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英雄は世界を救う。でも、世界を住みやすくするのは八百屋でした ~勇者も魔王も悪の組織も常連です~  作者: 伝説の男前
異世界との窓

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第271話「印が、つかない、名前」

誠が、旅立って、三日が、経った。



# 葬儀


葬儀は、盆踊りの時と、同じ、形で、行われた。



# 麦茶


村中に、麦茶が、配られた。





そして、皆で、静かに、飲んだ。



# ルカ


ルカが、それを、指揮した。





「これで、いいと、思います」




田中。



「うん」



# ルカ


「立派な葬儀は」



ルカは、続けた。




「師匠が、嫌がると、思うので」



# 田中


田中は、頷いた。




「あんたの、おやじも、そうやった」




ルカ。



「はい」



# 名簿


その、数日後。



# ルカ


ルカが、名簿を、開いた。



# 確認


十四万三百十四人目、田中誠、八百屋。



# 印


ルカは、そこに、印を、つけようとした。



# 結果


けれど。





インクが、乗らなかった。



# ルカ


ルカは、しばらく、動かなかった。





そして、静かに、言った。





「……やっぱり」



# 田中


田中が、それを、見に、来た。





「そうか」



「はい」




田中。



「あんたも、じいさんも、わしも」



# 田中


「おなじやな」



田中は、静かに、言った。



# ルカ


ルカは、新しい、印を、書き入れた。



# 記載


**——待**



# ルカ


「師匠」



ルカは、しばらく、その一行を、見ていた。





「途中、なんですね」



# 田中


田中は、頷いた。




「うん」



# 桶


その夜、ルカが、初めて、桶の前に、座った。



# ルカ


「じいさん」



「なんや」




老人が、板を、掲げた。






*「るかか」*



# ルカ


ルカは、頷いた。




「はい」



# 報告


「師匠が、亡くなりました」



ルカは、震える手で、書いた。



# 老人


老人は、しばらく、その板を、見ていた。





そして、動かなかった。



# 老人


長い、沈黙の後。





老人は、静かに、書いた。



# 文字





*「しっとった」*



# ルカ


ルカは、驚いた。




「知ってたんですか」



# 老人


老人は、続けた。





*「あのよる、みちが、あかるかった」*





*「なにかが、とおったのが、わかった」*



# ルカ


ルカは、しばらく、その言葉を、考えた。





「じゃあ」



「はい」




ルカ。



「こちらに、映ってませんか」



# 確認


ルカは、しばらく、店の中を、覗き込んだ。





けれど。





いつもと、同じ、店だった。





誠の、姿は、なかった。



# 老人


老人は、しばらく、動かなかった。





それから、書いた。



# 文字





*「ここには、こんかった」*



# ルカ


ルカは、しばらく、その言葉に、動けなかった。





「なぜ、でしょう」



# 老人


老人は、しばらく、考えた。





そして、静かに、書いた。



# 文字





*「あいつは、まつがわ、やった」*





そして、続けた。






*「まっとった、がわや」*



# 老人


*「たなかも、じいさんも」*



老人は、続けた。





*「まつがわに、まわった」*



# 老人


*「せやけど、あんたのしょうにんは」*



老人は、続けた。





*「さいごまで、まってもらうがわに、まわった」*



# ルカ


ルカは、しばらく、その言葉を、噛みしめた。





そして、静かに、聞いた。





「じゃあ、師匠は、どこに」



# 老人


老人は、しばらく、黙っていた。





それから、静かに、書いた。



# 文字





*「わからん」*





そして、その下に。






*「けど」*



# 老人


*「まっとる、ひとが、たくさん、おる」*



老人は、続けた。





*「それが、どこであっても」*



# 老人


*「あいつは」*



老人は、続けた。





*「ひとりやない」*



# ルカ


ルカは、その言葉に、しばらく、動かなかった。





そして、深く、頷いた。





「はい」



# 石田


翌日、石田から、念話が、届いた。



# 石田


『ルカ』




ルカ。



「石田さん」




石田。



『……八百屋の、こと』




ルカ。



「はい」



# 石田


「観測を、続けている」



石田は、続けた。




「消えてはいない」



# ルカ


ルカは、動きを、止めた。




「本当ですか」




石田。



『……ただ、静かだ』



# 石田


「じいさんと、田中さんが」



石田は、続けた。




「一万三千年、そうだった、ように」



「はい」




石田。



「観測の、途中で、消える者もいる」



# 石田


「だが、誠の、反応は」



石田は、続けた。




「まだ、ある」



# ルカ


ルカは、しばらく、その言葉に、動かなかった。





そして、静かに、聞いた。





「じゃあ、いつか」




石田。



『分からん』



# 石田


「だが」



石田は、続けた。




「田中も、じいさんも」



「はい」




石田。



「長い時間の後、着いた」



# ルカ


ルカは、しばらく、その言葉を、噛みしめた。





そして、静かに、頷いた。





「待ちます」



# 誠の名前


その日から、店の、湯呑みが、また、一つ、増えた。



# 湯呑み


これまでの、七つに、加えて。





八つ目が、置かれた。



# ルカ


「師匠の、分です」




田中。



「うん」



# ルカ


ルカは、毎朝、その湯呑みに、麦茶を、注いだ。





そして、いつも通り、声を、かけた。



# ルカ


「師匠、おはようございます」




田中も、続けた。





「やおや、おはよう」



# 田中


田中は、しばらく、その、湯呑みを、見ていた。





そして、静かに、言った。





「これで、また、まてる」



# ルカ


ルカは、頷いた。




「はい」



# 客


その日も、客が、来た。





そして、いつも通り、店に、頭を、下げた。



# 光景


「田中さん、ルカさん、こんにちは」




田中。



「こんにちは」




ルカ。



「こんにちは」



# 客


客は、しばらく、八つ目の、湯呑みを、見た。





そして、少し、笑った。





「誠さんの、分ですね」




ルカ。



「はい」



# 客


客は、静かに、頭を、下げた。





「誠さん、ありがとうございました」





その日、ルカが、田中の言葉集の、隣に、新しい、帳面を、置いた。



# 表紙





**「誠さんの、言葉集」**



# ルカ


ルカは、一ページ目に、書いた。



# 内容





*「うまくやろうと、しなくていい。じいちゃんみたいには、できません。でも、開けてます。それで、十分です」*



# ルカ


ルカは、そのページを、しばらく、見ていた。





そして、静かに、頷いた。





「はい。……それで、十分です」





その夜、ルカは、誠の、祖父のノートを、開いた。



# 続き


そして、最後のページの、次に、初めて、自分の字で、書いた。



# 記載


*「じいちゃん、師匠、今日から、俺が、書きます。師匠は、桶の向こうに、映ってませんでした。じいさんが言いました。師匠は、待つ側やった、って。じいさんも、田中さんも、待たれる側にまわったけど、師匠は、最後まで、待ってもらう側にまわった、って。石田さんが、まだ、消えてはいない、って教えてくれました。田中さんもじいさんも、長い時間の後、着いたそうです。だから、待ちます。湯呑みが、八つになりました。師匠の分です。毎朝、おはようございます、って声をかけます。じいちゃん、俺、師匠から、田中の名前を貰いました。この店も、貰いました。師匠がやってきたことを、そのまま、続けます。うまくやろうとしなくていい、開けてれば十分だって、師匠が言ってました。じいちゃん、明日も、開けます」*



心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。




——たとえ——空に——見えなくても。



まだこの時のルカは知らない。この八つ目の湯呑みが、いつ、満たされることになるのかを。



——そしてもう一つ、まだこの時のルカは知らない。


自分がこれから何十年、この帳面を、書き継ぐことになるのかを。



——今は......まだ、誰も——知らない。

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