拓也エイド
ライブ当日、メンバー達はいつもよりも気合が入っていた。
けして広いとはいえないステージ裏の楽屋で、ナツユキがせっせとスクワットをしている。 額に汗がにじんでいる。
「ナツユキ……それじゃあ、ライブやる前に疲れちゃうよ?」
マサトの心配をよそに、今度はシャドウボクシングをし始めている。 動いていないと落ち着かないようだ。
「ナツユキ、今日はいつもに増して元気だね」
あきれたように言う音香に、ユウジが笑った。
「俺達もそうだけど、ナツユキなりに、このライブには特別な思い入れがあるからね」
今回は『昔のクロノス仕様のライブ』という触れ回りもしたので、過去のファンも来てくれているかもしれない。
そんな彼らに見せるクロノスは今や、一番人気を誇っていた拓也が抜け、マサトがギターからベースになり、ギターには女の音香が入ったことで、クロノスは大きく様変わりをした。 そんな状況で、どれだけ多くの、過去のファンの人たちに喜んでもらえるか。 プレッシャーは生半可なものではない。
だが、これも試練のうち。 ここで逃げたら、何のためにクロノスを続けているのか、意味がなくなる。 それならばいっそ、名前も変えて全く違うバンドとして新しく始めればよかったのだ。
だが敢えてクロノスにしたのは、このバンドを愛しているから。
それを無駄に出来る権利など誰にもなかった。
やがて開演時間になった。
「さあっ! 行くぜい!」
いつも通りにメンバーが円陣を組み、ナツユキの声でゲンコツを合わせて気合い入れをした。
ステージ裏にスタンバイして、音香はギターのボディを抱きしめた。
アコギと違って重量感のあるエレキギターは、小柄な音香には最初、荷が重かった。 肩こりや腰痛に苦しんでいるのは、もはや職業病と言っていいだろう。 それでも、拓也たちの創ったクロノスの為、精一杯力になれるように努力してきた。 自分の実力をどこまで伸ばせるかをいつも考えて、練習もしてきたし、新しい楽曲の提供もしてきた。
今やクロノスの『オッカ』だ。
その自信を胸に、今、音香はステージに立とうとしている。
「行くぜ!」
ナツユキがそっと振り向いた。
「うん!」
うなずく音香にならって、マサト、ユウジもうなずいた。
そして、観客が待つステージへと歩を進めた。
ライブは予想以上に盛り上がった。
イントロのリフが鳴り始めただけで歓声が上がり、手拍子と歓声が波打った。
『これがクロノス……』
演奏しながら、音香は改めて、すさまじい観客のパワーに押されそうになった。
今日は特別なライブ。 もしかしたら、拓也の為だけに来てくれた客も居るかもしれない。
音香はクロノスとして、観客とぶつかり合った。 それはメンバー皆が同じだった。 それぞれが拓也を想い、背中を押すために、東京に居る拓也に届かんばかりの音の乱舞を繰り広げた。
そしてあっという間に時間は過ぎ…………観客たちが、クロノスをステージへと再び呼び込んだ。
アンコールの一曲めでは、拓也が作曲したバラードを演奏した。
音香が大好きな曲のひとつだ。 拓也も、この曲には強く思いを込めているのだと話していた。 だから音香はこの曲を弾くたびに、ギターを弾けない拓也が口ずさみ、マサトが譜面に書き起こしている姿が目に浮かぶ。
音香の流すギターの音色がエフェクトされ、会場を包み、揺らす。
『皆と一緒になってるんだ』
いつの間にか、音香の頬を涙が伝っていた。
拓也が創った旋律と共にいられる喜びが、音香を満たした。
クロノスは過去をも喰って生まれ変わった。 メンバーたちも感極まって涙ぐむ場面もあった。
そしてファン達もそれぞれに思い返していたのだろう。
「拓也が少しでも早く更生して帰ってくることを応援し、祈ろう! 俺たちが出来るのは、クロノスとして弾け続けることだから! そして、お前達もクロノスの一員だ!」
ナツユキのマイクで爆発するように、アップナンバーでライブの最後を飾った。
熱狂の極みを味わったライブの後、片付けを済ませて楽屋から会場に出てきたメンバー達に、女の子たちが駆け寄った。 ファンレターやプレゼントを渡すために、退場せずに待っていたのだ。
いわゆる『出待ち』ってやつだ。
相変わらずナツユキやマサト、ユウジは人気が高い。 以前からのファンもいるから、なおさらだ。 輝く瞳で口々に熱い言葉を伝えながら、それぞれに品物を渡していく。
邪魔にならないように、三人を取り囲む人垣をすり抜けるように離れた音香は、自分に駆け寄ってくる人影に気付いた。
まだ十代後半ほどだろうか? 音香より小柄で、ロックテイストの衣装を着こなしたその女の子は、音香の目の前まで近づくと、控えめな上目遣いで見上げながらスッと手を出した。 その手には、一通の封筒が握られていた。
「え、あたしに?」
驚いて尋ねると、女の子は赤い顔でうなずいた。
「あの、私も、オッカさんみたいにカッコいいギタリストになりたいです!」
「ええっ?」
ただただ驚くばかりの音香に手紙を押し付けるように渡すと、その子はそそくさと走り去ってしまった。
「あっ、あの! ありがとうっ!」
あっという間に消えゆく小さな背中に、その声は聞こえただろうか……。
その時、音香は背後に気配を感じた。
「フッフッフッ。 オッカも捨てたもんじゃないねぇ」
隣に並んだナツユキがからかうように肘でつついてきた。 マサトとユウジも、楽しそうににやけている。 彼らの両手にはいくつかの紙袋や封筒が抱えられている。
「ちょっと、からかわないでよ!」
赤い顔で困惑する音香。 すると、別のファンの子が握手を求めてきた。 ナツユキ、マサト、ユウジと握手をした手は、音香の前にも差し出された。
「え?」
「ほら!」
ユウジにうながされるままに握手をすると
「頑張ってください!」
ペコリとお辞儀をして駆けて行く背中を呆然と見送っている音香に、知らぬ間に近づいてきていた影待が声をかけた。
「今度は、ファンの子に対する心構えも教えなきゃならんか?」
「うわっ!」
驚いて振り向く音香の肩口で、影待のメガネが冷たくキラリと光った。
「びっくりしたっ!」
「どんな人が来ても、笑顔を返す。 必ず何か一言かける。 お礼でも何でも良いから! その言葉で、倍のファンが付くと思ったほうがいい」
それだけ言ってステージの片付けに向かう影待の背中に、かろうじて返事を返した。
「はあい!」
『それにしても驚いた……あの人、足音させないんだもん……』
そして音香は、まだ治まらない動悸を感じながら、手に収まるファンレターを見つめてニンマリとした。
『これは裕里にも報告せねば!』
第一号ファンだと言っているにも関わらず、裕里からはファンレターの一通も貰ったことがないのだ。
その夜、ベッドの上に正座をした音香は、丁寧に今日貰ったファンレターの封を開けた。
そこには、イマドキの若者らしい丸っこい文字で、それでも丁寧に便箋二枚に渡って思いが綴られていた。
長谷川美和というその子は、以前友達に連れられてクロノスのライブを観に行き、そこで見た音香に衝撃を受け、自分もギターを始めたのだという。 まだ初心者だが、いつかステージに上がって音香のようなカッコいいギタリストになりたいのだと、熱い思いを書き連ねていた。 そして最後には女の子らしく、可愛らしい花と猫のシールが貼ってあった。
「美和ちゃんか……」
音香は心が温かくなるのを感じた。 この子の為にも、音香はオッカであり続けなくてはならないのだ。 それは嬉しいことでもあり、ひとつの試練でもある。 このファンレター一通で、どれだけ大きな元気をもらえたか。
アーティストの原動力はこういうところから生まれるのだと、改めて知った。
音香は便箋を丁重に封筒へと入れると、引き出しの中にそっと入れた。
『そうだ。 先生のギター教室、紹介してあげようかしら? そうすれば、先生も稼げるし、美和ちゃんも上手くなるし、悪いことないよね?』
一人でそんな事を思いながら、クスリと笑った。
そして、今日の拓也エイドでの売り上げや募金も予想以上に集まっていた。 マスターたちスタッフもいくらかを出してくれた。 たくさんの愛が詰まったソレは、お金という形以上に重みがあった。 音香は早く渡してやりたいと強く思った。




