第143話「桃の、仕事」
魔王が——発って——十日。
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——荒野は——静かだった。
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——だが。
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「——田中様」
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——アカリが——帳面を——持ってきた。
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「——妙な、ことが——ございます」
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「——なんですか」
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「——病人が——増えて——おります」
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「——病人?」
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「——この——三月で——四倍です」
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「…………」
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「——ルナさんは?」
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「——手が——足りぬ、と」
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## 教会
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——教会は——人で——溢れていた。
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「——ルナさん——!!」
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「——あら」
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——ルナは——ふらついていた。
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「——大丈夫ですか——!!」
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「——三日——寝て——おりませんの」
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「——休んで——ください——!!」
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「——休めませんわ」
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——彼女は——列を——指した。
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「——二百人——待って——おりますの」
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「——二百——!?」
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「——八一八号さんも——回して——おりますが」
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——ルナは——ため息を——ついた。
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「——追いつきませんの」
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「——なぜ——増えたんですか」
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——誠が——尋ねると。
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——ルナは——渋い——顔を——した。
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「——働きすぎですわ」
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「…………」
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「——十年——皆様——休んで——おられません」
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——彼女は——静かに——言った。
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「——弓を——建てて——網を——織って——鉄を——上げて」
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「——そして——先月の——大仕事ですわ」
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「…………」
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「——気が——緩んだのですわね」
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——ルナは——ぽつり、と——言った。
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「——張り詰めて——おる——間は——倒れませんの」
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「——終わった——途端に——出ますわ」
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「…………」
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——誠は。
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——列を——見た。
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——鬼族。魔族。虫人族。
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——そして——魔物。
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——皆——痩せていた。
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「——ルナさん」
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「——なあに」
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「——治す——人を——増やせませんか」
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「——無理ですわ」
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——ルナは——首を——振った。
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「——治癒の——魔法は——素質が——要りますの」
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「——四百年——探して——八一八号さん——一人ですわ」
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「…………」
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## 桃
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——だが。
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——工房に——戻ると。
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——妙な——光景が——あった。
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「——脈を——拝見します」
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——桃が——鬼族の——手首を——取っていた。
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「——桃さん?」
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「——ああ、田中殿」
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——彼女は——顔を——上げた。
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「——何を——されてるんですか」
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「——診て——おります」
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「——診る?」
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「——はい」
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——桃は——鬼族に——向き直った。
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「——三日——眠って——おられませんね」
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「——なぜ——分かる——!?」
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「——脈が——乱れて——おります」
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——彼女は——静かに——言った。
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「——それと——水を——飲んで——おられません」
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「——それも——分かるのか——!?」
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「——唇です」
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「…………」
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——誠は。
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——じっと——それを——見ていた。
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「——桃さん」
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「——はい」
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「——治せるんですか」
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「——治せません」
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——桃は——首を——振った。
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「——光線は——三十年——出て——おりません」
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「——では——なぜ——!!」
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「——診る、ことは——できます」
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——彼女は——けろり、と——言った。
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「——治すのと——診るのは——別ですので」
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「…………」
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——誠の。
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——動きが——止まった。
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「——桃さん」
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「——はい」
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「——それ——三十年——やってたんですか」
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「——やって——おりました」
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——桃は——頷いた。
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「——荷運びの——合間に」
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「——回収の——合間にも」
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「——回収の、時の——健康の——助言——ですか」
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「——はい」
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「——なぜ——言わなかったんですか——!!」
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——誠が——叫ぶと。
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——桃は——きょとん、と——した。
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「——治せませんので」
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「…………」
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「——治せなければ——役に——立ちません」
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——彼女は——静かに——言った。
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「——立ちます」
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——誠は——きっぱりと——言った。
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「——なぜですか」
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「——ルナさんの——ところが——溢れてます」
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## 分ける
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「——分けましょう」
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——誠が——教会で——言った。
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「——また——それか」
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——ミネルが——ぼやいた。
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「——何を——分けますの」
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——ルナが——尋ねた。
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「——列です」
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——誠は——紙を——広げた。
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*——一、すぐ——治さねば——死ぬ——方*
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*——二、治療が——要る——方*
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*——三、休めば——治る——方*
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「——一の——方だけ——ルナさんが——診ます」
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——誠は——言った。
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「——二は——八一八号さん」
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「——三は——診ません」
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「——診ませんの?」
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「——寝てもらいます」
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「——それだけですの?」
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「——それだけです」
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——誠は——けろり、と——言った。
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「——寝れば——治りますから」
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「——ですが」
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——ルナが——訝しんだ。
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「——誰が——分けますの」
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「——桃さんです」
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「…………」
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——ルナが——桃を——見た。
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「——できますの?」
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「——できます」
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——桃は——静かに——言った。
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「——三十年——診て——おりましたので」
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「——四百年——探しましたのに」
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——ルナが——ぼそり、と——言った。
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「——三十年——目の——前に——おりましたのね」
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「——荷運びを——して——おりました」
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「——誰も——聞きませんでしたわ」
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## 効き目
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——三日で。
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——列は——三分の一に——なった。
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「——減ったわ——!!」
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——ルナが——驚いた。
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「——七割が——三の——方でした」
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——桃が——帳面を——見た。
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「——寝れば——治ります」
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「——七割——!?」
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「——皆様——疲れて——おられるだけです」
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「…………」
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——ルナは。
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——その場に——座り込んだ。
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「——ルナさん?」
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「——四百年」
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——彼女は——ぼそり、と——言った。
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「——全部——治して——おりましたの」
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「——寝れば——治る——方まで」
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「…………」
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「——無駄だったのですわね」
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「——違います」
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——桃が——言った。
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「——え?」
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「——分ける——者が——おらなかっただけです」
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——彼女は——静かに——言った。
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「——お一人でしたので」
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「…………」
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——ルナは。
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——顔を——覆った。
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## 弟子
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——半月、後。
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——桃が——誠の——ところへ——来た。
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「——田中殿」
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「——桃さん」
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「——お願いが——ございます」
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「——なんですか」
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「——弟子を——取っても——よろしいですか」
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「——もちろんです」
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——誠は——即答した。
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「——何人——ですか」
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「——五百人」
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「——五百——!?」
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「——多いですか」
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「——多いです——!!」
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「——ですが——足りません」
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——桃は——静かに——言った。
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「——今——世界に——何人——おられますか」
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「——十四万——ほどです」
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「——では——一人で——二百八十人です」
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——彼女は——けろり、と——言った。
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「——それでも——足りません」
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「…………」
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「——分かりました」
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——誠は——頷いた。
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「——五百人——集めます」
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## 教える
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——学び舎に——五百人が——並んだ。
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——人も——魔物も。
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「——皆様」
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——桃が——前に——立った。
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「——治す——ことは——教えません」
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「…………」
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「——私も——できませんので」
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——彼女は——けろり、と——言った。
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「——では——何を——!!」
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「——診ることです」
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——桃は——静かに——言った。
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「——まず——三つ——覚えて——ください」
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*——一、脈を——見る*
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*——二、唇を——見る*
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*——三、いつ——寝たか——聞く*
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「——それだけですか——!!」
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「——それだけです」
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「——簡単すぎませんか——!!」
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「——簡単です」
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——桃は——頷いた。
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「——ですが——毎日——やるのが——難しいのです」
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「…………」
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「——それと——一つ——決まりが——ございます」
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——彼女は——続けた。
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「——なんですか」
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「——名前を——聞いて——ください」
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「…………」
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——学び舎が。
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——静まった。
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「——なぜですか」
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「——次に——診る、時に——分かります」
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——桃は——静かに——言った。
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「——"あの、方は——先月——脈が——速かった"、と」
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「——それが——一番——大事です」
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「…………」
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——誠が。
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——後ろで——聞いていた。
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「——桃さん」
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「——はい」
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「——それ——僕の——真似ですか」
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「——違います」
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——桃は——首を——振った。
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「——医者は——皆——そう——します」
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「…………」
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「——では——僕が——医者の——真似を——してました」
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「——さようで——ございますね」
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## 一年
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——一年、後。
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——世界に——五百の——診療所が——できた。
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「——本日の——記録です」
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——桃が——アカリに——帳面を——渡した。
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「——多うございますな」
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「——十四万人、分です」
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「——全員——ですか——!?」
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「——年に——一度は——診ます」
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——桃は——けろり、と——言った。
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「——名前も——全部——控えて——おります」
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「…………」
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——アカリが。
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——帳面を——めくった。
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——そして——手が——止まった。
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「——桃様」
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「——はい」
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「——これは——名簿では——ございませんか」
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「——さようです」
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「…………」
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「——田中様——!!」
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——アカリが——叫んだ。
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「——どうしました——!!」
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「——世界中の——名簿が——できて——おります——!!」
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「…………え?」
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——誠が——駆け寄った。
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「——十四万——全員——ですか——!!」
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「——さようです」
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——桃が——けろり、と——言った。
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「——診るのに——要りますので」
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「…………」
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——誠は。
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——帳面を——抱えたまま——立ち尽くした。
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「——桃さん」
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「——はい」
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「——僕、三十年——かけて——集めてました」
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「——存じて——おります」
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「——一年で——できましたね」
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「——五百人——おりますので」
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——桃は——静かに——言った。
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「——田中様は——お一人でした」
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「…………」
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## 気づき
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——だが——数日、後。
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——桃が——妙な——顔で——現れた。
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「——田中殿」
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「——はい」
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「——一つ——妙な、ことが——ございます」
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「——なんですか」
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「——脈が——揃って——おります」
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「…………え?」
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「——世界中の——脈が——です」
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——桃は——帳面を——広げた。
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「——ある——時刻に——皆——同じように——速くなります」
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「——いつ——ですか」
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「——影が——一番——濃くなる——刻です」
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「…………」
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——誠は。
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——一色を——呼んだ。
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「——一色さん——!!」
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「——何——!!」
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「——脈が——揃うそうです——!!」
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「——脈——!?」
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——一色が——帳面を——覗いた。
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——そして——動きを——止めた。
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「——待って」
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「——どうしました」
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「——これ——引く——力よ」
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「…………え?」
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「——月が——集まった——せいで——重さが——変わってるの」
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——一色は——早口に——なった。
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「——身体も——重くなる」
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「——だから——心の臓が——余計に——働くわ」
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「——では——皆さん——それで——!!」
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「——倒れてるのね」
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「…………」
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——工房が。
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——凍りついた。
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「——待って——ください」
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——誠が——言った。
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「——これ——月が——完成したら——もっと——重くなりますよね」
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「…………」
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——一色が。
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——顔を——上げた。
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「——なるわ」
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「——どれくらい——ですか」
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「——計算する」
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——半刻、後。
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「…………」
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——一色は——ペンを——置いた。
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「——どうでしたか」
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「——元に——戻るわ」
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「——え?」
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「——三十年——前の——重さに——戻るの」
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——彼女は——静かに——言った。
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「——月が——二つ——あった——頃の」
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「…………」
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「——では——今が——一番——きついんですか」
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「——そう」
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——一色は——頷いた。
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「——中途半端が——一番——身体に——悪いの」
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「…………」
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——誠は。
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——空を——見上げた。
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——見えない——ところに——九分九厘の——月。
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——そして——一厘を——迎えに——行った——魔王。
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「——桃さん」
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「——はい」
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「——皆さんに——伝えて——ください」
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「——何を——でしょう」
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「——"あと——少しで——楽に——なります"、って」
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「…………」
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「——それは——本当ですか」
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「——本当です」
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——誠は——微笑んだ。
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「——一色さんが——そう——言いました」
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「——では——伝えます」
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——桃は——頷いた。
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「——五百人——全員に」
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## 夜
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——広場で。
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——桃が——一人——座っていた。
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「——桃さん」
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——誠が——麦茶を——差し出した。
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「——恐れ入ります」
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「——お疲れ様です」
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「——いえ」
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——彼女は——湯呑みを——受け取った。
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「——一つ——伺っても——いいですか」
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「——どうぞ」
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「——なぜ——三十年——黙ってたんですか」
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「…………」
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——桃は。
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——しばらく——黙って。
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——そして——言った。
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「——治せませんので」
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「——それは——聞きました」
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「——もう一つ——ございます」
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——彼女は——静かに——言った。
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「——なんですか」
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「——向こうの——世界で」
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——桃は——ぽつり、と——言った。
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「——私は——治す——係でした」
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「…………」
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「——光線を——出せば——皆——治りました」
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——彼女は——手を——見た。
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「——ですから——診る、ことを——しませんでした」
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「…………」
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「——一度——間違えました」
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「…………」
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「——光線で——治らぬ——方が——おられたのです」
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——桃は——静かに——言った。
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「——私は——治せぬ、と——思って——諦めました」
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「…………」
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「——後で——分かりました」
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——彼女は——うつむいた。
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「——寝れば——治る——方でした」
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「…………」
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「——ただ——疲れて——おられただけです」
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「…………」
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——誠は。
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——何も——言えなかった。
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「——それから——診る——ことを——覚えました」
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——桃は——顔を——上げた。
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「——三十年——かかりましたが」
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「——桃さん」
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「——はい」
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「——その、方の——名前」
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「…………」
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「——覚えてますか」
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「…………」
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——桃は。
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——長い、こと——黙って。
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——そして——ぽつり、と——言った。
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「——覚えて——おりません」
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「…………」
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「——聞かなかったのです」
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「…………」
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「——だから——今——聞いて——おります」
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——桃は——微笑んだ。
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「——十四万人——全員に」
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その日、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
*「病人が、三月で四倍になってた。教会が溢れてて、ルナさんが三日寝てなかった。二百人、待ってる。……理由は、"働きすぎですわ。十年、皆様休んでおられません。張り詰めておる間は倒れませんの。終わった途端に出ますわ"、って。……治す人を増やせないか聞いたら、"治癒の魔法は素質が要ります。四百年探して、八一八号さん一人ですわ"、って。……でも、工房に戻ったら、桃さんが鬼族の人の脈を取ってた。三日眠ってない、水を飲んでない、って言い当ててた。……治せるんですか、って聞いたら、"治せません。光線は三十年出ておりません。ですが、診ることはできます。治すのと診るのは別ですので"、って。……三十年、荷運びの合間にやってた。なぜ言わなかったのか聞いたら、"治せませんので。治せなければ役に立ちません"、って。立ちます。……列を三つに分けた。すぐ治さねば死ぬ方、治療が要る方、休めば治る方。三は診ないで、寝てもらう。分けるのは、桃さん。……三日で、列が三分の一になった。七割が、寝れば治る方だった。……ルナさんが座り込んで、"四百年、全部治しておりましたの。無駄だったのですわね"、って。桃さんが、"違います。分ける者がおらなかっただけです。お一人でしたので"、って。……半月後、桃さんが弟子を五百人取りたい、と。多いです、って言ったら、"ですが足りません。十四万人おられます。一人で二百八十人です"、って。……教えたのは三つだけ。脈を見る、唇を見る、いつ寝たか聞く。簡単すぎませんか、って言われて、"簡単です。ですが、毎日やるのが難しいのです"、って。……それと、決まりが一つ。"名前を聞いてください。次に診る時に分かります"、って。僕の真似ですか、って聞いたら、"違います。医者は皆そうします"、って。では僕が、医者の真似をしてました。……一年で、診療所が五百。そして——アカリさんが叫んだ。世界中の名簿が、できてた。十四万、全員。……僕、三十年かけて集めてました。一年でできましたね、って言ったら、"五百人おりますので。田中様はお一人でした"、って。……数日後、桃さんが、"脈が揃っております"、って。影が一番濃くなる刻に、世界中の脈が速くなる。……一色さんが、"これ、引く力よ。月が集まったせいで、身体も重くなってる。だから心の臓が余計に働くわ"、って。……月が完成したら、元に戻るそうだ。三十年前、月が二つあった頃の重さに。今が、一番きつい。中途半端が、一番身体に悪い。……だから、"あと少しで楽になります"、って、伝えてもらった。……夜、桃さんに、なぜ三十年黙ってたのか、もう一度聞いた。……向こうの世界では、光線を出せば皆治ったから、診ることをしなかった。でも一度、治らない方がいて、諦めた。後で分かった。寝れば治る方だった。ただ疲れておられただけ。……その方の名前を覚えてますか、って聞いたら、"覚えておりません。聞かなかったのです。だから今、聞いております。十四万人全員に"、って。じいちゃん。あの人も、でした」*
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心の中に——一つの、月が——浮かんでいた。
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——たとえ——空に——見えなくても。
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まだこの時の誠は知らない。桃が——三十年——前に——名を——聞かなかった——その、人が。
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——今——どこに——いるのかを。
そして——十四万人の——名簿の——中に。
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——その——名が——載って——いることも。
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——今は……まだ、書いた——本人が——気づいて——いない。
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