第四十一章(続き) 封印の謎と二番目の星
男爵の屋敷は街の外れの丘の上にある。古い館。蔦に覆われた石壁。大きな門。そして地下には古代の遺物が眠っている。
門の前に立った。イレーヌが呼び鈴を鳴らす。しばらくして老いた執事が出てきた。イレーヌを見て頷いた。
「イレーヌ様。お待ちしておりました。男爵様がお通しするようにと」
執事はアリアにも目を向けた。目を見開く。
「アリア様も。お待ちしておりました」
「待っていた?」
「はい。男爵様がお待ちです。ずっと」
執事は門を開けた。
アリアとイレーヌは顔を見合わせた。そして屋敷の中へと足を踏り入れた。
古い館の中は薄暗かった。埃の匂い。古い木の匂い。そして何か別の匂い。機械油の匂い。地下から漂ってくる。
「こちらです」
執事が案内する。階段を下りる。地下への階段。壁には古い紋章。アルトハイム家の紋章。星と剣。
地下の扉が開いた。
そこには男爵がいた。痩せた体。白い髪。深い皺。だがその目は輝いていた。若者のような輝き。
「イレーヌ」
男爵が言った。
「来てくれたか。そして」
男爵はアリアを見た。
「アリア。お前も」
「お久しぶりです男爵」
「ああ。久しぶりだ」
男爵はイレーヌに目を向けた。
「イレーヌ。例の件は調べがついたか」
「はい。二号機について。ですが封印の理由は結局わかりませんでした。記録が残っていないのです」
男爵の表情が曇った。
「封印か。そうか。やはりな」
「男爵はご存知でしたか」
「うろ覚えだ。古い記録に何かあった。二号機は封印されている。理由は不明。ただそれだけだ。わしの知識ではそれ以上はわからなかった」
男爵は椅子に座った。古い椅子。きしむ音。
「わしはこの地下の遺構を何十年も調べてきた。だが全容はわからなかった。ただ一つわかったことがある。この地下に何かが眠っている。それも一つではない。複数。だがその一つ一つが封印されている。理由があって封印されている。だがその理由がわからない。それがわしを一番苛ませた」
男爵はアリアを見た。
「お前は王都で一号機を起動したそうだな」
「はい」
「一号機は封印されていなかったのか」
「されていました。ですがソラリスさんと私で起動しました」
「ソラリス。星詠みの塔の主か」
男爵の目が細くなった。
「星詠みの塔が動いているのか。本格的に」
「はい」
イレーヌが答えた。
「塔の主が直接動いています。一号機の起動も塔の主の判断です」
「そうか。ならば今の状況はわしの想像を超えている。わしにできることは少ない。だが」
男爵は立ち上がった。壁のスイッチを押す。隠し扉が開いた。その先には広い部屋。遺物が並んでいる。古代の機械。壊れた部品。石版。羊皮紙。
「これがわしの全てだ」
男爵は言った。
「この中にミルフィアの地下遺構への鍵があるはずだ。イレーヌ。お前の知識とアリアの能力があれば封印を解けるかもしれん」
アリアは部屋の中を見渡した。イレーヌも一緒に見て回る。古代の遺物。機械の部品。記録。
そしてアリアは見つけた。
部屋の奥の台座の上に置かれた小さな機械。掌に乗るほどの大きさ。円盤形。表面に星の紋様。アリアのコアユニットが反応した。
「これです」
アリアは言った。
「これが鍵です」
「それはわしが最初に発掘した遺物だ」
男爵が言った。
「何の役に立つのかわからなかった。だが手放せなかった。なぜか惹かれた」
「二号機へのアクセスキーです」
イレーヌが言った。彼女もアリアの手元を見ている。
「これで地下遺構の封印が解ける。ですが」
イレーヌはアリアを見た。
「起動させるかどうかはあなたが決めてください。封印の理由が不明な以上安易に起動させるべきではありません」
アリアは円盤を手に取った。冷たい。だが微かに温かさも感じる。かつての世界の冷蔵庫の音のような微かな振動。
「まずは会いに行きます」
アリアは言った。
「起動させるかどうかは会ってから決めます」
「賢明だ」
男爵が頷いた。
「では案内しよう。地下への入り口はこの部屋の奥にある」
男爵は壁の奥の隠し扉を開けた。その先には階段があった。深く。暗く。地下へと続く階段。
「わしも行く」
「男爵」
「わしはこの街の人間だ。この街の地下に何があるのか知る権利がある。それに」
男爵は自分の体を見た。
「この体はもう長くない。呪いがまた強くなっている。お前の歌で和らいだが根本は治っていない。最後に何か意味のあることをしたい」
アリアはイレーヌを見た。イレーヌは頷いた。
「わかりました。一緒に来てください」
三人は地下へと向かった。
深く。深く。地下へ。
やがて行き止まりに着いた。巨大な石の扉。表面に星の紋様。アリアの手にある円盤と同じ紋様。だが扉の表面にはもう一つの紋様が刻まれていた。封印の紋章。鎖と星が組み合わさった複雑な図形。
「封印の紋章」
イレーヌが呟いた。
「この封印は技術的なものではない。魔導的なものだ。古代の魔導技術で封印されている」
「魔導? この遺構は機械文明の遺物ではないのですか」
「機械文明の遺物です。だが封印には魔導技術が使われているのです。機械と魔導の融合。それがこの遺構の特徴です。二号機の封印は特に強固。理由もわからないまま二重の封印がかけられている」
アリアは円盤を扉の中央にはめた。
カチリ。
機械的な音がした。だが扉は開かない。魔導的な封印が残っている。
「機械的な封印は解けた。だが魔導的な封印は」
イレーヌが言いかけた時アリアのコアユニットが反応した。円盤から信号が流れ込む。アリアのコアが応答する。歌だ。歌で封印を解ける。
「歌います」
アリアは歌い始めた。
静かな歌。銀鈴のソプラノが地下の空間に響く。歌は封印の紋章に触れ鎖の形をした魔導紋様を一つずつ解いていく。
鎖が解ける音がした。物理的な音ではない。魔導的な連鎖が解除される音。
やがて扉が開いた。
その先には巨大な空間が広がっていた。
石造りの広間。天井は高く柱が並ぶ。古代の遺構。壁面に幾何学模様。淡い光。
そして中央にそれはあった。
台座の上に横たわる機体。だが台座の周囲には四本の鎖が伸びていた。機体の四肢を固定している。封印の鎖。魔導の鎖。
ステラ・シンフォニアシリーズ二号機。
アリアと似た姿。だが髪は淡い金色。肌は白磁。ドレスは白と銀。銀の刺繍が星の軌跡を描いている。だがその姿は静かだった。眠っているのではない。封印されている。四本の鎖に繋がれた姿はまるで囚人のようだった。
「二号機」
アリアは呟いた。
「封印されている」
「四本の鎖。二重の封印。これほど強固な封印は一号機にも見られなかった。それだけの理由があったということです」
イレーヌが言った。声が震えていた。
「ですが理由がわからない。記録にも残っていない。何があったのでしょう」
アリアは台座に近づいた。二号機の顔を見た。眠っている。いや封印されている。だがその表情は穏やかだった。苦痛はない。ただ静かに封印されている。
「可哀想に」
アリアは呟いた。
「封印されている理由がわからないまま。理由も告げられず鎖で繋がれている」
男爵が後ろから言った。
「わしと同じだ」
「え」
「わしも遺物に溺れ体を蝕まれながら自由にできなかった。知識を求めながら知識に縛られていた。鎖だ。目に見えない鎖に繋がれていた。二号機と同じだ。理由もわからないまま縛られている」
アリアは振り返った。男爵の目が潤んでいた。老いた貴族。病に蝕まれた体。だがその目には確かな光があった。
「アリア。お前に託す。アルトハイムの名を。この街を。この地下を。そして」
男爵は微笑んだ。
「この子も」
アリアは頷いた。
「託されました」
「ああ。頼んだぞ」
男爵は台座から離れた。
アリアは台座の前に立った。二号機に手を伸ばす。だが鎖には触れない。まずは起動する。鎖があっても起動はできる。機能は制限されるが。
アリアは二号機のコアユニットに触れた。
「起動します」
アリアのコアから信号が送られる。二号機のコアが応答する。
カチリ。
音がした。
そして二号機の瞼が開いた……。




