第54話「歌う会、開幕」
祭り当日、空は、抜けるように、晴れ渡っていた。
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「よし、これで、準備は、万端だ」
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誠は、朝から、村の広場に、設営された、大きな舞台を、見上げていた。
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「田中さん、この舞台、随分、大きいですね」
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エリナが、感心したように、その規模を、見渡した。
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「うん……。誰が来ても、大丈夫なように、って思って」
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実のところ、誠の頭には、ある「懸念」があった。
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(グランデルさん、身の丈、三メートルもあるからな……)
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普通の舞台では、明らかに、耐えられない。誠は、村の大工たちと、何日もかけて、頑丈で、大きな舞台を、組み上げていた。
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「これなら、どんな体格の方が、乗っても、大丈夫でしょう」
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村の大工が、自信ありげに、頷いた。
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夕方になり、祭りは、いよいよ、佳境を迎えた。
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「それでは、皆さん! お待ちかねの、"歌う会"を、始めます!」
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村長の、開会の声とともに、広場に、村人たちの、大きな拍手が、湧き起こった。
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「一番手は……」
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その時だった。
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「おう、田中! 待たせたな!」
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地響きのような、声とともに、舞台の袖から、巨躯を、揺らしながら、グランデルが、姿を現した。
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「うわ……本当に、来てくれたのか」
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誠は、思わず、感動した。
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「手紙、読んだで! 田中の、祭りやからな! 一番乗りで、来たったわ!」
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三メートルの巨体が、舞台に上がると、頑丈に作られたはずの床が、それでも、ミシミシと、軋んだ。
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(大工さんに、感謝しないと……!)
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「ほな、いくで!」
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グランデルが、大きく、息を吸い込んだ。
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次の瞬間——
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地を揺るがすような、大音量の、シャウトが、広場に、轟き渡った。
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「オオオオオ〜! ワレラ、ミナ、ソウデアル〜!」
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聞いたことのない、しかし、明らかに、力強い、雄叫びのような、歌が、始まった。
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「な、なんだ、この、歌……!」
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村人たちが、耳を塞ぎながらも、その、圧倒的な迫力に、目を丸くしていた。
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「これ、歌、なんですか……?」
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エリナが、耳を塞ぎながら、誠に、尋ねた。
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「多分、そう、なんだと思う……」
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グランデルの、地響きのような熱唱は、五分近く、続いた。
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「フゥ〜! どうや、田中! ワシの、魂の歌!」
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歌い終えたグランデルが、満足げに、舞台を、降りてきた。
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「あの、耳が、まだ、キーンとしてる……」
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村人の一人が、ふらつきながら、そう漏らした。
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「二番手、どうぞ!」
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続いて、舞台に上がったのは——
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ぷるん、ぷるんと、震える、半透明の、小さな塊だった。
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「あれ……皆瀬さん、来てくれたんだ」
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誠は、思わず、嬉しくなった。
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「では……歌います」
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皆瀬——霧霊スライムの姿の彼女が、そう、震えながら、告げた。
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不思議な、音の波動が、空気を、震わせ始めた。それは、言葉というよりも、微かな、振動と、共鳴のような、何かだった。
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「これ……歌、なのか……?」
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村人たちは、その、独特な"歌"に、皆、揃って、首を傾げた。
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しかし、不思議と、その音は、聞いているうちに、どこか、心を、落ち着かせるような、響きを、持っていた。
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「なんか……よく分からないけど、悪くない、かも」
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エリナが、そう、呟いた。
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数分後、皆瀬の"歌"は、静かに、終わった。
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「拍手を、していいのか、分からないけど……」
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村長が、戸惑いながらも、拍手を、送った。
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「三番手、どうぞ!」
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村長の、その声に、誠は、思わず、身を、固くした。
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(まさか……)
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舞台に、フードを深く被った、小柄な人影が、静かに、上がってきた。
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(一色さん……!)
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誠は、心の中で、その名を、呼んだ。
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フードの下から、静かに、澄んだ、歌声が、流れ始めた。
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それは、これまでの、二人の"歌"とは、全く、異なるものだった。
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透き通るような、そして、どこか、切なさを、帯びた、美しい旋律。
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村人たちが、次第に、静まり返り、その、歌声に、耳を、傾け始めた。
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誠は、その歌を、聴きながら、胸が、締め付けられる思いがした。
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(この歌、一色さんの、今の、気持ちが、込められている、気がする)
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重い立場、複雑な葛藤。それでも、この一瞬だけは、誰でもない、一人の少女として、歌を、歌っている——
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歌が、終わると、広場は、しばらく、静寂に、包まれた。
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そして——
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割れんばかりの、拍手が、湧き起こった。
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「すごい……! なんて、綺麗な、歌なんだ……!」
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「今日一番の、歌声だ!」
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村人たちが、口々に、感嘆の声を、上げた。
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フードの下から、一瞬、少しだけ、口元が、緩んだのが、誠には、見えた気がした。
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それから、次々と、村人たちの、歌が、続いていった。
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「よっしゃ、俺の番だな!」
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竜崎が、豪快に、舞台に、上がる。
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「フッ……我が、魂の詩を、聴かせてやろう」
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黒崎も、いつもの調子で、舞台に、上がった。
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「田中商会の、若い衆も、負けてられないぞ!」
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トビアスたちも、次々と、舞台に、上がっていく。
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祭りは、夜が更けるまで、賑やかに、続いた。
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「それでは、皆さん! 本日の"歌う会"は、これにて、終了です!」
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村長の、閉会の声とともに、大きな拍手が、湧き起こった。
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「優勝者は、皆さんの、投票によって、決めさせていただきます。発表は、明日、この場で!」
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村人たちの間に、期待に満ちた、ざわめきが、広がった。
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祭りの片付けをしながら、誠は、フードを被ったままの、一色に、そっと、声をかけた。
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「来てくれて、ありがとう」
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「田中くんの、招待状、断れなかった」
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一色は、静かに、そう、答えた。
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「今日だけは……ただの、一色美奈子でいられた気がする」
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その言葉に、誠は、少し、胸が、熱くなった。
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「また、機会があれば、来てほしい」
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「うん……。また、こっそり、来るね」
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一色は、そう言うと、夜の闇に、静かに、紛れていった。
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その夜、誠は、疲れた、しかし、満たされた気持ちで、祖父のノートを、開いた。
「祭りの、歌う会が、無事、終わった。グランデルさんの、地響きのような歌、皆瀬の、不思議な音の"歌"、そして、一色さんの、美しい歌声。それぞれ、全く違う"歌"だったけど、みんな、それぞれの、今の気持ちを、乗せていたんだと思う。優勝は、明日の発表だけど、僕にとっては、みんなが、来てくれたことだけで、もう、十分だった。じいちゃん、今日は、いい一日だったよ」
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窓の外、二つの月が、賑やかだった祭りの後の、静かな村を、優しく、照らしていた。
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まだこの時の誠は知らない。明日の、優勝発表が、この祭りに、思いがけない、もう一つの、感動的な結末を、もたらすことになることを。




