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音香彩々  作者: 天猫紅楼
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37/50

自分にファンが居てくれるということ

 拓也エイドの影響か、クロノスの人気は少しずつ上がっているようで、やっと出来るようになったソロライブの入場者数も増えてきていた。 音香が入った頃の、閑散としていた会場が嘘の様に、もう床の一片も見えないほどに観客が埋まっている様子は、感慨深い。

「キャパがやばいです!」

 マスターの嬉しい悲鳴が度々聞こえるようになった。

 ライブハウスの売り上げが全国的にも下がり気味である中、クロノスのおかげでセブンスヘブン自体も知名度が上がり、売り上げが伸びてきた。

 だがマスターは

「バーとしての姿も大切にしたい」

と、過剰にライブスケジュールを入れることはなかった。 それで余計に希少価値が上がり、自動的にセブンスヘブンの人気も上がっていった。

 音香にとっても、セブンスヘブンが有名になるのは嬉しいことだったが、逆に客が増えることで、ゆっくり呑めなくなるかもしれないという不安は拭えなかった。

 ギター教室とバイトをやめ、仕事以外の生活をクロノスに注ぐと決めた音香にとっても、それだけは譲れないものだった。 音香にとって、セブンスヘブンで呑むことも大切な時間だったからだ。

 だがそんな不安はすぐに解消された。 バーの客入り自体はそれほど多くなることはなく、いつも通りの静かなセブンスヘブンが営業されていることには、音香にとってホッとする状況だった。 もちろん、マスターにとっては寂しいことなのかもしれないが。

 

 

 時は流れ、拓也の謹慎ももうすぐ解ける時期に来た。

 拓也自身の罪は軽かったが、その代わり大御所音楽プロデューサーである大島で支えられていたとも言える会社は事実上破綻し、当然拓也も職を失った。

 だが、いまだに拓也から音香に連絡は全く無かった。 他のメンバー達にもライブのスタッフ達にも何一つ連絡は繋がっていないようで、拓也の現状は全く分からなかった。

 ただ、拓也の置かれている環境は、悪いことばかりではないようだった。

 それと言うのも、逮捕された時にメディアに流れた拓也の名前がきっかけでネット上にその噂が流れ、むしろ人気が出始めているようなのだ。

 拓也を知っている人物が口コミで情報を流したのだろう。 遂にはその画像まで出回るようになっていた。 ルックスも顔も良い。 音楽にも関わっているとなればその興味の波は大きくなり、ネットの情報網は一気に広がる。

 中には、昔はかなりのやんちゃをしていただの、女性に目がなく、何人かに中絶をさせただのと、在りもしない噂が飛んでいることもあったが、それが真実ではないと知っている音香たちにとっては痛くもかゆくもなく、ただ拓也本人が心を痛めてはいないかということが心配だった。

 一方その余波か、『拓也が在籍していたバンド』ということで、音楽雑誌や週刊誌などの取材に来られたこともあった。 当然、そんな理由では納得できず、すべて丁重に断った。 拓也をネタに誌面を賑わそうという企みは、クロノスのメンバーにとっては歯がゆい悔しさで一杯だった。

 

 

「オッカ、もうすぐだね!」

 行きつけの喫茶店にて、裕里がタルトケーキをぱくつきながら言った。 音香もフォークを持ち、笑顔を見せた。

「そうだね、もうすぐ拓也の謹慎が終わる!」

 音香の心は晴れやかだった。 目の前のチョコレートケーキが、いつもより美味しそうに見える。 フォークで大きく切り取り、口に運んだ。 くどくない甘さが口の中いっぱいに広がり、心を緩やかにさせた。

 裕里も嬉しそうにタルトの上に乗るリンゴをひとすくいして、音香を見ながら口に運んだ。

「拓也くんから、連絡来るかな?」

「ん……分かんない。 そういう人だから……」

 音香は気負いする事無く、拓也を待つ気でいた。

 

 

 ――また、上京したばかりのあの時の様に、ある日突然電話がかかってくる。 そしてこう言うんだ。

「音香の所に、帰ってもいいかな?」

 

 

 音香は思わずフッと笑った。

「何? オッカ楽しそう! あ、もしかして、もう連絡取り合ってんじゃないの?」

 音香は、フォークを向けて疑いの目を向ける裕里に首を振った。

「違うよ、妄想笑い」

「何よ、気持ち悪い!」

 どちらにしろ、嬉しいことが待っているに違いない。 音香の心は希望に満ち溢れていた。

 そのモチベーションの高さには、もう一つ理由があった。

 ライブを重ねるうちに、音香のファンも何人か増えてきたのだ。

 音香の部屋の隅にあるダンボールの中には、綺麗に整理されている封筒の束が入っている。 それもいっぱいになってきたので、そろそろもう一回り大きなダンボールに変えるか、新しいダンボールを増やそうかと考えている。 棚の上にも、ファンからもらったプレゼントが並んでいる。 小さな人形や小物など、ファンの皆が音香のために自らの思いを込めて渡した魂の形だ。

 音香はなにかにつけてそれを眺めながら、元気をもらっている。

 いまや何にも替えがたい大切な宝物だ。

 

 休日の昼過ぎ、音香はそれらをひとしきり眺め、元気を与えられたところでギターを握っていた。

 いくつものメロディーが生まれる。

 ファン達が求める曲を、ひとつでも多く届けたい。

 紙にペンを走らせ、ギターを爪弾き、作曲作業を楽しんでいた。

 苦しいと思うことは何もなかった。

 思うがままに……

 音香は今、音楽の中で呼吸していた。

 

 ふと、思い出した。

 初めて人前で演奏したギター教室の発表会で、緊張感に包まれながら発表する音楽教室の生徒たちを見ながら

『なんだろう、この物足りなさは……』

 と感じたこと。

 誰もが一生懸命に演奏しているのにどこかつまらない印象を持った音香は、ずっとその物足りなさを解消出来ないモヤモヤをずっと抱えてきていた。

 音香は、そんな心に張り付いていたモヤが、今ではすっかり消えていることに気付いた。

 曲を作り自分の心の内を開放することで、自身を解き放つと共に、自分を認めてくれるファンたちの存在が現れたことで、音香自身を表現することの楽しさを知ったことが、大きな要因だろう。

 他人の真似をする姿には、魅力を感じていなかったということなのだ。

 今の音香は、とても幸せだと思っている。

 音楽に触れることで、心が癒され、元気を与えられる。 そんな素敵な真実を、少しでもたくさんの人たちにも伝えてあげたい。

『音楽ってすごいんだよ!』

 そう伝えたくて、音香はひたすらに溢れる旋律を逃すまいと、気持ちを集中していた。

 

 

 するとそこへ、裕里から着信があった。

『オッカ、今テレビ見れる? 五チャンネル!』


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