姫と狂宴
死体の山を築き上げて作った平和の祭典。ルリア姫の功績で成り立った、サンドラ女王のための晴れ舞台。「戦勝祝賀会」
11月に差し掛かろうとしていたノーランド王都クラフトは、寒さとは裏腹に平和とはこういう状態だと言わんばかりの様相を呈していた。
戦勝行進を見ようと人々は市街大通りに乗り出し、王国政府から無料で振舞われる葡萄酒と戦勝国としての誇りで酔いしれた。祭りに付き物のスリや盗賊も今日はいない。銀色の磨かれた甲冑のノーランド兵が各国から訪れた人が危害を被らないように全力で警備していて、泥棒も稼業に勤しめないのだ。
ファンファーレと共に女王が王城の中庭に到着した頃、人々の熱気は絶頂に達した。女王サンドラの左右に並ぶのは腸が煮えくり返っているレムレシア帝国構成国の大使や高官、王族らだ。彼らは腰に手をあて、胸を張るが後ろ手は誰もかれも握りこぶしを握り、怒りを必死に殺している。
戦いには勝ったが大失態を演じて恥をかいたホーリーレムレシアの面々、本当に勝利したのはノーランド女王サンドラただひとりだと誰もが分かっている。女王はそんな怒りのホーリーレムレシアの面々をわざわざ最前列に招いたのだ。
そんな怒りの熱気の中、ひとり涼しい態度で望む人物がいた。ホーリーレムレシア構成国のひとつ、プロセリオン王国の第二王子エルクト。
間もなく夕暮れとなり、外が薄暗くなる頃、前庭で野外仮面舞踏会が行われた。人々は歌い祝い賑わしくしていたが、女王が舞踏会の途中に登壇すると会場の人々は踊りをやめ、一斉に彼女を見る。女王の横から久しく外に出ていなかったルリア姫が姿を現すと、人々は歓喜で彼女も迎えた。
(本当にうまくやってくれるんでしょうねシュバイツは…私、まだ死にたくないわ)
ルリアの不安は募る。暗殺者の筋書き通りなら、花火が打ち上がり全員がそちらに注目している最中に、シュバイツがルリア姫と女王の食事に指定の毒を盛り暗殺することになる。
暗殺者からシュバイツに与えられた指示では、指定の毒をそれぞれ2人に盛るのだが、女王に盛る予定の毒は苦しむ程度、ルリアには死ぬ毒となっている。
シュバイツは毒にも精通していたから、どちらが死ぬレベルの毒の調合なのか見抜いていた。
ルリアが前庭で胸が詰まる思いでいるその時、建物を挟んで裏手にあたる中庭ではシュバイツがルリアに教えられた化学反応を利用した花火というオモチャを嬉々として用意していた。
「それじゃ後は鐘が鳴ったらこれに火つけといてくれ!」
シュバイツは配下のゴロツキどもにものすごい簡単に指示を与え、自らは厨房へと向かった。
厨房には誰もいないはずだ。「花火は国家随一の技術を見せる場である。厨房の者もより優れた食を発想できるよう、一時手を休めて参上せよ」と女王から命令が出ているためだ。そして増員されているはずの兵も指定ルートを通ると出くわすことはない。これもシュバイツに暗殺を依頼した”王族”・・・のフリをしている女王自らが手はずを整えたのだろう。
シュバイツが厨房に着くと、頼りなく弱いロウソクの光に鍋や金属器が鈍色に輝いているだけで、誰もいなかった。いや、いないように見えたのだ。その時は。
「毒を入れ替えて、女王に致死する毒を与えることもできるな…」とシュバイツはふと思ったが、やめた。
シュバイツは女王の皿に指示通りの「死なない毒」を盛り、ルリア姫に与えるべき「死ぬ毒」は盛らずに胸に仕舞い、その場を去った。
毒は塩のようなつぶ状のもので、致死のものも苦しむだけのものも、どちらも混ぜてしまえば無味無臭のものとなる。
(さてと、後はうまくやってくださいよルリア殿下)
前庭ではガヤガヤとざわめきが起こっている。ノーランド軍が城壁からロケットを乱射してリヴァイア騎士団を追い払い、グダンチアを守ったという噂は誰の耳にも入っていた。
しかしそのロケットとやらがどんなものか、目の当たりにした外国人はいない。ホーリーレムレシア諸国の高位者らは屈辱に燃えながらも、ロケットというものには興味津々で、どちらかと言えば楽しみだった。しかも今回は特別仕様の花火というものだという。スケッチしようとイーゼルを構え出す人もいた。
ルリアはそんな彼らを見ながら、頭の中でシュバイツと相談した次に取るべき行動を整理する。
(シュバイツが花火を放ったら、私は料理を食べる。女王は死なない毒で瀕死手前、私は無毒だけど、死んだふりをする…でいいのよね)
(そしたらえーっと…、すかさずシュバイツが買収したっていう王族が駆け寄ってきて、私は安全な場所へ連れて行かれる…)
何度か頭で整理したが、何度やっても緊張は解けなかった。現世では高校時代に演劇をやったことはあっても、学芸会レベルだったのは言うまでもない。
間もなく鐘の音と共にファンファーレが演奏され、ルリアはビクッとなり空を見た。
ひゅーっという音がしてから数秒後、たった1発の、それもちょっと形が崩れたあまり見栄えのしない花火が空に輝いた。
現世で見た花火より、鈍っていて見栄えはよくない。それでもこの世界の人々にとっては新鮮だったようで、両手を挙げてぎゃーぎゃーわーわー大騒ぎ。
「なんか、しょぼい花火ね」
ルリアはクスッと空を見上げて口元だけで笑った。
(しょぼくても、空に打ち上がる花火…こんなに懐かしいなんて)
ルリアにしてみればこの世界に生まれてから初めてみる花火だし、最低でも生まれてからだから8年以上は見ていない。
(最後に見たのは…いつだったかな。失恋したときだっけ、女の子に振られて…いや、研究室の仲間とバカやって怒られたあと、窓から見えた花火があったか)
すごい長い間隔を置いて、2発目がやはり単発で打ち上がり、空を輝かす。緑や赤の光に照らされて、ルリアの目は輝いた。若干、目が潤む。
「いやぁ綺麗!綺麗ですなぁ、まるで星を作ったようじゃぁ!!ルリア様もほれ、感動のあまり泣いておられるわい」
ふと横を見ると枢機卿のグリザリオが普段の宗教者の落ち着きを吹き飛ばし、少年のようにはしゃいでいる。それを見て再びルリアは微笑む。
「な、泣いてなんかないわ!ただ、いろいろと思い出して…」
「思い出して…とは?はて、ルリア様は花火を既にご覧になられたのですかな」
まずい、思い出に浸りすぎてついボロを出すところだった。
ドーン、ドーンと1発ずつ上がる花火。
「分からない?私、グダンチア攻防戦に参加していたのよ?」
それを聞いてグリザリオは両手を前に出し、申し訳なさそうな顔をして謝罪してきた。
「そ、そうでした…申し訳ございません。花火は、そのロケットの亜種なのでしたね…辛い思いを掘り起こしてしまってこの老骨め」
「い、いえ!違います!!ロケットと花火は、音は確かに似てるけど、これはその…綺麗です。それにグダンチア攻防戦は、嫌な思い出ではないですから…グリザリオ枢機卿、気に及ぶことではありません」
「ほ、ほら、せっかくの綺麗な花火です、枢機卿、あなたも見ないと、その、罰を与えますよ!」
としょんぼりしている老人に声をかけてやった。
ルリアは再び空を見てから、目を下ろし、会場を見てみる。花火は1発1発、すごい大切に上げられている。電子制御で自動発射の現世現代と違って、きっと手で点火して、それも低レベルの黒色火薬でやってるに違いない。連射なんてそもそもできない。あまり明るくもないし綺麗な色も出ないし、高くも上がらない。ほとんど音しかしないような花火。
何万発も上がる花火大会をルリア、いや生まれる前の新宿の学生だった頃は何度も見たことがある。会場はカップルや家族、仲間うちグループで溢れ、酒や食事をしながら会話に華を咲かせ、花火は添えモノと割り切って雰囲気を楽しむ人も多かった。
今の会場はどうだろう。こんな見てくれの良くない単発花火なのに、人々が一心不乱に空を見ている。まるで神聖なものを見るかのように。最初騒いでいた彼らも、今は静かに空を見守っている。気がつけば衛兵も、サボった兵士を本来なら叱るべき衛長も、給仕のため待機している使用人も、更に外に微かに見える市井の人々も空をじっと、見つめたまま離れない。
グリザリオは星のようだと言った。それは当たっている。なぜなら、花火が本物の星に紛れるくらいしか光を発さないから。どこか流れ星のようにすら見える。星の光が都会の光にかき消された空の下での花火大会は、星と花火の組み合わせを見ることはできない。そこだけはルリアも素直に感動した。
ドン!パチパチパチ…。どこか不思議で、のどかな花火大会。現世のように最後のシメの一斉打ち上げなどあるはずもなく、最初から一定のペースのまま、花火大会は終了した。女王が終了宣言をするまで、終わったかどうかも分からないほどだった。
花火の余韻に浸りたかったルリアだが、その余裕はない。命がかかるルリアにとっての本番はこれからだ。
女王の声が前庭を貫いたあと、指の合図で一斉に料理があちらこちらから運ばれてくる。あらかじめ決められた席に、決められた料理が。
女王の前には女王の料理が、ルリアの前にはルリアの料理が運ばれる。
(シュバイツがしっかりやってくれていたら、私は死ぬことはない…でも、もし、もしがあったら私は…)
悟られぬように、楽しそうに振舞うルリア。
(何口食べて、どう倒れればいいの…)
考えているうちに、間もなく見本が現れた。女王が盛られた毒で苦しみだし、そのまま卒倒して料理を撒き散らし、辺りが騒然としたからだ。
側近や王族がギャーギャー騒いでいる。ルリアも真似するように3口ほど食べ、さて倒れようとした瞬間、横にいたグリザリオがルリアの食器を吹き飛ばす。
銀食器がガラガラと音を立てて吹き飛ばされ、グリザリオがルリアをテーブルから引き離そうと躍起になっている。
「いけません!姫!」
グリザリオは女王が倒れたことで、とっさにルリアを救おうとしたのだろう。しかしもう遅い。ルリアは食べてしまった。毒殺される、もとい、毒殺されたことにして倒れないとシナリオは進まない。
ルリアは目を閉じ、苦しそうな真似をして派手にもがき始めた。誰も演技とは思わない。8歳にできる演技ではなかったから。中身が20歳代と知る人が誰もいないので当然だ。
するとタイミングを見計らったように突然横から突進してくる足音が聞こえる。
「大丈夫か!どうした、そこをどけ!」
この声はセルディエフ!お前か!シュバイツと密通していたというやつは!
ルリアは心の底で思い、少し残念だったが思えばセルディエフ以外の王族はまともに顔すら知らないから、秘密を共有する相手としてはまだマシというものだ。
セルディエフは介抱しようとしたグリザリオを払い除け、狂ったようにルリアを抱きかかえて城に向けて一目散に走り出した。




