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英雄は世界を救う。モブは人の暮らしを救う。  作者: 伝説の男前
落ちてた落語家

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第91話「落ちてた落語家」

その日、誠は、王都の、市場へ、仕入れに、出かけた、帰り道のことだった。



「ん……なんだ、あれ」



路地裏の、隅に、ボロ布のような、ものが、丸まって、落ちていた。



「ゴミ、かな」



誠は、何気なく、近づいて——



「うわっ、人だ!」



思わず、後ずさりした。




ボロ布だと、思ったものは——痩せこけた、一人の、男だった。着ている、ものは、擦り切れ、頬は、こけ、まさに、ボロ雑巾のような、有様だった。



「大丈夫ですか!」



誠が、慌てて、駆け寄ると、男は、かすかに、目を、開けた。



「みず……みずを……」




誠は、すぐに、持っていた、水筒を、差し出した。



男は、震える手で、それを、受け取り、一気に、飲み干した。



「ぷはぁ……い、生き返る……」




「随分、衰弱してますね。これも、食べてください」




誠は、仕入れた、ばかりの、漬物と、乾燥薬草を、少し、分けて、与えた。




「か、かたじけない……」




男は、それを、貪るように、食べ始めた。漬物を、口にした、瞬間——



「う、うまい……! なんちゅう、うまさや……!」



男の、目に、みるみる、生気が、戻っていった。




「腹、減ってたんですね」




「もう、三日は、まともに、食うてへんかった……。あんた、命の、恩人や」





しばらくして、すっかり、元気を、取り戻した、男は、ぽつぽつと、身の上を、語り始めた。



「実はな、ワシ……落語家、やってんねん」



「落語家?」



「せや。せやけど、これが、全然、売れへんくてな」




男は、少し、自嘲気味に、笑った。



「この、世界に、来てから、ずっと、寄席で、噺、やっとったんやけど……客が、全然、入らへんくてな。とうとう、宿代も、払えんくなって、ああして、行き倒れとったっちゅうわけや」




「この世界に、来てから……?」




誠は、その、言葉に、はっとした。



「あの、もしかして……」




「ん? なんや」




「どうよ、最近……儲かってる?」




その、言葉を、聞いた、瞬間——男の、動きが、ぴたりと、止まった。



「……その、台詞……」




男は、まじまじと、誠の顔を、見つめた。



「あんた……まさか……田中?」




「やっぱり! あなたも、同級生ですね!」





「そうや、そうや! ワシや! 落語研究会の……」




男は、そう言うと、ハタと、当時のことを、思い出させるように、続けた。



「文化祭で、一人だけ、高座、上がって、スベりまくった、あの……」




「あ……! 落研の、先輩の……」




誠の、記憶にも、その、姿が、蘇った。いつも、一人で、扇子を、片手に、ぶつぶつと、噺の、稽古を、していた、地味な、先輩だった。




「久しぶりやなぁ、田中! まさか、こんな、ところで、会えるとは!」




「本当に、久しぶりです。えっと、お名前は……」




「桂……いや、こっちでは、"三笑亭、駄々(さんしょうてい だだまる)"、いう、高座名で、やっとる。本名は、末広(すえひろ)や」




「末広さん、ですね」





「にしても、田中。あの、漬物、うまかったなぁ」




末広は、しみじみと、そう、言った。



「あの、うまさの、お礼に、一席、やらせてもらうわ」




「え、いいんですか」




「ワシの、噺で、恩返しや。まあ、聞いてぇな」





末広は、そう言うと、路地裏の、空き樽に、腰掛け、懐から、擦り切れた、扇子を、取り出した。



すっ、と、背筋を、伸ばし、扇子を、構えた、その、瞬間——先ほどまでの、ボロ雑巾のような、風情が、嘘のように、消え、確かな、"噺家"の、佇まいが、そこに、現れた。




「えー、毎度、ばかばかしい、お噺を、一席……」




末広は、そこから、流れるような、口調で、一つの、噺を、語り始めた。




それは——異世界に、転移した、しがない、商人が、次々と、珍妙な、目に遭う、という、噺だった。




(あれ、これ……なんか、僕の、話に、似てるような……)




誠は、内心、そう、思いながらも、その、軽妙な、語り口に、いつしか、引き込まれていった。




「……てなことで、その、商人、今日も、勇者の、剣を、キコキコ、研いでる、そうな。お後が、よろしいようで」




末広は、そう言って、ぺこりと、頭を、下げた。




「……!」




誠は、思わず、拍手を、した。



「すごい……! すごく、面白かったです!」




「そ、そうか? 客に、褒められたん、久しぶりや……」




末広は、少し、涙ぐんでいた。





「末広さん、寄席で、売れないって、言ってましたけど……こんなに、面白いのに」




「それがなぁ……この世界の、客、落語いう、文化に、馴染みが、なくてな。何が、面白いんか、分からへん、いう、顔、されるんや」




「なるほど……文化の、違い、ですか」





誠は、少し、考えてから、こう、切り出した。



「末広さん、行く当て、ないんですよね」




「まあ、な……」




「良かったら、しばらく、うちの、村に、来ませんか」




「え?」




「食事と、寝床くらいは、用意できます。その代わり……時々、村のみんなに、落語、聞かせてもらえたら」





末広の、目が、輝いた。



「ええんか! ほんまに、ええんか!」




「はい。同級生の、よしみですし」




「田中……! お前、ほんまに、ええ奴やなぁ!」




末広は、そう言うと、誠の、手を、固く、握りしめた。





こうして、売れない、落語家・末広の、田中家での、居候生活が、始まることに、なった。




「田中さん、また、変わった人、連れてきましたね」




エリナが、少し、呆れたように、そう、言った。



「まあ、放っておけなくて……」




「あんさんが、噂の、おかみさんか! いやぁ、田中は、ええ、嫁さん、もろたなぁ!」




末広は、早速、エリナにも、調子よく、話しかけた。




「口が、うまいですね、この方」




「落語家、ですから」





その夜、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。


「町で、ボロ雑巾みたいに、行き倒れていた人を、助けたら、また、同級生だった。落語研究会の、末広さんだ。売れない落語家として、この世界で、苦労していたらしい。漬物のお礼に、一席、聞かせてくれたけど、すごく、面白かった。しばらく、うちで、居候することになった。じいちゃん、また、賑やかに、なりそうだよ」



窓の外、二つの月が、静かに、輝いていた。



まだこの時の誠は知らない。この、末広の、落語が、この後、村の、そして、この世界の、思いがけない場面で——人々の、心を、動かす、大きな力に、なっていくことを。

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