第264話「静かな、一日」
その日は、何も、起きなかった。
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# 朝
誠は、いつも通り、田中に、支えられて、店に、着いた。
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# 誠
「田中さん」
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「なんや」
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誠。
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「今日、静かですね」
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田中。
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「そうやな」
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# 縁台
誠は、縁台に、座った。
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そして、しばらく、村を、眺めていた。
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# 光景
村人が、行き交う。
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子どもが、遊んでいる。
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畑では、農作業が、続いている。
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# 誠
誠は、それを、しばらく、見ていた。
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そして、静かに、思った。
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(——いい、光景だ)
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# エリナ
エリナが、来て、隣に、座った。
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「今日は、何もない日ね」
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誠。
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「はい」
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エリナ。
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「珍しい」
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# 誠
誠は、少し、笑った。
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「最近、色々、ありましたから」
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エリナ。
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「そうね」
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# 誠
「じいさんの、話も」
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誠は、続けた。
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「石田さんの、記憶集めも」
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「はい」
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誠。
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「田中さんの、姿が、見えるようになったことも」
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# 誠
「ジョンさんが、戻ってきたことも」
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誠は、続けた。
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「たくさん、ありました」
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# エリナ
エリナは、しばらく、その言葉を、聞いていた。
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そして、静かに、言った。
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「今日は、何もない日で、いいわね」
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# 誠
誠は、頷いた。
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「はい」
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# 客
昼過ぎ、客が、来た。
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# 光景
「田中さん、誠さん、こんにちは」
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田中。
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「こんにちは」
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誠。
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「こんにちは」
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# 客
客は、いつも通り、野菜を、買っていった。
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そして、いつも通り、名前を、聞かれ、答えた。
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# 続く
そういう、平凡な、時間が、続いた。
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# 誠
誠は、その、平凡さを、少し、噛みしめるように、感じていた。
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(——特別なことが、ない日も、大事だ)
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# 田中
田中が、隣で、言った。
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「やおや」
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「はい」
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田中。
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「なんか、かんがえとるか」
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誠。
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「はい」
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田中。
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「なにを」
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# 誠
誠は、しばらく、考えた。
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そして、言った。
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「何もない日が、続くって、いいことだなって」
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# 田中
田中は、しばらく、その言葉を、聞いていた。
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そして、静かに、頷いた。
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「うん」
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# 田中
「じいさんも、いうとった」
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田中は、続けた。
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「『なにもない、いうんは』」
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「はい」
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田中。
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「『ぜんぶ、うまくいっとる、いうことや』」
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# 誠
誠は、その言葉に、頷いた。
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「いい言葉ですね」
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田中。
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「うん」
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# 記録
ルカが、その日の、記録を、つけていた。
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# ルカ
「今日は、何を、書けばいいですか」
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誠。
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「何もなかった、って」
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ルカ。
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「それだけですか」
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誠。
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「それが、一番、いい記録だ」
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# 夕方
夕方、店を、閉める、時間に、なった。
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# 誠
誠は、田中に、支えられて、立ち上がった。
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そして、店を、見回した。
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# 誠
「今日も、無事に、終わりましたね」
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田中。
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「うん」
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# 桶
誠は、桶の前に、座った。
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# 誠
「じいさん」
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「なんや」
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誠。
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「今日、何もない日でした」
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# 老人
老人は、しばらく、その板を、見ていた。
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そして、少し、笑った。
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# 老人
*「ええ、ひやったな」*
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# 誠
誠は、頷いた。
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「はい」
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# 老人
老人は、続けた。
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*「なにもない、ひが、いちばん、ながく、おぼえとる」*
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そして、その下に。
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*「じけんは、わすれても」*
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# 老人
*「へいぼんな、ひは、わすれん」*
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老人は、続けた。
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*「なんでか、わからんけどな」*
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# 誠
誠は、その言葉に、しばらく、考えた。
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そして、頷いた。
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「そうかもしれません」
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# 誠
誠は、その日、いつもより、少し、早く、寝た。
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そして、眠りに、落ちる、直前。
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# 誠
(——今日は、いい日だった)
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そう、思った。
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その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
*「じいちゃん、今日は、何もない日でした。田中さんと、エリナと、店に座って、いつも通りの客が来て、いつも通り野菜を買っていきました。特別なことは、一つもありませんでした。でも、田中さんが、じいさんの言葉を教えてくれました。何もない、いうんは、全部うまくいっとる、いうことや、って。それから、じいさんに、今日、何もない日でした、って伝えたら、なにもない日が、一番長く覚えとる、事件は忘れても、平凡な日は忘れん、って。じいちゃん、確かに、そうかもしれません。今日みたいな日を、俺は、ずっと、覚えてると思います。何もなかったけど、いい日でした。じいちゃん、明日も、こういう日だといいです」*
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心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。
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——たとえ——空に——見えなくても。
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まだこの時の誠は知らない。この「何もない日」が、これから振り返った時、どれほど貴重な記憶になるのかを。
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——そしてもう一つ、まだこの時の誠は知らない。
こういう静かな日々が、あと、どれくらい残されているのかを。
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——今は......まだ、誰も——知らない。




