↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界アイドルロボット~冴えない中年男は歌姫として生きる~  作者: ぷっぷくクリーナー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/72

第三十一章 鏡の中

 帝国の皇宮は黒い石でできていた。

 王都の白亜の宮殿とは対極の建築だ。


黒曜石の柱に漆黒の大理石の床。

天井は高く穹窿状に弧を描きその頂点に蒼い魔力灯が懸かっている。

部屋全体が巨大な心臓のように脈動していた。

壁面に刻まれた魔導紋様が一定の周期で明滅し収縮と膨張を繰り返している。

 

廊下の両脇には歴代皇帝の肖像画が並んでいる。

七代前の皇帝が王国の領土を奪い

五代前の皇帝が王国と同盟を結び

三代前の皇帝がその同盟を破棄し

先代の皇帝が戦乱を起こした。


どの皇帝の目にも同じ光が宿っていた。王国の打倒。それが帝国の建国以来の悲願だった。三百年前この大陸が一つに統一されていた時代から続く因縁。

王国が帝国から分裂した時から始まった執念。

 

現皇帝ゲルハルト二世もまたその執念を受け継いでいた。

 執務室は広かった。だが豪華ではなかった。

巨大な机の上に書類が積み上げられ地図が広げられている。壁一面の棚には書簡が整理されている。

武人の部屋だ。

皇帝は四十を超えたばかり。

だがその目は老人よりも深い皺を刻んでいた。

七年の戦乱で得たものは疲弊した国と空になった国庫だけだった。


「陛下。魔導ギルド長および特務顧問が参りました」


 側近の声に皇帝は頷いた。

 執務室の扉が開いた。

 二人が入ってきた。

 一人は老人だった。


魔導ギルド長アルトゥール・フォン・グラーベン。

白髪の初老の男。痩せた体に黒いローブを纏い手には常に杖がある。

だがその杖は歩行のためではない。

魔力を増幅するための導管だ。

ギルド長の目は鋭く知性に満ちていた。

帝国の魔導技術を統べる男。

魔導人形の発掘と管理を一手に握っている。

 

その後ろからもう一人。

 一人の少女が歩み出た。

 いや少女と呼ぶには違和感があった。

 すらりとした魔法使いの様な女性のシルエット。

青白い肌に赤い瞳。黒いローブ状の装甲。額の中央に赤い宝石が埋め込まれそこから微かな光が漏れている。

整った目鼻立ちだが表情は一切動かない。


 魔導人形だ。

 

だがただの魔導人形ではない。

この機体には転移者の意識が宿っている。

 

魔導人形でありながら帝国の魔導ギルド特務顧問。

 名はエクリプスと呼ばれている。

 魔導ギルドが発掘し起動した最初の適合機体。

 そこに異世界から転移してきた男の意識が宿った。

ギルド長アルトゥールが管理し皇帝が認可した帝国最高の戦力である。


「報告せよ。ギルド長」


 皇帝が言った。声は低い。

だがその中に期待があった。三百年の悲願。

王国の打倒。それを実現するかもしれない力が目の前にある。


「はい陛下。まず魔導人形の保有数について報告いたします」

 

ギルド長アルトゥールが書類を広げた。


「現在の保有数は百二十体。これら全機体の戦力化は完了いたしました。追加の発掘は継続中ですがペースは落ちています。埋蔵されている遺構の枯渇が始まりました」


「百二十体か。前回の報告では百体だったな。二十体増えたのか」


「はい。三週間で二十体の発掘と戦力化を完了いたしました。エクリプスの複製効率が向上した結果です」

 

皇帝は頷いた。

だがその目には安堵よりも慎重さがあった。

百二十体。数だけ聞けば圧倒的だ。

王国の人形機械兵器機体保有数は

二倍以上だ。だが数が全てではないことは戦乱で学んでいた。


「特務顧問。お前からもご報告せよ」

 

ギルド長がエクリプスに目を向けた。


「承知いたしました」

 

涼やかな声。だが人間の女性の声ではない。わずかに金属的な響きが混じる。それが却って冷徹な印象を与えた。


「魔導人形百二十体全機体の戦力化および制御系統の最適化は完了しています。現在百二十体を同時に操作可能です。追加の発掘には更なる深部の新規発掘が必要であり、現存する遺構での回収率は低下傾向にありますが、現状の戦力で王国機械人形の推定保有機体である五十数体を圧倒できます」


「同時操作か。百二十体全てを同時に動かしているのか」


「そうです。百二十体の視覚百二十の聴覚百二十の触覚。全てが私です。意志は一つ。私が百二十体を動かしています」

 

皇帝は椅子に深く腰掛けた。百二十体を同時に操る。それは人間には不可能な能力だ。だがこの転移者には可能だ。それが彼の価値だった。


「ギルド長。朕は一つ聞いておきたい事がある」

「なんでしょう陛下」

「特務顧問の正体についてだ。転移者であることは知っている。だが朕はまだその中身を知らない。何者であり何を望んでいるのか」

 

ギルド長アルトゥールはエクリプスに目を向けた。エクリプスは黙って頷いた。


「正直に答えます」


 エクリプスは言った。


「私はかつて男でした」


 皇帝は瞬きもしなかった。


「異世界での名前はもうどうでもよろしいでしょう。三十五歳。IT企業の役員でした。東大卒。年収はこの世界の通貨に換算すれば金貨数千枚といったところでしょうか。顔はまあ悪くありませんでしたので女には不自由しませんでした」


「……ほう」


「全てを持っていました。だが退屈でした。世界はあまりにも簡単だった。勉強はした。仕事はした。だが結果は常に頭打ちでした。努力は報われる。だが報われた先には何もない。ただの空白。高級マンションの窓から夜景を見下ろしながらいつも思っていました。これで全部かと」

 

皇帝は黙って聞いていた。

所々、意味不明な単語があったがこの場では

異世界の事をあえて問う事はなかった。


 この転移者の語り口には独特の温度があった。冷たいようでいてどこか自嘲的。傲慢なようでいてどこか空虚。


「そして死にました。スキー場の雪崩です。四十五歳の冬。一瞬の圧迫と寒冷。そして暗転。目が覚めるとここにいました。魔導人形の中に。最初は混乱しましたがすぐに理解しました。この世界のルールを。魔力。空気中に満ちるエネルギー。それが私の動力源です。深呼吸をするたびに力が満ちていく。かつての世界での疲労も病も老化もない。ただ純粋な力があります」


「それで百二十体の軍勢を作ったのか」


「はい。魔導人形の制御機構は魔力で動く。そして魔力はこの世界に無尽蔵にある。制御機構を魔力で複製しそれを最適化して新たな機体に移植する。かつての世界でのソフトウェアのインストールと同じです」


 皇帝は天井を見上げた。


「朕には想像もつかん。百二十の自分が同時に存在するとは」


「最初は私も想像できませんでした。ですが慣れれば快適です。かつての世界では私は一人でした。一人の体一つの視点一つの人生。だが今は百二十の体で百二十の場所を同時に見ることができる。全能に近い感覚です」


「全能か」


 皇帝はその言葉を噛み締めた。


「全能とは孤独ではないのか。百二十の自分がいてもそれは自分だ。他者はいない。他者がいなければ対話もない。対話がなければ退屈ではないか」


 エクリプスの赤い瞳が微かに揺れた。

 皇帝の言葉は的を射ていた。百二十の自分。だがそれは自分だ。他者ではない。百二十の部屋で百二十の自分と向き合ってもそこには新しい発見はない。鏡を百二十枚並べただけだ。鏡の中の自分と会話しても同じ言葉しか返ってこない。


「……畏れ多くも、すべては陛下のご見識の通りにございます」

「三百年の悲願のために生きてきた男の言葉だ。孤独については多少考える」

 

皇帝は立ち上がった。壁にかかる地図を見た。王国との国境線が赤い線で引かれている。


「三百年前この大陸は一つだった。帝国と王国は一つの国だった。それが分裂した。以来帝国は王国を打倒し大陸を統一することを悲願としてきた。歴代の皇帝がそれを目指し失敗した。朕も失敗した。七年の戦乱で多くの将兵を、失ってしまった……。だが今は違う。百二十体の魔導人形がある。

転移者という人知を超えた存在がいる。これほどの好機は三百年の歴史で一度もなかった」


 皇帝は地図を叩いた。


「王国を打倒する。それが朕の悲願であり歴代皇帝の悲願であり帝国の民の悲願だ。特務顧問。お前は魔導ギルドの配下としてその悲願を実現する力だ。だが一つだけ約束せよ」


「なんでしょう」


「力に溺れるな。百二十体を操る全能感に浸って油断するな。王国にも転移者がいる。油断すれば三百年の悲願は潰える」


「承知しております」


「よい。ギルド長。特務顧問の管理は引き続きお前が当たれ。朕は百二十体の配置と作戦立案を将軍達と協議する」


「はい陛下」


 ギルド長アルトゥールが頷いた。

 会議は終わった。皇帝は地図を巻き直し引き出しにしまった。

引き出しの中には七代前の皇帝が書いた王国打倒の計画書がある。色褪せた羊皮紙に書かれた古い文字。それが今ようやく現実になるかもしれない。


 執務室を出たエクリプスは皇宮の廊下を歩いた。

 黒い石の床に赤い光の足跡が残る。廊下の衛兵が一斉に跪く。帝国の魔導ギルド特務顧問。百二十体の魔女を率いる転移者。だが彼女はその視線を気にも留めなかった。彼女の上にはギルド長がいる。ギルド長の上には皇帝がいる。彼はあくまで道具だ。優れた道具だが道具だ。


 だが彼はそのことを気にしていなかった。かつての世界でも彼は道具だった。会社の道具。社会の道具。自分自身の道具。道具であることは不快ではない。道具は使われるからこそ価値がある。使われない道具は錆びる。彼は使われている。

今はそれでいい。

まずは王国を滅ぼす事が先決だ。

自らがこの世界を手に入れるのはそれからで良い。


 廊下の突き当たりに部屋があった。

魔導ギルド特務顧問の執務室。彼の私室だ。

 部屋に入ると彼は扉を閉めた。


「退屈か」


 皇帝の言葉が残っていた。

 退屈だ。確かに退屈だ。百二十の自分がいても退屈だ。皇帝の言う通りだ。鏡を百二十枚並べても新しいものは見えない。

 

かつての世界でもそうだった。全てを持っていたが退屈だった。そしてこの世界に来て百二十体の軍勢を手に入れたがやはり退屈だ。数を増やしても質が変わらない。自分は自分だ。百二十の自分は一人の自分と同じだ。


「……王国の転移者は何をしているのか」


 彼は考えた。

 自分のコピーを外に出している。バックアップか戦力化か。


 一つだけ気になることがあった。

 王国の転移者はコピーを外に出した。

つまり自分の分身を外の世界に放った。

自分以外の存在に自分の記憶を預けた。

 

それは何を意味するのか。

 彼は百二十体の自分しかいない。

他者はいない。他者がいなければ対話もない。

対話がなければ変化もない。

変化がなければ退屈は消えない。

 

 王国の転移者は変化を選んだ。

自分のコピーを外に出しそのコピーが自分とは違う存在になることを許容した。

それは孤独を認めることでもあり他者を信じることでもあった。


「信じる? 他者を?」


 彼は鼻を鳴らした。かつての世界で彼は誰も信じなかった。女も同僚も上司も部下も。全ては取引の対象だった。信じる必要はない。利用するだけだ。

 

だが王国の転移者は違うのか。彼女は自分のコピーを誰かに預けた。そのコピーが誰かを愛して誰かに愛されることを許した。


「愛? 他者を愛する? 機械が?」

 

彼は笑った。一つの声で笑った。百二十ではなく一つの声だけで。

 笑った後静かになった。

 執務室に彼一人の沈黙が満ちる。


「まあいい。いずれ会う事になるだろう」

 

彼は窓から離れた。黒いローブの裾を払い扉に向かう。


「王国の転移者。お前が何を守っているのか知らないが私の暇つぶしの相手にはなってもらう」


 涼やかな声が石の壁に響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。