ラブストーリーが流れる
「何だろ?」
怪訝に思いながら、うながされるようにリモコンを取ってテレビをつけると、ちょうど何かの記者会見が始まる所のようだった。
そして、画面の端に映ったテロップを見て我が目を疑った。
『謹慎から約一年。 ネットで人気爆発のあのアーティストが!』
「まさか!」
音香は思わずギターをベッドに寝かせ、滑り込むようにテレビの前に座った。 途端に動悸が激しく音香を包み込んだ。
「何で?」
記者会見の後ろの壁には、新作であろうドラマか映画のタイトルが大きく掲示してある。
その前には、作品の監督や出演者らしき人々が席に着いていた。
「た……拓也っ?」
音香は思わず声を上げた。
その芸能人たちの中に、忘れようも無く、紛れもない拓也の姿があったのだ。
他のクロノスのメンバーたちもこれを見ているのだろうか?
今の音香には、彼らに教えている余裕がなかった。 ひたすらテレビ画面の片隅に映る拓也の姿を凝視していた。
それは近日公開される恋愛映画の記者会見のようで、拓也はその主題歌を担当することになったらしい。
「拓也が歌うの?」
当然答えは返ってこない画面に呟く音香。
ダイジェストで映像は流れ、出演者達が順番に映画の見所を紹介していくなか、やがて拓也にマイクが渡された。
襟のボタンを開け広げた白いシャツにノーネクタイ、紺のスーツがパリッとよく似合っている。 少し金メッシュの入った短めの黒髪はストレートに整っている。 ヒゲも綺麗に剃られていて、それは、一年以上その姿を見ていなかった音香も知っている、清潔感の溢れる拓也だった。
彼は少し照れたようにマイクを取り、軽く頭を下げた。
「ええと……初めまして。 古瀬拓也です。 このたび、この映画の主題歌を担当させていただくことになり、僕を選んでくださった高梨監督には、大変感謝しています。 いろいろありましたが……やっとデビューすることができます。 ここで踏ん張り、皆様に届くように頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いいたします」
テレビ画面を見つめる音香の頬を、いく筋もの涙が伝い落ちた。 拭いもせず、ただひたすらぼやける画面を見つめていた。 瞬きひとつさえ許さない気持ちで、画面に映る拓也を見つめていた。
「良かった……」
そう呟くことで精一杯だった。
裕里が素早く手を回してくれたおかげで、他のメンバーたちもその放送を観ることができたようで、後日会った練習スタジオでは皆、拓也の元気そうな姿や、彼がやっと世に出られることに嬉しさを募らせていた。
「きっと、拓也なら大丈夫だ!」
ナツユキが自分の事のように喜んでいる。 マサトやユウジも笑顔でうなずいている。
拓也の世渡り術なら、きっと成功する。 そう信じている。
音香も心から嬉しく思っていた。
相変わらず誰とも連絡はつかないままだったが、それでも、その姿が見られたことに大満足していた。
やがて映画の公開日を迎え、音香は裕里と二人で初日に観に行った。
純愛すぎるほどの内容だった。
感動で薄ら涙を浮かべる裕里の隣で、音香はただエンディングに流れるであろう拓也の曲が気になって仕方なかった。
有名な俳優と女優が叫びながら土手を走る場面も、切なさにうちひしがれて膝をつく場面も、音香の心には全く届かず、刻一刻と近づくエンディングに緊張すら覚えていた。
そして、ラスト…………抱き合う二人が遠くなり、大画面がゆっくりと暗くなり、エンドロールが流れると共に、アコースティックギターのイントロが静かに流れ始めた。
優しい旋律――
拓也が弾いているのだろうか? 丁寧に、すべての音を響かせている。 そして、静かにボーカルが流れはじめた。
『拓也の声だ……』
懐かしい。
この一年間、全く聞くことのなかった拓也の声が、今映画館のスピーカーから大音量で降ってくる。
次第にオーケストラの壮大な伴奏が加わり、曲を盛り上げていく。
クロノスで奏でていたような、ロックで激しく波打つ雰囲気は全く感じさせない。 囁くようなボーカルに、一緒に過ごしていたあの頃を思い出していた。
拓也の声が、音香の胸をくすぐる。 拓也の笑い声が、楽しそうな話し声が、音香の脳裏を駆け巡った。
頬を涙が伝っていた。
そして曲は眠るように終わり、館内がゆっくりと明るくなっていった。 客席からはあちこちからため息のような吐息が聞こえ、次々に退場していく。
「オッカ、大丈夫?」
心配して覗き込む裕里の隣では、音香がまだしゃくり上げながら涙を拭いている。 ロビーの椅子に座ってもなお、涙は止まらなかった。 裕里は何も言わずに隣に座っていた。 彼女は、こういう時は何も言わないほうがいい事を、長年の付き合いで分かっていた。
しばらく経ち、裕里は音香が落ち着いた頃を見計らって
「何か買ってこようか?」
と売店を指差した。 音香は赤い目で頷き
「じゃ、アイスクリーム」
と微笑んでみせた。 裕里はにこりと頷いて
「ちょっと待ってな!」
と席を立った。
やっと周りを見渡せるようになった音香は、広いロビーを眺めた。 たくさんの人々が出入りしている向こう側に物販コーナーがあり、その横に、壁に沿うように大きな立て看板が連立している。 さっきの映画の立て看板も、主演の二人を中心にレイアウトされて目立った所に展示されている。
『拓也……』
そこには映っていないが、確かにあの映画には拓也の存在があった。
『拓也も頑張ってるんだよね……』
音香は鼻水をすすって、しんみりと立て看板を見つめていた。 その顔には、微笑みが生まれていた。
突然頬に冷たいモノが触れ、驚いて見上げると、裕里が買ってきたアイスを差し出していた。
「ちょっと冷やしなよ、赤すぎ!」
笑いながら言う裕里の、もう片方の手にはチュロスが握られていた。
「あ、それもいいな~!」
羨ましそうに言う音香に、裕里は仕方なさそうに言った。
「分かった分かった。 じゃ、それと半分こね」
「え~~!」
「何よ! 全部食べるつもりっ?」
「いいじゃん! けち!」
「もー! 人が下手に出てるのを良いことにっ?」
薄暗いロビーに、二人の楽しげな小競り合いが響いた。




