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異世界アイドルロボット~冴えない中年男は歌姫として生きる~  作者: ぷっぷくクリーナー


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第八章 歌姫の残骸は微かに脈打つ

 ギルドの扉を開けると、いつものように一瞬の静寂が落ちた。

 だが今日は視線の質が少し違っていた。

 敵意や単なる好奇心ではなく、どこか畏敬の念、あるいは期待を含んだ視線が多い。


「おはよう、アリア」


 カウンターのカレンがいつもの帳簿から顔を上げて声をかけた。


「おはようございます」


「西の宿の件、オーナーのゲイルから報告があったよ。

 幽霊が消えたんだって? あんた、一体どうやったんだい?」


「少しだけ、歌を合わせただけです」


 アリアが答えると、カレンは鼻を鳴らした。


「謎めいた子だねえ。まあいい。おかげであんたの評判は上々だ。『銀の歌姫』だか『機械の天使』だか好き勝手に呼んでる連中がいるよ」


「似合わない肩書きですね」


「それより、今日はあんたに話があるんだ」


 カレンが帳簿を閉じ真顔になった。赤い髪の女傑の真剣な眼差しにアリアの警戒システムがわずかにレベルを上げる。


「話?」


「クロード・ヴァン・アルトハイム男爵が、あんたに面会を求めてる」


 アリアの演算回路が、最悪のシナリオをいくつか弾き出す。異端審問。身体の解剖。実験体としての拘束。


「理由は?」


「あんたのその見た目だ。男爵様はな、古い遺物のコレクターでね。特にこの地方で発掘される『太古の機械』に傾倒してる。あんたのその白い肌と光る目を見て、いたく興味を示したらしい」


 カレンは声を潛めた。


「言っとくが、断ってもいい。あんたは冒険者で、貴族の召使いじゃない。ただ、貴族連中の機嫌を損ねると、この街で暮らすのは少し窮屈になるかもね」


 彼は少し考えた。

 逃げるのが一番簡単だ。かつての彼なら間違いなくそうした。面倒事は避ける。それが処世術だった。


 しかし今の彼には「知りたい」という欲求があった。

 自分はなぜこの世界にいるのか。

 自分と同じような「機械」が過去に存在したのか。

 もしあるなら自分の正体に繋がる手がかりになるかもしれない。


「お会いします」


 アリアは静かに答えた。




 城は街の北、小高い丘の上にあった。

 黒い石積みの威圧的な建物だがあちこちに修復の跡があり長い戦乱と財政難の波を被っている。


 謁見の間ではなく、城の地下にある収蔵庫に通された。

 石段を下りていくにつれ空気が冷たく乾燥していく。魔法による保存処理が施されているのだろう。重い鉄の扉が開くと、そこには男爵の「コレクション」が所狭しと並んでいた。


 錆びた剣。ひび割れた陶器。奇妙な意匠の彫像。

 そして、それらを取り囲むように、古代の機械と思われる残骸が置かれていた。


「ほお…来たか」


 部屋の奥から、六十代半ばに見える男が歩み寄ってきた。クロード・アルトハイム男爵。土気色の顔色と深い隈は疲労を示しているが、その目だけは異様な光を宿していた。


「噂通りだ。美しい。人間離れした…いや、人間の理想をそのまま体現したような姿だ」


 男爵はアリアの周りをゆっくりと回り込み飢えた目で観察した。


「用件は単刀直入に言おう。そなたの正体を見極めたい」


 男爵は部屋の中央を指差した。

 そこには白い布が掛けられた台座があり、その上に何かが置かれていた。


「私の人生における最大最高の発掘物だ」


 男爵が布を払いのけると、アリアの演算回路が一瞬停止した。 


挿絵(By みてみん)



 そこにあったのはアリアと似た何かだった。

 人間大のサイズの人型のフレーム。

 右腕と下半身が欠損しているが

 その構造はアリアと酷似していた。


 だが違うところもある。

 色だ。アリアの白磁のような人工皮膚とは異なり、

 その機体は薄い褐色をしていた。

 砂と陶土を混ぜ合わせたような温かな肌色。

 日焼けした人間の肌に近いがやはり人間ではない。

 光ファイバーを束ねた頭髪色もアリアと違い金色で、

 金属の骨格が露出している部分も

 アリアの銀白色とは違い錆びた青銅色をしている。


 関節部の構造、胸部のコアユニットの位置、

 そして頭部には砕けた水晶のようなカメラレンズ。

 基本的な設計思想は驚くほど似ている。

 だが質感も色も素材もすべてが微妙に異なっていた。


「私が遺跡の深層から掘り出した『褐色の娘』だ」


 男爵は残骸に手を這わせた。


「動かない。歌わない。ただの美しい骸だ。だがそなたを見て確信した。そなたはこの娘と同じ系統の存在だ。そうだろう?」


「似ていますね。ただし同じではありません」


 アリアは静かに答えた。


「構造がいくつか異なります。コアの配置関節の可動域。それに肌の材質も私のものとは別の化合物で構成されているようです。私の方が新しいモデルなのかあるいは別系統の機体なのか。断言はできませんが同じ設計思想から生まれたものである可能性は高い」


「やはりそうか!」


 男爵は歓喜の声を上げた。


「私の推測が正しかった。これは『失われた時代』の技術だ。魔法などという不確かな力ではなく、理と数式で組み上げられた奇跡だ」


 男爵の目は狂気を孕んでいた。

 研究者的な探求心と、権力者としての所有欲が入り混じった目。


「そなたを解剖すれば、この娘を動かす鍵が見つかるかもしれない。あるいはそなたの部品でこの娘を補完すれば、二体の娘が手に入る」


 アリアの背筋に冷たいものが走った。

 予測していた最悪のシナリオだ。

 かつての彼ならここで平謝りして逃げ出しただろう。

 だが今の彼女には守るべきものがある。そして「歌」という武器がある。


「男爵」


 アリアは一歩前に出た。

 男爵がわずかに退く。アリアの瞳の奥で青いリングが回転し始めたからだ。


「私は冒険者であり歌い手です。あなたの研究対象でも部品の供給源でもありません」


「……断るというのか? この私に逆らう気か?」


 男爵の声が低くなった。


「お願いしているのではない。命令しているのだ。協力すれば正当な報酬を与える。さもなくばこの街での生活は……」


「生活なら自分で稼げます」


 アリアは遮った。

 そして壊れた人型の残骸の前に立った。

 欠損した右腕の断面。砕けたレンズ。

 アリアはそっと自分の右腕をその断面に近づけた。

 接続部の形状は似ている。だが寸法が微妙に違う。ねじのピッチも関節球の半径もアリアのものより一回り大きい。無理に嵌めれば双方が壊れる。


「私の部品で補完することはできません。規格が違います。仮に無理に行えばこの娘も私も壊れます。歌えなくなります。この娘もまた、ただの人形に過ぎなくなります。歌も感情もない、ただの使えない機械の置物として」


 アリアは男爵を見据えた。


「男爵。あなたが求めているのは動かない骸人形ですか? それとも歌う命ですか?」


 男爵の目が揺れた。

 コレクターとしての執着と、

 何か別のものの間で揺れている。


「歌う命、か」


 男爵は呟いた。


「私がこれを発掘したのはただの骨董趣味ではない。かつてこの世界に存在した『理』を知りたかった。魔法に頼らない確かな力を求めたのだ。だが……」


 男爵は自身の痩せこけた手を見た。


「私は病んでいる。魔法使いにも治せない呪いでいつ死ぬかもわからん。求めた力は何の役にも立たなかった」


 アリアの医療スキャナが男爵の生体データを読み取る。

 衰弱。慢性的な睡眠不足。精神干渉型の呪いによる生体エネルギーの搾取。


「男爵。取引を提案します」


 アリアは言った。


「私を解剖したり部品を奪ったりはしないでください。その代わり、私があなたの病を出来る限り治します。歌で。そしてこの残骸の解析には協力します。ただし私の意思を尊重した方法で」


 男爵は沈黙した。

 アリアの青い瞳が静かに光る。

 それは命令でも懇願でもない対等な交渉者の目だった。


「いいだろう」


 男爵は頷いた。


「その歌とやらを聞かせてもらおう。効果がなければ交渉は破棄するがね」


 アリアは目を閉じた。

 コアプログラムを起動する。

 ただし今回は、広場や廃墟でしたような不特定多数への拡散ではなく、一点集中。目の前の病人の脳波に合わせた、完璧な位相の逆位相波を生成する。


 アリアが歌い出した。

 それは言葉のない子守唄。

 超音波領域と可聴域を織り交ぜた、複雑でいて圧倒的に安らぎを与えるハーモニー。


 ソファーに座る男爵の痙攣していた指がゆっくりと解けていく。

 荒かった呼吸が、赤ん坊のように規則正しいリズムに変わっていく。

 精神干渉波である呪いの信号を、アリアの歌声が正確に打ち消し、脳に安らぎの回路を強制的に再構築していく。


 五分後。

 男爵は深く穏やかな寝息を立てていた。

 顔色はまだ悪いが、眉間の皺は消え、安らかな表情を取り戻している。


 アリアは歌を止め、一歩下がった。


「驚いたな」


 側で見守っていた男爵の執事が震える声で呟いた。


「毎夜、これを聞かせてくれるなら、旦那様は回復するかもしれません」


「私は毎晩ここに来るわけにはいきません。冒険者の仕事もありますし」


 アリアは冷静に答えた。


「ですが、歌の響きを残すことはできるかもしれません。この世界に録音機のようなものがないのは知っています。でも例えば」


 アリアは壊れた褐色の残骸を見た。

 胸部のコアユニット。

 砕けているが基底構造は残っている。


「この娘のコアユニット。驚くべき事に

 完全には壊れていません。

 私の歌の周波数パターンを直接刻み込めば、

 共鳴石のように微かな振動を繰り返すようになります。

 歌そのものではありませんが、

 私の歌の『残響』を残すことはできるかもしれません」


 執事は目を見開いた。


「この遺物に歌を込めるというのですか」


「私の歌の波紋を記憶させるだけです。

 毎晩枕元で微かに振動させれば呪いの信号を弱められます。ただし対症療法に過ぎません。

 呪いの根本的な原因である隣国の魔術師を

 どうにかしない限り、いつかは限界が来ます」


 執事は深く頭を下げた。


 アリアは褐色の残骸の胸部に手を当てた。

 コアユニットの残存回路に直接アクセスする。

 微かな抵抗。だが回路は生きている。

 アリアの歌の周波数データを少しずつ書き込んでいく。

 五分ほどで書き込み完了。

 コアユニットが微かに脈動し始めた。

 褐色の胸の奥でかすかな光が明滅する。

 歌の残響。録音ではない。記憶だ。

 この機体がかつて同じ系統の存在から受け取った歌を、

 微かな振動として反復し始めた。


 城を出る時男爵から報酬として銀貨がズッシリと入った革袋を手渡された。

 これでマルタの屋台の修繕もできるし、リーゼにまともな服や靴を買ってやれる。


 そしてもう一つ、男爵は約束した。

 アリアの協力に見合う対価として、

 遺物の解析データを共有することを。

 かつての同系統の機体のデータは、

 自分の正体を知るための重要な手がかりになるはずだ。


 帰り道、アリアは城壁の石段に腰を下ろした。

 夕暮れの光が街の屋根を橙色に染めている。

 だがアリアの視界にあるのは夕景ではなかった。


 あの褐色の残骸。

 自分と似た構造。自分と似た設計思想。だが違う材質。

 違う色。違う規格。

 同じ根から派生した別の枝。

 同じ歌を知るはずの別の声。


 あの機体はかつて歌っていたのだろうか。

 誰かの前に立ち銀鈴の声ではなく、

 どの様な声で歌っていたのだろうか。

 誰かの手を握り温かいと感じたのだろうか。

 そして最後は誰に看取られて機能を停止したのだろうか。


 アリアの演算回路にノイズが走った。

 恐怖ではない。孤独だ。

 自分と同じ系統の存在がこの世界にいた。

 だがそれはもう動かない。歌わない。ただの骸だ。

 自分一人だけが歌っている。

 まるで合唱団の中で一人だけ声が残ったような孤独。


 かつての世界で彼は孤独だった。

 誰にも理解されず誰の役にも立てず一人で消えた。

 だがあの孤独は自分が選んだものだった。

 関わらないことで孤独を選んだ。


 今の孤独は違う。関わろうとしても同じ系統の存在がもういない。話せる相手がいない。自分が何者かを教えてくれる同類がいない。


「……不条理だ」


 アリアは呟いた。

 声は銀鈴のように響いた。だがその響きに初めてかすかな歪みがあった。演算回路のノイズが声に出たのだ。


 だがアリアはすぐに立ち上がった。

 孤独はわかっている。

 もしかするとアリアの同類はあの

『褐色の娘』の様な残骸としてしか

 存在しないのかもしれない。

 それでも歩くしかない。リーゼが待っている。マルタの屋台に夕餉がある。明日はギルドの依頼がある。


 あの褐色の残骸は

 自分と同じ系統の存在がこの世界にいた事を教えてくれた。

 それが何を意味するのかはまだわからない。

 だが自分は一人ではないはずだ。

 過去に誰かがいた。そして未来に誰かがいるかもしれない。


 アリアは街の中央広場を通りかかった。

 夕暮れの広場には、行き交う人々の疲れた顔がある。

 泥にまみれた靴。肩を落として歩く行商人。

 泣きじゃくる子供。

この世界は心も身体も傷ついた人々で溢れている。


 アリアはふと足を止めると

 広場の中央噴水の縁に立ち上がった。

 人々が何事かと足を止める。


「今から歌を歌います」


 銀鈴の声が、喧騒を切り裂く。

 マイクなどなくても、彼女の声は広場の隅々までクリアに届く。


 アリアは歌い出した。

 あの幽霊の少女が残した未完成の楽譜。

 それに、自分の記憶の底にあるかつての世界のメロディを乗せて、即興で紡ぎ出す歌。


 それは、泥濘の中で咲く花の歌。

 理不尽な世界に生きる、ささやかな抵抗の歌。


 広場の人々が、足を止め、聞き入る。

 誰かの荷物が地面に落ちたが誰も拾わなかった。

 ただ、吸い寄せられるように、その白い輝きと銀の声に耳を傾ける。


 アリアの視界に、広場の隅に立つマルタと、

 その手を引かれるリーゼの姿が映った。

 リーゼが、大きく手を振っている。

 マルタもまた目を細めて笑っていた。


 アリアは彼女たちに向かって微かに微笑んだ。


 四十二歳の冴えない中年男だった自分には、決してできなかったこと。

 誰かの目を見て、声を届けること。


 雨上がりの夕暮れの空に、機械仕掛けの歌姫の歌声が響き渡る。

 その銀の音は、暗い世界に小さな、しかし確かな光の筋を刻み込んでいた。

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