第46話「後方支援」
ついに、戦争が始まった。
⸻
国境沿いの平原に、両国の軍勢が、対峙した。
⸻
飛び道具は、ほとんど使われなかった。この世界では、弓矢はあっても、命中精度も、飛距離も、限られている。主な戦闘は、剣と剣、時に槍を交えての、白兵戦が中心だった。
⸻
「田中、お前は、後方で、支援に回ってくれ」
⸻
アルフレートが、出陣前、そう告げた。
⸻
「わかりました」
⸻
誠は、素直に、頷いた。自分に、戦う力がないことは、既に、何度も、痛感していた。
⸻
⸻
戦場から、少し離れた場所に設けられた、後方支援地点。誠は、そこで、研いだ剣や槍を、次々と、前線に送り出す準備をしていた。
⸻
「田中さん、こちらの剣、研ぎ終わりました」
⸻
トビアスが、次々と、研ぎ上げた武器を、運んでくる。
⸻
「ありがとう。すぐに、前線に届けよう」
⸻
⸻
エリナや、村の女性たちも、薬草を煎じる作業に、追われていた。
⸻
「この鍋、そろそろ、煮詰まってきました」
⸻
「よし、次の分を、用意しよう」
⸻
大きな鍋が、いくつも並び、傷薬や、体力回復のための薬湯が、絶え間なく、作られていった。
⸻
⸻
遠くから、戦場のざわめきが、風に乗って、聞こえてくる。
⸻
剣戟の音、怒号、そして、時折、悲鳴のような声。
⸻
⸻
「田中さん、大丈夫ですか」
⸻
エリナが、誠の様子を、心配そうに、見た。
⸻
誠は、遠くの戦場を、じっと、見つめていた。
⸻
「僕は、ここにいるしか、できないから」
⸻
⸻
その言葉には、複雑な感情が、滲んでいた。
⸻
自分にできることは、限られている。それは、分かっている。しかし、目の前で、仲間たちが、命を賭けて戦っているのに、自分は、後方で、ただ、待っているだけしかできない——その事実が、誠の胸を、静かに、締め付けていた。
⸻
⸻
「田中さん」
⸻
竜崎が、負傷兵を、担架で運びながら、駆け込んできた。
⸻
「怪我人だ! 手当てを、頼む!」
⸻
「わかった!」
⸻
⸻
誠は、すぐに、駆け寄り、薬草を使った、応急処置に、取り掛かった。
⸻
「大丈夫だ、すぐに、手当てするから」
⸻
負傷した兵士に、そう声をかけながら、誠は、手早く、傷口を洗浄し、薬草を、丁寧に、塗り込んでいった。
⸻
⸻
次から次へと、負傷者が、運び込まれてくる。
⸻
誠は、休む間もなく、その一人一人に、向き合い続けた。
⸻
⸻
(僕には、前線で戦う力はない。でも、ここで、できることを、精一杯、やるしかない)
⸻
祖父の言葉が、誠の脳裏に、繰り返し、響いていた。
⸻
地味なことを、丁寧に、飽きずに続けろ。
⸻
⸻
一方、前線では——
⸻
アルフレートは、戦場の中央で、圧倒的な力を見せつけながら、敵兵を、次々と、退けていた。
⸻
しかし、その戦い方には、ある種の、余裕が感じられた。
⸻
⸻
「アルフレート様、こちらに、防御結界を」
⸻
黒崎が、戦場の一角に、駆けつけ、そう提案した。
⸻
「うむ、頼む」
⸻
⸻
黒崎の魔法によって、戦場の一角に、目に見えない、しかし、確かな防壁が、張り巡らされた。
⸻
「これで、この一帯は、安全だ」
⸻
⸻
その防壁の中には——なんと、簡易的な、休憩用のテントが、設営されていた。
⸻
「よし、少し、休むとしよう」
⸻
アルフレートは、そう言うと、テントの中に入り、悠々と、腰を下ろした。
⸻
⸻
「勇者様、お茶を、お持ちしました」
⸻
従者が、湯気の立つカップを、差し出す。
⸻
「うむ、ありがたい」
⸻
⸻
戦場のすぐ傍で、アルフレートは、実に、優雅に、一息ついていた。
⸻
「先ほどの、敵将との一戦、なかなか、骨のある相手だったな」
⸻
「はい、アルフレート様の、剣捌き、見事でございました」
⸻
⸻
しばらく、休憩を取った後、アルフレートは、再び、戦場へと、舞い戻っていった。
⸻
⸻
その様子を、後方から、見守っていた誠は、思わず、こう呟いた。
⸻
「アルフレート様、随分、余裕そうだな……」
⸻
⸻
「田中殿、勇者様は、いつも、ああして、戦場でも、体力を、温存されるのです」
⸻
近くにいた、古参の兵士が、そう教えてくれた。
⸻
「戦は、長丁場になることも多い。だからこそ、無駄な体力の消耗は、避ける。それも、勇者様の、戦い方の一つなのでしょう」
⸻
⸻
「そう、なんですね……」
⸻
誠は、なんとも言えない気持ちで、その言葉を、受け止めた。
⸻
⸻
(僕は、こうして、後方で、必死に、支援をしているのに……)
⸻
複雑な思いが、誠の胸に、去来した。しかし、それと同時に、こうも思った。
⸻
(アルフレート様が、無理なく、力を発揮し続けられるからこそ、多くの命が、救われているんだろうな)
⸻
⸻
夕暮れ時、その日の戦闘が、一段落した。
⸻
⸻
「田中殿、今日も、世話になった」
⸻
アルフレートが、後方支援地点を、訪れた。
⸻
「怪我人の手当て、本当に、助かっている」
⸻
「いえ、これくらいしか、できませんから」
⸻
⸻
「田中」
⸻
アルフレートが、少し、真剣な顔で、続けた。
⸻
「前線で戦うことだけが、戦いではない。お前が、ここで、負傷者を治療し、武器を整えてくれるからこそ、我々は、安心して、戦うことができるのだ」
⸻
「そう、言っていただけると……」
⸻
誠は、少し、救われたような、気持ちになった。
⸻
⸻
「それに」
⸻
アルフレートは、少し、悪戯っぽく、笑った。
⸻
「田中が、もし、前線に来たら……あの体質のせいで、敵が、次々と、覚醒してしまうかもしれんぞ」
⸻
「それは……確かに、そうかもしれません」
⸻
誠も、思わず、苦笑いした。
⸻
⸻
その夜、誠は、疲れ切った体で、祖父のノートを開いた。
「戦争が、始まった。僕は、後方で、負傷者の手当てと、武器の整備に、追われている。前線で戦う仲間たちを思うと、もどかしい気持ちになる。でも、アルフレート様が、『これも、戦いの一部だ』と、言ってくれた。じいちゃん、僕にできることを、これからも、精一杯、続けていくよ」
⸻
⸻
窓の外、二つの月が、戦場となった大地を、静かに、照らしていた。
⸻
⸻
まだこの時の誠は知らない。この後方支援での、地道な働きが、この戦争において、どれほど多くの命を、救うことになるのかを。
そして、この戦いが、まだ、この後、さらに、長く、そして、厳しいものになっていくことも——今はまだ、知る由もなかった。




