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異世界アイドルロボット~冴えない中年男は歌姫として生きる~  作者: ぷっぷくクリーナー


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第二十四章 アルトハイムの影

ミルフィアの城壁が夕暮れの中に浮かんで見えた。


黒く古い石積み。ところどころ崩れ補修の跡が新しい。クローネンの白く輝く城壁とは違い、この壁は戦争と風雨に耐え抜いた老兵のように沈んでいた。だがアリアにはその沈み具合が懐かしく思えた。


「あれがミルフィアです。私の街です」

「良い街ですね」

イレーヌが街道の真ん中で足を止め、壁を見上げた。

「あの門の塔の形は古いです。三百年前までの様式です。ミルフィアは古い街ですね」


「歴史はかなりあると聞いています。でも私はこの街に来てから日が浅くて」

「では歩きながらお話ししましょう。ミルフィアは私たち星詠みの塔が最も注目している街の一つですから」


衛兵に事情を話し門をくぐる。

夕暮れの市場はすでに店仕舞いの時間であちこちから「また明日」と言う声が聞こえる。魚の匂いと薪の煙、子供の笑い声。クローネンとは違う雑然として泥臭いが温かい空気がそこにあった。


「この街は元々、アルトハイム一族の城下町でした」

イレーヌが切り出した。

「アルトハイム辺境伯家。かつてはこの地方一帯を治める大貴族でした。王国の東を守る要として王都からも一目置かれていた名家です」


「現在の領主ベスティン様はそのアルトハイム家の当主だと聞いていますが」


「ええ。ベスティン・フォン・アルトハイム様は現当主です。正統な血筋を受け継ぐ方ですが、一代前までは辺境伯の称号を持っていたこの家も、五年前の戦乱で領地の大半を失い爵位も男爵にまで降格されました。ベスティン様は残ったこの街と周辺の村を守るために必死でした。領主としての器は確かです。民の為に尽くす方です。あなたが領主館で息子様を治した時そのことを感じたはずです」


「はい。あの方は確かに子を思う親でした。領主としても民を想っている方だと感じました」


「ですがベスティン様には一つ欠けているものがあります。それは『古い知識』です。アルトハイム家に代々伝わるべき遺物の管理法と古代技術の知識は、彼の代にはほとんど失われてしまいました」


「それではクロード男爵はどういう立ち位置の人なのですか。あの方もアルトハイムを名乗っていましたが」


アリアの問いにイレーヌは少し声を落とした。


「クロード・フォン・アルトハイム男爵。ベスティン様の従兄弟にあたる方です。本家から分かれた傍系の出ですが、アルトハイムの血の中で最も濃く『古い知識』の片鱗を受け継いだのが彼でした」


「従兄弟」


「ええ。本家のベスティン様が領地を守り民を治めることに専念する間、クロード男爵は家に伝わる遺物の収集と研究に没頭しました。幼い頃から地下の収蔵庫に潜り込んで古い文献を読みふける癖があったそうです。

ベスティン様は従兄弟として彼を城の北の丘に屋敷を与え自由に研究させていました。ある意味で二人は分業していたのです。本家が領地を守り傍系が知識を守る。だが時代が下るにつれてその均衡は崩れました」


「何故です?」


「クロード男爵は遺物に溺れました。力を求めるあまり自らの体を蝕まれながらも発掘を止めなかった。一方ベスティン様は戦乱と財政難で遺物どころではなくなり、城の地下収蔵庫も長年放置されたままになった。二人の間には見えない溝ができていたはずです。同じアルトハイムを名乗りながら一方は知識に固執し一方は現実に追われる。だが血の繋がりは消えません。ベスティン様があなたに市民権を与え、あまつさえリーゼさんにも姓を許したのは、単なる恩情ではありません。アルトハイムの血が彼に告げたのです。あなたがこの家にとって重要な存在だと」


アリアは黙って歩いていた。


「あなたがアルトハイムを名乗ることは、本家当主のベスティン様が認めた以上、傍系のクロード男爵にとっても看過できない意味を持ちます。あなたがあの姓を名乗るということはアルトハイム家の古い因縁に足を踏み入れることなのです」


「私の知らない所で何かが進んでいるのですか?」


「状況が動き始めているのは確かです。あなたがこの街で歌い人を救い市民権を得て領主の信頼を受けた。それが連鎖を始めている。古い歯車が回り始めている」


イレーヌの声は静かだったがその奥に緊張があった。


「星詠みの塔はミルフィアそのものが古代の遺構の上に築かれた都市だと考えています」


「遺構の上に?」


「この街の地下には旧文明の大規模な遺構が眠っている可能性があります。三百年前のアルトハイム家の祖は魔法ではなく『古代の技術』でこの地方を治めていたと記録に残っています。この土地を開墾し城壁を築き疫病を退け飢饉から民を守った。その力の源が『地下の遺物』だった。そう伝わっています」


アリアは自分の足元を見下ろした。

石畳の下。土の下。かつて何があったのか。いや今も眠っているのか。


「アルトハイム家の祖は遺物を管理するためにこの地に居を構えた。ですが時代が下るにつれ知識は失われ技術は形骸化し遺物は伝承としても語られなくなった。残ったのは古い血筋と領地だけ。そして家は少しずつ力を失い戦乱の中で土地を奪われ爵位も落ちました。本家のベスティン様は領主として民を守ることに必死で遺物のことは後回しにせざるを得なかった。傍系のクロード男爵だけがそれを引き継ごうとしたが彼もまた病に蝕まれた」


「男爵は今も遺物の調査を続けています。あの城の地下にたくさんの古代の機械がありました」


「その一部は私が提供した情報をもとに彼が発掘したものです。私の目的は彼が持つ遺物の無力化と危険度の判定でした。ですが今や彼は単なるコレクターではない。あなたと出会いあなたの歌に触れ彼自身が変わり始めているます」


「男爵は病んでいます。呪いの話を聞きましたが」


「あれは呪いではなくおそらく遺物との接触による何らかの生体反応です。

古代機械のコアが何らかの形で彼の生命エネルギーを蝕んでいた可能性があります。

あなたの歌はその進行を遅らせた。正確にはあの褐色の娘のコアにあなたが刻んだ歌の残響が彼の夜を守っている。彼自身が言っていました。夜ごとあの娘の胸が歌うと身体が楽になると」


アリアはあの褐色の残骸を思い出した。右腕と下半身が欠けた古い機体。だがコアはまだ生きていてアリアの歌を記憶した。


「あなたは私の知らない部分のことまで知っているのですね」


「全部ではありません。私はあくまで外から観ていた者ですから」


イレーヌは少し不安そうに笑った。


「それにあなたの歌とアルトハイム家の歴史が交差する時この街の下に眠っている何かが目を覚ますかもしれない」


「目を覚ます?」


「ええ。先ほども言った通りミルフィアの地下には古代の遺構が広がっています。そしてその中心にはおそらくあなたと同じシンフォニアシリーズの何かがある。あるいはあなたの補完となるはずの別の機体が眠っています」


アリアの演算回路が反応した。

ヴェラ。褐色の娘。そして今度はこの街の地下だと。


「イレーヌ様は私がこの街に来たのは偶然ではないと言いたいのですか」


イレーヌは黙って夕焼けの空を見上げた。


「私もかつては偶然だと思っていました。でも星詠みの塔の古い記録を読むほど確信します。あなたがミルフィアに流れ着いたことはまるで星に導かれたみたいだって」


「星にですか」


アリアの銀色の髪が風で揺れた。


「私が生まれた世界では星はただの遠い光の粒でした。道を示すものではありませんでしたけど」


「この世界では星は道を示します。星詠みの塔の者ならみなそう信じています」


二人は並んで街の通りを歩いた。

市場の人影がまばらになっていく。夕闇が街を包みあちこちの家に灯りが点り始める。


「ところでイレーヌ様、あなたはアルトハイム家の二人の男の関係をご存知なのですか。ベスティン様とクロード男爵の仲は今どうなのですか」


「……正直に言えばあまり良くありません。ベスティン様は従兄弟が遺物に溺れ体を壊していることを案じていますが同時に彼に遺物の管理を任せきりにしていた自分の不手際も責めている。クロード男爵は本家が古い知識を放置したことに怒りを感じながらもベスティン様を否定しきれない。同じ血を分け合いながら同じ方向を見られない二人です。ですがあなたがその溝を埋めるかもしれない」


「私がですか」


「あなたは既にベスティン様の信頼を得ている。息子を救い市民権を与えられた。そして同時にクロード男爵の呪いも和らげている。あの二人の間に立てるのはあなただけです。アルトハイムを名乗る第三の存在として」


アリアは黙って歩いた。アルトハイムの姓。最初はリーゼと自分を守るための盾だった。だが今その盾が、古い因縁の中心に自分を引き寄せている。


その時向こうから声が飛んできた。


「アリア!」


小さな影が灯りの中を走ってくる。

リーゼだった。その後ろからニコも走ってくる。ヘレナも息を弾ませている。


「ただいまリーゼ」


アリアは両手を広げた。

リーゼは勢いよく飛びついてきた。温かい。三十六度八分。心臓の音がアリアの胸の装甲に響く。


「おかえり! おかえり! 約束守った!」


「守りましたよ」


「すごく長かった!」


「ごめんね」


「でもおかえり嬉しい!」


リーゼの無邪気な声が夕闇の街に響いた。

イレーヌはその様子を少し離れて見ていた。優しい目だった。

アリアはリーゼを抱き上げイレーヌを振り返った。


「私の家族です」


「素敵な家族ですね」


イレーヌは微笑みリーゼに向かって小さく手を振った。

リーゼは照れてアリアの首にしがみついた。


アリアはリーゼの温もりを感じながら遠くにそびえる古い領主の城影を見つめた。

あの城の地下にクロード男爵がいる。褐色の娘が眠っている。

領主館にはベスティンがいる。病から回復しつつある息子と共に。

そして自分の足元のもっと深い場所にこの街の真実が眠っている。


同じ名を持ちながら違う方向を見る二人の男。

その間に立たされた機械の歌姫。

古い歯車が回り始めている。


「ただいま」


アリアはもう一度だけこの街の空気に呟いた。

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