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異世界アイドルロボット~冴えない中年男は歌姫として生きる~  作者: ぷっぷくクリーナー


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第二十九章 暁と黄昏の狭間で

「まあいい。まあいいとしておくか」


 彼は実験ログを引き出しに戻し別の報告書を取り出した。表紙には『帝国軍事動向分析 第七十三号』と記されている。


 ここ三年、彼が最も警戒していたのは隣国グラド帝国だった。


 帝国は古くからこの大陸の覇権を争う対立国だ。五年前の戦乱も帝国が裏で糸を引いていた。だが問題は戦乱そのものではない。帝国が新たな兵器を掘り出している。


 魔導人形。


 アリアたちとは系統が全く異なる人型古代兵器だ。遺構の技術体系が別。動力源も別。制御方式も別。


 そして問題はその相性だ。


 このファンタジー的世界の環境は魔導力と相性が良い。

 空気中の魔力密度が高く魔導人形の起動と運用に最適なのだ。

 発掘から戦力化までの量産化スピードはこちらのロボットドールよりも格段に高い。


 彼は報告書のページをめくった。

 そこには三ヶ月前に起きた実戦記録が添付されていた。


 *  *  *


 王都の東国境沿いの谷。オルデン渓谷。


 その夜、渓谷に冷たい風が吹き抜けていた。月は雲に隠れ谷の底は闇に沈んでいる。星詠みの塔の偵察ユニットが報告したのは午前三時のことだった。


「魔導人形三体接近。国境の砦より南へ二キロ」


 国境の小規模な砦付近に展開していたのは星詠みの塔から派遣された戦闘用ロボットドール二体。F.R.Y-02およびF.R.Y-04。共に格闘戦用の旧型機体だ。


 彼はソラリスの遠隔操作モードを起動した。王都からでは直接戦闘はできない。だがセンサーを通じて状況を把握し必要に応じて指示を出すことはできる。


 画面に映ったのは闇の中を歩く三体の魔導人形の影だった。


 人型だがその姿はアリアたちとは根本的に異なっていた。すらりとした女性型のシルエット。

 長い黒髪が夜風に揺れ月光を弾く。

 肌は青白く陶器のように滑らか。

 関節は人間と同様に肘や膝で曲がるが可動部からは微かな赤い光が漏れている。

 顔には整った目鼻が造形されているが瞳は赤く光り表情は一切動かない。

 額の中央に赤い宝石が埋め込まれそこから不気味な光が漏れている。

 身纏っているのは黒いローブ状の装甲だ。

 金属と布の中間のような材質で表面に赤い魔導紋様が脈打つように浮かび上がっている。


 魔女。


 その言葉が最も似合う姿だった。

 美しいが人間ではない。

 人間の女性を模してはいるがどこか根本的に異なる。

 整った造形面目鼻がある分却って不気味だった。

 人間が見れば美しいと感じると同時に背筋が凍る。

 それが魔導人形だった。


 動力源は魔力。

 空気中の魔力を取り込み駆動する。

 この世界の魔力密度が高いからこそ彼女たちは効率よく動く。夜間は魔力の流れが活発になる。

 だから夜に来る。


「F.R.Y-02接近。交戦開始」


 二号機が動いた。

 右腕の打撃ユニットを展開し魔導人形の一体に突進する。

 金属同士がぶつかる轟音が渓谷に響いた。


 二号機の拳が魔導人形の胴体を捉えた。

 だが魔導人形は倒れない。

 ローブ状の装甲に亀裂が走ったかと思うと亀裂から赤い光が溢れ一瞬で修復された。


「自己修復。やはり魔法系の再生能力か」


 二号機が再び打撃を加える。

 だが魔導人形の反応が速い。

 魔導人形の右手が掲げられ掌中央の魔導紋様が激しく発光した。

 次の瞬間掌から赤い魔力弾が発射された。

 速い。

 二号機の右腕に直撃。

 衝撃と熱で二号機の右腕が肘から先で千切れ飛んだ。


 切断面から火花が飛ぶ。二号機のシステムが損傷を報告。右腕機能喪失。


「F.R.Y-04支援に向かえ」


 四号機が二号機の前に出る。

 両腕の打撃ユニットを展開し二体の魔導人形を同時に抑える。

 四号機は旧型だが格闘戦用に特化した機体だ。

 両腕の打撃力は二号機を上回る。


 四号機の左拳が一体の魔導人形の顔面を捉えた。

 額の赤い宝石が砕ける。

 魔導人形の動力源が一部破損。再生が追いつかない。

 その隙に四号機は右拳でもう一体の魔導人形の胴体を貫いた。ローブ状の装甲が割れ赤い光の破片が飛び散る。


「三体目の進路を確認。哨戒所に向かっている」


 三体目の魔導人形は戦闘を回避し砦に直行していた。目的は戦闘ではない。砦の破壊だ。国境の監視網を断ち切るための破壊工作。


「F.R.Y-02下がれ。四号機残りの二体を処理してから撤退しろ」


 二号機は右腕を失い戦闘力が半減している。下がらせるのが正解だ。


 四号機は既に損傷していた。

 先の戦闘で左肩の装甲が剥がれ左脚の関節に異音が発生している。

 だが四号機は止まらなかった。

 胴体を貫かれた一体の魔導人形が再生を始める前に頭部の宝石を踏み砕いた。

 機能停止を確認。

 次に残る一体に向き直る。


 魔導人形の両掌が四号機に向けられ二発の魔力弾が同時に発射された。

 一発は四号機の左腕に命中し装甲が削れスパークが飛ぶ。だが四号機はそれを無視して懐に入り込んだ。

 右拳を魔導人形の腹部に叩き込む。

 ローブ状の装甲が割れ内部の魔力回路が露出する。

 魔導人形がのけぞり赤い光が乱れる。


 四号機はさらに追撃した。

 左手の残った指で魔力回路を掴み引きちぎる。

 魔導人形が悲鳴のような超高周波を発して崩れ落ちた。

 機能停止。


 三体目はまだ砦に向かっている。

 だが四号機の戦闘音を聞いてか立ち止まった。

 こちらを向く。

 額の赤い宝石が激しく明滅し

 ローブ状の装甲の魔導紋様が一斉に光り輝く。

 攻撃態勢。


「四号機。追撃せず撤退しろ」


 四号機は命令に従った。

 三体目の魔導人形はしばらくこちらを見ていたがやがて踵を返し闇の中に消えた。

 戦闘不能の仲間を回収しての撤退。

 魔導人形にも仲間を回収する判断があるのか。

 それとも破壊された二体の魔力を回収するためか。


「戦闘終了。F.R.Y-04戦闘継続可能。左肩装甲損失。左脚関節軽度損傷。左腕機能低下。コア異常なし。F.R.Y-02右腕喪失。本体は軽度損傷。コア異常なし」


 彼は報告書のその一文を指でなぞった。


 F.R.Y-04。名前はなかった。

 型番だけの機体。

 彼が起動した旧型機体の一つ。人格を持たない。判断プログラムだけの機体。だが最後の瞬間まで戦闘を完遂し壊れかけの体で二体の魔導人形を倒した。


 それがプログラムなのか。それとも何か別のものなのか。彼にはわからなかった。


 わかっているのは一つだけ。四号機は戻ってきた。壊れかけだが戻ってきた。修理すればまた戦える。二号機も右腕を失っただけで本体は無事だ。これも修理可能。


 だが次はどうだろう。次は三体ではなく五体かもしれない。十体かもしれない。


 現在の保有数で言えば王国側が五十数体に対し帝国は二十五体。数では上回っている。だが魔導人形は発掘されるそばから戦力化されている。このままでは数の差はすぐに逆転する。


「あと二年。いや一年半か」


 彼は報告書の数字を眺めながら計算した。帝国の発掘ペースと戦力化スピードを現在の延長線で計算すると一年半後には王国の数を上回る。それまでに王国側も体勢を整えなければならない。


 だからアリアをフィールドに出した。


 本来アリアはバックアップだ。彼の記憶と人格の予備。大事に保管しておくべきストックだ。だが余裕がなかった。


 一体でも無駄にはできない。


 ソラリスが起動した機体は五十数体あるが完全体は少ない。多くは未調整のまま保管されている。

 発掘中に暴走したヴェラのような危険もある。

 アリアのようにコアが人格を受け入れた適合機体は貴重だ。


 いつでも戦力化できるように現場に出しておく必要があった。


「幸いなことにあの子は勝手に強くなってくれたが」


 彼は苦笑した。アリアは予想以上の成長を見せている。歌謡祭での優勝。死霊兵士の弔い。ヴェラとの戦闘。クローネンの闇奴隷市場の壊滅。金級冒険者への昇格。


 そして何より守るべき存在ができた。


 リーゼ。マルタ。街の人々。


 守るものがある者は強くなる。そして王国に守るものがある者は自ずから王国を守る。


 帝国が侵略してくればアリアは戦うだろう。自分の意思で。命令されたからではない。リーゼとマルタとあの街を守るために。


「結果的にあの子は王国の盾になる。今はそれでいい……」


 彼はジャージの袖を引っ張り報告書を閉じた。

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