第92話「落語家の正体」
末広の、居候生活が、始まって、数日が、過ぎた。
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「田中、ちょっと、話が、あるんやけどな」
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ある夜、末広が、少し、改まった様子で、誠に、そう、切り出した。
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「なんですか」
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「実はな……ワシ、落語家に、なる前……いや、この世界に、来てから、ずっと、別の、仕事、しとってん」
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「別の仕事?」
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末広は、少し、周囲を、気にするように、声を、潜めた。
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「隠密……つまり、忍者や」
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「忍者!?」
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誠は、思わず、声を、上げた。
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「しーっ! 声、でかいわ!」
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末広は、慌てて、誠を、制した。
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「この世界に、来た、直後にな……ワシ、なぜか、身のこなしが、やたら、軽くてな。気づいたら、諜報の、仕事、任されるように、なっとってん」
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「あの、行き倒れてた、末広さんが……?」
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「今は、こんなんやけどな」
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末広は、そう言うと、ふと——姿が、掻き消えた。
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「え!?」
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「ここや」
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気づけば、末広は、誠の、真後ろに、音もなく、立っていた。
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「うわっ!」
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「な? これでも、腕は、確かやろ」
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「本当に、忍者、なんですね……」
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誠は、まだ、半信半疑ながらも、その、身のこなしに、驚嘆した。
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「各国を、渡り歩いて、色んな、情報、集めて回っとった。ガルディア帝国も、この、王国も、色んな、国の、裏側、見てきたわ」
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「じゃあ、なんで、落語家に……?」
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末広は、少し、遠い目を、して、続けた。
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「飽きたんや」
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「飽きた?」
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「諜報の、仕事、ずっと、やっとると……人を、騙して、裏切って、時に、消して……そういうこと、ばっかりでな」
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末広は、少し、寂しそうに、続けた。
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「気づいたら、心が、すり減っとってん。もう、こんな、仕事、嫌や、思うてな」
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「それで、落語家に」
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「せや。ワシ、元々、落語が、好きやったからな。人を、騙すんやのうて……人を、笑わせる、仕事で、生きていきたい、思うたんや」
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「でも、売れなくて……」
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「そういうこっちゃ」
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末広は、力なく、笑った。
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「甘かったわ。忍者の、稼ぎ、捨てて、落語一本で、食うていく、いうんは……結果、ボロ雑巾や」
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誠は、しばらく、考え込んだ。
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「末広さん」
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「ん?」
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「その、各国を、渡り歩いた、経験と、人脈……もしかしたら、落語を、広めるのにも、活かせるんじゃ、ないですか」
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「どういう、こっちゃ」
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「この世界の、人間には、落語が、馴染まなかった。でも……人間以外の、種族なら、どうでしょう」
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末広は、少し、考え込んだ。
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「人間、以外……」
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「実は、僕の、同級生たちが、色んな、種族の、中で、暮らしてるんです」
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誠は、そう言って、これまで、再会してきた、仲間たちのことを、語り始めた。
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「細菌族……いや、今は、霧霊スライム族の、皆瀬さん。それに、妖精族の、グランデルさん」
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「妖精族の、王まで、知り合いなんか!?」
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「はい。もしかしたら、そういう、種族の、人たちの方が、末広さんの、落語を、新鮮に、楽しんでくれるかも、しれません」
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末広の、目が、輝き始めた。
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「そら……試してみる、価値、あるかもしれへんな」
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「紹介しますよ。僕が、一緒に、行きます」
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「田中……! お前、ほんまに、ええ奴やなぁ!」
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こうして、誠は、末広を、連れて、まず、皆瀬の、霧霊スライム族の、集落を、訪ねることにした。
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「田中くん、久しぶり! そちらの方は?」
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皆瀬——スライムの姿の彼女が、二人を、出迎えた。
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「皆瀬さん、紹介します。同級生の、末広さんです。落語家をやってるんです」
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「落語家……! あの、日本の、伝統芸能の?」
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皆瀬は、興味深げに、揺れた。
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「私、実は、落語、結構、好きだったの。この世界に、来てから、ずっと、聞けなかったから、懐かしい!」
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「ほ、ほんまか! 分かってくれる、人が、おったか!」
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末広は、感激した様子で、そう、叫んだ。
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「よっしゃ、一席、やらせてもらうで!」
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末広は、早速、扇子を、構え、噺を、始めた。
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霧霊スライム族の、集落に、その、軽妙な、語り口が、響き渡る。
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「……お後が、よろしいようで」
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末広が、噺を、終えると——
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集落中の、スライムたちが、一斉に、ぷるぷると、震え、独特の、音の波動を、発した。
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「これは……」
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「皆、大喜びしてる! これが、私たちの、"拍手"、みたいなものなの!」
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皆瀬が、嬉しそうに、そう、教えてくれた。
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「ウケた……! ワシの、落語、ウケたんや……!」
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末広は、感極まって、涙を、流していた。
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「末広さん、良かったですね」
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その後、二人は、妖精族の、グランデルの、里にも、足を、運んだ。
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「おう、田中! よう来たな! そっちの、痩せた、兄ちゃんは、誰や」
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「グランデルさん、同級生の、落語家、末広さんです」
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「落語家! そら、面白そうや! 一席、頼むわ!」
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末広の、落語は、豪快な、妖精族たちにも、大ウケした。
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「わははは! 面白いやんけ! 気に入ったで、末広はん!」
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グランデルが、腹を、抱えて、笑った。
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「うちの、里で、時々、興行、やってくれや! 妖精族、皆、喜ぶで!」
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「ほ、ほんまか! ありがたや……!」
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こうして、末広は——人間界では、売れなかった、その、落語を、様々な、種族の、間で、披露する、機会を、得ることになった。
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「田中……ほんまに、ありがとうな」
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帰り道、末広が、しみじみと、そう、言った。
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「お前の、おかげで、ワシの、落語、ようやく、聞いてくれる、人らに、出会えたわ」
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「良かったです。末広さんの、落語、本当に、面白いですから」
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「これからは、忍者の、足で、各地の、種族を、回って……落語で、食うていけそうや」
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「あ、でも」
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誠は、少し、思い出したように、続けた。
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「その、忍者の、腕と、各国の、情報網……もし、いざという時は、力を、貸してもらえると、助かります」
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末広は、少し、真剣な、顔に、なって、頷いた。
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「そらそうや。お前には、恩が、あるからな。何かあったら、いつでも、言うてくれ」
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「頼りにしてます」
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その夜、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「末広さん、実は、隠密忍者だったらしい。諜報の仕事に、疲れて、好きな落語で、生きていこうとして、ボロ雑巾になっていたそうだ。人間には、ウケなかった落語も、霧霊スライム族や、妖精族には、大好評だった。末広さんの、忍者の腕と、情報網も、いざという時、頼りになりそうだ。じいちゃん、また一人、心強い仲間が、増えたよ」
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窓の外、二つの月が、静かに、輝いていた。
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まだこの時の誠は知らない。この、末広の、忍者としての、能力と、各国に、張り巡らされた、情報網が、この後の、大きな、局面で——決定的な、役割を、果たすことになることを。




