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英雄は世界を救う。でも、世界を住みやすくするのは八百屋でした ~勇者も魔王も悪の組織も常連です~  作者: 伝説の男前
異世界との窓

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第257話「ルカの、名前」

秋が、深まった。



# 誠


誠は、その日も、田中に、支えられて、店に、着いた。



# 光景


店は、もう、すっかり、ルカの、店に、なっていた。





けれど、看板は、変わっていなかった。



# 看板





**『八百屋の、田中』**



# 誠


誠は、それを、見上げた。





「ルカ」



「はい」




誠。



「看板、変えなくて、いいのか」



# ルカ


ルカは、少し、考えた。




「変える理由が、ないので」




誠。



「お前の、名前でも」




ルカ。



「田中、ですから」



# ルカ


ルカは、続けた。




「これで、合ってます」



# 誠


誠は、少し、笑った。




「そうか」



# 弟子


そこへ、ルカの、弟子が、二人、出てきた。



# 一人目


一人目は、若い女性だった。





「誠さん、おはようございます」




誠。



「おはよう。……名前を、また、忘れた」




女性は、少し、笑った。




「サキです」



# 誠


誠は、頷いた。




「サキさん。……覚えた」




サキ。



「もう、五回目です」




誠。



「そうか」



# 誠


誠は、少し、寂しそうに、笑った。




「最近、覚えるのが、遅くなった」



# サキ


サキは、しばらく、その言葉を、聞いていた。





そして、静かに、言った。





「何度でも、教えます」



# 誠


誠は、その言葉に、しばらく、動かなかった。





そして、頷いた。





「ありがとう」



# 二人目


もう一人の、弟子。





若い、男だった。





「誠さん、この茄子、どうですか」



# 誠


誠は、その茄子を、しばらく、見た。





「田中さんに、聞いた方が、いい」




田中。



「みしてみい」



# 田中


田中は、しばらく、その茄子を、見た。





そして、頷いた。





「ええな」



# 弟子


弟子は、嬉しそうな顔を、した。





「ありがとうございます」



# 誠


誠は、その様子を、見ていた。





そして、静かに、思った。





(——回ってる)



# 誠


誠は、ルカに、聞いた。




「ルカ」



「はい」




誠。



「弟子、あと、何人、育てる予定だ」



# ルカ


ルカは、少し、考えた。




「今の、二人で、十分です」




誠。



「そうか」




ルカ。



「そのうち、彼らも、弟子を、取ります」



# ルカ


「そうやって」



ルカは、続けた。




「続いていけば、いいと思ってます」



# 誠


誠は、その言葉に、頷いた。




「うん」



# 誠


「ルカ」



「はい」




誠。



「一つ、聞いていいか」




ルカ。



「はい」



# 質問


「お前、田中の名字、貰って」



誠は、続けた。




「後悔、してないか」



# ルカ


ルカは、しばらく、考えた。





そして、静かに、言った。





「してません」



# ルカ


「師匠と、同じ名前になったこと」



ルカは、続けた。




「最初は、変な感じでした」



「はい」




ルカ。



「でも、今は」



# ルカ


「誇りに、思ってます」



ルカは、静かに、言った。





「田中いうたら、八百屋や、って」



# 誠


誠は、その言葉に、少し、動きを、止めた。





「じいさんの、言葉」




ルカ。



「はい。……田中さんに、教わりました」



# 誠


誠は、少し、笑った。




「そうか」



# 田中


田中が、隣で、聞いていた。





「やおや」



「はい」




田中。



「ルカも、たなかや」




誠。



「はい」



# 田中


「そんで」



田中は、続けた。




「そのつぎの、でしも」



「はい」




田中。



「たなかに、なるんかもな」



# 誠


誠は、しばらく、その言葉を、考えた。





「田中が、増え続けますね」




田中。



「ええこっちゃ」



# 誠


誠は、少し、笑った。




「そうですね」



# 賢者


そこへ、賢者が、来た。





「誠さん」



「はい」




賢者は、少し、改まった、顔を、していた。





「一つ、ご相談が」



# 相談


誠。



「なんですか」




賢者。



「記録プロジェクトのことです」




誠。



「ああ」



# 賢者


「あの記録」



賢者は、続けた。




「今、何ページ、あると思いますか」




誠。



「分かりません」



# 賢者


賢者は、少し、間を、置いた。





「一万二千ページを、超えました」



# 誠


誠は、その数字に、少し、驚いた。




「そんなに」




賢者。



「はい。……そして」




賢者は、続けた。




「まだ、終わっていません」



# 誠


誠は、少し、笑った。




「終わらなくて、いいんです」




賢者。



「はい」



# 誠


「記録は」



誠は、続けた。




「続いてる間が、記録ですから」



# 賢者


賢者は、その言葉に、しばらく、動かなかった。





そして、静かに、頷いた。





「以前、聞いた気がします」




誠。



「言いました」



# 賢者


賢者は、少し、笑った。




「相変わらず、ですね」




誠。



「そうかもしれません」



# 午後


その日の、午後。



# エリナ


エリナが、店に、来た。





漬物の、樽を、抱えて。



# エリナ


「誠、手伝いに、来たわ」




誠。



「ありがとうございます」



# エリナ


エリナは、その、樽を、田中の前に、置いた。





「田中さん、味見、お願いできますか」




田中。



「もちろんや」



# 味見


田中は、蓋を、開けて、匂いを、確かめた。





そして、少し、頷いた。





「ええ、しおかげんや」



# エリナ


エリナは、少し、嬉しそうな顔を、した。




「よかった」



# 誠


誠は、その、二人の、様子を、見ていた。





そして、静かに、思った。





(——いい、時間だ)



# 誠


誠は、少し、目を、閉じた。





太陽の、暖かさ。





麦茶の、匂い。





そして、周りの、声。



# 誠


誠は、静かに、呟いた。





「悪くない」



# 田中


田中が、聞いた。




「なんや」




誠。



「なんでもないです」




田中。



「そうか」





その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。


*「じいちゃん、ルカの弟子が、二人、育ってます。サキさんという方が、もう五回、名前を教えてくれました。俺、最近、覚えるのが遅くなってます。それでも、何度でも教えます、って言ってくれました。ルカに、田中の名字を貰って後悔してないか聞いたら、誇りに思ってる、って。田中いうたら八百屋や、って言葉、田中さんから教わったそうです。田中さんが、次の弟子も、田中になるかもな、って言ってました。田中が、増え続けます。じいちゃん、それでいいんだと思います。それから、賢者様が言ってました。記録が、一万二千ページを超えたそうです。終わってなくていい、続いてる間が記録だから、って言いました。今日、エリナが漬物を持ってきて、田中さんが味見しました。ちょうどいい塩加減だったみたいです。じいちゃん、今日は、いい一日でした。それだけです」*



心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。




——たとえ——空に——見えなくても。



まだこの時の誠は知らない。ルカが、いつか自分の弟子に「田中いうたら八百屋や」と教える日が来ることを。



——そしてもう一つ、まだこの時の誠は知らない。


その連なりの先に、自分の名前が、どんな形で残ることになるのかを。



——今は......まだ、誰も——知らない。

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