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英雄は世界を救う。でも、世界を住みやすくするのは八百屋でした ~勇者も魔王も悪の組織も常連です~  作者: 伝説の男前
異世界との窓

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第144話「食う、ということ」

桃の——名簿が——できて——半月。





——彼女が——また——妙な——顔で——現れた。







「——田中殿」






「——どうしました」






「——数字が——出ました」








——彼女は——帳面を——広げた。







「——十四万人——診た——結果です」








「——どうでしたか」






「——四割が——痩せすぎです」








「…………」







「——四割——!?」







——ミネルが——飛び上がった。







「——飯は——足りて——おるのだろう——!!」






「——足りて——おります」








——アカリが——帳面を——めくった。







「——一人当たり——三十年——前の——二倍——配って——おります」








「——では——なぜだ——!!」






「——分かりません」








「…………」









## ボンゴ






——厨に——行くと。






——ボンゴが——大鍋を——かき混ぜていた。








「——おう——! 田中——!!」






「——ボンゴさん」






「——味見するか——!!」








「——いただきます」







——誠は——一口——啜った。







——そして——手が——止まった。








「…………」







「——どうした——!!」






「——薄いです」








「——なんだと——!?」







——ボンゴが——顔色を——変えた。







——そして——自分で——味見した。








「…………」







「——うまいぞ——!!」








「——うまいです」







——誠が——頷いた。







「——でも——薄いです」








「——どっちだ——!!」






「——両方です」








——誠は——鍋を——覗いた。







「——ボンゴさん。これ——何人、分ですか」






「——五千だ——!!」








「——一つの——鍋で——ですか」






「——そうだ——!!」








「…………」







「——味は——どうやって——決めてますか」








「——真ん中を——舐める——!!」







——ボンゴが——胸を——張った。







「——端は?」






「——同じであろう——!!」








「——舐めて——みて——ください」








——ボンゴが——端を——舐めた。







——そして——固まった。








「…………」







「——薄い」








「——そうですね」






「——なぜだ——!!」








「——大きすぎるんです」







——誠が——静かに——言った。







「——五千、分は——混ざりきりません」








「…………」







——ボンゴは。






——鍋を——見つめた。







「——では——皆——薄いのを——食うて——おったのか」








「——半分は——そうです」






「——三十年——!?」








「…………」









## 武闘家






——そこへ。






——ゴウが——入ってきた。








「——師匠——!! 今日の——分は——!!」






「——ゴウ——!! 大変だ——!!」








「——どうした——!!」






「——味が——薄い——!!」








「——知って——おる」







——ゴウが——けろり、と——言った。







「…………」








「——知って——おったのか——!!」






「——うむ」








「——なぜ——言わぬ——!!」






「——うまかったからだ」








「…………」







「——ゴウさん」







——誠が——尋ねた。







「——他に——気づいてる、こと——ありませんか」








「——ある」







——ゴウは——即答した。







「——なんですか——!!」






「——皆——噛んで——おらぬ」








「…………え?」







「——飯を——飲んで——おる」








——ゴウは——真面目な——顔で——言った。







「——見て——おれ」









——確かに。






——広場では。







——皆——立ったまま——掻き込んでいた。







——三十を——数える——ほどで——終わる。








「——速いですね」






「——仕事が——あるからだ」








——ゴウは——低く——言った。







「——十年——こうだ」








「…………」







「——それが——悪いんですか」







——誠が——尋ねると。






——ゴウは——きっぱりと——言った。








「——悪い」






「——なぜですか」






「——噛まぬと——身に——ならぬ」








——彼は——自分の——腹を——叩いた。







「——同じ——量を——食うても——痩せる」








「——本当ですか——!!」






「——三十年——鍛えて——おる」








——ゴウは——静かに——言った。







「——身体の、ことは——分かる」








「…………」







「——桃さん——!!」







——誠が——呼んだ。









## 確認






——三日、かけて。






——桃が——調べた。








「——ゴウ殿の——申される——通りです」







「——本当ですか——!!」








「——痩せて——おられる——方は」







——桃は——帳面を——見た。







「——ほぼ——全員——早食いです」








「…………」







「——では——どうすれば——!!」







——ミネルが——叫んだ。







「——"ゆっくり——食え"、と——言えば——よいのか——!!」








「——言っても——駄目です」







——ゴウが——首を——振った。







「——なぜだ——!!」






「——仕事が——あるからだ」








「…………」







「——では——手が——ないぞ——!!」








「…………」







——誠は。






——広場を——見ていた。







——立ち食い。






——三十を——数える——ほど。






——そして——すぐ——仕事へ。








「——ボンゴさん」






「——なんだ——!!」






「——硬い——ものを——作れませんか」








「…………は?」







——厨が——きょとん、と——した。







「——硬い——もの——ですか」






「——はい」








——誠は——けろり、と——言った。







「——噛まないと——飲み込めない——ものです」








「…………」







——ゴウが。






——動きを——止めた。







「——待て」






「——なんですか」








「——それは——妙案だ」







——彼は——低く——言った。







「——"噛め"、と——言わずとも——噛む」








「——はい」






「——だが——うまく——なければ——食わぬぞ」








「——だから——ボンゴさんです」








「…………」







——ボンゴが。






——腕を——組んだ。







「——硬くて——うまい——もの、か」






「——できますか」








「——難しい——!!」







——彼は——即答した。







「——硬い——ものは——大抵——まずい——!!」








「…………」







「——だが——やる——!!」









## 試作






——一月。






——厨は——地獄に——なった。








「——駄目だ——!!」







——ボンゴが——皿を——投げた。







「——硬いが——まずい——!!」








「——ボンゴさん。落ち着いて——ください」






「——落ち着けるか——!!」








——彼は——頭を——抱えた。







「——四十七回——作った——!!」






「——全部——駄目だ——!!」








「…………」







——誠は。






——試作を——一つ——齧った。







「——硬いですね」






「——うまくないであろう——!!」








「——うまくないです」






「——ほら——見ろ——!!」








「——でも——一つ——気づきました」







——誠が——言った。







「——なんだ——!!」






「——噛んでる——うちに——うまく——なりました」








「…………」







——ボンゴが。






——固まった。







「——なんだと?」






「——最初は——まずいです」








——誠は——けろり、と——言った。







「——でも——三十回——噛んだら——甘く——なりました」








「…………」







——ボンゴが。






——自分で——齧った。







——そして——噛んだ。







——十回。






——二十回。






——三十回。








「…………」







「——甘い」








「——そうですね」






「——なぜだ——!!」








「——じいちゃんが——言ってました」







——誠は——微笑んだ。







「——"米は——噛めば——噛むほど——甘くなる"、って」








「…………」







——ボンゴは。






——長い、こと——黙って。






——そして——叫んだ。








「——それだ——!!」







「——え?」






「——最初から——うまくせずと——よいのだ——!!」








——彼は——鍋を——引き寄せた。







「——噛めば——うまくなる——ものを——作る——!!」









## 完成






——三月、後。






——それは——できた。








「——これだ——!!」







——ボンゴが——皿を——出した。







——硬く——焼き締めた——麦の——塊、だった。







——中に——芋と——野菜が——練り込んである。








「——名は——なんですか」







——誠が——尋ねた。







「——決めて——おらぬ——!!」








「——では——"三十回"、で——どうですか」







「——なぜだ——!!」








「——三十回——噛むと——うまく——なるからです」







——誠は——けろり、と——言った。







「——名前が——説明に——なってます」








「——安易だ——!!」






「——分かりやすい、方が——いいです」









## だが






——広場に——出すと。






——不評、だった。








「——硬い——!!」






「——顎が——疲れる——!!」






「——前の、方が——よい——!!」








「…………」







——ボンゴが——うなだれた。







「——駄目か」






「——待って——ください」








——誠が——止めた。







「——皆さん——何回——噛みましたか——!!」








「——五回だ——!!」






「——十回で——飲んだ——!!」








「——三十回——噛んで——ください——!!」







「——長い——!!」








「…………」







——誠は。






——しばらく——考えて。






——そして——ゴウを——見た。








「——ゴウさん」






「——なんだ」






「——数えて——もらえませんか」








「…………は?」







「——皆さんの——横で——数えて——ください」








——誠は——真面目な——顔で——言った。







「——"いち、に、さん"、って」








「——鍛錬か——!?」






「——飯です」








「…………」







——ゴウは。






——しばらく——考えて。






——そして——立ち上がった。








「——面白い——!!」









## 号令






——翌日から。






——広場に——号令が——響くように——なった。








「——いち——!!」






「——に——!!」






「——さん——!!」








「——何を——して——おるのだ——!!」







——ミネルが——呆れた。







「——噛んで——おります」








——アカリが——真面目な——顔で——答えた。







「——お前も、か——!!」






「——痩せすぎと——診断されましたので」








「…………」







「——にじゅう——!!」






「——にじゅういち——!!」








「——妙な——光景だ——!!」






「——慣れます」









——だが——効き目は——出た。







「——三十——!!」







「…………」








——広場が——静まった。







——そして。







「——甘い——!!」








——誰かが——叫んだ。







「——本当だ——!!」






「——甘く——なったぞ——!!」








「——おおおお——!!」







——広場が——沸いた。








「——ボンゴさん——!!」







——誠が——叫んだ。







「——おう——!!」






「——うまいそうです——!!」








「——当たり前だ——!!」







——ボンゴは——胸を——張って。






——そして——袖で——顔を——拭った。









## 三月






——三月、後。






——桃が——帳面を——持ってきた。








「——数字が——変わりました」







「——どうですか——!!」






「——痩せすぎが——四割から——二割に——なりました」








「——半分——!?」







——ミネルが——絶句した。







「——飯を——増やして——おらぬのだぞ——!!」






「——噛んで——おりますので」








——桃は——けろり、と——言った。







「——それと——鍋を——小さく——しました」







——ボンゴが——付け加えた。








「——五千から——五百に——ですか」






「——そうだ——!!」








「——手間が——十倍ですね」






「——弟子が——おる——!!」








——ボンゴは——胸を——張った。







「——何人——ですか」






「——三百だ——!!」








「——三百——!?」






「——半分は——魔物だ——!!」








「…………」







「——ボンゴさん」






「——なんだ——!!」






「——いつから——取ってたんですか」








「——三年——前だ——!!」







——彼は——けろり、と——言った。







「——魔物が——来た、時か——!?」








「——十万——分の——飯を——作ったであろう——!!」







——ボンゴは——鍋を——叩いた。







「——一人では——無理だ——!!」






「——だから——教えた——!!」








「…………」









## 夜






——厨で。






——ボンゴと——ゴウが——飯を——食っていた。








「——ボンゴさん」







——誠が——覗いた。







「——おう——!!」






「——お疲れ様です」








「——座れ——!!」







——彼は——皿を——出した。







「——いただきます」









——三人で——黙々と——噛んだ。







——三十回。







「…………」








「——甘いですね」






「——うむ」








「——ときに——田中」







——ゴウが——ふと——言った。







「——なんですか」






「——私は——なぜ——武闘家に——なったと——思う」








「…………え?」







「——聞け」








——ゴウは——箸を——置いた。







「——向こうの——世界でな」






「——はい」








「——私は——痩せて——おった」








「…………」







「——飯が——なかったのだ」







——彼は——静かに——言った。







「——ゆえに——鍛えた」






「——鍛えれば——強くなると——思うて、な」








「…………」







「——だが——強く——ならなんだ」







——ゴウは——ぼそり、と——言った。







「——食うて——おらなんだからだ」








「…………」







「——気づいたのは——ずっと——後だ」







——彼は——皿を——見た。







「——ゆえに——今——皆に——言うて——回って——おる」








「——"野菜を——食うて——おるか"、ですね」






「——うむ」








「——うるさい、と——言われるがな」







——ゴウは——低く——笑った。







「——構わぬ」








「…………」







——誠は。






——深く——頭を——下げた。








「——ゴウさん」






「——なんだ」






「——三十年——ありがとう——ございました」








「——何がだ——!!」






「——聞いて——回って——くださって」








「…………」







——ゴウは。






——顔を——背けた。







「——礼を——言うな」






「——なぜですか」






「——誰も——聞いて——おらなんだ」








「——聞いてました」







——誠は——微笑んだ。







「——僕、毎日——野菜を——食べてます」








「…………」







「——八百屋だからであろう——!!」






「——それも——あります」









## 数日後






——だが——ボンゴが——妙な——顔で——現れた。








「——田中——!!」






「——どうしました」






「——妙な、ことが——ある——!!」








「——なんですか」






「——味が——薄い——!!」








「——鍋を——小さく——したんですよね」






「——した——!!」








——ボンゴは——首を——振った。







「——だが——薄い——!!」






「——同じ——量の——塩を——入れて——おるのに——!!」








「…………」







——誠は。






——一色を——見た。








「——一色さん」






「——何?」






「——重さが——変わると——味も——変わりますか」








「——変わらないわ」







——一色は——首を——振った。







「——では——なぜ——!!」






「——待って」








——彼女が——止めた。







「——ボンゴさん。塩は——どこの——ですか」






「——海だ——!!」








「——どこの——海——!?」






「——西だ——!!」








「…………」







——一色の。






——顔色が——変わった。







「——ブルーマリンさん——!!」








「——なんだ——!?」







——海洋怪獣が——顔を——出した。







「——西の——海——変わってませんか——!!」








「——変わって——おる——!!」







——ブルーマリンが——けろり、と——言った。







「——なぜ——言わなかったんですか——!!」






「——聞かれなんだ——!!」








「——またですか——!!」








「——どう——変わったんですか——!!」







——誠が——尋ねると。






——ブルーマリンは——静かに——言った。








「——潮が——動き始めた——!!」







「——潮?」






「——三十年——止まって——おった——!!」








「…………」







——一色が。






——机を——叩いた。







「——月よ——!!」






「——え?」








「——潮は——月が——引くの——!!」







——彼女は——早口に——なった。







「——月が——一つに——なって——止まってたのよ——!!」






「——それが——動き始めた——!!」








「——では——!!」






「——九分九厘でも——効いてるわ——!!」








「…………」







——工房が。






——静まった。








「——ボンゴさん」







——誠が——言った。







「——なんだ——!!」






「——塩が——薄いのは——いいことです」








「——なぜだ——!!」






「——海が——生き返ってます」








「…………」







——ボンゴは。






——鍋を——見つめて。






——そして——ぼそり、と——言った。








「——では——味付けを——変えねば——ならぬな」







「——そうなります」








「——面倒だ——!!」






「——すみません」








「——だが——よい——!!」







——ボンゴが——腕を——まくった。







「——海が——戻るなら——魚が——戻る——!!」






「——魚が——戻れば——出汁が——取れる——!!」








「…………」







「——三十年ぶりだ——!!」






その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。


*「桃さんが、十四万人診た結果を持ってきた。四割が痩せすぎ。でも、飯は三十年前の二倍、配ってる。……厨で味見したら、薄かった。ボンゴさんが真ん中を舐めて、"うまいぞ"、って。端を舐めてもらったら、固まってた。五千人分の鍋は、混ざりきらない。半分の人が、三十年、薄いのを食べてた。……そこへゴウさんが来て、"知っておる"、って。なぜ言わないのか聞いたら、"うまかったからだ"、って。……それと、"皆、噛んでおらぬ。飯を飲んでおる"、って。確かに、立ったまま、三十数えるほどで終わってた。仕事があるから。……噛まないと身にならない、同じ量を食べても痩せる、って。桃さんが調べたら、その通りだった。痩せてる人は、ほぼ全員、早食い。……そこで、ボンゴさんに、硬いものを作れませんか、って頼んだ。噛まないと飲み込めないもの。ゴウさんが、"噛め、と言わずとも噛む。だが、うまくなければ食わぬぞ"、って。……一月、四十七回失敗した。硬いけど、まずい。……でも、僕、齧ってて気づいた。三十回噛んだら、甘くなった。じいちゃんの、"米は噛めば噛むほど甘くなる"、です。……ボンゴさんが、"それだ。最初からうまくせずともよいのだ"、って。三月で、できた。名前は"三十回"。安易だ、って言われたけど、分かりやすい方がいいです。……でも、最初は不評だった。硬い、顎が疲れる、って。皆、五回か十回で飲んでた。……だから、ゴウさんに、横で数えてもらった。"いち、に、さん"、って。鍛錬か、って言われたけど、飯です。……三十で、"甘い"、って、誰かが叫んだ。広場が沸いた。ボンゴさん、"当たり前だ"、って言いながら、袖で顔を拭ってた。……三月で、痩せすぎが四割から二割に。飯を増やしてないのに。ボンゴさんは鍋も五千から五百に小さくしてた。弟子が三百人、いるそうだ。三年前、魔物が来た時から取ってた。"十万分の飯を作ったであろう。一人では無理だ。だから教えた"、って。……夜、三人で飯を食った。ゴウさんが、"私はなぜ武闘家になったと思う"、って。向こうの世界で、飯がなくて痩せてた。だから鍛えた。でも強くならなかった。食ってなかったから。気づいたのはずっと後。……"ゆえに今、皆に言うて回っておる。うるさいと言われるがな。構わぬ"、って。……三十年ありがとうございました、って言ったら、"礼を言うな。誰も聞いておらなんだ"、って。聞いてました。僕、毎日、野菜を食べてます。……数日後、ボンゴさんが、"味が薄い"、って。鍋を小さくしたのに。同じ量の塩を入れてるのに。……塩は西の海のもの。ブルーマリンさんに聞いたら、"潮が動き始めた。三十年、止まっておった"、って。なぜ言わないのか聞いたら、"聞かれなんだ"、って。またです。……一色さんが、"月よ。潮は月が引くの。九分九厘でも効いてるわ"、って。……ボンゴさんに、塩が薄いのはいいことです、海が生き返ってます、って言った。"では味付けを変えねばならぬな。面倒だ。だがよい。海が戻るなら魚が戻る。魚が戻れば出汁が取れる。三十年ぶりだ"、って。じいちゃん、海が、戻ります」*



心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。




——たとえ——空に——見えなくても。





まだこの時の誠は知らない。三十年——止まって——いた——潮が——動き始めた、ことが。




——海の——底に——何を——起こすのかを。


そして——そこから——上がって——くる——ものが。




——三十年——誰も——見て——いない——ものであることも。





——今は……まだ、海に——潜って——いる——者しか——知らない。

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