第9話「タナカソウ茶」
エリナの食堂で「白根草」の茶を出し始めてから、一ヶ月が過ぎた。
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「田中さん! 聞いてください!」
ある日、エリナが息を切らして店に駆け込んできた。
「どうしたんですか、そんなに慌てて」
「あのお茶、すごい評判なんです! お腹の調子を整えるだけじゃなくて、二日酔いにも効くって、お客さんたちの間で噂になってて」
「二日酔い、ですか」
誠は少し驚いた。腹痛への効能は分かっていたが、そこまでの効果があるとは思っていなかった。
「隣村からも、わざわざ飲みに来る人がいるくらいなんです」
「そんなに……」
誠は半信半疑だったが、エリナの興奮した様子を見て、少しずつ実感が湧いてきた。
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「これ、名前つけた方がいいと思うんです」
「名前、ですか」
「はい。『白根草』だと、ちょっと分かりにくいので」
エリナはしばらく考えて、こう提案した。
「『タナカソウ』は、どうですか。田中さんが見つけた草だから」
「いや、それは……恥ずかしいですよ」
「でも、田中さんが最初に見つけて、育てて、効能を確かめたんですよね。それなら、田中さんの名前がついているのは、自然なことだと思います」
誠は困った顔をしたが、エリナの真剣な表情を見て、それ以上断る言葉が出てこなかった。
「……分かりました」
こうして、誠が偶然見つけた草は、「タナカソウ」という名前で、村の内外に広まっていくことになる。
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需要が増えるにつれ、誠は栽培する量を増やす必要に迫られた。
「ゴラムさん、また相談があるんですが」
「なんだ、また土地の話か?」
「はい……お恥ずかしい話ですが」
「恥ずかしがることねぇよ。お前の育てた草のおかげで、俺のかみさんの腹痛も治ったんだ。いくらでも使え」
ゴラムは快く、隣接する空き地をさらに提供してくれた。
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栽培地が広がるにつれ、誠は一人では手が回らなくなってきた。
「あの、田中さん。うちの息子、暇してるんで、手伝わせてもらえませんか」
村の女性の一人が、そう申し出てくれた。
「本当にいいんですか」
「もちろんです。むしろこちらからお願いしたいくらいで」
こうして、誠のもとには、少しずつ手伝いの人手が集まるようになった。研ぎ屋の仕事、薬草の栽培、そしてそれを取りまとめる誠。小さいながらも、一つの「仕組み」が生まれつつあった。
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「田中さん、これって、もう立派な商売ですよ」
エリナがある日、そう言って笑った。
「そうでしょうか。まだまだ、みんなに助けられてばかりで」
「助けられながら、大きくなっていくのも、商売だと思います」
エリナの言葉に、誠は祖父の言葉を思い出した。
当たり前のことを、当たり前に続けられる。それが一番難しいんだよ。
祖父もまた、村の人々に支えられながら、六十年間、店を続けてきたのだろう。誠はふと、その意味を、以前よりも深く理解できた気がした。
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「エリナさん、いつもありがとうございます」
「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。田中さんのおかげで、うちの食堂の評判も上がっているんですから」
二人は、店の軒先で並んで、夕暮れの空を見上げていた。
「田中さんは、この村に来て、良かったと思いますか?」
エリナがふと尋ねた。
誠は少し考えてから、頷いた。
「はい。とても」
「私も、田中さんが来てくれて、良かったと思います」
その言葉に、誠の胸が、静かに温かくなった。二つの月が浮かぶ空の下、二人はしばらく、言葉もなく並んで立っていた。
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その夜、誠は店の帳簿——といっても、祖父のノートの余白を使った簡素なものだったが——に、その日の出来事を書き留めた。
「タナカソウという名前がついた。エリナさんが名付けてくれた。恥ずかしいけれど、悪い気はしない。栽培地も広がり、手伝ってくれる人も増えてきた。少しずつ、商売らしくなってきている」
書きながら、誠は自分でも気づかないうちに、小さく笑っていた。
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まだこの頃の誠は、自分がしていることの大きさに、気づいていない。
タナカソウは、この後の疫病の流行の際、この村だけでなく、周辺の町や、やがて王国全土の何千人もの命を救うことになる。
けれど今はまだ、村の小さな食堂で、常連客たちがちびちびと飲む、素朴な薬草茶に過ぎなかった。




