第三十二章 迫りくる戦火
帝国は十万の軍と百二十体の魔導人形を投入し一気呵成にマテリア王国を攻め落とす軍事行動に出た。
それは電撃戦だった。
国境の砦は最初の半日で三つが陥落した。
魔導人形が飛行できるからだ。
城壁の上を軽々と越え空から魔力弾を降らせる。砦の守備兵は空を見上げる間もなく焼かれた。
城も同じだった。
堅牢な石壁も空からの攻撃には無力だった。魔導人形は城壁の内側に降り立ち内側から門を開ける。
外から攻める帝国軍がなだれ込む。内外からの挟撃で城は半日と持たなかった。
王国軍は押し込まれる一方だった。
数で劣り空からの攻撃に対抗できず指揮系統も混乱している。
前線は崩壊しつつあった。
ミルフィアは前線からは離れた場所にあった。
山を三つ越えた西の奥地。街道も細く大軍が通るには向かない。
だから最初の数日は平穏だった。
東の空が時折赤く染まるのを遠くに見ながら人々は祈るように暮らしていた。
前線が崩れればここも同じだ」
アリアはカレンの隣で空を見ていた。銀色の髪が風に揺れる。瞳の奥で青いリングが回転している。
「王都はどうなっているんですか」
「壊滅寸前だ。伝令が届いた。帝国軍は王都を包囲している。王都が落ちれば王国は終わりだ」
カレンは拳を握った。
「王都が落ちればここも終わりだ。順番の問題だよ」
アリアは黙っていた。
演算回路が状況を分析する。帝国軍十万。王国軍は三万。
帝国軍には機械仕掛けの様な魔女が
空を飛び上空から攻撃しているという噂だが機密情報の為、カレンやアリア達はその実像を知る由もなかった。
王都が落ちれば王国は滅びる。
王国が滅びればミルフィアも終わる。
リーゼもマルタもヘレナもニコもこの街の全てが失われる。
ここで食い止めなければならない。
だが前線はすでに崩壊している。
ミルフィアから王都までは馬車で十日。
急げば七日。アリアの脚なら三日で着く。
「カレンさん」
アリアは言った。
「私、王都に行きます」
カレンは目を見開いた。
「何を言ってるんだ。王都は戦場の真ん中だぞ。一人で行ってどうなる」
「私の力がどこまでお役に立てるか分かりませんが、王都が落ちればミルフィアも時間の問題です。ならば私も行くべきです」
カレンはしばらくアリアの顔を見ていた。銀色の髪。青い瞳。白い肌。人間ではない少女の顔。だがその顔には人間と同じ決意があった。
「……わかった。止めても無駄だろうしな」
カレンはため息をついた。
「ギルドからは私が伝えておく。金級のアリア・アルトハイムは王都防衛に参加するとな。お前さんが戻るまでミルフィアのことは私が何とかする」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちだよ。行ってこい。生きて帰ってこい」
「はい」
アリアはギルドを出た。まっすぐにマルタの店へ向かった。
昼時で店は混んでいた。リーゼが水を運びヘレナが手伝っている。ニコは店の隅でパンを齧っていた。
「アリアおかえり」
リーゼが笑顔で迎えた。だがその笑顔はすぐに凍った。アリアの顔を見たからだ。
「……どっか行くの」
リーゼは賢い。アリアの表情だけで理解する。
「王都に行きます」
アリアは膝をついてリーゼと目を合わせた。
「王都が危ないんです。王都が落ちたらミルフィアも危ない。だから私が行って止めてきます」
リーゼの目に涙が溜まった。だが泣かなかった。
「いつ帰ってくるの」
「わからないです。でも必ず帰ってきます」
「嘘つき」
「嘘じゃないです」
「前にサラン村に行った時も言った。でもすごく長かった」
「ごめんなさい」
リーゼは唇を噛んだ。それからアリアの首に抱きついた。
「行ってらっしゃい」
小さな声だった。震えていた。だが確かに言った。
「行ってきます」
アリアはリーゼの頭を撫でた。
マルタが厨房から出てきた。手に包みを持っている。
「干し肉とパンだ。道中食べな」
「マルタさん」
「行くんだろう」
マルタの声はいつも通りだった。だが目が潤んでいた。
「あんたはうちの家族だ。家族が家族を守りに行くのに止める理由はないよ」
「ありがとうございます」
「ただし」
マルタはアリアの肩を掴んだ。老人の細い指が機械の肩に食い込む。
「必ず帰って来るんだよ、リーゼを泣かせないでおくれ」
「はい」
アリアは笑った。泣きそうだったが笑った。
「行ってきます」
アリアは店を出た。ヘレナとニコも見送りに来た。ヘレナはスミレの花を一輪アリアの髪に挿した。
「お守りです。行ってらっしゃい」
「ありがとうございます」
ニコがアリアの脚に抱きついた。
「お姉ちゃん光ってる。かっこいい」
「ありがとう」
アリアはニコの頭を撫でてから歩き出した。
西の門を出た。街道は王都へ向かって延びている。
東の空は黒い雲がかかり時折赤い光が瞬いている。戦場の光だ。
アリアは走り出した。
人間の徒歩の三倍の速さ。スラスターは使わない。エネルギーを節約するためだ。月の光を浴びながら夜も走り続ける。
ニ日で王都に着く。
その間にも戦況は悪化しているだろう。
王都は包囲され食料も尽きかけているかもしれない。
街道の両側の木々が風に揺れている。
銀色の髪が夜風に流れる。
東の空が赤い。戦火の色だ。




