見てくれ! クロノスの成長を!
小さなライブハウスからの活動に戻った新生クロノス。
予想通りのスタートだった。
従来のファン達は、タクヤが居るクロノスが好きだったわけで、当然タクヤのファンは離れてしまった。
ナツユキやマサト、ユウジのファンは残ってくれた者もいたが、音香という『女』が入ったことで嫌悪感を抱き、離れていくファンも少なくはなかった。
「ま、予想通りってことで。 勝負はこれからだな!」
閑散としている会場を後にし、楽屋に入ったナツユキが大きく伸びをした。 他のメンバーも、そこまで落ち込んだ様子は無い。
音香はそれを眺めながら、自分に気を使っているのかと不安になった。 その気持ちに気づいたのか、マサトが声をかけた。
「オッカ、俺らが拓也とクロノスを立ち上げた時も、こんな感じだったよ。 そりゃそうさ、誰も知らないバンドだったからね。 でもそこから這い上がって、あの人気を手に入れたんだ。 俺ら三人は、その努力の仕方を知ってる。 だから、今は少し悔しいけど、また前みたいに人気を手に入れられる自信はあるんだぜ!」
ニッと笑ってみせた。 ユウジが、ドラムスティックを指で器用に回しながら言った。
「そうさ。 俺らを誰だと思ってんだよ? 新生クロノスだぜ!」
ユウジの言葉に、ナツユキも余裕の顔をして、大きくうなずいている。 その様子を眺めながら、音香は意を決して尋ねた。
「ねえ、どうしてあたしを選んだの?」
「オッカが良かったから」
ナツユキがキョトンとした顔で言った。
「それじゃあ、答えになってないよ!」
困った顔をみせた音香に、フォローするようにマサトが言った。
「オッカは、すごく楽しそうに演奏するよね。 それが、俺らのツボにハマったんだよ。 オッカが歌ったり弾いたりすると、皆も楽しいって思えるんだ。 きっと、人を惹き込む力があるんだと思う。 少なくとも、俺たちはそう感じた」
マサトはいつもナツユキの足りないところを補ってくれる。 いい関係だ。 思わぬ褒め言葉に、音香は恥ずかしくなって顔を赤らめた。
「オッカじゃなきゃ、新生クロノスを立ち上げようとは思わなかった。 皆一緒の気持ちでね。 じゃなきゃ、クロノスは拓也が抜けた時点で終わらせてる」
ナツユキが言うと、マサトとユウジも大きくうなずいた。
「本当に、あたしで良いの?」
不安そうに言う音香に、三人は笑顔を見せ、ナツユキが言った。
「こっちからお願いしたんだよ。 入ってくれて、本当に嬉しいよ!」
音香は、皆を信じて付いていくことにした。
それから新生クロノスは何度も何度もライブをした。
駅前でアコースティックでのストリートライブもしたし、許可を取って公園のステージで無料のライブをしたりもした。 配ったり貼らせてもらったりした手作りのチラシやポスターもたくさん作った。
そんな地道な努力が実ったのか、次第に支持してくれるファンも増え、ライブ会場の観客も少しずつだが増えてきた。
音香が入ったことでオリジナル曲にも幅が生まれ、新生クロノスはもう一度『クロノス』と改めた。
拓也がいた『クロノス』ではない、新しく生まれ変わった『クロノス』だ。
たまに連絡してくる拓也もまた、クロノスの再活動ぶりを喜んでいるようだった。 長くは喋れないが、一週間に一度くらいは音香のケータイに連絡をくれるようになった。 他のメンバーとも連絡を取り合っているようで、拓也が元気でいることを知ることができるだけで安心できた。
一方彼の方もやっと、とある音楽会社に採用され、イチから勉強しなおしている最中のようだ。 大物プロデューサーに可愛がられるようにもなり、色々と世話になっているのだと嬉しそうに話していた。 気が利いて明るく嫌みの無い性格が、人を呼ぶのかもしれない。
ナツユキにいたっては
「拓也が有名になったら、俺らの曲をプロデュースしてもらおう!」
と、冗談っぽくもちゃっかり予約を取る始末。
そして、拓也に負けないようにと、メンバー全員が気を引き締めるのだった。
そんなある日、拓也から
「今度のクロノスライブの日、時間が出来そうだから観に行く」
と連絡が来た。
電話を取った音香は、早速小躍りしてメンバーに知らせた。
今度のライブ、つまり、拓也との再会の日まであと一週間となった!
バンド練習にも自然と熱が入った。 拓也がどれだけ大きくなって帰ってくるのか、それよりも、ただ拓也と会えることに、音香は高ぶる嬉しさを抑えるのに必死だった。
ナツユキもユウジも同じように嬉しそうだった。 ただ一人、マサトだけは拓也の話題にも触れようとせずに、黙々とベースに向かっていた。
音香は気になったが、理由を聞きだせずにいた。 そんな雰囲気ではなかったからだ。
きっとベーシストとして、拓也にヘタな姿を見せたくないから熱心になっているのだろうと勝手に解釈していた。 それは音香自身にとっても同じだ。 生まれ変わったクロノスにがっかりさせたくない。
クロノスは、拓也が居なくなっても大丈夫。
そう納得させなくてはならないのだ。
拓也も、きっとそういう思いで来るに違いないから。




