第267話「峠」
冬が、来た。
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# 誠
誠は、八十二歳に、なった。
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# 変化
体調が、はっきりと、悪くなった。
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# 咳
誠は、時々、激しく、咳き込むように、なった。
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# ルナ
聖女ルナが、毎日、来るように、なった。
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# 診察
「誠さん」
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「はい」
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ルナは、しばらく、脈を、診ていた。
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そして、静かに、言った。
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「今日は、店に、行かない方が」
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# 誠
誠は、しばらく、考えた。
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「行きます」
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ルナ。
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「無理は」
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誠。
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「無理じゃないです」
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# 誠
誠は、少し、笑った。
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「毎日、行くのが、俺の、仕事なので」
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# ルナ
ルナは、しばらく、その言葉を、聞いていた。
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そして、静かに、言った。
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「短い時間だけ、なら」
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誠。
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「はい」
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# 田中
田中が、迎えに、来た。
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# 田中
「やおや」
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「なんや、って言い方、うつりましたね」
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田中。
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「なにが」
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誠。
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「いえ」
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# 支え
田中は、いつも通り、誠の、腕を、支えた。
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けれど、その日は、いつもより、慎重だった。
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# 誠
「田中さん」
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「なんや」
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誠。
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「今日、ゆっくりで、いいですか」
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田中。
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「もちろんや」
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# 店
二人は、ゆっくりと、店に、向かった。
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# 到着
いつもより、時間が、かかった。
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けれど、着いた。
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# 誠
誠は、縁台に、座った。
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そして、深く、息を、吐いた。
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# 誠
「着きました」
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田中。
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「うん」
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# ルカ
ルカが、心配そうに、来た。
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「師匠」
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「うん」
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ルカ。
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「今日は、短くしましょう」
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誠。
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「分かってる」
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# 賢者
賢者も、来た。
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「誠さん」
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「はい」
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賢者は、しばらく、誠を、見ていた。
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そして、静かに、聞いた。
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「ルナ殿から、聞きました」
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# 誠
誠は、少し、笑った。
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「早いですね」
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賢者。
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「はい」
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# 賢者
賢者は、しばらく、間を、置いた。
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そして、静かに、言った。
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「峠を、迎えている、と」
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# 誠
誠は、その言葉に、しばらく、動かなかった。
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そして、頷いた。
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「そうかもしれません」
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# 田中
田中が、その言葉を、聞いて、しばらく、黙っていた。
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それから、静かに、聞いた。
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「やおや」
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「なんですか」
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田中。
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「こわいか」
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# 誠
誠は、しばらく、考えた。
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そして、正直に、答えた。
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「少し」
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# 誠
「でも」
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誠は、続けた。
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「田中さんが、いてくれるので」
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「はい」
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誠。
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「じいさんが、待っててくれたのと」
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# 誠
「同じ感じが、します」
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誠は、静かに、言った。
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# 田中
田中は、しばらく、その言葉を、聞いていた。
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それから、静かに、頷いた。
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「うん」
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# エリナ
エリナが、来た。
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「誠」
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「はい」
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エリナは、しばらく、誠を、見ていた。
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そして、隣に、座った。
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# エリナ
エリナは、何も、言わなかった。
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ただ、誠の、手を、握った。
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# 誠
誠は、その、手の、温かさを、感じていた。
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そして、静かに、言った。
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「エリナ」
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「はい」
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誠。
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「今日も、いい天気ですね」
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# エリナ
エリナは、しばらく、その言葉を、聞いていた。
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そして、少し、笑った。
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「そうね」
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# 短い時間
その日は、いつもより、短い時間で、店を、閉めた。
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# 帰り
田中に、支えられて、家まで、帰った。
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# 田中
「やおや」
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「なんですか」
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田中。
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「あした、また、いこな」
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# 誠
誠は、少し、笑った。
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「はい」
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# 夜
その夜、誠は、桶の前に、座った。
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けれど、少し、疲れて、すぐには、話しかけられなかった。
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# 老人
老人は、それを、見て、しばらく、待っていた。
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# 老人
そして、静かに、板を、書いた。
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# 文字
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*「むりせんでも、ええ」*
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# 誠
誠は、それを、読んで、少し、笑った。
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そして、書いた。
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*「今日は、少しだけ」*
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# 老人
老人は、頷いた。
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そして、書いた。
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# 文字
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*「それで、じゅうぶんや」*
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# 誠
誠は、しばらく、その言葉を、見ていた。
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そして、静かに、書いた。
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*「じいさん」*
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*「峠を、迎えてる、そうです」*
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# 老人
老人は、しばらく、その板を、見ていた。
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そして、しばらく、動かなかった。
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# 老人
それから、静かに、書いた。
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# 文字
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*「そうか」*
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そして、その下に。
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*「まことに、そのことを、いうたか」*
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# 誠
誠は、書いた。
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*「はい。伝えました」*
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# 老人
老人は、しばらく、動かなかった。
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それから、書いた。
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# 文字
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*「あいつは、なんて」*
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# 誠
誠は、少し、考えた。
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そして、書いた。
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*「怖いか、って聞かれました。少し怖いって答えました」*
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# 老人
老人は、しばらく、その板を、見ていた。
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そして、書いた。
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# 文字
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*「そうやろな」*
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そして、続けた。
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*「わしも、こわかった」*
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# 誠
誠は、その言葉に、少し、驚いた。
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*「じいさんも、ですか」*
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# 老人
老人は、頷いた。
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そして、書いた。
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# 文字
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*「だれでも、こわい」*
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そして、その下に。
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*「けど」*
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# 老人
*「あんたは、ひとりやない」*
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老人は、続けた。
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*「まことも、るかも、えりなさんも、おる」*
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# 老人
*「わしも」*
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老人は、続けた。
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*「ずっと、みとる」*
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# 誠
誠は、その言葉を、しばらく、見ていた。
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そして、静かに、書いた。
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*「ありがとうございます」*
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# 老人
老人は、しばらく、その板を、見ていた。
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そして、書いた。
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# 文字
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*「きょうは、はよ、ねえ」*
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# 誠
誠は、少し、笑った。
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そして、書いた。
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*「はい。おやすみなさい」*
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# 老人
老人は、頷いた。
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そして、書いた。
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# 文字
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*「また、あした」*
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その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
*「じいちゃん、ルナさんに、峠を迎えてる、と言われました。今日は、店にいる時間を、短くしました。田中さんが、無理せんでもええって、迎えの時から、ずっと言ってくれてます。怖いかって聞かれたので、少し怖いって答えました。でも、田中さんがいてくれるから、じいさんが待っててくれたのと、同じ感じがする、って言いました。それから、桶越しに、じいさんに伝えたら、わしも、こわかった、って。誰でも怖い、けど、あんたは一人やない、田中さんも、ルカも、エリナも、じいさんも、ずっと見とる、って。じいちゃん、俺、それを聞いて、少し安心しました。今日は、早めに休みます。じいちゃん、また明日、書きます」*
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心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。
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——たとえ——空に——見えなくても。
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まだこの時の誠は知らない。この峠を、自分がどう越えていくことになるのかを。
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——そしてもう一つ、まだこの時の誠は知らない。
「一人ではない」という言葉が、これから先、何よりも大きな支えになることを。
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——今は......まだ、誰も——知らない。




