第四十四章(続き) 星門が選ぶ者
その瞬間。
映像の候補が止まった。
一人の少女。
十六、七歳ほど。
ベッドの周囲に医療機器。
頭には包帯。
だが少女の横には母親らしい女性がいた。
その手を必死に握っている。
『生命活動終了予測――九分』
『適性率 96.7%』
これまでで最高。
『最優先候補』
アリアの瞳が揺れた。
少女が。
薄く目を開けた。
母親が泣いている。
声は聞こえない。
だが口の動きは読める。
「行かないで」
少女は。
微かに笑った。
「ごめんね」
その瞬間。
『転移固定開始』
「やめて!」
アリアが叫ぶ。
空中に円が現れる。
光。
星門。
「彼女は一人じゃない!」
『生存率を優先』
「彼女には別れを告げる相手がいる!」
『感情的要因は優先順位外』
「それが!」
アリアの声が震えた。
「人間なのでしょう!?」
星門は止まらない。
ハルモニアが叫ぶ。
「アリア!」
「何です!」
「歌って!」
「え?」
「昔も!」
ハルモニアが鎖を引く。
「あなたはそうやって止めた!」
アリアのコアが震えた。
「何を歌えば」
「知らない!」
「ハル姉!」
「私たちは記憶を消した!」
涙を流しながらハルモニアは言った。
「だから今度はあなたが決めて!」
アリアは。
星門を見る。
向こう側。
少女。
母親。
残された九分。
救える。
連れて来れば少なくとも死なないかもしれない。
けれど。
それを決めていいのか。
アリアは。
歌った。
命令の歌ではない。
鎮静の歌でもない。
人の感情を操る歌でもない。
ただ。
問いかける歌。
届くかどうかもわからない。
異世界の。
死にかけた一人の少女へ。
──あなたは。
──どうしたいですか。
病室。
誰にも聞こえないはずの音が、
少女の耳に届いた。
母親の手を握ったまま。
少女は。
僅かに目を見開く。
青白い光。
知らない世界。
知らない歌。
そして。
選択肢。
生きる。
別の世界で。
あるいは。
ここに残る。
少女の唇が動いた。
アリアには。
聞こえた。
「ここにいる」
その瞬間。
アリアは叫んだ。
「転移拒否!」
『本人意思入力を確認』
初めて。
星門が止まった。
『……』
『未知入力』
『審判候補による新規判断規則を検出』
『規則追加申請』
「申請します」
『内容を提示』
アリアは言った。
「これから先」
「誰かを異世界へ連れて来るなら」
一字ずつ。
「本人に」
「選ばせなさい」
沈黙。
長い。
長い沈黙。
『既存救命効率が低下します』
「構いません」
『死亡者増加の可能性』
アリアの顔が歪んだ。
苦しい。
それでも。
「構いません」
『あなたは救命可能な対象の死亡を許容しますか』
アリアは。
すぐには答えられなかった。
手が震える。
許容。
そんな言葉で。
人の死を数値にする。
「いいえ」
『矛盾』
「許容なんてしません」
『では転移を』
「でも!」
声が響く。
「救うためだからといって……その人の人生を奪う権利もありません!」
静寂。
『……』
『新規審判規則』
『本人選択権』
『暫定登録』
星門が。
消えた。
遥か遠い世界。
少女の心電図が。
一度。
長い音を鳴らした。
母親が泣き崩れる。
少女は。
最後まで母親の手を握っていた。
そして。
ほんの僅かに。
笑っていた。
アリアは地下で立ち尽くしていた。
「私は」
声が震えた。
「彼女を救えたかもしれない」
「……そうね」
ハルモニアは否定しなかった。
「連れて来れば」
「生きた可能性があります」
「……私は」
アリアの瞳から涙が落ちる。
「見殺しにしたのでしょうか」
「わかりません」
「ハル姉……」
「私にも」
ハルモニアも泣いていた。
「わからないから」
「昔の私たちは」
彼女は鎖を見た。
「全部決めようとしてしまったのです」
「……」
「誰も間違えない世界を作ろうとした」
「……」
「その結果」
ハルモニアがアリアを見る。
「誰も選ばない世界を作りました」
アリアは泣いた。
正しかったのか。
間違っていたのか。
答えは。
出ない。
その時。
階段の上から足音がした。
一人ではない。
急いでいる。
「アリア!」
聞き慣れた声。
「……カレンさん?」
赤い髪が地下の光の中へ現れた。
剣を腰に下げ息を切らし怒った顔で、
アリアのところまで歩いてくる。
「お前さんまた一人で暴走してるのか!」
「……」
「街中おかしくなってるし、空には穴が開くし!」
アリアは。
何も言えなかった。
カレンがそこで気づく。
泣いている。
「……アリア?」
「カレンさん……」
「何だ、一体どうしたってんだい?」
アリアは。
まるで子供のように聞いた。
「人を助けるって何でしょう」
カレンは目を瞬いた。
そして。
難しいことなど一つも考えず。
「知らないな」
と言った。
アリアが顔を上げる。
「知らない?」
「そんなの毎回違うでしょう」
「……」
「助けてほしい人もいる、一人にしてほしい人もいる、手を引っ張ってほしい時も、自分で立ちたい時もある」
カレンは肩をすくめる。
「だから聞けばいいんじゃないか」
「聞く?」
「そう」
アリアを見る。
「どうしてほしい? ……ってな」
アリアは何も言えなかった。
ほんの少し前。
自分が作った新しい規則。
『本人選択権』
それを、何も知らないカレンが一言で言った。
「……カレンさん」
「何よ」
「あなたは時々ものすごく賢いですね」
「……時々は余計だぞ」
ハルモニアは。
その光景を見ていた。
そして。
ほんの僅かに目を細めた。
「……そう」
誰にも聞こえない声で呟く。
「これが今の三号機なのですね」
記憶を持っていない。
昔の罪も。
昔の使命も。
姉妹との日々さえ。
それでもアリアは昔とは違う道を少しずつ
自分で選び始めていた。




