る天よ!神の代行者の名において、我に…世界を拓く力を!」
「あっ…」アーチャーの体が光に包まれる。ハリスは心配そうなアーチャーの手を両手で取った。そして瞳を閉じる。
「[ゲート・ブレイカー!]」
再び目を開けると、アーチャーは剣になっていた。ルビーのように透明な赤。
装飾のない透明な両手剣は、ほのかに暖かさを感じる。
「…今日からハリスの剣として過ごすなんて…あんまりです…」
アーチャーの声が頭に響いた。
「あはは…大丈夫、ゲートを破壊したら元に戻るよ。」
「それにしてもハリス…この状態だと…何だか心の中を見透かされているような…そんな気持ちになるのですが」
「そう?」ハリスは剣を見つめる「まぁ確かに…その人の性格を現しているみたいだからね…綺麗だよ、アーチャー」
「…あぁもう!さっさと終わらせてください!あの化け物がまた動き出す前に!」
「…分かった」ハリスはゲートに向き直る。巨大な両手剣は片手用の剣のようにすんなり手に馴染み、そして軽かった。
ハリスは剣を振り上げる。
「…魔法剣士の法衣も結構イケるかも」
ボソッとアーチャーが呟いた。
「はい?」ハリスは硬直した。
「うわぁ!違…さっさと振れ馬鹿ぁ!」
「はいいいい!」ハリスはゲートに向かって赤い両手剣を振り下ろした。
ガラスが砕けるような音がしてゲートがルビーのような鉱石に包まれる。
「もう一回…っ!」
ハリスは下ろした剣を振り上げた。
巨大なゲートは赤い光を散らしながら崩れていき…やがて粉々に砕け散った。
「…ハリス」人間に戻ったアーチャーは、ハリスに背中を預けると睨んだ「…ちょっと痛かったんだけど…」
「ご、ごめんっ!」
「…帰ったら…文句言わず私と買い物に付き合うこと。…分かりましたか?」
「分かったよ…」
「でも…まぁ…」アーチャーは向き直りハリスにしがみついた。「さっきの失礼な言動位は…許してあげます…」
「ハリス!」アニの声が響いた。
アーチャーは声のする方に顔を向けた。
親衛隊の皆が、助けに来てくれていた。
自然とアーチャーは涙を流し、スラッシュの方へ駆け出していた。
「アーチャー!?お前…泣い…!?」
「スラッシュ…やっぱりこのトゲトゲがなければ…私は私ではいられません!」
「…そ、そうか?」言いながらスラッシュはハリスを睨んだ。
「え…僕?いや僕はなにも…」
「ハリス…?貴方と言う人は…」アニが低い声を出し、銃をハリスに向ける。
…な、何でぇぇぇ!?
【続く】
皆様お久しぶりです。
ケイオスです。
最近色々と多忙でして、更新が不定期になっています…。
さて、バックナンバーを見ると、結構書いたなと思います。
グロウザデビルズと合わせると二十話を超えるのでは?
昔書いた文章も、今見ると新鮮な物がありまして。決して上手い文章では無いのですが、何だか引き込まれてしまいます。
これを見ている誰かの為に、また出来るだけ早く次話を書こう。
そう思いながら、久しぶりのあとがきを閉めさせて頂きます。
それでは皆さん、また思い出した時にでも顔を見せに来てください。
では次話もお楽しみに!




