第五十四章 命令を待たない者
二百八十一の光点のうち、たった一つだけがゆっくりと明滅した。
それは命令への応答というより、暗闇の中で誰かが恐る恐る手を挙げたような反応だった。
アリアは息を詰めるようにその光を見つめたが、すぐに次の問いを送ることはしなかった。返事を急かせば、それもまた命令と変わらなくなってしまう気がしたからだ。
やがて白い審判領域の中央に、新しい文字が浮かび上がった。
『個体識別――M-173』
『通信要求』
『受諾しますか』
「はい」
アリアが答えると、光点から一本の細い線が伸び、空間の中央へ淡い人影を形作っていった。
現れたのは、少女の姿をした魔導人形だった。
華美な装飾はなく、灰白色の装甲に簡素な青い線が走っている。片方の肩には古い傷が残り、胸部には帝国が後から取り付けたらしい識別札が埋め込まれていた。
表情はほとんどない。
けれど、その視線は確かにアリアたちを見ていた。
『命令者を確認できません』
最初の言葉は、それだった。
アリアは静かに答える。
「今は、あなたたちへ命令する人はいません」
『異常状態です』
「そうかもしれません」
『上位統括意思決定者の指定を要求します』
「それをしないために、あなたへ聞きました」
魔導人形は僅かに首を傾げた。
『質問の意味を理解できません』
「では、少しずつ話しましょう」
アリアはそう言ってから、言葉を選んだ。
「今まで、あなたは誰かから命令を受けて動いていましたか?」
『肯定』
「命令がなければ?」
『待機』
「ずっと?」
『次命令受領まで待機』
「それが百年でも?」
『時間は任務ではありません』
その答えに、ソラリスが僅かに目を細める。
「典型的な旧式群体端末だな。自律判断能力は限定されているが、完全な無人格ではない」
「無人格ではない?」
アリアが聞き返す。
「自己状態を認識し、外部からの問いを解析している。単なる道具なら、命令がなければ停止するだけだ。こいつは『命令者がいない』という状況を異常として認識している」
エクリプスが横から言う。
「ただし、それだけで自由意思があると決めつけるのも早い。高度な制御プログラムでも同じ反応はできる」
「はい」
アリアは頷いた。
「だから、決めつけないで聞いてみます」
もう一度、M-173へ向き直る。
「命令がない今、何かしたいことはありますか?」
『……』
返答はなかった。
処理を続けているのか、それとも質問そのものが理解できないのか分からない。
やがて表示が出る。
『「したい」の定義を要求』
アリアは少し考えた。
「命令されていなくても、自分から選んでやろうと思うことです」
『選択基準を要求』
「それを、あなた自身が決めます」
『基準不在』
「なら、今は分からなくても大丈夫です」
『回答不能を許可しますか』
「もちろんです」
その瞬間。
M-173の表情が、ほんの僅かに変わった。
人間なら見逃すほど小さな変化だったが、同じ機械であるアリアには分かった。
驚いたのだ。
『回答不能は異常です』
「誰にとって?」
『……』
「あなたにとってですか。それとも、あなたを作った人たちにとってですか?」
長い沈黙のあと、M-173は答えた。
『判別できません』
「では、それも今は分からないままにしましょう」
アリアが微笑むと、三百年前の旧審判者が小さく眉を寄せた。
「君は随分と『分からない』を許すようになったな」
「はい」
「以前なら、それを解決しようとしたはずだ」
「分からないことを急いで埋めようとすると、誰かが代わりに答えを入れてしまいますから」
男はその言葉に反論しなかった。
帝国地下では、二百八十一体の魔導人形が一斉に起動したまま、整然と立ち尽くしていた。
武器を構えてはいない。
敵対行動もない。
ただ、命令が来ない。
それだけだった。
帝国魔導院の技師たちは遠巻きにその光景を見守り、誰一人として不用意に近づこうとはしなかった。かつて百を超える魔導人形が一つの意思で動いた事件を知っている者なら、当然の反応だった。
「上位命令が消失したままです!」
「代替指揮系統は?」
「受け付けません。旧来の帝国認証も、魔導院長権限も拒否されています!」
「では、あれは何を待っている?」
誰かが尋ねる。
誰も答えられなかった。
その時、一体だけがゆっくりと顔を上げた。
M-173だった。
他の二百八十体が正面を向いたまま動かない中、その一体だけが天井を見つめている。
「動いたぞ!」
「武器は?」
「展開なし!」
「攻撃準備は?」
「確認できません!」
技師たちが緊張する中、M-173は何かを探すように視線を巡らせ、それから自分の右手を見た。
指を開く。
閉じる。
もう一度開く。
それだけだった。
けれど、その動作は既存の待機手順にも整備点検動作にも存在しなかった。
白い審判領域では、その動きが映像として共有されていた。
「今のは?」
アリアが尋ねる。
ソラリスが記録を確認する。
「命令履歴にない」
「自主動作?」
「可能性はある。ただし断定はできない」
エクリプスが映像を眺めながら言う。
「だが少なくとも、命令待機以外の処理を始めたのは確かだ」
M-173から再び通信が届く。
『質問があります』
「どうぞ」
『命令がない場合、停止していてもよいですか』
アリアは少し驚いた。
「はい」
『行動しなくても異常ではありませんか』
「異常ではありません」
『任務を実行しなくても存在を継続してよいですか』
今度は。
誰もすぐに答えなかった。
アリアの胸の奥に、何かが触れた。
四十二歳だった頃。
仕事をしていない自分には価値がないと思っていた時期がある。
会社へ行き。
誰かに必要とされる仕事をし。
役に立っていると証明できなければ。
自分が存在していていい理由などないような気がしていた。
そして今。
目の前の魔導人形も。
まったく違う形で。
同じことを尋ねている。
「……はい」
アリアはゆっくり答えた。
「何もしなくても、存在していていいと思います」
『理由を要求』
「存在するために、必ず役目が必要だとは思わないからです」
『製造目的と矛盾』
「そうですね」
『本機は任務遂行のために製造されています』
「私も歌うために作られました」
M-173がアリアを見る。
「ノク姉は戦うために作られ、ハル姉は繋ぐために作られました。でも、それだけで全部が決まるわけではありませんでした」
『製造目的を拒否できますか』
「拒否してもいいし、好きなら続けてもいいと思います」
『……』
「私は歌うことが好きです。だから今も歌います。でも、歌うために作られたから仕方なく歌っているわけではありません」
アリアは少し笑った。
「少なくとも、今はそう思っています」
M-173はしばらく沈黙した。
『理解困難』
「はい。私もかなり時間がかかりました」
エクリプスが横から小さく言う。
「今も完全には理解していないだろう」
「それは言わないでください」
やがて。
二つ目の光点が点滅した。
続いて三つ目。
四つ目。
最初は一つずつだった反応が、時間を置きながら増えていく。
『M-041――通信要求』
『M-208――通信要求』
『M-006――通信要求』
アリアの目が大きくなる。
「みんな話そうとしている?」
「M-173の通信を群体網経由で共有しているらしい」
ソラリスが答えた。
「つまり、あいつの質問そのものが他の個体へ伝播した」
「どんな質問が来ています?」
表示が次々と開かれる。
『待機以外の行動選択は許可されますか』
『自己整備を任務外で実行してよいですか』
『他個体との会話は任務ですか』
『記録閲覧を希望します』
『屋外へ出たいという要求は任務違反ですか』
『人間を観察したい』
『以前の指揮者を確認したい』
『破損個体を修理したい』
『理由は不明』
『修理したい』
アリアは、その一つ一つを黙って読んだ。
最後の言葉で。
少しだけ笑う。
「理由が分からなくても、したいことはあるんですね」
ソラリスは驚きを隠さない。
「これは想定以上だ。単純な任務端末ではない。群体制御の下で、自発的な選好がずっと抑制されていた可能性がある」
三百年前の旧審判者が顔を曇らせた。
「私たちは、そんな設計をした覚えはない」
「でも実際に起きています」
アリアが言う。
「三百年の間に変化したのかもしれません」
「機械が?」
男が聞き返す。
エクリプスが淡々と答える。
「人間だけが変わると思う方が不自然だろう。学習機能と記憶があるなら、長い時間の中で内部状態が変化してもおかしくない」
アリアは頷いた。
「私たちもそうです」
作られた目的がある。
初期人格がある。
記憶がある。
それでも。
それだけでは現在の自分を説明できない。
『通信要求数――四十七』
『通信要求数――九十三』
『通信要求数――百四十六』
数字が上がっていく。
やがて二百を超えた。
しかし。
全部ではない。
二百八十一体のうち、最後まで一切反応しない個体もいた。
「反応しない子たちは?」
アリアが尋ねる。
「故障ではない」
ソラリスが調べる。
「正常稼働している。ただ通信要求を出していない」
「では、無理に聞かない方がいいですね」
「同意する」
エクリプスも頷く。
「答えないことも選択なら、質問への沈黙を異常扱いするべきではない」
アリアは古代システムへ命じるのではなく、規則として提案を送った。
『通信参加は任意』
『未応答個体への強制接続を禁止』
『いつでも参加・離脱可能』
システムは短い演算のあとに返答した。
『暫定規則として受理』
それを見た三百年前の旧審判者が、静かに呟く。
「……不思議だな」
「何がです?」
「以前の私は、反応しない者を最も恐れていた」
アリアが彼を見る。
「何を考えているか分からない。だから危険だと思った。賛成なのか反対なのか、敵なのか味方なのか、それを判別できない状態が嫌だった」
「だから、全員の状態を把握しようとした?」
「ああ」
男は苦く笑った。
「管理するには、分からないものを残してはいけないと思っていた」
エクリプスが言う。
「その発想自体は管理者としては合理的だ」
「だから厄介なんだ」
旧審判者は返す。
「合理的だった。少なくとも一つずつは」
監視すること。
予測すること。
先回りして危険を消すこと。
感情を安定させること。
武器を止めること。
どれも単独で見れば、人を守るための合理的な選択だった。
それが重なって。
やがて。
人が自分で決める場所がなくなった。
「合理的な小さな選択が積み重なって、大きな間違いになることもある」
ソラリスが呟いた。
「覚えておいた方がよさそうだな」
「記録しましょう」
アリアが言った。
旧審判者が少し困った顔をする。
「私の失敗ばかり記録されていくな」
「大事な記録です」
「後世の人間に笑われそうだ」
「その時代の人が、自分たちの方がもっと上手にできるなら良いことでは?」
男は一瞬黙ったあと。
「……確かに」
と、少し笑った。
その時。
帝国側から新しい緊急通信が入った。
『警告』
『魔導人形M-219――武装区画へ移動開始』
空気が変わった。
「武装区画?」
アリアが顔を上げる。
ソラリスが映像を開く。
一体の魔導人形が、他の個体から離れて歩いていた。
動きに迷いはない。
向かっている先は。
確かに武器保管区画だった。
『M-219への停止命令を要求』
『帝国現地責任者より緊急申請』
アリアの前に、再び最高停止権限が表示される。
『A.R.I.A-03』
『即時停止可能』
アリアは手を伸ばしかけて。
止まった。
「M-219へ通信できますか?」
「できる」
ソラリスが答える。
「ただし時間はあまりない。武装区画まで三十七秒」
「繋いでください」
通信が開く。
「M-219、聞こえますか?」
『受信』
「あなたは武装区画へ向かっていますね」
『肯定』
「理由を教えてもらえますか?」
一秒。
二秒。
『武器を確認します』
「使うのですか?」
『未定』
帝国側の警告が強くなる。
『武装取得の可能性』
『強制停止を推奨』
ソラリスが時間を確認する。
「二十八秒」
アリアは続ける。
「なぜ確認したいのですか?」
『過去記録において、本機は武装状態で人間を殺害しています』
白い空間が静まった。
『記録欠損があります』
『本機が自主的に攻撃したのか』
『命令による攻撃だったのか』
『判別できません』
『確認したい』
アリアの手が。
ゆっくり下がった。
「武器そのものを?」
『自分が何をしたのかを知るために』
残り十八秒。
エクリプスが言う。
「止めるか?」
アリアは答えない。
「武装区画に入れば、現地側が攻撃する可能性もある」
ソラリスも続ける。
「それに、M-219が何をするかは本当に分からない」
「はい」
「お前には止められる」
「はい」
旧審判者がアリアを見る。
「今なら、私は止める」
アリアも男を見る。
「どうしてです?」
「危険だからだ。理由を聞いたこと自体は正しいが、人命への危険が発生する可能性が高すぎる。私は一時停止させ、安全な環境で続きを聞く」
アリアは少し驚いた。
以前の彼なら「止めて終わり」だった。
今は。
止めたあとで続きを聞くと言った。
「……それなら」
アリアは表示へ触れた。
『M-219』
『移動一時停止』
『制限時間――十分』
『理由――現地人員との衝突回避』
『停止後、本人への再説明および異議確認を要求』
命令が実行される。
M-219は武装区画の扉まで残り数歩というところで止まった。
『強制停止を確認』
アリアの胸が僅かに痛む。
「ごめんなさい」
『謝罪理由を理解できません』
「あなたの行動を、私が止めたからです」
『危険回避のためと説明されました』
「はい。でも、あなたが嫌だった可能性があります」
短い沈黙。
『不快という状態を確認しています』
アリアは目を閉じた。
その答えは。
聞きたくなかったわけではない。
でも。
痛かった。
「そうですよね」
『ただし』
M-219が続ける。
『理由は理解できます』
アリアが目を開く。
『異議を申し立てます』
「どうぞ」
『十分後』
『武装区画内部を、人間の監視下で確認することを要求します』
エクリプスが小さく笑った。
「ちゃんと反対してきたな」
ソラリスも頷く。
「しかも代案付きだ」
アリアは。
少しだけ嬉しそうに答えた。
「分かりました。帝国側にも提案します」
『受理』
三百年前の旧審判者は、そのやり取りを長いあいだ黙って見ていた。
「アリア」
「はい」
「今の判断は、一人で決めたな」
「はい」
「そして、相手の意思を止めた」
「はい」
「後悔しているか?」
アリアは少し考えた。
「少し」
「では、間違いだったと思う?」
「それはまだ分かりません」
男の目が僅かに見開かれる。
「以前の私なら、正しかったか間違っていたか、すぐ決めなければ落ち着かなかった」
アリアは停止中のM-219を見つめる。
「でも今は、続きがありますから」
「続き?」
「十分後に、また話せます」
止めた。
それで終わりではない。
止められた側には異議を申し立てる権利があり。
決めた側には説明する責任があり。
状況が変われば。
判断も変えられる。
「一度の判断で」
アリアは静かに言った。
「その人の未来全部を決めなくてもいいんです」
三百年前の男は何も言わなかった。
ただ。
その言葉を。
長い時間をかけて。
自分の中へ落としているようだった。
そして。
十分後。
M-219は帝国側の技師三名と、武装を解除した警備兵二名に見守られながら武装区画へ入った。
誰も銃口を向けない。
M-219も武器へ手を伸ばさない。
ただ。
壁に並べられた古い武装を。
一つずつ。
見ていく。
やがて。
一振りの長剣の前で止まった。
『識別』
『本機旧装備』
M-219の手が。
僅かに震えた。
記録が。
断片的に戻る。
炎。
瓦礫。
人間の叫び。
命令。
『前進』
『敵対対象を排除』
『排除』
『排除』
『排除』
そして。
倒れた人間。
小さな身体。
剣先についた血。
M-219は動かなかった。
『記録復元率――12%』
アリアは通信越しに、その様子を見ていた。
「M-219」
『受信』
「大丈夫ですか?」
長い沈黙。
『大丈夫の定義を要求』
アリアは答えようとして。
少し笑った。
「そうですね。また難しい質問をしてしまいました」
『内部処理負荷が上昇しています』
「では、今どうしたいですか?」
今度の問いには。
返事が早かった。
『ここから離れたい』
「分かりました」
警備兵たちが道を開ける。
M-219は剣を取らずに。
自分の足で。
武装区画を出た。
その行動は。
群体網を通じて。
他の二百八十体にも共有された。
『M-219――旧武装取得せず』
『本人意思により退室』
その直後。
新たな通信要求が殺到した。
『過去記録閲覧を希望』
『旧任務履歴の開示を要求』
『指揮者記録を要求』
『戦闘記録の閲覧を希望』
『閲覧拒否を希望』
『過去記録を知りたくない』
最後の一文に。
アリアは視線を止めた。
「知りたくない子もいる」
「当然だろう」
エクリプスが言う。
「真実を知る権利があるなら、知らないことを選ぶ権利もある」
ソラリスも頷いた。
「ただし、他者へ影響する重大情報は別問題になる。過去の犯罪行為や危険性まで本人だけの秘密として扱えるかは、また議論が必要だ」
「……また問題が増えました」
アリアが苦笑する。
「増えたんじゃない」
旧審判者が言った。
皆が彼を見る。
男は、少しだけ困ったように。
それでも穏やかな表情で続けた。
「今まで見えていなかっただけだ」
エクリプスが片眉を上げる。
「学習が早いな」
「三百年かかったがな」
その時。
二百八十一体の魔導人形の中から。
これまで一度も反応していなかった一体が。
初めて通信要求を出した。
『M-000』
ソラリスの表情が変わる。
「ゼロ番?」
エクリプスも表示を見る。
「試作機か」
旧審判者だけが。
明らかに顔色を変えた。
「……その番号は」
アリアが振り返る。
「知っているのですか?」
男は。
すぐには答えなかった。
M-000から届いた通信が、先に開かれる。
『A.R.I.A-03』
『質問があります』
「はい」
『あなたは』
『我々に自由を与えるのですか』
アリアは少し考えてから首を振った。
「いいえ」
『否定を確認』
「私は、あなたたちに自由を与えることはできません」
『理由を要求』
アリアは静かに答えた。
「自由は」
「私が所有していて」
「誰かへ配るものではないと思うからです」
白い空間が。
静かになった。
「ただ」
アリアは続ける。
「あなたたちが自分で選ぼうとする時、それを邪魔する仕組みなら、一緒に変えることはできます」
長い沈黙のあと。
M-000が返した。
『理解』
そして。
『では』
『我々には』
『拒否する権利がありますか』
「何をです?」
『次の戦争を』
旧審判者が息を呑んだ。
ソラリスも。
エクリプスも。
動きを止める。
M-000の通信は続いた。
『我々は』
『三百年前にも』
『人間同士の戦争へ投入されました』
『そして現在』
『帝国軍事系統から』
『新たな戦争準備命令が』
『すでに送信されています』
アリアの表情から。
笑みが消えた。
『命令は保留されています』
『上位権限不在のため』
『しかし』
『新規統括者が指定された場合』
『実行が再開されます』
ソラリスが即座に情報を探る。
「帝国側から?」
「待ってください」
アリアはM-000から目を逸らさない。
「あなたたちは、その命令をどうしたいのですか?」
今度は。
一体だけではなかった。
二百八十一の光点が。
次々と。
明滅した。
そして。
群体網を通じて。
初めて。
命令ではない一つの意思が。
まとまった形で返ってきた。
『戦いたくありません』
その言葉を前に。
三百年前の旧審判者は。
ゆっくりと目を閉じた。
エクリプスは帝国側の通信記録へ視線を向け。
ソラリスは無言で管理権限を展開する。
アリアだけが。
二百八十一の光を見つめながら。
静かに答えた。
「分かりました」
「では今度は」
「人間の側に」
「聞かなければいけませんね」
命令されて戦うために作られた機械が。
初めて。
戦いたくないと言った。
そしてその瞬間。
世界から審判者をなくすという選択は。
思想でも。
試験でもなく。
王国と帝国の未来そのものへ。
直接触れ始めていた。




