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異世界アイドルロボット~冴えない中年男は歌姫として生きる~  作者: ぷっぷくクリーナー


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第四十五章 日蝕の意味

 石段の上から、もう一つの足音が聞こえた。

 アリアは顔を上げる。

 そうだった。

 先ほどカレンが地下へ降りてきた時。

 聞こえた足音は一人分ではなかった。


「やっと追いつきました……」


 階段の暗がりから現れたのはイレーヌだった。

 片手に古い魔導灯。

 もう片方の腕には、数冊の資料と折り畳まれた羊皮紙を抱えている。


「イレーヌ様?」


「様はやめてください」

 

イレーヌは息を整えながら答えた。


「カレンさんが突然『アリアがまた地下で何かやらかしてる』とギルドへ駆け込んできたので」


「何かやらかしてるとは言ってねえ」

 

カレンが即座に返した。


「『あいつ絶対また一人で面倒事抱え込んでる』って言っただけだ」


「ほとんど同じでしょう」


「違う」


「どこがです?」


「知らねえよ」

 

アリアは二人を交互に見た。


「仲が良いのですね」


「良くねえ」

「まあまあです」

 

二人の声が重なった。

 

ハルモニアが、ほんの僅かに首を傾げた。


「……不思議です」


「何がです?」


「アリアの周囲には、こういう方々が集まるのですね」


「こういうって何だい」

 

カレンが振り返る。

 

ハルモニアは少し考え。


「アリアが一人で考え過ぎると、横から全部壊してしまう人です」


「そりゃ褒めてんのか?」


「たぶん」


「たぶんかよ」

 

カレンが頭を掻いた。

 イレーヌは苦笑しながら、ハルモニアの拘束鎖を見た。

 その顔から笑みが消える。


「それより」


 声が低くなる。


「この遺構の状態が変わっています」


「わかるのですか?」


「先ほどから地上の観測器が異常な数値を示しています。魔力ではありません。もっと古い……情報波のようなものです」

 

その瞬間。

 

ゴォン。


 地下が震えた。

 今度は明確だった。

 一度。

 二度。

 三度。


 さらに深い地下から。

 巨大な何かが脈動している。


「おい」

 

カレンが剣の柄へ手を置く。


「また何か起こしたんじゃねえだろうな」


「私ではありません」


「じゃあ誰なんだよ」


「それがわかれば苦労しません」


「堂々と言うな」

 

だが。

 アリアの視界には。

 すでに答えの一部が現れていた。


『新規審判規則を確認』

『本人選択権――暫定登録』

『外部審判機構・第二階層へのアクセス条件を達成』

『記録庫を開放します』


「……記録庫?」

 

アリアの言葉にイレーヌが反応した。


「見えるのですか?」


「はい」

 

同時に。

 地下広間の壁が光った。

 石に見えていた部分へ無数の幾何学線が走る。

 そして。

 音もなく左右へ消えた。


「隠し部屋か」

 

カレンが呟く。


「いえ」

 

イレーヌが首を振った。


「隠していたというより……今まで存在を認識できない状態にしていた?」

 

その先は。

 真っ暗だった。

 部屋の中央に。

 ただ一つ。

 淡い光の球が浮いている。

 四人が近づく。

 光球が開いた。


『外部人格選定記録』

『閲覧資格――暫定審判者A.R.I.A-03』

 

アリアの表情が変わった。


「外部人格……」


 胸の奥。


『俺』が呟いた。

 

──転移者か。


「おそらく」

 

アリアが答える。

 

カレンが怪訝そうな顔をする。


「また中の誰かと喋ってんのか」


「はい」


「便利なんだか面倒なんだかわからねえな」


「私もそう思います」


 光球の周囲に。

 文字が浮かぶ。


『第一原則』

『世界内部の存在のみで世界の未来を決定してはならない』

『理由――閉鎖系における価値観の自己強化を防止するため』


「……どういう意味だ?」

 

カレンが言った。

 

イレーヌが文字を追う。


「同じ世界の人間だけで判断を続ければ、その世界の常識そのものを疑えなくなる……という意味でしょう」


「だから異世界から人間を連れてきた?」

 

アリアが尋ねる。


『肯定』

 

カレンの顔が険しくなる。


「勝手にか」


『質問の意味を限定してください』


「本人の許可も取らずに連れてきたのかって聞いてんだ」


『原則上、事前同意は不要』


「クソみてえな原則だな」

 

即答だった。

 

イレーヌがカレンを見る。


「もう少し穏便な表現を」


「こんなもんに敬語使ってどうすんだ」


「それもそうですね」


『第二原則』

『外部人格一名の判断を絶対としてはならない』

 

アリアが止まった。


「一人では、いけない?」


 その瞬間。

 三つの光が現れた。

 一つ。

 金。

 一つ。

 青。

 そして。

 もう一つ。

 赤黒い光。

 

アリアの視界に警告が走る。


「……エクリプス」

 

カレンの顔が変わった。


「報告にあった帝国のあいつか?」


「はい」


 百二十体の魔導人形を。

 一つの意識で動かした転移者。

 帝国の切り札。

 ノクターンの精神領域へ侵入し。

 一時はその体さえ奪った存在。


「何故」


 アリアは光を見つめた。


「エクリプスがここに?」


『外部人格識別番号――E-07』

『分類――反証者』


「反証者?」

 

その言葉を聞いた瞬間。

 ハルモニアの銀の瞳に激しいノイズが走った。


「あ……」


「ハル姉?」


「待って」

 

頭を押さえる。


「これ……知っている」


「思い出したのですか?」


「少しだけ」

 

途切れた言葉。


「審判者だけでは……駄目だった」




 映像が始まった。

 古代文明。

 白い都市。

 空を走る光。

 巨大な塔。

 そこに。

 一人の異世界人が立っている。


『世界規模の感情安定化フィールド拡大を提案します』


 会議室。

 研究者が問う。


『反対意見は?』


 沈黙。


『ありません』

 

映像が変わる。

 一年。

 二年。

 三年。

 戦争が消える。

 犯罪が減る。

 怒鳴り声が消える。

 

だが。

 同時に。

 

笑い声も消えていった。

 親が死んでも。

 泣かない。

 恋人を失っても。

 苦しまない。

 夢に破れても。

 悔しがらない。

 誰も争わない。

 誰も怒らない。


 そして。


 誰も何かを強く望まなくなった。


「これが……」

 

カレンの顔から軽口が消えた。


「昔の連中が作った世界か」


「はい」

 

ハルモニアが答えた。


「最初の外部審判者は、善良な人でした」


「善人だったのかよ」


「誰よりも」


「それで、これか?」


「だからです」

 

ハルモニアは言った。


「苦しむ人を見たくなかった」

「戦争をなくしたかった」

「泣く子供を救いたかった」

「それ自体は」

 

アリアが呟く。


「間違っていません」


「はい」


「でも」


「自分の考える『救い』を、全員に与えようとした」

 

カレンが舌打ちした。


「善人だから厄介って話か」

 

ハルモニアは否定しなかった。


『制度改訂』

『単一の外部価値観による世界判断を禁止』

『正反対の価値判断を持つ外部人格を配置』

『審判者に対する恒常的反証機構を構築』

 

赤黒い光が強くなる。


『反証者』

『通称――ECLIPSE』


「エクリプス……」

 

イレーヌが呟く。


「日蝕」

 

ハルモニアが頷いた。


「星を隠す影」


「星詠みの文明で、そんな名前を?」


「だからこそです」

 

ハルモニアの記憶が少しずつ繋がっていく。


「星は道を示す」

「けれど」

「星だけを見続ければ、足元が見えなくなる」

「光が絶対になれば」

「誰も疑わなくなる」

 

アリアは赤黒い光を見た。


「だから……星の光を一度遮る存在を置いた」


「はい」


「正しい人間に、お前は間違っている、と言うために」

 

カレンが吐き捨てる。


「ずいぶん勝手な役目だな」

 

光球が反応する。


『E-07 選定記録』

 エクリプス。

 三十五歳。

 高度情報社会出身。

 高い知能。

 高い自己効力感。

 高い競争性。

 既存権威への依存度――低。

 対人情緒依存――低。

 効率優先傾向――高。

『反証人格適合率 98.1%』

 

アリアの瞳が細くなる。


「人を……数字にしている」

 

表示が続く。


『推奨能力』

『多重意識展開』

『意識転移』

『目的――単一人格による系統占有および侵入耐性の実証』

 

アリアの表情が止まった。


「……待ってください」


「何だ?」


 カレンが聞く。


「エクリプスが百二十体を操れたのは」

 

声が冷たくなる。


「偶然与えられた能力ではない」


『肯定』


「ノクターンへ侵入できたのも」


『想定範囲内』

 

カレンの目が険しくなる。


「おい」


 低い声。


「つまりあいつは」


「最初から」

 

アリアが言った。


「誰かの決定を壊すために、その能力を与えられた」


『一部肯定』


「人間を何だと思っているのです」


『質問の定義――』


「黙ってください」

 

光球が止まった。

 

アリアの声は怒鳴っていない。

 だが。

 ハルモニアにはわかった。

 昔の三号機と同じ声だった。

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