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英雄は世界を救う。でも、世界を住みやすくするのは八百屋でした ~勇者も魔王も悪の組織も常連です~  作者: 伝説の男前
異世界との窓

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第147話「読みに、行く」

「——読みに——行きます」





——そう——言った——翌日。






——工房は——荒れた。








「——駄目だ——!!」







——ミネルが——机を——叩いた。







「——お前は——息を——するのだぞ——!!」






「——袋を——持っていきます」








「——三月、分か——!!」






「——魔王さんは——三月——行きました」








「——あやつは——死なぬ——!!」






「——僕も——たぶん——死にません」








「——"たぶん"、か——!!」








「…………」







——一色が——静かに——言った。







「——誠」






「——はい」






「——あなた——蘇生できないのよ」








「——知ってます」






「——一度きりよ」








「——知ってます」







——誠は——静かに——言った。







「——では——なぜ——!!」








「——名前が——書いてあるからです」








「…………」







——工房が。






——静まった。








「——二万——三千——四百——十二」







——誠は——帳面を——掲げた。







「——全部——僕が——聞いた——名前です」








「…………」







「——残りの——半分も——たぶん——そうです」







——彼は——静かに——言った。







「——だから——読みに——行きます」








「——読んで——どうする——!!」







「——確かめます」








「——何をだ——!!」








「…………」







——誠は。






——しばらく——黙って。






——そして——言った。








「——僕の——名前が——あるかどうか、です」








「…………」







——工房が。






——凍りついた。









## 理由






「——どういう——意味だ」







——ミネルが——低く——尋ねた。







「——魔王さんが——半分——読みました」








——誠が——言った。







「——二万——三千——四百——十二」






「——全部——名簿と——一致しました」








「——うむ」






「——でも——一つだけ——なかったんです」








「…………」







「——アカリさん」







——誠が——呼んだ。







「——はい」






「——僕の——名前は——ありましたか」








「…………」







——アカリは。






——帳面を——閉じた。







——そして——静かに——言った。








「——ございませんでした」








「…………」







——工房が。






——静まり返った。








「——一番——最初に——聞いた——名前は——ゴードンさんです」







——誠は——静かに——言った。







「——その——前に——僕は——自分の——名前を——名乗ってます」








「…………」







「——十七年——毎回——名乗ってます」







——彼は——うつむいた。







「——"田中誠と——申します"、って」








「…………」







「——でも——書いてありません」








「…………」







——ミネルが。






——ゆっくりと——腰を——下ろした。








「——残りの——半分に——あるのでは——ないか」







「——それを——確かめに——行きます」








「…………」







「——なぜ——そこまで——気にする」







——一色が——尋ねた。








「…………」







——誠は。






——空を——見上げた。







——そして——ぽつり、と——言った。








「——僕、三十年——変でした」








「…………」







「——表示が——出ません」






「——レベルも——ありません」






「——蘇生も——できません」






「——シャッフルにも——かかりません」








「…………」







「——それで——名前も——書かれてないなら」







——誠は——静かに——言った。







「——僕、この——世界に——いないことに——なりませんか」








「…………」







——工房が。






——完全に——静まった。







——そして。







「——おるわ——!!」








——一色が——叫んだ。







「——一色さん?」






「——ここに——おるでしょう——!!」








——彼女は——机を——叩いた。







「——三十年——毎日——見てるわ——!!」






「——書かれてなくても——おるのよ——!!」








「…………」







——誠は。






——しばらく——黙って。






——そして——微笑んだ。








「——ありがとう——ございます」






「——では——行かないわね——!!」








「——行きます」







「——なぜ——!!」








「——安心したので」







——誠は——けろり、と——言った。







「——ずるいです——!!」









## 支度






——結局。






——皆が——折れた。







「——ただし——条件が——ある」







——ミネルが——言った。







「——なんですか」






「——一人では——行かせぬ」








「——誰と——ですか」






「——我だ」








——魔王が——立ち上がった。







「——魔王さん——!!」






「——道は——覚えて——おる」








「——三月——ですよ——!!」






「——二度目だ」








——彼は——けろり、と——言った。







「——それに——読み残しが——ある」








「…………」







「——私も——行く」







——カゲが——言った。







「——二輪で——ですか」






「——荷を——運ぶ」








「——空気の——袋を——ですね」






「——うむ」








「——シュワッ——!!」







——ヒカルも——手を——挙げた。







『——"運ぶ"、って』








「——皆さん——!!」







——誠が——うろたえた。







「——多すぎます——!!」






「——足りぬくらいだ」









## 出発






——一月、かけて——支度が——された。







——空気の——袋が——三百。






——竜の——鱗の——殻。






——そして——飯。








「——ボンゴさん」







——誠が——厨を——覗いた。







「——できて——おる——!!」








——彼は——包みを——差し出した。







「——三月、分だ——!!」








「——腐りませんか——!!」






「——腐らぬ——!!」








——ボンゴが——胸を——張った。







「——"三十回"、だ——!!」








「——あの——硬いやつですか」






「——さらに——硬くした——!!」








「——大丈夫ですか——!!」






「——五十回——噛め——!!」








「——増えてます——!!」









——そして——出発の——朝。







——荒野には——十四万が——集まっていた。








「——多すぎます——!!」







——誠が——絶叫した。







「——見送りだ——!!」








——ミネルが——けろり、と——言った。







「——仕事は——!!」






「——今日は——休みだ」








「——ノワールさん——!!」






「——予定表に——書いた」








「——聞いてません——!!」









「——師匠——!!」







——ルカが——帳面を——抱えて——駆けてきた。







「——ルカ」






「——これを——持っていって——ください——!!」








「——なんだ」






「——名簿の——写しです——!!」








——ルカは——分厚い——束を——差し出した。







「——十四万——三百——十三人、分——!!」








「——重いぞ——!!」






「——照らし合わせるのに——要ります——!!」








「…………」







「——ありがとう」







——誠は——受け取った。







「——それと——師匠」








「——なんだ」






「——一番——最後の——頁を——見て——ください」








「…………」







——誠が——めくった。







——そこには。







*——十四万——三百——十四人目*





*——田中誠*





*——八百屋*








「…………」







「——書いて——おきました」








——ルカが——静かに——言った。







「——師匠は——ご自分では——書けませんから」








「…………」







——誠は。






——帳面を——胸に——抱えた。







——そして——ぽつり、と——言った。








「——ルカ」






「——はい」






「——お前——ずるいな」








「——師匠に——教わりました」









## 空へ






「——では——行きます」







——誠が——殻に——乗った。







「——三月——待ってます——!!」







——セレスが——叫んだ。








「——実況——しますね」






「——当然です——!!」








——彼女は——虚空に——向かった。







「——皆さーん——!! 本日——田中さんが——旅立ちます——!!」








「——コメントは——!!」






「——読めません——!! 速すぎます——!!」








「——一つだけ——読んで——ください」







「…………」








——セレスが——板を——見た。







——そして——顔を——上げた。








「——"いってらっしゃい"、って——!!」








「…………」







——誠は。






——空を——見上げた。







——そして——深く——頭を——下げた。








「——いってきます」









## 上






——十一号を——通過した。







「——寒いですね」







——誠が——呟いた。







「——慣れる」








——魔王が——けろり、と——言った。







「——三月——ですか」






「——うむ」








「…………」







——誠は——外を——見た。







——星が——散っている。







——数え切れない。








「——きれいですね」






「——うむ」








「——魔王さん」






「——なんだ」






「——三月——退屈でしたか」








「…………」







——魔王は。






——しばらく——黙って。






——そして——言った。








「——退屈で——なかった」







「——なぜですか」






「——皆瀬が——喋って——おった」








「——何を——ですか」






『——数を——読んでた』








——一緒に——来た——皆瀬が——揺れた。







「——アカリさんの——真似ですか」






『——うん』








「——退屈じゃ——ないんですか」






『——退屈じゃ——ない』








「——なぜですか」






「——地上が——動いて——おると——分かる」








——魔王が——代わりに——答えた。







「…………」







「——さようで——ございますね」









## 到着






——一月、後。






——それは——見えてきた。








「——あれか——!!」







——カゲが——叫んだ。







「——小さいですね」








——誠が——呟いた。







——石は——人の——背丈ほど、だった。







——ただの——石に——見える。








「——近づけ」







——魔王が——言った。







——そして。







「…………」








——誠が。






——息を——呑んだ。







——表面が。







——文字で——埋まっていた。







——隙間が——ない。







——一分の——空きも——なく。








「…………」







「——多いな」








——魔王が——ぼそり、と——言った。







「——二月で——半分でしたね」






「——うむ」








「——では——僕は——残りを——読みます」







——誠は——帳面を——開いた。








「——一月しか——ないぞ」






「——急ぎます」








「——急ぐな」







——魔王が——止めた。







「——なぜですか」






「——貴殿が——言うたであろう」








——彼は——けろり、と——言った。







「——"急がせると——いい——結果に——ならぬ"、と」








「…………」







「——覚えて——たんですか」






「——三十年——聞いて——おる」









## 読む






——読み始めて——三日。







「——妙です」







——誠が——呟いた。







「——何がだ」






「——順番です」








——彼は——石を——撫でた。







「——新しい——名前ほど——上に——あります」






「——うむ」








「——では——一番——下は」






「——一番——古い」








「…………」







——誠は。






——石の——一番——下へ——降りた。







——そして——灯りを——近づけた。








「…………」







「——読めるか」






「——読めます」








——誠は——目を——凝らした。







——そして——動きが——止まった。








「…………」







「——どうした」






「——一つだけです」








「——なんだと?」






「——一番——下に——一つだけ——名前が——あります」








——誠は——かすれた——声で——言った。







「——他より——ずっと——大きく——彫ってあります」








「——読め」








「…………」







——誠は。






——灯りを——上げた。







——そして——読んだ。








「——"そば"」








「…………」







「——なんだと?」







——魔王が——訝しんだ。







「——"そば"、と——書いてあります」








「——食い物か——!!」






「——たぶん」








「——名前では——ないではないか——!!」







「——待って——ください」








——誠が——手を——挙げた。







「——横に——もう一つ——あります」








「——読め——!!」








「…………」







——誠は。






——灯りを——ずらした。







——そして——固まった。








「…………」







「——どうした——!!」






「——魔王さん」








——誠の——声が——震えていた。







「——なんだ」






「——ここに」








「…………」







「——"やくそく"、って——書いてあります」








「…………」







——星の——外が。






——静まり返った。








「——それと——もう一つ」







——誠は——さらに——横を——照らした。







「——何だ——!!」








「——"わすれるな"」








「…………」







——誠は。






——石から——手を——離した。







——そして——ぽつり、と——言った。








「——魔王さん」






「——なんだ」






「——これ——名簿じゃ——ないです」








「…………」







「——では——何だ」








「…………」







——誠は。






——石を——見上げた。







——三千万の——文字。






——一番——下に——三つの——言葉。







——そして——その——上に——積み上がった——名前。








「——覚え書きです」








「…………」







「——誰かが——忘れないように——書いてます」







——誠は——静かに——言った。







「——蕎麦と——約束を」






「——そして——僕たちの——名前を」








「…………」







——魔王が。






——ゆっくりと——言った。







「——一つ——聞くが」






「——はい」






「——誰が——忘れるのだ」








「…………」







——誠は。






——空を——見上げた。







——遥か——遠くに——小さな——星が——一つ。







——彼らの——世界。








「——名前を——忘れた——人です」








「…………」







「——蕎麦を——打つ——人です」







——誠は——ぽつり、と——言った。







「——四百年——約束を——守ってる——人です」








「…………」







——魔王が。






——動きを——止めた。







「——待て」






「——はい」






「——あやつは——"知らん"、と——申したぞ」








「——言いました」






「——では——嘘か——!!」








「——たぶん——嘘じゃ——ないです」







——誠は——静かに——言った。







「——なぜだ——!!」








「——忘れたんです」








「…………」







「——だから——書いたんです」







——誠は——石に——手を——当てた。







「——忘れる、と——分かってたから」








「…………」







——星の——外が。






——静まり返っていた。








「——皆瀬さん」







——誠が——呼んだ。







『——なに』






「——地上に——繋がりますか」








『——繋がる』







「——神様に——伝えて——ください」








『——なに』








「——"見つけました"、って」







——誠は——静かに——言った。







「——"あなたの——覚え書きです"、って」








『…………』







『——伝えた』








「——返事は」








『…………』







——長い——沈黙が——あった。







——そして。







『——"あかん"、って』








「——え?」








『——"それ以上は——読むな"、って』








「…………」







「——なぜですか」








『…………』







『——"読んだら——お前が——困る"、って』








「…………」







——誠は。






——石を——見上げた。







——三千万の——文字。







——まだ——半分——読んで——いない。








「——伝えて——ください」







——彼は——静かに——言った。







「——"読みます"、って」






その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。


*「読みに行く、と言ったら、工房が荒れた。息をするのだぞ、蘇生できないのよ、一度きりよ、って。……でも、行きます、と言った。理由は、名前が書いてあるからです。二万三千四百十二、全部、僕が聞いた名前です。……そして、もう一つ。僕の名前だけ、なかったんです。……十七年、毎回、名乗ってます。"田中誠と申します"、って。でも、書いてない。……表示が出ない、レベルがない、蘇生できない、シャッフルにかからない。それで名前も書かれてないなら、僕、この世界にいないことになりませんか、って言った。……一色さんが、"おるわ。ここにおるでしょう。三十年、毎日見てるわ。書かれてなくてもおるのよ"、って、叫んでた。……ありがとうございます。でも、行きます。安心したので。ずるいです、って怒られました。……魔王さんとカゲさんとヒカルさんが、一緒に来てくれることになった。ボンゴさんが三月分の飯を作ってくれた。"三十回"、をさらに硬くしたやつ。五十回噛め、って。増えてます。……出発の朝、十四万が見送りに来た。仕事は、と聞いたら、"今日は休みだ"、"予定表に書いた"、って。聞いてません。……ルカが、名簿の写しを持たせてくれた。十四万三百十三人分。……最後の頁に、"十四万三百十四人目・田中誠・八百屋"、って、書いてあった。"師匠はご自分では書けませんから"、って。ずるいな、って言ったら、"師匠に教わりました"、って。……セレスさんが実況してくれた。コメントを一つだけ読んでもらったら、"いってらっしゃい"、でした。……一月で、着いた。石は、人の背丈ほど。でも、表面が文字で埋まってた。隙間がない。……急ぎます、と言ったら、魔王さんが、"急ぐな。貴殿が言うたであろう。急がせると、いい結果にならぬ、と"。三十年、聞いてたそうです。……三日読んで、気づいた。新しい名前ほど上にある。だから、一番下が、一番古い。……降りて、灯りを近づけた。……一番下に、三つだけ、大きく彫ってあった。……"そば"。……"やくそく"。……"わすれるな"。……名簿じゃ、ありませんでした。覚え書きです。誰かが、忘れないように書いてる。蕎麦と、約束と、僕たちの名前を。……魔王さんが、"誰が忘れるのだ"、って。……名前を忘れた人です。蕎麦を打つ人です。四百年、約束を守ってる人です、って答えた。……"あやつは知らんと申したぞ"、"嘘じゃないと思います。忘れたんです。だから書いたんです。忘れる、と分かってたから"。……皆瀬さんに、神様へ伝えてもらった。"見つけました。あなたの覚え書きです"、って。……"あかん"、"それ以上は読むな"、"読んだらお前が困る"、って。……"読みます"、って返しました。じいちゃん。あと半分です」*



心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。




——たとえ——空に——見えなくても。





まだこの時の誠は知らない。石の——一番——下に——彫られた——三つの——言葉が。




——四百年——前では——なく。





——それより——遥かに——古い——ものであることを。


そして——残り——半分を——読んだ——時。




——彼が——自分の——名を——どこで——見つけるのかも。





——今は……まだ、読むな、と——言った——者しか——知らない。

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