閑話「武道家五人衆と、長すぎる決闘」
この世界には、武道家が五人いる。
五人しかいない。
しかし、全員が本格派だった。
剣士なら剣を振る。
魔術師なら魔法を使う。
盗賊なら罠を仕掛ける。
そして武道家なら――
殴る。
ひたすら殴る。
考える前に殴る。
五人はいつも一緒に鍛錬していた。
朝。
「アタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!」
昼。
「アチャチャチャチャッ!」
夕方。
「チェストォォォォォッ!」
夜。
「イヤァァァァァァッ!」
深夜。
「押忍ッ!」
近所の住民は、五人が鍛錬を始めると窓を閉めた。
犬は逃げた。
猫も逃げた。
鳥は巣を変えた。
しかし本人たちはいたって真剣だった。
「もっと腰を落とせ!」
「押忍!」
「拳を握れ!」
「押忍!」
「気合いを入れろ!」
「イヤァァァァァァッ!」
「うるさい!」
「押忍!」
五人は本格派である。
だが。
五人には一つだけ問題があった。
全員、
**リズム感がない。**
---
## 五人の模擬戦
ある日。
五人は模擬戦をすることになった。
武道家A。
武道家B。
武道家C。
武道家D。
武道家E。
誰が一番強いのか。
それを決めるための戦いである。
武道家Aが構えた。
「アタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!」
(実際には、手数は掛け声の十分の一にも満たない)
バババババババババッ!
(実際には、手数は1発未満)
猛烈な連打。
しかし。
「アタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!」
という掛け声と、拳のタイミングが微妙に違う。
「アタ!」
拳。
「タ!」
拳。
「タタ!」
拳。
「タタタタ!」
拳。
「タ!」
拳。
完全にズレている。
武道家Bが避ける。
「右!」
拳が飛ぶ。
「左!」
拳が飛ぶ。
「上!」
拳が飛ぶ。
「下!」
拳が飛ぶ。
しかし武道家Aの掛け声とは一致していない。
武道家Bは混乱した。
「こ、こいつ……!」
Aは叫ぶ。
「アチャチャチャチャッ!」
右から拳。
武道家Bは左へ避ける。
すると。
「アチャチャチャチャッ!」
左から拳。
Bは右へ避ける。
しかし。
「アチャチャチャチャッ!」
今度は後ろから拳。
「なんでだ!?」
Aは叫びながら殴っている。
「アタァッ!」
しかし、その声がした瞬間には拳はもう引っ込んでいる。
Bは混乱した。
「掛け声と攻撃が合っていない!」
Aは答えた。
「アタァッ!」
「だから、それはもう終わった攻撃だろ!」
Aは真剣な顔をした。
「……フェイントだ」
「本当か!?」
「……」
「なんで黙る!?」
---
次は武道家B。
「アーチョー! アチョー! イヤァッ!」
Bは独特の掛け声を上げながら突っ込んだ。
しかし。
「あーちょー」
何も起きない。
「アチョー」
何も起きない。
「イヤァッ!」
何も起きない。
相手が不思議そうにしていると――
ドゴッ!
「ぐはっ!」
拳が飛んできた。
「いつの攻撃だよ!」
Bは胸を張った。
「今のは『イヤァッ!』の攻撃だ」
「十秒くらい前に言っただろ!」
「そういう技だ」
「そういう技なのか!?」
---
武道家C。
「しゅっ、しゅっ、しゅっ、しゅっ、しゅっ!」
素早いシャドーボクシング。
そして突然、
「正拳突きィィィィィィッ!」
ズドン!
しかし正拳突きが出る前に掛け声が終わっている。
「竜巻落としィィィィッ!」
ゴッ!
本人は竜巻落としと言っているが、実際にはただのローキックだった。
「なんでそれが竜巻なんだ!」
「気持ちだ!」
「技名で気持ちを補うな!」
---
武道家D。
「チェストォォォォォッ!」
ズドン!
そして。
「よっこらせ」
ドスン。
「……」
「まだまだじゃ」
ドスン。
「……」
「ぬるいのう」
ドスン。
相手は倒れた。
武道家Dは満足そうだった。
「よっこらせ」
「それ掛け声なの?」
「うむ」
「戦闘中に『よっこらせ』って言う武道家、初めて見た」
「歳じゃからのう」
「理由が悲しい!」
---
武道家E。
「イヤァァァァァァッ!」
ドン!
「でぇりゃああああああっ!」
ドン!
「押忍ッ!」
ドン!
「ホォォォォッ!」
ドン!
「ハイヤッ!」
ドン!
「……」
全員が黙った。
「E、お前は比較的まともだな」
「押忍ッ!」
「それも攻撃なの?」
「押忍ッ!」
「答えになってないぞ」
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こうして五人の模擬戦は三日間続いた。
三日目の夜。
全員が泥だらけだった。
しかし。
誰も勝負を決められなかった。
そこで五人は――
**考えた。**
武道家たちは考えるのが苦手だった。
だから、ものすごく時間がかかった。
一時間。
二時間。
三時間。
武道家Aが言った。
「……考えた」
武道家Bも言った。
「……俺もだ」
武道家Cも言った。
「……俺も」
武道家D。
「……わしもじゃ」
武道家E。
「押忍」
そして五人は決めた。
「この五人で戦い――」
「最後に勝ち残った一人が――」
「魔王に模擬戦を挑もう」
「押忍!」
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## 最終決戦
戦いが始まった。
「アタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!」
「アーチョー! アチョー!」
「しゅっしゅっしゅっしゅっ!」
「チェストォォォォォッ!」
「イヤァァァァァァッ!」
五人が同時に叫んだ。
そして。
誰も攻撃しなかった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
武道家Aが言った。
「……今の掛け声は?」
武道家B。
「フェイントだ」
武道家C。
「俺もフェイントだ」
武道家D。
「わしもじゃ」
武道家E。
「押忍」
全員が構え直した。
そして。
一斉に殴った。
ドゴォォォォォォォン!
五人は同時に吹き飛んだ。
誰も立ち上がれない。
しかし。
最後に立ち上がった男がいた。
武道家ゴウ。
「……」
ゴウはふらふらと立った。
そして言った。
「俺の勝ちだ」
他の四人は倒れたまま。
「……」
「……」
「……」
「……」
こうして。
勝者はゴウとなった。
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# 魔王城
ゴウは一人、魔王城へ向かった。
途中で誰にも会わなかった。
ゴウは考えていた。
「魔王と戦う」
そのことだけを考えていた。
そして魔王城の大広間。
玉座には魔王がいた。
魔王の両脇には四天王。
後ろには魔王軍の幹部たち。
魔王は立ち上がった。
「よく来たな、武道家ゴウ」
ゴウは人差し指を魔王に向けた。
「魔王、決闘だ!」
魔王はニヤリと笑った。
「よかろう」
その瞬間。
四天王ガイウスが前に出た。
「その前に、わしと勝負だ」
ゴウはガイウスを見る。
「では、お前だ」
ゴウの人差し指が曲がる。
魔王からガイウスへ。
「え?」
ガイウスが固まった。
「いや、ちょっと待て」
ゴウは構えた。
「お前だ」
「いやいや!」
ガイウスが慌てる。
「わしは四天王だぞ!?」
「だから?」
「魔王の前に、まず四天王を倒すというのは分かる!」
「うむ」
「だが、せめて少しくらい会話を――」
ゴウが殴った。
ドゴン!
ガイウスが壁に埋まった。
「……」
魔王城が静まり返った。
魔王は思った。
――こいつ。
――話を聞かない。
---
魔王軍師団長オーガが前に出た。
「ならばオレが相手だ!」
ゴウが指を向ける。
「では、お前だ」
「え?」
ドゴン!
「ぐおおおおおお!」
師団長オーガが吹っ飛んだ。
---
魔王軍先鋒オーク。
「その前にオラと勝負だ!」
「では、お前だ」
ドゴン!
「ぶひぃぃぃぃぃ!」
---
魔王軍新入りコボルト。
「その前にぼくと勝負だ!」
「では、お前だ」
ドゴン!
「キャンッ!」
「……」
魔王が思った。
――今のはちょっと可哀想ではないか?
---
そして。
魔王軍部外者スライム。
「その前にオイラと勝負だ」
「では、お前だ」
ゴウが構える。
スライムも構える。
「……」
「……」
「……」
スライムが言った。
「ちょっと待って」
「何だ」
「オイラ、魔王軍じゃないんだけど」
「……」
「ダンジョンの隅にいたら、なんか勝手に魔王軍扱いされてるだけなんだけど」
「……」
「そもそも今日、ここに遊びに来ただけなんだけど」
ゴウは少し考えた。
「では帰るか?」
スライムは喜んだ。
「うん!」
「では、お前だ」
ドゴン!
「なんで!?」
スライムが飛んだ。
「話聞いてた!?」
---
## しかし、本当の問題はここからだった
ゴウは強かった。
あまりにも強かった。
四天王。
師団長。
先鋒。
新入り。
部外者。
次々と倒していく。
魔王は震えた。
「……」
魔王軍幹部たちも震えている。
そして魔王は気づいた。
「おい」
側近が振り向く。
「はい」
「こいつ……」
「はい」
「本当に魔王と戦う気なのか?」
「そのようです」
「……」
魔王は玉座を見る。
自分の座っている玉座。
背後には大きな魔王軍の旗。
ここは魔王城。
本来ならば魔王が圧倒的な威厳を見せる場所。
しかし。
目の前のゴウは。
ただ立っている。
「魔王」
「……なんだ」
「決闘だ」
魔王は覚悟を決めた。
「よかろう」
ゴウも構える。
魔王も構える。
二人が睨み合う。
「……」
「……」
「……」
魔王は思った。
――これはまずい。
――この男、これまでの連中と違う。
――こいつは本当に強い。
魔王が口を開いた。
「では――」
ゴウ。
「……」
魔王。
「魔王の究極奥義を――」
ゴウ。
「……」
魔王。
「まずは詠唱を――」
ゴウ。
「……」
魔王。
「聞け!」
ゴウ。
「……」
魔王。
「最後まで聞け!」
ゴウ。
「……」
魔王は叫んだ。
「我が内に眠る魔王の血脈よ!」
ゴウ。
「……」
「深淵より湧き上がる暗黒の力よ!」
ゴウ。
「……」
「千年の時を超え!」
ゴウ。
「……」
「世界を覆い尽くした!」
ゴウ。
「……」
「漆黒の魔力を!」
ゴウ。
「……」
「今ここに!」
ゴウ。
「……」
「解き放――」
ゴウが一歩踏み込んだ。
魔王が叫ぶ。
「待て!」
ゴウの拳が止まった。
「なんだ」
「まだだ!」
「……」
「まだ技名を言っていない!」
「……」
「ここからが重要なんだ!」
「……」
魔王は胸を張った。
「この技の名は――!」
ゴウが待つ。
魔王は叫んだ。
「ダーク・アルティメット・エターナル・デストラクション・オブ・ザ・デーモン・キング・インフィニット・カオス・ブレイ――」
ドゴン!
魔王が吹っ飛んだ。
「ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
壁に激突。
玉座が壊れる。
旗が落ちる。
側近が叫ぶ。
「魔王様ぁぁぁぁぁ!」
ゴウは拳を下ろした。
「長い」
魔王は瓦礫の中から顔を出した。
「……」
「長すぎる」
「……」
「名前を言っている間に三回殴れる」
魔王は絶望した。
「……」
そして。
魔王は初めて気づいた。
魔王の必殺技とは。
**強い技を使うことではない。**
**最後まで名前を言わせてもらえることだ。**
---
## 魔王城・緊急会議
その日の夜。
魔王軍幹部が集まった。
議題。
「武道家ゴウ対策」
四天王ガイウスは言った。
「まず、長い技名は禁止だ」
師団長オーガ。
「では短い技なら?」
オーク。
「一撃必殺ならどうだ?」
コボルト。
「無言で攻撃すれば?」
スライム。
「そもそも戦わなければ?」
全員がスライムを見る。
「……」
「いや、なんで全員こっち見るの?」
魔王が言った。
「ゴウを倒すには、考える必要がある」
全員が黙った。
そして。
誰かが言った。
「……考える?」
全員が青ざめた。
武道家ゴウに勝つには。
武道家と同じように。
**考える必要がある。**
これは魔王軍にとって、最大の難関だった。
なぜなら魔王軍もまた――
**基本的に考える前に攻撃する連中だったからである。**
---
翌朝。
魔王軍は訓練を始めた。
「考えろ!」
「……」
「考えろ!」
「……」
「どうやってゴウを倒すか考えろ!」
「……」
五分経過。
十分経過。
三十分経過。
一時間経過。
魔王が叫ぶ。
「何か思いついた者はいないのか!」
四天王。
「……」
師団長。
「……」
オーク。
「……」
コボルト。
「……」
スライム。
「オイラ、帰っていい?」
魔王。
「お前は魔王軍ではない!」
「ですよね!」
スライムは帰った。
---
その頃。
ゴウは城門の外に立っていた。
「……」
ゴウは待っていた。
魔王が出てくるのを。
しかし。
一時間経っても出てこない。
二時間経っても出てこない。
三時間経っても出てこない。
ゴウは首を傾げた。
「……」
そして。
初めて。
ゴウは考えた。
「……魔王、逃げた?」
ゴウにとって。
これは非常に珍しいことであった。
考えた。
考えた結果。
ゴウは一つの結論に達した。
「……探す」
そして魔王城へ戻った。
その瞬間。
魔王軍全員が叫んだ。
「来たぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ゴウは首を傾げた。
「……」
魔王が震えながら言った。
「ゴウ……」
「何だ」
「今日こそ……」
「うむ」
「ちゃんと……」
「うむ」
「決闘を……」
「うむ」
魔王は深呼吸した。
そして。
短く。
力強く。
一言だけ叫んだ。
「斬る!」
ゴウは目を見開いた。
魔王が突っ込む。
速い!
これは速い!
魔王の一撃が迫る。
ゴウも構える。
二人の拳と拳が――
激突した。
ドゴォォォォォォォォォン!
魔王城が揺れた。
天井が崩れる。
床が割れる。
四天王が吹っ飛ぶ。
師団長も吹っ飛ぶ。
オークも吹っ飛ぶ。
コボルトも吹っ飛ぶ。
そしてスライムはたまたま城内に戻ってきていたため、
「なんで戻ってきたんだオイラぁぁぁぁ!」
と叫びながら壁に張り付いた。
二人は立っていた。
ゴウ。
魔王。
そして。
魔王が笑った。
「……なるほど」
ゴウも笑った。
「……うむ」
二人は拳を構えた。
魔王。
「次だ」
ゴウ。
「うむ」
魔王。
「今度は――」
ゴウ。
「……」
魔王。
「短くいくぞ」
ゴウ。
「……」
魔王。
「……」
ゴウ。
「……」
魔王。
「……」
そして二人は。
同時に叫んだ。
「せーの!」
「ウー!」
「ウー!」
ドゴォォォォォォォォォン!
魔王城は崩壊した。
その日。
世界中の冒険者ギルドに、こんな報告書が届いた。
――魔王城、半壊。
――原因、不明。
――魔王と武道家ゴウ、現在も模擬戦継続中。
――なお、戦闘開始から三日経過。
――決着の見込みなし。
――両者とも、なぜか楽しそう。
そして。
武道家五人衆の残り四人は思った。
「……」
「……」
「……」
「……」
「俺たちも行くか?」
「押忍」
こうして。
魔王軍対武道家五人衆。
世界史上初の、
**「本気なのか模擬戦なのか誰にも分からない長期戦」**
が始まった。
なお。
誰一人として、
**魔王を倒そうとは思っていなかった。**
全員、
「いい修行相手が見つかった」
と思っていた。
そして魔王も。
「いい修行相手が見つかった」
と思っていた。
世界の命運を懸けた戦いとは。
たぶん。
そういうものではない。




