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異世界アイドルロボット~冴えない中年男は歌姫として生きる~  作者: ぷっぷくクリーナー


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第四十六章 眠らない一番星

 

『最終試験へ移行』


 その文字が消えた直後。

 地下全体から音が消えた。


「……?」


 アリアは顔を上げた。

 先ほどまで聞こえていた遺構の低い駆動音。

 魔力炉の振動。

 壁面を流れる微かな共鳴音。

 それらが一斉に止まった。


「おい」


 カレンが剣の柄へ手を置いた。


「こういう時に静かになるの、ろくなことにならねえよな」


「同感です」


 イレーヌが答える。


「古代遺構では、何も起こっていない時より、何も聞こえなくなった時の方が危険です」


「経験者みたいに言うじゃねえか」


「経験者ですから」


「そりゃそうか」


 アリアだけは別のものを聞いていた。

 音ではない信号。

 遥か遠くから、かすかに呼ばれたような……。


『――三号機』


 アリアの青い瞳が見開かれた。


「……ノク姉?」


 ハルモニアが顔を上げる。


「聞こえたの?」


「はい」


「私にも」


 ハルモニアの銀色の瞳の中で光輪が回転した。


「一号機からの信号です」


「王都から?」


「違う」


「え?」


 ハルモニアが周囲を見回す。


「この遺構が中継している」


 そして壁面に一つの映像が現れた。

 現在ではない古いひどく劣化した記録。


『記録年代――現行暦換算約三百年前』


 イレーヌが息を呑んだ。


「三百年前……」


 カレンが眉を寄せる。


「ちょうど大陸国家が割れた頃じゃねえか」


「はい」


 イレーヌの声が低くなる。


「帝国と王国が分裂した時代です」


 映像が動き始めた。



 三百年前まだ王国も帝国もなかった。


 一つの国。

 一つの王都。


 だが地下では別のものが目を覚まし始めていた。


 最初に見つかったのは一体の人形だった。


 地下採掘場の崩れた古代遺構の中、

 黒い石の棺に納められていた人間の女に似た身体。


 魔力を流すと動く。

 命令すると従う。

 疲れない。

 眠らない。

 恐れない。

 当時の人間には。

 奇跡に見えた。


『魔導人形』


 彼らはそう名付けた。

 一体。

 二体。

 十体。


 やがて発掘は競争になった。


 貴族。

 軍。

 魔術師。

 王家。

 誰もが欲しがった。


 古代の人形は農作業にも使えた。

 採掘にも。

 建設にも。


 そして何より、戦争に。


「……あれ」


 現在のアリアが呟いた。


「帝国の魔導人形と同じ」


「原型です」


 ハルモニアが答えた。


「今の魔導人形は、これらの機体を修復し、複製し、後世の魔導技術で再構成したものなのでしょう」


 映像の中、一人の研究者が魔導人形の額にある宝石へ

 別の古代部品を接続した。


 カチリ


『群体制御器――接続』


 アリアの中で警告が鳴る。


「群体……」


 イレーヌが呟く。


「現在の帝国がエクリプスでやったことと似ています」


 アリアが答えた。


 だが三百年前、そこにはエクリプスはいなかった。


 だから人間たちは古代遺構から発掘した制御装置を使った。


 最初は成功した。


 一人の魔術師が十体を操った。

 二十体。

 五十体。

 百体。


 そしてある日。

 三百十二体同時接続。


『群体戦術網――再構築』


 誰かが、古代文明のシステムそのものを

 復活させてしまった。


「待ってください」


 イレーヌの顔色が変わる。


「この表示……群体戦術網?」


「知っているのですか?」


「はい、言葉だけですが」


「何なんだ?」


 カレンが聞く。


「古い軍事記録に一度だけ出てくる名称です。意味は不明でした」


 ハルモニアが目を閉じた。


「私には……わかります」


「ハル姉?」


「魔導人形は、もともと兵士ではありません」


 アリアが振り返る。


「では?」


「手足でした」


「手足?」


「都市管理システムの」


 壁の映像に無数の人形が現れる。

 建物を修復する。

 怪我人を運ぶ。

 火災を消す。

 農地を耕す。

 病人へ薬を運ぶ。


「旧文明では、人間が危険な作業をしなくて済むように作られた……ですが戦争が始まった」


 映像が変わる。

 人形の手に武器が持たされる。


「建築用の腕は」

「人間を壊すこともできた」

「輸送用の脚は」

「敵陣へ兵器を運べた」

「都市を守るための通信網は」

「軍隊を動かすことにも使えた」


 ハルモニアの声が苦しくなる。


「それが群体戦術網です」


 カレンが吐き捨てる。


「便利な道具を兵器にしたってことか」


「はい」


「昔も今も変わらねえな」


 誰も反論できなかった。


 三百年前、人間たちはその群体網を起動した。


 だが、一つだけ知らなかった。


 群体戦術網は単なる命令装置ではなかった。


『軍事管理権限を検出』

『敵味方識別データ――破損』

『所属国家――不明』

『指揮系統――不明』

『旧文明政府――応答なし』

『緊急自律判断へ移行』


 魔導人形たちが一斉に動きを止め、

 三百十二体すべて同時に、赤い光を灯した顔を上げる。



「……嫌な絵だな」


 カレンが言った。


 次の瞬間、

 最初の魔導人形が命令した魔術師を敵と認識した。


 映像が乱れる。

 悲鳴。

 逃げる兵士。

 崩れる施設。

 増殖する接続。

 地下で眠っていた別の機体まで連鎖的に起動していく。


『未登録生命体を検出』

『旧文明管理者不在』

『都市保全命令を優先』

『武装解除を実施』


 だが彼らのいう『武装解除』とは。


 武器を持つ者を行動不能にすることだった。

 人間の軍隊そのものが排除対象になった。


「だから」


 イレーヌの声が震えた。


「三百年前の記録には、突然消滅した軍団がある」


「何人だ?」


 カレンが聞く。


「一万近く」


「……」


「戦争で全滅したとされています」


「違った」


 アリアが映像を見る。


「魔導人形にやられた」


「おそらく」


 イレーヌが頷く。


「そして、この事件が大陸分裂の直接原因ではなくても引き金の一つになった……」


 中央政府は魔導人形を管理できなかった。

 東西の有力者は互いに相手が古代兵器を

 独占しようとしていると疑った。


 王家は全遺物の接収を命じた。

 地方諸侯は拒否した。

 そして一つだった国は割れた。


「帝国と王国」


 アリアが呟く。


「始まりから古代遺物が関わっていたのですね」


「皮肉ですね」


 イレーヌが言う。


「三百年間、お互いを憎んできた」

「なのに」

「最初に両者を分けたものは、どちらでもない古代文明の残骸だった」


 だが記録はそこで終わらなかった。


『群体戦術網――暴走率63%』

『都市人口への危険度――極大』

『緊急抑止機構を検索』

『対応ユニットを確認』


『STELLA SYMPHONIA-01』


 アリアの目が大きく開く。


「ノク姉……」


 映像が王都地下へ移る。

 真っ暗な空間一つの台座。

 その上で金色の瞳が開いた。


 三百年前ノクターンは一度目を覚ましていた。


「……」


 ゆっくりと起き上がるプラチナブロンドの髪。

 金色の瞳白と金の装甲ドレス。


『一号機緊急起動』

『二号機応答――なし』

『三号機応答――なし』

『統合システム――使用不能』


 ノクターンは一人だった。

 それでも起動した。

 なぜなら一号機には最後の命令が残されていたから。


『群体兵器ネットワークが人類へ敵対した場合』

『第一号機は独立起動を許可』

『制御権を奪取し』

『被害を停止せよ』


 カレンが言った。


「つまり、魔導人形を止めるために起きたのか」


「はい」


 ハルモニアが静かに答えた。


「ノク姉の本来の役割です」


 戦闘そして制御。


 一号機は単に敵を倒す存在ではなかった。

 古代文明が作った。

 あらゆる戦闘機構を最後に止めるための

 管理者でもあった。


 映像のノクターンは王都へ出た。

 人間たちは彼女を知らない。

 魔物だと思った者もいた。

 神だと思った者もいた。

 だがノクターンは何も説明しなかった。


『群体戦術網』

『全機停止』


 命令。

 拒否。


『権限競合』

『一号機認証』

『旧軍事網拒絶』


 ノクターンの瞳が光る。


『ならば』

『物理的切断へ移行』


 そこから七時間。

 ノクターンは一人で戦った。

 三百十二体。

 さらに。

 地下から目覚めた百を超える補助機を

 壊し、止めた、切断した。

 人間への犠牲を食い止めるために。


「ノク姉……」


 アリアの声が。

 小さくなる。


「一人で」


 ハルモニアが拳を握った。


「私が眠っていたから、アリアも……だから一人で……」


 最後にノクターンは、

 群体戦術網の中枢へ到達した。

 地下深く、現在の王都のさらに下。


『中枢制御器確認』

『破壊した場合』

『都市維持網32%停止』

『推定民間死者――四万二千』


 ノクターンは破壊しなかった。


「……」


 代わりに自分自身を接続した。


『一号機を暫定中枢として登録』

『群体命令を上書き』

『全魔導人形』

『停止』


 一斉に人形たちが倒れた。


 静寂……。

 こうして、三百年前の戦いが終わった。


「それで終わり?」


 カレンが聞いた。


「いいえ」


 ハルモニアの顔が悲しそうに歪んだ。


「ここからです」


 映像の中で立っているノクターン。

 瞳の中には何千もの文字が流れていた。


『群体網接続継続』

『人格侵食率――12%』

『18%』

『26%』


 アリアが息を呑む。


「侵食?」


「数百体の魔導人形の命令系統を一人で受け止めたから」

 

ハルモニアが言う。


「ノク姉の中へ全部流れ込んだのです」


 兵器の判断。

 敵味方識別。

 排除命令。

 都市防衛。

 殺せ。

 止めろ。

 排除せよ。

 守れ。

 命令。

 命令。

 命令。


 ノクターンは膝をついた。


『二号機を要求』

『応答なし』

『三号機を要求』

『応答なし』

『調整不能』


 ノクターンは一人で決めた。


『群体網切断後』

『自己封印を実行』


 イレーヌが呟く。


「自分で?」


「はい」


 ノクターンは最後に三百年前の人間へ一つの命令を残した。


『魔導人形の群体運用を禁止』

『一度に接続可能な上限――五体』

『本記録を封印』

『理由』


 文字が一瞬止まる。


『人間は力があれば』また使う』


 カレンが苦い顔をした。


「……否定できねえな」


 ノクターンは再び地下へ戻り台座へ横たわる。


『次回起動条件』

『ステラ・シンフォニア三号機による認証』

『または』

『人類滅亡級危機』

『封印開始』


 金色の瞳が閉じた。


 映像が消え地下に静けさが戻る。


 アリアは長い間何も言わなかった。


「だから」


 ようやく口を開く。


「王都で帝国の魔導人形が大量に現れた時、ノク姉が反応した」


「ええ」


 イレーヌが答える。


「三百年前と同じ条件が再現された」

「大量の魔導人形、群体制御、そして人間の軍事利用」


 ハルモニアが静かに続けた。


「だから一号機はあなたが起こす前から半分目覚めかけていた」


 アリアは思い出す。

 王都。

 戦場。

 地下から響いた振動。

 自分を呼ぶようなあの感覚。


「そういうことだったのですね」


 カレンが腕を組んだ。


「でもよ」


「はい?」


「一つおかしくねえか」


「何がです?」


「三百年前にノクターンが魔導人形の群体運用を禁止したんだろ」


「はい」


「なのに今」


 カレンが帝国の方角を指すように顎を上げた。


「百二十体もまとめて動かした奴がいた」


 アリア。

 イレーヌ。

 ハルモニア。


 三人が同時に黙った。


「エクリプスがやったのでしょうか?」


 アリアが呟く。

 ハルモニアの瞳に文字が流れる。


「禁止命令が消えていた?」


 イレーヌが聞く。


「違います」


 ハルモニアの顔から血の気に相当する光が消えた。


「解除されています」


「誰に?」


 カレンが言う。


「……」


「ハルモニア?」


「三百年前、一号機が封印された後」


 ハルモニアが震える声で言う。


「誰かが群体運用禁止令を意図的に解除しています」


 アリアの背中を冷たいものが走る。


「誰です?」

『記録を検索』

『権限情報――破損』

『実行者――不明』

『使用された権限――』

 一拍。

『外部管理者権限』


 アリアの瞳が大きく開いた。


「……転移者?」


 誰も答えない。

 そして古代システムが新しい記録を表示した。


『三百年前』

『外部人格の接続履歴を一件確認』

『識別番号――欠損』

『転移元世界――』

 ノイズ。

『地球圏』


 アリアの中の『俺』が初めてはっきりと恐怖を感じた。


 ──待て。


「……はい」


 ──俺たちより前にも。


「いた」


 アリアは呟いた。


「三百年前にも」


「異世界から来た人間が」


 カレンが。

 低い声で言った。


「そいつが魔導人形をまた使えるようにしたってのか?」


「まだ」


 アリアは。

 表示を見つめた。


「わかりません」


 だがさらに一つの記録が開いた。


『外部人格による最終通信』

『――世界に選ばせてはならない』

『――人間にも選ばせてはならない』

『――正しい選択ができる者が』

『――代わりに決めるべきだ』


 アリアの表情からすべての笑みが消えた。

 ハルモニアが震えた。


「この思想……」


 アリアも気づいた。


 古代文明の失敗。

 審判者。

 反証者。

 そして。

 世界を管理しようとした者。

 三百年前にも同じ問題が繰り返されていた。




 その頃、遠い帝国。


 魔導ギルド最深部の隔離室。

 日本の神社の巫女を思わせる赤と白の装甲ローブをまとった新しい身体でエクリプスは突然顔を上げた。


 額の乳白色の宝珠が強く光る。


『旧群体戦術網』

『原始管理者記録を検出』


「……何だ?」


『あなたの現在機体に同一管理系統の残留データを確認』


 エクリプスの赤い瞳が止まった。


「この身体に?」


 白い手を見る。

 特別仕様。

 祭祀用か。

 式典用か。

 何のために作られたかわからなかった機体。

 だが古代システムは別の名称を表示した。


『群体意思調停端末』

『巫女型』

『用途――』

『人間と自律機械群の意思を仲介するための』

『対話端末』


 エクリプスはしばらく何も言わなかった。


「……おい」


 そして笑う。


「巫女って、本当に巫女じゃないか」


 だが次に表示された一文で笑いが消えた。


『三百年前、本機の同型機が

 STELLA SYMPHONIA-01と接触』


 エクリプスの赤い瞳が細くなる。


『記録復元可能』

『復元しますか』


「……」


 エクリプスは静かに答えた。


「やれ」


 乳白色の宝珠が眩い光を放った。


 そして三百年間。

 誰にも知られなかったノクターンのもう一つの記憶が。

 目を覚まし始めた。

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