↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄は世界を救う。でも、世界を住みやすくするのは八百屋でした ~勇者も魔王も悪の組織も常連です~  作者: 伝説の男前
落ちてた落語家

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
93/617

第91話「落ちてた落語家」

その日、誠は、王都の、市場へ、仕入れに、出かけた、帰り道のことだった。


⸻


「ん……なんだ、あれ」


⸻


路地裏の、隅に、ボロ布のような、ものが、丸まって、落ちていた。


⸻


「ゴミ、かな」


⸻


誠は、何気なく、近づいて——


⸻


「うわっ、人だ!」


⸻


思わず、後ずさりした。


⸻


⸻


ボロ布だと、思ったものは——痩せこけた、一人の、男だった。着ている、ものは、擦り切れ、頬は、こけ、まさに、ボロ雑巾のような、有様だった。


⸻


「大丈夫ですか!」


⸻


誠が、慌てて、駆け寄ると、男は、かすかに、目を、開けた。


⸻


「みず……みずを……」


⸻


⸻


誠は、すぐに、持っていた、水筒を、差し出した。


⸻


男は、震える手で、それを、受け取り、一気に、飲み干した。


⸻


「ぷはぁ……い、生き返る……」


⸻


⸻


「随分、衰弱してますね。これも、食べてください」


⸻


⸻


誠は、仕入れた、ばかりの、漬物と、乾燥薬草を、少し、分けて、与えた。


⸻


⸻


「か、かたじけない……」


⸻


⸻


男は、それを、貪るように、食べ始めた。漬物を、口にした、瞬間——


⸻


「う、うまい……! なんちゅう、うまさや……!」


⸻


男の、目に、みるみる、生気が、戻っていった。


⸻


⸻


「腹、減ってたんですね」


⸻


⸻


「もう、三日は、まともに、食うてへんかった……。あんた、命の、恩人や」


⸻


⸻


⸻


しばらくして、すっかり、元気を、取り戻した、男は、ぽつぽつと、身の上を、語り始めた。


⸻


「実はな、ワシ……落語家、やってんねん」


⸻


「落語家?」


⸻


「せや。せやけど、これが、全然、売れへんくてな」


⸻


⸻


男は、少し、自嘲気味に、笑った。


⸻


「この、世界に、来てから、ずっと、寄席で、噺、やっとったんやけど……客が、全然、入らへんくてな。とうとう、宿代も、払えんくなって、ああして、行き倒れとったっちゅうわけや」


⸻


⸻


「この世界に、来てから……?」


⸻


⸻


誠は、その、言葉に、はっとした。


⸻


「あの、もしかして……」


⸻


⸻


「ん? なんや」


⸻


⸻


「どうよ、最近……儲かってる?」


⸻


⸻


その、言葉を、聞いた、瞬間——男の、動きが、ぴたりと、止まった。


⸻


「……その、台詞……」


⸻


⸻


男は、まじまじと、誠の顔を、見つめた。


⸻


「あんた……まさか……田中?」


⸻


⸻


「やっぱり! あなたも、同級生ですね!」


⸻


⸻


⸻


「そうや、そうや! ワシや! 落語研究会の……」


⸻


⸻


男は、そう言うと、ハタと、当時のことを、思い出させるように、続けた。


⸻


「文化祭で、一人だけ、高座、上がって、スベりまくった、あの……」


⸻


⸻


「あ……! 落研の、先輩の……」


⸻


⸻


誠の、記憶にも、その、姿が、蘇った。いつも、一人で、扇子を、片手に、ぶつぶつと、噺の、稽古を、していた、地味な、先輩だった。


⸻


⸻


「久しぶりやなぁ、田中! まさか、こんな、ところで、会えるとは!」


⸻


⸻


「本当に、久しぶりです。えっと、お名前は……」


⸻


⸻


「桂……いや、こっちでは、"三笑亭、駄々丸(さんしょうてい だだまる)"、いう、高座名で、やっとる。本名は、末広(すえひろ)や」


⸻


⸻


「末広さん、ですね」


⸻


⸻


⸻


「にしても、田中。あの、漬物、うまかったなぁ」


⸻


⸻


末広は、しみじみと、そう、言った。


⸻


「あの、うまさの、お礼に、一席、やらせてもらうわ」


⸻


⸻


「え、いいんですか」


⸻


⸻


「ワシの、噺で、恩返しや。まあ、聞いてぇな」


⸻


⸻


⸻


末広は、そう言うと、路地裏の、空き樽に、腰掛け、懐から、擦り切れた、扇子を、取り出した。


⸻


すっ、と、背筋を、伸ばし、扇子を、構えた、その、瞬間——先ほどまでの、ボロ雑巾のような、風情が、嘘のように、消え、確かな、"噺家"の、佇まいが、そこに、現れた。


⸻


⸻


「えー、毎度、ばかばかしい、お噺を、一席……」


⸻


⸻


末広は、そこから、流れるような、口調で、一つの、噺を、語り始めた。


⸻


⸻


それは——異世界に、転移した、しがない、商人が、次々と、珍妙な、目に遭う、という、噺だった。


⸻


⸻


(あれ、これ……なんか、僕の、話に、似てるような……)


⸻


⸻


誠は、内心、そう、思いながらも、その、軽妙な、語り口に、いつしか、引き込まれていった。


⸻


⸻


「……てなことで、その、商人、今日も、勇者の、剣を、キコキコ、研いでる、そうな。お後が、よろしいようで」


⸻


⸻


末広は、そう言って、ぺこりと、頭を、下げた。


⸻


⸻


「……!」


⸻


⸻


誠は、思わず、拍手を、した。


⸻


「すごい……! すごく、面白かったです!」


⸻


⸻


「そ、そうか? 客に、褒められたん、久しぶりや……」


⸻


⸻


末広は、少し、涙ぐんでいた。


⸻


⸻


⸻


「末広さん、寄席で、売れないって、言ってましたけど……こんなに、面白いのに」


⸻


⸻


「それがなぁ……この世界の、客、落語いう、文化に、馴染みが、なくてな。何が、面白いんか、分からへん、いう、顔、されるんや」


⸻


⸻


「なるほど……文化の、違い、ですか」


⸻


⸻


⸻


誠は、少し、考えてから、こう、切り出した。


⸻


「末広さん、行く当て、ないんですよね」


⸻


⸻


「まあ、な……」


⸻


⸻


「良かったら、しばらく、うちの、村に、来ませんか」


⸻


⸻


「え?」


⸻


⸻


「食事と、寝床くらいは、用意できます。その代わり……時々、村のみんなに、落語、聞かせてもらえたら」


⸻


⸻


⸻


末広の、目が、輝いた。


⸻


「ええんか! ほんまに、ええんか!」


⸻


⸻


「はい。同級生の、よしみですし」


⸻


⸻


「田中……! お前、ほんまに、ええ奴やなぁ!」


⸻


⸻


末広は、そう言うと、誠の、手を、固く、握りしめた。


⸻


⸻


⸻


こうして、売れない、落語家・末広の、田中家での、居候生活が、始まることに、なった。


⸻


⸻


「田中さん、また、変わった人、連れてきましたね」


⸻


⸻


エリナが、少し、呆れたように、そう、言った。


⸻


「まあ、放っておけなくて……」


⸻


⸻


「あんさんが、噂の、おかみさんか! いやぁ、田中は、ええ、嫁さん、もろたなぁ!」


⸻


⸻


末広は、早速、エリナにも、調子よく、話しかけた。


⸻


⸻


「口が、うまいですね、この方」


⸻


⸻


「落語家、ですから」


⸻


⸻


⸻


その夜、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。


「町で、ボロ雑巾みたいに、行き倒れていた人を、助けたら、また、同級生だった。落語研究会の、末広さんだ。売れない落語家として、この世界で、苦労していたらしい。漬物のお礼に、一席、聞かせてくれたけど、すごく、面白かった。しばらく、うちで、居候することになった。じいちゃん、また、賑やかに、なりそうだよ」


⸻


窓の外、二つの月が、静かに、輝いていた。


⸻


まだこの時の誠は知らない。この、末広の、落語が、この後、村の、そして、この世界の、思いがけない場面で——人々の、心を、動かす、大きな力に、なっていくことを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。