第10話「プロポーズ」
タナカソウの評判が広がり始めてから、半年が過ぎた。
田中誠の店は、村でも指折りの繁盛ぶりを見せるようになっていた。研ぎ屋としての腕、そしてタナカソウをはじめとする薬草の効能。両方の評判が、誠の店を支えていた。
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「田中さんの店、随分立派になりましたね」
エリナが、久しぶりに店を訪れてそう言った。
「エリナさんの食堂のおかげです。あそこでお茶を出してもらってなかったら、誰にも知られなかったと思います」
「お互い様ですよ」
二人はもう、お互いの店を頻繁に行き来する仲になっていた。誠が研いだ包丁はエリナの食堂で使われ、エリナの食堂で出されるタナカソウ茶は誠の店の評判を支える。持ちつ持たれつの関係が、自然と築かれていた。
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「あの、田中さん」
ある日の夕暮れ、エリナが少し緊張した面持ちで切り出した。
「はい」
「今度の収穫祭、一緒に行きませんか」
村の収穫祭は、一年で一番大きな祭りだった。誠は少し驚いたが、すぐに頷いた。
「ぜひ」
「よかった……」
エリナは、ほっとした表情を見せた。誠は、その様子が可愛らしく感じられた。
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収穫祭の夜、村の広場は賑わっていた。焚き火が焚かれ、村人たちが歌い踊っている。誠とエリナは、少し離れた場所で、その様子を眺めていた。
「にぎやかですね」
「はい。この村の祭りは、いつも賑やかです」
「エリナさんは、ずっとこの村で?」
「はい。生まれてからずっと。田中さんは……」
エリナは、そこで一瞬言葉を止めた。誠が自分の出自について多くを語らないことを、彼女はずっと察していたのだろう。
「詳しくは、話せないんですけど」
「いいんです、無理に聞き出そうとは思っていません」
エリナは、優しくそう言った。
「田中さんがどこから来たとしても、今この村で、こうして頑張っている田中さんを、私は知っています。それで十分です」
誠の胸に、その言葉が深く染み込んだ。
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「エリナさん」
誠は、思い切って口を開いた。
「はい」
「僕は、この村に来た時、何も持っていませんでした。祖父から教わったことと、あとは、これだけです」
誠は、懐から祖父のノートを取り出した。
「でも、この村のみんなが、僕を受け入れてくれて、少しずつ、居場所ができました。そして……」
誠は、エリナの目をまっすぐ見た。
「エリナさんと出会えたことが、この村に来て一番、良かったことです」
エリナの目に、涙が浮かんだ。
「田中さん……」
「僕と、これからの人生を、一緒に歩んでもらえませんか」
焚き火の明かりに照らされながら、誠は深く頭を下げた。
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「……はい」
エリナの声は、小さく、しかしはっきりとしていた。
「はい、田中さん。よろしくお願いします」
誠は顔を上げ、エリナの笑顔を見た。涙を浮かべながらも、はっきりと笑っている、その顔を。
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「おーい! そこの二人、いつまで水入らずやってんだ!」
遠くから、ゴラムの陽気な声が飛んできた。どうやら、一部始終を見られていたらしい。
「ゴラムさん!」
「隠れて見てたわけじゃねぇぞ! たまたま通りかかっただけだ!」
村人たちが、笑いながら二人の周りに集まってきた。
「おめでとう、誠!」
「エリナちゃん、良かったなぁ!」
「今夜は飲むぞー!」
誠は少し恥ずかしくなりながらも、村人たちの祝福を、静かに受け止めていた。
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その夜、誠は店に戻り、祖父のノートを開いた。
「エリナさんに、プロポーズをした。受け入れてもらえた。村のみんなに祝福された。じいちゃん、見てるか。俺、この世界で、大切なものを見つけたよ」
書きながら、誠の目にも、じんわりと涙が滲んだ。
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窓の外には、二つの月が、いつもより少しだけ、明るく輝いているように見えた。
まだこの時の誠は知らない。この日から始まる家庭が、やがて幾多の戦争、疫病、天災を乗り越えていく、揺るぎない支えになることを。
そして、この小さな村の商売が、やがて王国最大級の商会へと育っていく、その歩みが、この日から本格的に動き出すことを。




