↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界アイドルロボット~冴えない中年男は歌姫として生きる~  作者: ぷっぷくクリーナー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/72

第三十章 星の姫と百体の魔女

 塔の主は執務室で正装に着替えた。


 灰色のジャージが光に溶け形状変形繊維が再構成を始める。生地が引き締まり艶が出る。色が濃くなり黒に変わりさらに金の縁取りが浮かび上がる。数秒でジャージは黒と金の礼服に変化していた。


 だが今日の礼服はいつもと違った。

 彼は更に細かく調整した。

 襟の高さ胸元の開き袖の長さスカートの丈。

 ミリ単位で修正する。

 形状変形繊維が彼の意思に応えて微細に変化していく。

 布地の質感も変えた。

 シルクの滑らかさに金属的な微光を加える。

 光が当たる角度で色が変わる特殊な干渉縞を繊維に組み込んだ。


 鏡の前に立った。

 そこにいたのは姫と呼ばれる様な気品と威厳に満ちた装いであった。

 金色の長い髪が腰まで流れ光を弾く。

 白磁の肌に金色の瞳。

 黒と金の礼服がその小さな体を包み光の加減で輝きを変える。

 襟は高く顎のラインを強調し胸元の金の刺繍が星の紋章を描く。

 スカートの裾は床すれすれまで伸び歩くたびに布が波のように揺れる。


「やりすぎか」


 彼は首を傾げた。

 だが今日は緊急最高機密会議の日だ。

 王と四名の大貴族のみが出席する極限られた会合。

 星詠みの塔の主として最大の威厳が必要だ。

 威厳。

 四十二歳の冴えない男には一番縁のない言葉だったが

 今の彼にはそれを演出する機能と必要がある。


 塔の階段を降りる。

 一歩ごとに礼服の裾が揺れ金色の髪が流れる。

 足音はしない。

 機体の姿勢制御が最適な歩幅と接地圧を計算し音を消す。

 塔の出口で待機していた護衛の騎士が振り返った。

 そして固まった。


「おはようございます」


 涼やかな声で挨拶する。

 騎士は何か言おうとして口を開閉させたが声が出なかった。


「行きますよ」


 騎士は慌しく手綱を差し出した。

 馬車に乗り込む瞬間金色の髪が風に舞い朝の光を受けた。

 一本一本が糸のように光り輝く。



 王宮の最深部。


 通常の謁見の間ではなく地下の密室で会議は行われた。

 石造りの狭い部屋。

 天井は低く壁には松明が二本。光は暗い。空気は重い。


 四名の大貴族が既に席に着いていた。

 王は上座に座っている。

 誰の顔にも緊張があった。

 緊急最高機密会議。

 王国の存亡に関わる事態にのみ召集される。


 彼が部屋に入った。

 黒と金の礼服が松明の光を受けて暗い部屋の中で唯一輝いていた。金色の髪が松明の炎を反射して銅色に光る。小さな体が部屋の空気を一変させた。


「坐りなさい」

 

王が言った。声が低い。

 

彼は指定された席に着いた。椅子に座る動作一つにも無駄がない。礼服のスカートが広がり椅子の形に沿って整えられる。


「報告せよ」

 

王は単刀直入に言った。冗長な挨拶を省くほどの緊急性があるということだ。


「陛下より緊急最高機密会議の召集を受けました星詠みの塔の主より報告いたします」

 

彼は涼やかな声で切り出した。だがその声の響きはいつもの柔らかさではなく鋼のような冷たさを帯びていた。


「三日前、星詠みの塔の諜報偵察部が帝国内にて烈度の高い情報を掴みました」


 彼は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。映像記録を文字化した報告書だ。


「帝国軍の魔導人形についての情報が更新されました」

 

彼は一瞬だけ言葉を止めた。部屋の空気が凍る。


「帝国の魔導人形保有数が百体を超えました」

 

沈黙が落ちた。

 松明の火が弾ける音だけが響いた。

 王の顔色が変わった。四名の大貴族の顔色も変わった。一人は立ち上がりかけた。もう一人は椅子の肘掛けを握りしめた。


「百体?」

 

伯爵の一人が絞り出すように言った。


「二十五体ではなかったのか。一年半の猶予があるのではなかったのか」

「それが私の計算でした。だが不確定要素が発生したのです」


 彼は静かに言った。


「その結果、帝国の魔導人形の保有数は二十五体を遥かに超え、すでに百体以上が実戦化されています」


「……詳しく説明してくれ」


「はい、実際の帝国内部では発掘ペースでも量産体制でもない、もっと根本的変化が起きていたのです」


「根本的な変化とは?」


「転移者です」

 

その言葉が部屋に落ちた時空気が変わった。

大貴族たちが顔を見合わせた。


転移者。


異世界からこの世界に落ちてくる者。

星詠みの塔の主も転移者だ。

それを知っているのは王と四名の大貴族だけだ。


「帝国にも転移者がいた。そしてその転移者は魔導人形に宿りました」


「魔導人形に? 人間が?」


「私がソラリスという機体に脳を移植したように帝国の転移者は魔導人形に自らを宿した。だがその方法は私とは根本的に異なります、諜報活動によって入手した百体の魔導人形の制御信号を解析しました。全て同一でした」


「同一? 百体全てが?」


「はい。百体全てが同じ制御信号を持っています。これは百体が同一の制御で稼働していることを意味します」


 彼は一呼吸置いた。


「帝国の転移者は魔導人形に宿った後自らを増殖させました。だがその増殖の方法は私の想像を超えています。おそらく最も困難な壁は魔導人形の制御機構にありました。発掘した一体一体を個別に調整するには気が遠くなるほどの時間が必要だったはずです」

 

彼は続けた。


「ところがその転移者は自らが魔導人形であるという強みを最大限に活かしました。何らかの方法により自分自身の制御機構を複製しそれを最適化したのです。

 魔導人形の制御機構は魔力を動力源とするため自己複製との相性が極めて良い。

 彼は自らを複製し複製された制御機構を最適化し新たな機体に移植した。

 複製と最適化を繰り返すことで容易に戦力化に成功したのです」


 絶句。

 誰も言葉が出なかった。

 王が目を閉じた。

 大貴族の一人が額に手を当てた。


「つまりこれから先もさらなる大量生産が可能になったという事か」


「はい。帝国の魔導人形はまだ増殖しています。実際の数は百体を超えるかもしれません。いずれにしても」


 彼は言葉を切った。涼やかな声に微かな重みが混じる。


「とんでもない転移者が来てしまったものです」

 その言葉には自嘲と畏怖が同居していた。自分も転移者だ。だが帝国の転移者は彼を遥かに超えている。帝国の転移者は最初から自らを魔導人形に移植し、増殖させる道を選んだ。発想の思い切りと実行力が尋常では無い。


「王国の機体は五十数体だと言ったな」


 王が目を開けた。その目には恐怖ではなく決意があった。


「はい」


「五十体で百体に抗えと言うのか」


「抗えません。正面から戦えば負けます」


 正直な答えだった。四十二年間彼は正直ではなかった。逃げる時は嘘をつきごまかし「まあいい」で済ませてきた。だが今は嘘をつかなかった。嘘をつけば人が死ぬ。


「ではどうする」


「まず時間を稼ぎます。帝国が正面から来る前に外交により帝国の動きを遅らせる必要があります。その間に我が方の戦力を整える。そして」


 彼は言葉を止めた。


「そして我が方は切り札を使います」


「切り札?」


「一つは、ステラ・シンフォニアシリーズ三号機。A.R.I.A-03。通称アリア。現在ミルフィアの街で金級冒険者として活動しています」


「アリア? あの歌姫の」

 

大貴族の一人が声を上げた。歌謡祭の噂は王都にも届いていた。


「彼女は最高の機体です。そして今彼女は自らの意思で人を守っています。守るものがある者は強くなる。帝国が侵略してくれば彼女は自分の意思で戦うでしょう。命令されたからではない。愛する者を守るために」


「愛する者?」


 王が問うた。


「リーゼという少女とマルタという老婆。そしてミルフィアの街の人々。アリアの家族です」


「機械に家族がいるのか」


「います。家族がいるからこそ強いのです。生き物でも機械でも家族を守るためなら何でもできます」

 

彼は言った。自分のコピーが誰かを愛している。それはかつての自分にはなかった物語だ。だがその物語が王国を救うかもしれない。


「そしてもう一つ、これこそが最大の切り札です。ミルフィアの地下には古代の遺構が眠っています。その最深部にはステラシリーズの一号機が封印されています。一号機が起動すれば戦局を覆す力がある。だが一号機の起動にはアリアが必要です」


「アリアが鍵か」


「はい。アリアなしでは一号機は動きません。一号機なしでは百十二体の魔導人形には勝てません」


 王は長い沈黙の後に口を開いた。


「星詠みの塔の主よ。お前の判断に任せる。必要なものは何でも与える。だが一つだけ約束せよ」


「なんでしょう」


「この国を守れ。民を守れ。そしてお前自身も生きろ。お前が死ねば次の転移者は来ないかもしれない」


「約束します」


 彼は言った。かつての彼は約束を守れなかった。妻との約束も会社との約束も自分自身との約束も。だが今の彼は違う。守るものがある人間は約束を守る。

 会議が終わり地下の密室を出た。

 階段を上がる途中で彼は壁に手をつき呟いた。


「……一号機は使いたく無かった最後の手段だが……まあいい、どうせ滅びるくらいならたとえ悪魔を目覚めさせてでも、やるしかない……」


 涼やかな声が石の階段に響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。