第89話「介護お疲れ様、肉じゃがどうぞ」
王城での、"黒幕"、疑惑とは、裏腹に——下町での、誠の、評判は、また、少し違う、方向に、育っていた。
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「田中さん、また、あの人、居酒屋の、隅で、フリーズしてるよ」
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ある日、店を、訪ねてきた、近所の、女将が、そう、声を、かけてきた。
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「え……アルフレート様が、ですか」
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誠は、慌てて、その、居酒屋に、向かった。
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案の定——
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隅の、席で、アルフレートが、無表情のまま、微動だにせず、座っていた。
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「アルフレート様……」
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誠が、そっと、声を、かけたが——
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反応は、なかった。
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「田中さん、あの人、また、あれかい」
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隣の、卓の、常連客が、興味深げに、そう、尋ねた。
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「あれって……」
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「ほら、"瞑想"、っていうか……世界の、命運を、かけた、精神世界での、戦い、っていうやつ」
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「……はい?」
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誠は、思わず、聞き返した。
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「聞いた話じゃ、勇者様は、時々、こうやって、体は、休ませたまま、心の中で、魔王軍と、戦ってるんだと」
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「そ、それは……」
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(絶対、違う。ただ、寝てるだけです……)
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誠は、内心、そう、思ったが——
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「田中さんも、大変だねぇ。あんな、いつ、目を、覚ますか、分からない、勇者様を、そばで、支えてさ」
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近所の、住人たちの、同情の、目に、なんとなく、押されて、誠は、否定する、機会を、逃してしまった。
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「田中さん、これ」
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数日後、店に、薬草を、買いに来た、いつもの、おばちゃんが、大きな、鍋を、抱えて、そう、差し出した。
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「これは……?」
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「肉じゃが、多めに、作ったのよ。あんたと、勇者様の、二人分、食べな」
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「あ、ありがとう、ございます……」
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「いつも、介護、お疲れ様ねぇ」
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おばちゃんは、誠の、手を、優しく、握った。
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「あんな、強いけど、生活能力の、ない、勇者様の、面倒、見てあげて。田中さんは、本当に、偉いよ」
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「そこまでは……」
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誠は、曖昧に、笑うしか、なかった。
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こうして、誠の、家には、次々と、近所の、住人たちから、差し入れが、届くように、なっていった。
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「田中さん、これ、うちの、畑の、野菜」
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「これ、焼き立ての、パン。二人で、食べなさいよ」
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「勇者様の、お世話、栄養、ちゃんと、つけないと」
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「アルフレート様」
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誠は、少し、複雑な、気持ちで、その、差し入れの、山を、見つめた。
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「あなたのせいで、僕、随分、得してますよ」
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「そうなのか」
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しかし——事態は、それだけでは、済まなかった。
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「田中さん! 大変だよ!」
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ある日、近所の、住人が、血相を、変えて、店に、駆け込んできた。
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「どうしたんですか」
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「勇者様が、うちの、居間に、勝手に、上がり込んで、簞笥を、開けたり、閉めたり、してるんだよ!」
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「な……!」
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誠は、慌てて、その、家に、駆けつけた。
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「アルフレート様、何をやってるんですか!」
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見ると——アルフレートは、真剣な、表情で、他人の家の、簞笥を、次々と、開けては、閉めている、ところだった。
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「田中、静かにしろ。今、周辺の、索敵中だ」
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「索敵!? ここ、民家ですよ!」
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誠は、慌てて、その場に、いた、家主に、深々と、頭を、下げた。
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「すみません! すみません! こいつ、ちょっと、頭の、病気で!」
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「た、田中殿……」
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アルフレートが、少し、不満げに、声を、上げたが——
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誠は、構わず、続けた。
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「本当に、申し訳ありません! これ、お詫びの、品です!」
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誠は、持ってきていた、菓子折りを、差し出した。
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「い、いや、勇者様なら、しょうがないさ……」
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家主は、戸惑いながらも、そう、答えた。
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こうして、誠は、その日、何軒もの、家を、回っては、平謝りを、繰り返す、ことになった。
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「本当に、すみませんでした!」
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「田中さんが、あんなに、頭を、下げて、回ってくれて……」
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「田中さんは、本当に、常識人だねぇ」
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「それに、比べて、勇者様は……」
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近所の、住人たちの、間で——誠への、評価は、さらに、高まり——
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そして、アルフレートへの、評価は——
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「まあ……強いは、強いんだろうけど、人間として、終わってるよね」
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という、方向に、静かに、固まっていった。
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「アルフレート様、これ以上、迷惑を、かけないで、くださいよ」
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その日の、夜、誠は、疲れ果てた様子で、そう、告げた。
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「索敵は、大事な、任務だったのだが」
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「他人の、家の、簞笥を、開ける、任務では、ありません」
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「田中」
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アルフレートが、ふと、続けた。
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「今日、随分、頭を、下げていたな」
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「あなたのために、ですよ」
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「すまなかった」
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「まあ……」
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誠は、少し、ため息を、つきながらも、続けた。
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「おかげで、肉じゃがとか、色々、もらえたので、良しと、しますか」
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「それは、良かった」
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「良くないですけど」
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その夜、誠は、疲れながらも、少し、苦笑いしながら、祖父のノートを、開いた。
「アルフレート様が、居酒屋で、寝ているのを、近所の人たちに、"瞑想中"、と、誤解されている。おかげで、僕は、"甲斐性なしを、養う、健気な、苦労人"、として、すっかり、有名になってしまった。今日は、他人の家の、簞笥を、開けて回った、あの人の、お詫びに、何軒も、頭を、下げて、回った。おかげで、肉じゃがも、もらえたけど……じいちゃん、この、生活、いつまで、続くんだろう」
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窓の外、二つの月が、静かに、輝いていた。
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王城では、"精神支配の、黒幕"、と、恐れられ——下町では、"健気な、苦労人"、と、同情される——誠の、評判は、この、両極端な、噂の間で、静かに、揺れ続けていた。




