第50話「小さな影」
重税による村の疲弊が続く中、誠の店の様子にも、静かな変化が訪れていた。
⸻
「田中さん、研ぎ物の依頼が、めっきり、減りましたね」
⸻
トビアスが、閑散とした店内を見渡しながら、そう呟いた。
⸻
「戦争が終わって、兵士たちの武器も、必要なくなったから、な」
⸻
誠は、少し、複雑な思いで、そう答えた。
⸻
⸻
これまで、朝から晩まで、絶え間なく続いていた研ぎ物の仕事は、戦争の終結と共に、急速に、減っていった。代わりに、頼りとなったのは、薬草だった。
⸻
「薬草の需要は、変わらず、あります。むしろ、戦後の混乱で、体調を崩す方が、増えているくらいで」
⸻
エリナが、そう報告した。
⸻
「せめて、それだけでも、村のみんなの、支えになれば」
⸻
⸻
そんな、ある日のことだった。
⸻
⸻
誠は、薬草の買い付けのため、隣町まで、足を運んでいた。
⸻
戦後、帝国の統治下に置かれたこの町は、以前とは、随分と、様変わりしていた。見慣れない、帝国の意匠を纏った建物が、増えている。
⸻
⸻
町の裏路地を、歩いていた時だった。
⸻
⸻
「……田中、くん?」
⸻
⸻
小さな、しかし、確かに、誠の名を呼ぶ声が、聞こえた。
⸻
⸻
誠が、振り返ると、そこには——フードを深く被った、小柄な少女のような人物が、立っていた。
⸻
⸻
「あの……」
⸻
⸻
「田中くん、だよね。少し、話せないかな。……人目の少ない、場所で」
⸻
⸻
その声には、緊張と、そして、どこか、懐かしさが、入り混じっていた。
⸻
⸻
誠は、少し、警戒しながらも、頷いた。
⸻
「わかりました。あちらの、路地裏なら」
⸻
⸻
人気のない、路地の奥へと、二人は、移動した。
⸻
⸻
誠は、念のため、近くにいた物乞いらしき老人に、いくらかの小銭を渡し、周囲を、それとなく、見張ってもらうよう、頼んだ。
⸻
⸻
「あの、こそこそと、すみません。ただ、あまり、人に見られたくなくて」
⸻
⸻
フードの少女が、そう、囁くように、言った。
⸻
⸻
「あなたは……」
⸻
⸻
「フードを、取るね」
⸻
⸻
少女——見た目は、十歳前後の、幼い姿だった——が、ゆっくりと、フードを、下ろした。
⸻
⸻
小柄な体、そして、丸い、眼鏡。
⸻
⸻
誠の記憶に、その顔が、静かに、蘇った。
⸻
⸻
「……一色さん?」
⸻
⸻
かつて、教室の隅で、誰とも群れず、いつも、本を読んでいた、地味な女子生徒。名前は、確か——
⸻
⸻
「うん、一色美奈子。覚えていてくれたんだ」
⸻
⸻
彼女——一色は、少し、寂しそうに、微笑んだ。
⸻
⸻
「見た目、随分、変わってるんだね」
⸻
⸻
「うん……こっちに来た時、なぜか、この、子供の姿になっちゃって。それから、ずっと、この見た目のまま」
⸻
⸻
「そうか……」
⸻
⸻
誠は、この、思いがけない再会に、複雑な感情を、抱かずには、いられなかった。
⸻
⸻
「田中くん、実は、話したいことが、あるの」
⸻
⸻
一色は、少し、間を置いてから、静かに、続けた。
⸻
⸻
「私ね、戦争、勝った側、なの」
⸻
⸻
「……え」
⸻
⸻
「今は、こうやって……お忍びで、来てるだけなんだけど」
⸻
⸻
誠は、その言葉の意味を、慎重に、確かめようとした。
⸻
⸻
「あの、"勝った側"、っていうのは……」
⸻
⸻
一色は、しばらく、俯いていたが、やがて、静かに、口を開いた。
⸻
⸻
「私、あの、レールガン……作ったの。ガルディア帝国の、兵器開発に、関わってる」
⸻
⸻
その言葉に、誠は、言葉を、失った。
⸻
⸻
(やっぱり……)
⸻
⸻
同級生の誰かが、関わっているのではないかという、あの予感が、こんな形で、的中してしまうとは。
⸻
⸻
「田中くん……」
⸻
⸻
一色は、誠の反応を、恐れるように、少し、身を縮めた。
⸻
⸻
「怒って、るよね。私が、あの国を、負かした、原因なんだから」
⸻
⸻
誠は、しばらく、何も、言えなかった。
⸻
⸻
胸の中には、様々な感情が、渦巻いていた。怒りとも、悲しみとも、違う、何か、複雑な感情。
⸻
⸻
「一色さんは……」
⸻
誠は、慎重に、言葉を、選びながら、口を開いた。
⸻
「どうして、その、技術を、開発することに、なったんだ」
⸻
⸻
一色は、少し、目を伏せた。
⸻
⸻
「転移してすぐ、私、この、小さな体で……この国の、研究機関に、拾われたの」
⸻
⸻
「拾われた?」
⸻
⸻
「うん。理科の知識……特に、物理の知識が、この世界では、すごく、珍しかったみたいで」
⸻
⸻
一色は、静かに、続けた。
⸻
⸻
「最初は、単純な、道具の改良を、手伝ってただけだったの。でも、少しずつ、期待される役割が、大きくなっていって……」
⸻
⸻
「気づいたら、兵器の開発に、関わるように、なってた」
⸻
⸻
誠は、その言葉に、複雑な思いを、抱いた。
⸻
⸻
「断ることは、できなかったのか」
⸻
⸻
「……できなかった、と思う」
⸻
⸻
一色の声は、震えていた。
⸻
⸻
「この、小さな体で……行く当てもなく、この世界に、放り出されて。拾ってもらった、恩と……あと、正直、断ったら、どうなるか、怖かった」
⸻
⸻
誠は、それ以上、彼女を、責める言葉を、口にすることができなかった。
⸻
⸻
「田中くんの国が、負けたのは……私の、せいなんだと思う」
⸻
⸻
一色の目に、涙が、滲んでいた。
⸻
⸻
「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい」
⸻
⸻
誠は、しばらく、沈黙した後、静かに、口を開いた。
⸻
⸻
「一色さんだけの、責任じゃないと思う」
⸻
⸻
「でも……」
⸻
⸻
「戦争は、色んな人の、色んな事情が、絡み合って、起きるものだ。一色さんが、一人で、背負うことじゃない」
⸻
⸻
一色は、驚いたように、誠を、見つめた。
⸻
⸻
「田中くん……怒らないの?」
⸻
⸻
誠は、少し、考えてから、正直に、答えた。
⸻
⸻
「正直、複雑な気持ちだよ。村のみんなが、重い税に、苦しんでるのを、見てきたから」
⸻
⸻
「うん……」
⸻
⸻
「でも、一色さんも、この世界で、必死に、生きてきたんだと思う。そのことまで、責める気には、なれない」
⸻
⸻
一色は、しばらく、俯いたまま、肩を、震わせていた。
⸻
⸻
「ありがとう……田中くん」
⸻
⸻
「今日は、どうして、ここに?」
⸻
⸻
誠は、話題を、変えるように、尋ねた。
⸻
⸻
「時々、こうやって、お忍びで、外に出るの。ずっと、研究室の中に、いるだけの生活で……息が、詰まりそうで」
⸻
⸻
「そうか……」
⸻
⸻
「田中くんが、この町にいるって、噂で、聞いて。会えたら、いいなって、思ってた」
⸻
⸻
誠は、静かに、頷いた。
⸻
⸻
「また、会えるか」
⸻
⸻
「わからない……。私の立場、あまり、自由が、きかないから」
⸻
⸻
一色は、そう言うと、再び、フードを、深く被り直した。
⸻
⸻
「でも、もし、また、機会があったら……」
⸻
⸻
「待ってる」
⸻
⸻
誠は、そう、静かに、答えた。
⸻
⸻
一色は、小さく、頷くと、路地の奥へと、静かに、姿を消していった。
⸻
⸻
その夜、誠は、宿で、祖父のノートを、開いた。
「一色さんに、会った。あのレールガンを、作ったのは、彼女だった。責める気には、なれなかった。でも、素直に、喜べる再会でも、なかった。じいちゃん、この世界での再会には、こんなにも、重い意味を持つものも、あるんだな」
⸻
⸻
窓の外、二つの月が、いつもより、ずっと、重く、沈んで見えた。
⸻
⸻
まだこの時の誠は知らない。この一色美奈子との、密かな再会が、この後の物語において、非常に、重要な意味を持つことになることを。
そして、彼女が抱える、深い葛藤と、孤独が、これから、誠の人生に、静かに、しかし、確かに、関わり続けることになることも——今はまだ、知る由もなかった。




